1. はじめに
裁判所による制裁金の命令(imposition of sanctions/deterrence sanctions)は法的リスクの一つとして常に意識されてきましたが、米国の連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)が2024年12月6日に下した注目すべき判決は、その適用範囲をさらに広げる可能性を示しました。
PS Products Inc. v. Panther Trading Co. Inc.事件において、CAFCは、裁判所が弁護士費用の賠償に加えて、固有の権限(Inherent Authority)に基づく制裁金を追加で課すことができると判示したのです。この判断は、悪意のある特許訴訟(bad faith litigation)に対する裁判所の権限強化を示す重要な先例となりました。
特に注目すべきは、本件で問題となった特許意匠(Design Patent)が被告製品と「明らかに異なる」とされたにもかかわらず提起された訴訟であったという点です。さらに、原告は過去に25件もの特許訴訟を提起し、その多くを被告からの反論後に取り下げていたという経緯も、裁判所の判断に大きな影響を与えました。
このような状況下でCAFCは、米国特許法(Patent Act)第285条に基づく弁護士費用の賠償に加え、裁判所固有の権限による25,000ドルの制裁金の支払い命令を認めました。この判断は、特許権の行使と訴訟戦略に関して、実務家に新たな考慮要素を提供することになります。
2. 本件の概要
2-1. 事案の背景
本件は、PS Products社とBilly Pennington氏(以下、PSP)が、スタンガンの長いスパイク状電極に関する意匠特許第D680,188号(以下、D’188特許)に基づき、Panther Trading社に対して特許侵害訴訟を提起したことに端を発します。
訴訟提起後、Panther社は速やかにPSPに対して規則11(Rule 11)に基づく警告書(Rule 11 letter and draft motion)を送付しました。この警告書では、PSPの特許権侵害の主張が明らかに根拠を欠くことと、アーカンソー州東部地区における裁判地(venue)が不適切であることが指摘されていました。さらにその後、Panther社はPSP自身の過去のマーケティング資料の中に、D’188特許の意匠とほぼ同一のデザインが掲載されているという先行技術も発見しました。
こうした状況に直面したPSPは、訴訟提起からわずか2ヶ月足らずで訴えを取り下げることを選択しました。しかし、この一連の経緯は、PSPの訴訟提起が当初から法的根拠を欠いていたことを強く示唆するものでした。
2-2. 地裁での判断
アーカンソー州東部地区連邦地方裁判所は、本件を「例外的事件(exceptional case)」として認定し、米国特許法第285条に基づき、43,344.88ドルの弁護士費用の支払いをPSPに命じました。加えて裁判所は、その固有の権限に基づき、25,000ドルの追加的な制裁金の支払いも命じました。
地裁の判断の特徴的な点は、PSPが過去に同じ裁判所に提起した25件もの特許訴訟の経緯を考慮したことです。これらの訴訟の半数以上が被告の応答前、または応答直後に取り下げられていた事実は、PSPの訴訟行為の悪質性を示す重要な証拠として評価されました。
2-3. CAFCでの争点
CAFCにおける主要な争点は、裁判所が米国特許法第285条に基づく弁護士費用の賠償に加えて、固有の権限による制裁金を追加で課すことができるかという点でした。PSPは、すでに弁護士費用の賠償が命じられている状況下で、追加の制裁金を課すことは過度な制裁になると主張しました。
また、PSPは裁判所による悪意の認定について、具体的な悪意の認定がなされていないにもかかわらず、過去の訴訟歴から悪意を推認したことは不適切であるとも主張しました。さらに、制裁金の支払い命令に関する裁判所の裁量権の行使が適切であったかという点も争われました。
これらの争点に対するCAFCの判断は、今後の特許訴訟実務に大きな影響を与えることが予想されました。
3. CAFCの判断のポイント
3-1. 二重制裁の可能性
CAFCは、特許法第285条に基づく弁護士費用の賠償と、裁判所の固有の権限に基づく制裁金の両方を課すことについて、明確な判断を示しました。従来から、規則11(Rule 11)違反に基づく制裁や専門家費用の賠償など、複数の制裁を組み合わせることは認められてきましたが、本判決はこれを裁判所の固有の権限による制裁にも拡大したのです。
この判断において重要なのは、各制裁の目的の違いです。弁護士費用の賠償は被告の損害の補填を目的とするのに対し、裁判所の固有の権限に基づく制裁は、悪質な訴訟行為の抑止を目的としています。CAFCは、これらの目的の違いを理由に、二重制裁には当たらないと結論付けました。
3-2. 裁判所の固有の権限(Inherent Authority)の範囲
裁判所の固有の権限の行使について、CAFCは注目すべき判断を示しました。通常、規則11のような特定の制裁規定が利用可能な場合、裁判所はまずそれらの規定に依拠すべきとされています。しかし本件では、PSPが訴えを取り下げたため、規則11に基づく制裁を課すことができない状況でした。
CAFCは、Chambers v. NASCO, Inc.事件を引用しつつ、「既存の規則や法律では対処できない場合、裁判所は安全にその固有の権限に依拠することができる」という原則を確認しました。この判断により、早期の訴え取下げによって規則11の制裁を回避しようとする行為に対しても、裁判所が適切に対処できる途が開かれました。
3-3. 悪意の認定基準
悪意(bad faith)の認定に関して、CAFCは二つの重要な要素を示しました。第一に、本件の特許意匠と被告製品が「明らかに異なる(plainly dissimilar)」ものであり、通常の観察者(ordinary observer)が両者を同一と考えることはあり得ないほど、侵害の主張に根拠がなかったという点です。
第二に、過去の訴訟行為のパターンからの悪意の推認です。PSPが25件もの特許訴訟を提起し、その多くを被告の応答後すぐに取り下げていたという事実に加え、全ての訴訟において特許事件の専門裁判籍(patent-specific venue statute)ではなく一般裁判籍の規定を誤って引用していたことも、悪意を推認する根拠となりました。
CAFCは、個々の訴訟を詳細に分析することなく、これらの事実関係から悪意を推認することは合理的であると判断しました。この判断は、パターン化された悪質な訴訟行為に対する裁判所の評価手法として、今後の実務に大きな影響を与えるものと考えられます。
4. 本判決の実務への影響
4-1. 特許権者側の留意点
本判決を受けて、特許権者は訴訟提起前の調査をこれまで以上に慎重に行う必要が出てきました。特に意匠特許の侵害訴訟においては、通常の観察者テスト(ordinary observer test)に基づく侵害の分析を、客観的な証拠に基づいて行うことが重要です。
また、裁判地の選択についても細心の注意が必要です。本件では、特許事件の専門裁判籍(patent-specific venue statute)である28 U.S.C. § 1400(b)ではなく、一般裁判籍規定である28 U.S.C. § 1391を引用したことが、悪意を推認する要素の一つとなりました。特許訴訟における裁判地の選択は、TC Heartland事件以降より厳格に判断されていることにも留意が必要です。
さらに、過去の訴訟行為が現在の訴訟における悪意の認定に影響を与え得ることも、本判決は明確に示しています。複数の特許訴訟を提起する場合、各訴訟の提起から終結に至るまでの一貫した戦略が求められます。
4-2. 被告側の防御戦略
被告側にとって、本判決は新たな防御の機会を提供しています。特に重要なのは、原告の過去の訴訟行為のパターンを調査し、それを防御に活用できる可能性が開かれたことです。Cedar Lane Technologies Inc. v. Blackmagic Design Inc.事件やVDPP v. Volkswagen Group of America事件など、近年の判例でも示されているように、悪質な特許訴訟に対する制裁の可能性は着実に広がっています。
また、規則11に基づく警告を早期に送付することの重要性も、本判決は示唆しています。たとえ原告が訴えを取り下げたとしても、裁判所の固有の権限に基づく制裁の可能性が残されているためです。ただし、この警告は単なる形式的なものではなく、具体的な問題点を明確に指摘する必要があります。
4-3. 今後の制裁金の運用への示唆
本判決は、制裁金の運用に関して重要な指針を提供しています。CAFCは、Panther社が要求した100,000ドルではなく、25,000ドルという比較的控えめな制裁金を是認しました。これは、制裁金の額が「繰り返される根拠のない訴訟提起を抑止するのに十分な額」という基準で判断されることを示唆しています。
しかし同時に、この判決は第8巡回区の法律に基づいて判断されたものであり、他の巡回区では異なる判断がなされる可能性があります。特に第5巡回区では、ClearValue, Inc. v. Pearl River Polymers, Inc.事件で示されたように、裁判所の固有の権限の行使をより限定的に解釈する傾向があります。
このような状況を踏まえると、制裁金の運用は今後も各巡回区の判例法の発展を注視する必要があり、特に巡回区間での解釈の違いに注意を払う必要があるでしょう。
5. 結論
CAFCによる本判決は、悪意のある特許訴訟に対する裁判所の制裁権限を大きく拡大するものとなりました。特に、弁護士費用の賠償と裁判所固有の権限に基づく制裁金の併科を認め、さらに過去の訴訟行為のパターンから悪意を推認できるとした判断は、特許訴訟実務に大きな影響を与えるでしょう。特許権者は訴訟提起前の調査をより慎重に行い、被告側は早期の警告と過去の訴訟歴の調査という新たな防御手段を得ることになります。今後は各巡回区での判断の違いにも注意を払いながら、制裁金の運用実務が発展していくことが予想されます。