はじめに
2025年4月8日、連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)は、Azurity Pharmaceuticals, Inc. v. Alkem Laboratories Ltd.事件において、Azurityの特許権侵害主張を退け、地方裁判所の非侵害判決を支持しました。CAFCは、Azurityが行った明確な審査段階のディスクレイマー(Prosecution Disclaimer)により、プロピレングリコールを含むAlkemの製品は特許範囲外であると判断しました。この判決は、審査段階のディスクレイマーが特許権の範囲を決定的に限定することを再確認し、特に「consisting of」という閉鎖的移行句 (close-ended transition phrase)を用いた特許請求項の解釈において重要な先例となりました。
本判決は、特許出願時の審査官とのやり取りが将来の権利行使に与える影響の重大さを浮き彫りにしています。特許実務家にとって、審査過程での主張と補正が後の訴訟において決定的な意味を持つことを示す重要な教訓となるでしょう。
事件の背景
特許と技術の概要
本件で問題となったのは、Azurityが保有する米国特許第10,959,948号(’948特許)です。この特許は、バンコマイシン塩酸塩の経口液体製剤に関するもので、特にClostridium difficile感染症を治療するための非無菌安定液体製剤を対象としています。
‘948特許の請求項5(代表的な請求項)は以下のように記載されています:
5. A non-sterile stable liquid formulation formulated for oral administration, consisting of:
a buffering agent, [...]
water,
a sweetener,
a preservative, [...]
vancomycin hydrochloride, and
flavoring agent,
wherein the non-sterile stable liquid formulation is homogenous and stable for at least 1 week at ambient and refrigerated temperature and has a pH of 2.5–4.5.
重要なポイントは、この請求項が「consisting of」という移行句を使用していることです。「consisting of」は特許請求項において使用される閉鎖的移行句であり、請求項に明示的に列挙された成分のみを含み、列挙されていない他の成分を除外することを意味します。これは「comprising(を含む)」のような開放的移行句とは対照的で、「comprising」の場合は列挙された要素に加えて他の要素も含むことができます。
つまり、今回問題になったクレームは、「consisting of」が用いられていたので、請求項に明示的に列挙された成分のみを含む製剤に範囲を限定するものとして特許法上解釈されます。
ANDA訴訟と争点
Alkemが簡略新薬承認申請(Abbreviated New Drug Application、以下「ANDA」)を提出したことを受け、Azurityはハッチ・ワックスマン法に基づく特許侵害訴訟を提起しました。
本件の主な争点は、プロピレングリコールを含むAlkemのジェネリック医薬品が、’948特許の請求項の範囲に含まれるかどうかでした。特にAzurityが特許審査過程でプロピレングリコールに関して行った陳述が、審査段階のディスクレイマーを構成するかが焦点となりました。
審査段階のディスクレイマーの分析
特許審査経過の重要性
‘948特許は、先に出願された米国特許出願第15/126,059号(’059出願)の継続出願から生まれたものです。’059出願の審査過程で、審査官はPalepu(米国特許出願公開第2016/0101147号)を引用して拒絶理由を通知しました。Palepuは、プロピレングリコールを溶媒として含むバンコマイシン塩酸塩の液体製剤を開示していました。
この拒絶理由に対応するため、Azurityは’059出願において、自社の発明にはプロピレングリコールが含まれないことを強調する複数の補正と意見書を提出しました。具体的には:
- 「液体溶液にプロピレングリコールが含まれない」という否定的限定を提案
- 「consisting of」という閉鎖型移行句を導入
- 「Palepuの組成物とは異なり、請求項の発明にはプロピレングリコールとポリエチレングリコールがない」と明確に主張
また、Azurityの専務執行役員兼最高科学責任者であるDinh博士は、「当社の出願に示されているように、希釈剤と調合溶液には、Palepu組成物の重要な成分として記載されているプロピレングリコールやポリエチレングリコールが含まれていない」と述べる宣誓書を提出しました。
この審査経過から、Azurityが自社製品からプロピレングリコールを明確に除外したことが明らかになります。
「consisting of」移行句の法的意義
特許請求項の移行句は、請求項の範囲を定義する重要な要素です。「comprising(を含む)」という開放型移行句と異なり、「consisting of(から成る)」という閉鎖型移行句は、請求項に明示的に列挙された要素のみを含むことを意味します。
本件では、Azurityが先行技術Palepuとの差別化を図るために、当初の開放型移行句「comprising」から閉鎖型移行句「consisting of」へと変更したことが重要です。この変更により、請求項に列挙されていないプロピレングリコールは、明確に特許範囲から除外されることになりました。
CAFCは、この移行句の選択と審査過程での主張が相まって、プロピレングリコールに関する「明確かつ曖昧さのない完全な」ディスクレイマーを構成すると判断しました。
裁判所の判断
地方裁判所の判決
デラウェア地区連邦地方裁判所は、審査経過を詳細に検討した上で、Azurityが’948特許の親出願である’059出願の審査中に、プロピレングリコールを「明確かつ曖昧さなく」ディスクレイム(権利放棄)したと判断しました。
地方裁判所は、AlkemのANDA製品が明らかにプロピレングリコールを含んでいることを考慮して、’948特許の「consisting of」で始まる請求項を侵害していないと結論づけました。
Azurityは、訴訟前の合意(stipulation)がディスクレイマーの効果を覆すと主張しました。当事者は「請求項で使用するのに適した香味料には、プロピレングリコールを含むものと含まないものがある」と合意していましたが、地方裁判所はこの合意がディスクレイマーの効果を覆すとのAzurityの解釈を「説得力がない」として退けました。
連邦巡回控訴裁判所の判断
CAFCは地方裁判所の判決を支持し、Azurityが審査過程でプロピレングリコールについて明確なディスクレイマーを行ったと確認しました。
Murphy判事によるCAFCの意見は、「侵害の問いは非常に単純である:プロピレングリコールはディスクレイムされた;ANDAにはプロピレングリコールが含まれている;したがって侵害はない」と述べています。
CAFCは、Azurityの以下の主張も退けました:
- プロピレングリコールを溶媒としてのみディスクレイムしたという主張
- 香味料の成分としてのプロピレングリコールは特許範囲に含まれるという主張
- 訴訟前の合意(stipulation)がディスクレイマーの効果を覆すという主張
CAFCは特に、審査過程での陳述が広範かつ一般的なものであり、プロピレングリコールの機能や用途に関係なく、その存在を全体的にディスクレイムしたと判断しました。また、特許の公示機能から、Azurityはこれらの陳述に拘束されるとしました。
実務上の影響と教訓
特許出願戦略への示唆
本件から得られる最も重要な教訓は、特許審査過程での主張や補正が特許権の範囲に重大な影響を与え得るということです。特に以下の点に注意が必要です:
審査対応での陳述の慎重な検討: 先行技術との区別を図る際、必要以上に広範な陳述をしないよう注意すべきです。本件では、Azurityの陳述が「広範」であり、後の特許侵害訴訟で不利に働きました。
否定的限定と移行句の戦略的選択: 否定的限定(negative limitation)を用いる場合、明細書のサポートを確保すべきです。また、「consisting of」のような閉鎖的移行句を選択する際は、その制限的な効果を十分に理解する必要があります。
親出願の審査経過の影響: 継続出願や分割出願であっても、親出願での陳述が解釈に影響することを認識すべきです。本件では、’948特許は審査なしで登録されましたが、親出願’059出願での陳述が決定的になりました。
合意書(stipulation)の範囲と効果
本件では、訴訟前の合意(stipulation)の範囲と効果についても重要な示唆が得られます:
合意の明確な範囲設定: 訴訟における合意書は、その目的と範囲を明確に規定すべきです。本件では、「香味料」に関する技術的事実についての合意が、請求項の範囲に関する合意として解釈されることはありませんでした。
審査段階のディスクレイマーへの影響: CAFCの判断によれば、訴訟での合意が審査段階のディスクレイマーの効果を覆すことは一般的に難しいとされています。特許の公示機能が優先されるためです。
一方的な後付け説明の無効性: Azurityは別の関連特許出願において「記録のために、出願人は’948特許の出願において主張を提出する際にプロピレングリコールをディスクレイムしなかった」という陳述を行いましたが、CAFCはこの「一方的で遅れた陳述は何の重みも持たない」と判断しました。
関連する最近の判例との比較
「consisting of」移行句に関する判例は多数ありますが、本件は特に医薬品ANDA訴訟における審査段階のディスクレイマーの適用について重要な指針を示しています。
審査段階のディスクレイマーの適用については、近年のCAFC判決(例:Genuine Enabling Tech. LLC v. Nintendo Co.)と同様に、審査過程での陳述が明確で曖昧さがない場合にはディスクレイマーが適用されるという原則を再確認しています。
医薬品ANDA訴訟における請求範囲解釈については、本件は特に、ジェネリック医薬品メーカーが特許無効化ではなく非侵害を主張する戦略の有効性を示しています。審査経過を綿密に調査し、先発医薬品メーカーが審査中に行った陳述を利用することが、有効な防御戦略となり得ることが明らかになりました。
結論
Azurity v. Alkem判決は、特許実務において審査段階のディスクレイマーが持つ重要性を改めて確認するものです。特許権者にとっては、審査過程での陳述を慎重に行い、不必要に広範なディスクレイマーを避けるべきであることを示唆しています。また、後発医薬品メーカーにとっては、先発製品の特許の審査経過を詳細に調査することの重要性を強調しています。
最終的に、本判決は特許の公示機能の重要性を強調し、特許権者は審査中の陳述に拘束されるという原則を再確認しています。特許戦略を構築する際には、短期的な特許取得の便宜だけでなく、将来の権利行使における影響も考慮に入れることが不可欠です。
特許実務家は、この判決を参考に、特許出願・訴訟戦略をより効果的に立案し、クライアントの知的財産権を最大限に保護することが求められます。