1. はじめに
米国の第2巡回区控訴裁判所は、Capitol Records, LLC v. Vimeo, LLC事件(以下、Vimeo事件)において、オンラインプラットフォームのコンテンツモデレーション活動がデジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act、以下DMCA)のセーフハーバー保護を失わせる要因とはならないとの重要な判断を示しました。この判決は、プラットフォーム事業者が行うコンテンツの管理・運営と、DMCAが定める「管理および監督する権限(right and ability to control)」の関係を明確にする画期的な判断として注目を集めています。
インターネット上のコンテンツ管理において、プラットフォーム事業者は常にジレンマを抱えています。一方では、ユーザーが投稿する違法または不適切なコンテンツへの対応が求められ、他方では、過度な管理によってDMCAのセーフハーバー保護を失うリスクがありました。本判決は、このジレンマに一定の解決策を示すものとして、実務に大きな影響を与えることが予想されます。
さらに、本判決の重要性は、著作権侵害対策にとどまりません。近年、AIによって生成されたコンテンツの投稿や、フェイクニュース、ヘイトスピーチなど、プラットフォーム事業者が対応を迫られる新たな課題が次々と登場しています。そのような状況下で、本判決は、プラットフォーム事業者がコンテンツモデレーションを積極的に実施しながらも、法的保護を維持できる範囲を示す重要な指針となるでしょう。
2. DMCAセーフハーバー制度の概要
2.1 制度の目的と基本構造
DMCAセーフハーバー制度は、インターネットの発展とともに増加する著作権侵害のリスクから、オンラインサービスプロバイダー(Online Service Provider、以下OSP)を保護するために創設されました。この制度がなければ、ユーザーが投稿した侵害コンテンツについて、プラットフォーム事業者が莫大な賠償責任を負うリスクにさらされることになります。
制度の基本的な考え方は、OSPが一定の要件を満たす場合に、ユーザーによる著作権侵害について免責を与えるというものです。具体的には、DMCAの512条(c)項に規定が置かれており、OSPがコンテンツの存在を知らない、または速やかに削除するなどの対応をとる限り、著作権侵害の責任を問われることはありません。
2.2 セーフハーバー適用の要件
セーフハーバーの保護を受けるためには、OSPは以下の3つの基本要件を満たす必要があります。第一に、著作権侵害について「実際の知識(actual knowledge)」または「推定的な知識(red flag knowledge)」を有していないこと。そして、そのような知識を得た場合には、速やかに対象コンテンツを削除または無効化する必要があります。
第二の要件は、侵害行為に対する「管理および監督する権限」を持ち、かつその行為から「直接の経済的利益」を得ていないことです。この要件は、後に詳しく説明するVimeo事件でも中心的な争点となりました。
第三に、権利者から適切な削除通知(notice-and-takedown)を受けた場合、迅速に侵害コンテンツを削除または無効化する体制を整えていることが求められます。このような通知と削除の仕組みは、権利者とプラットフォーム事業者の利害関係のバランスを取る重要な制度として機能しています。
2.3 セーフハーバー保護を失う場合
セーフハーバー保護は、一度要件を満たしたからといって永続的に維持されるわけではありません。最も一般的なケースは、OSPが著作権侵害の存在を知りながら、適切な対応を怠った場合です。この「知っていた」という状態には、実際の知識だけでなく、侵害が明白な状況(red flag)も含まれます。
また、Perfect 10 v. Cybernet Ventures事件では、プラットフォームがコンテンツのレイアウトを詳細に指示し、積極的なモニタリングを行っていた事例において、「実質的な影響力(substantial influence)」を及ぼしていたとしてセーフハーバー保護を失うと判断されました。同様に、Mavrix v. LiveJournal事件では、ユーザー投稿の3分の2を事前審査・拒否していた行為が、管理権限の行使として評価されました。
しかし、これらの判例で示された基準は、必ずしも明確なものではありませんでした。そのため、多くのプラットフォーム事業者は、セーフハーバー保護を失うことを恐れて、コンテンツモデレーションに消極的にならざるを得ない状況が続いていました。このような背景があって、Vimeo事件における裁判所の判断は、実務上の指針として大きな意味を持つことになるのです。
3. Capitol Records v. Vimeo事件の概要
3.1 事案の背景
本件は、動画共有プラットフォームを運営するVimeo社に対して、EMIの関連会社であるCapitol Records社らが2009年に著作権侵害訴訟を提起したことに端を発します。訴訟の発端となったのは、Vimeoのプラットフォーム上で、ユーザーがEMIの著作権で保護された楽曲を無断で使用した動画を投稿していたことでした。
特に問題となったのは、281本の動画に対するVimeo社従業員の関与です。これらの動画に対して従業員は、コメントを付けたり、「スタッフのお気に入り(Staff Picks)」として推奨したりするなど、積極的な関与を行っていました。この動画共有プラットフォームでは、ユーザーが自由に動画を投稿できる一方で、一定のコミュニティガイドラインに基づいて、ポルノグラフィーやゲームプレイ動画など、特定のコンテンツが禁止されていました。
3.2 争点
本件の中心的な争点は、Vimeo社の従業員による動画へのこうした関与が、DMCAセーフハーバー保護を失わせる要因となるかどうかでした。具体的には、以下の2点が主要な争点として浮かび上がりました。
第一に、従業員による動画へのコメントや「スタッフのお気に入り」としての選定といった関与行為が、著作権侵害についての「推定的な知識」を構成するかという点です。
第二の争点は、より本質的な問題を含んでいます。それは、Vimeo社による一連のコンテンツモデレーション活動が、DMCAにおける「管理および監督する権限」の行使に該当するかという点です。この争点は、プラットフォーム事業者全般のコンテンツ管理のあり方に影響を与える可能性があるため、より広範な影響力を持つ問題として注目されました。
3.3 当事者の主張
Capitol Records社らは、Vimeo社の従業員による動画へのコメントや「スタッフのお気に入り」としての選定が、著作権侵害コンテンツへの実質的な関与を示すものだと主張しました。特に、従業員が人気の楽曲を含む動画に関与していた事実は、彼らが著作権侵害を認識していたことの証拠であると指摘しました。
これに対してVimeo社は、従業員による動画への関与は、プラットフォームの健全な運営とコミュニティの活性化のための通常の活動であると反論しました。また、著作権法の専門家ではない従業員に、動画に使用された楽曲についての権利関係を判断する能力は期待できないとも主張しました。さらに、コミュニティガイドラインの設定や違反コンテンツの削除といった活動は、むしろDMCAが推奨する責任あるプラットフォーム運営の一環であると強調しました。
この対立する主張に対して、裁判所はどのような判断を下したのか。その詳細は次のセクションで検討します。
4. 第2巡回区控訴裁判所の判断
4.1 「管理および監督する権限」の解釈
第2巡回区控訴裁判所は、DMCAにおける「管理および監督する権限」の解釈について、重要な指針を示しました。裁判所は、この権限の有無を判断する際には、単なる技術的な削除能力ではなく、ユーザーの活動に対する「実質的な影響力(substantial influence)」の有無を検討すべきだと判示しました。
この判断の背景には、Viacom v. YouTube事件での解釈があります。同事件では、プラットフォーム事業者が持つコンテンツの削除や遮断の技術的能力だけでは、「管理および監督する権限」があるとは言えないとの判断が示されていました。なぜなら、そのような解釈を採用すれば、事実上すべてのプラットフォーム事業者がセーフハーバー保護を受けられなくなってしまうからです。
4.2 コンテンツモデレーションとセーフハーバー保護の関係
裁判所は、Vimeo社の従業員による動画へのコメントや「スタッフのお気に入り」としての選定は、ユーザーの活動に対する「実質的な影響力」には該当しないと判断しました。この判断において、裁判所は以下の2つの重要な観点を示しています。
第一に、従業員の関与が「コンテンツの選別(content curation)」の域を出ないものであり、ユーザーの投稿に対する自律性を損なうものではないという点です。実際、Vimeo社の従業員は動画の作成には関与しておらず、あくまでもプラットフォーム上のコンテンツを整理・紹介する役割を果たしていたに過ぎませんでした。
第二に、プラットフォームにおけるコミュニティガイドラインの設定や違法コンテンツの排除といった施策は、むしろ「議会が奨励することを意図していた実務」であると評価されました。この判断は、健全なプラットフォーム運営とDMCAセーフハーバー保護が両立可能であることを明確に示したものとして、実務上極めて重要な意義を持ちます。
4.3 判決の重要なポイント
本判決の最も重要な点は、プラットフォーム事業者によるコンテンツモデレーションと、DMCAセーフハーバー保護の関係を明確化したことです。裁判所は、Pierre Leval判事の意見を通じて、「単に受動的にコンテンツを受け入れるのではなく、ユーザーの投稿内容の形成に大きな役割を果たしている」場合(when a platform is “not merely passively accepting content” but is “playing a large role in shaping the content of user posts”)に、プラットフォーム事業者は著作権侵害のモニタリングについて高度な責任を負うことになると説明しました。
しかし同時に、Vimeo社のような一般的なコンテンツモデレーション活動は、この「大きな役割」(a large role)には該当しないとの判断も示されました。この判断により、プラットフォーム事業者は、適切なコンテンツモデレーションを実施しながらも、セーフハーバー保護を維持できることが明確になりました。
また、本判決は、著作権法の専門家ではない従業員に対して、著作権侵害の有無を判断する能力を期待することは現実的ではないとの認識も示しています。この点は、プラットフォーム事業者の実務運営において、現実的な基準を提供するものとして評価できます。
5. 実務への影響と対応
5.1 プラットフォーム事業者が取るべき施策
Vimeo事件の判決を踏まえ、プラットフォーム事業者は、コンテンツモデレーションに関する施策を見直す必要があります。最も重要なのは、ユーザーの自律性を尊重しながら、適切なコンテンツ管理を実現することです。本判決は、プラットフォームの健全性維持のための施策が、DMCAセーフハーバー保護を失うリスクを必ずしも高めないことを明確にしました。
具体的な施策としては、まず通知と削除(notice-and-takedown)の体制を整備することが挙げられます。権利者からの適切な通知に迅速に対応できる体制を構築することは、セーフハーバー保護を維持するための基本的要件となります。また、違法または不適切なコンテンツを報告するための仕組みを整備し、ユーザーからの報告に効率的に対応できる体制を整えることも重要です。
5.2 コンテンツモデレーションの実施方針
コンテンツモデレーションの実施にあたっては、「実質的な影響力」の行使とならない範囲で、プラットフォームの特性に応じた適切な方針を定める必要があります。本判決は、コンテンツの選別や推奨といった一般的なモデレーション活動は、セーフハーバー保護を失わせる要因とはならないことを示しています。
この判断を踏まえ、プラットフォーム事業者は以下のような方針を検討することができます。まず、コミュニティガイドラインの策定と運用については、プラットフォームの目的や特性に応じて、明確な基準を設定することが推奨されます。しかし、個々のコンテンツの創作過程に深く関与したり、詳細な内容指示を行ったりすることは避けるべきでしょう。また、コンテンツの推奨やキュレーションについては、アルゴリズムによる自動化と人的判断を適切に組み合わせることで、効率的かつ適切なモデレーションを実現することができます。
5.3 社内体制の整備と従業員教育
本判決は、著作権法の専門家ではない従業員に対して、著作権侵害の判断を期待することは現実的ではないとの認識を示しました。この点を踏まえ、従業員教育と社内体制の整備は特に重要な課題となります。
まず、従業員に対しては、著作権法の基本的な理解と、セーフハーバー保護の要件に関する教育を実施する必要があります。特に、「推定的な知識」が認められる具体的な状況や、適切な対応方法について、実践的な研修を行うことが推奨されます。ただし、個々の従業員に著作権侵害の判断を委ねるのではなく、疑わしい事例については法務部門等の専門部署に照会する仕組みを整備することが重要です。
また、コンテンツモデレーションに関する判断基準や手続きを明確化し、文書化することも必要です。これにより、従業員の判断にブレが生じることを防ぎ、一貫性のあるモデレーションを実現することができます。さらに、モデレーション活動の記録を適切に保管し、必要に応じて証拠として提示できるよう、文書管理体制を整備することも重要です。
6. 結論
Vimeo事件の判決は、プラットフォーム事業者のコンテンツモデレーション活動とDMCAセーフハーバー保護の関係について、重要な指針を示しました。本判決により、プラットフォーム事業者は、適切なコンテンツモデレーションを実施しながらもセーフハーバー保護を維持できることが明確になり、実務上の大きな前進が図られました。さらに、AIによって生成されたコンテンツやフェイクニュースなど、新たな課題に直面するプラットフォーム事業者にとって、本判決は健全なプラットフォーム運営と法的保護の両立を可能とする重要な指針となるでしょう。これらの意義を踏まえ、各プラットフォーム事業者は、本判決で示された基準に沿って、コンテンツモデレーションの方針や社内体制を適切に整備していくことが求められます。