1. はじめに
米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)は、2024年10月31日に特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)の決定に対する長官レビュー(Director Review)制度を大きく刷新しました。この制度改革は、2021年の United States v. Arthrex, Inc. 事件における最高裁判決を受けて実施されてきた暫定的な運用を正式なものとし、より透明性の高い制度として確立するものです。
新しい規則である37 CFR § 42.75は、PTABにおける当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)、付与後レビュー(Post-Grant Review、PGR)、および派生手続(Derivation Proceedings)に関する決定について、より包括的な長官レビューの枠組みを提供します。これにより、USPTO長官は特許審判官による決定を直接レビューする権限を正式に有することになりました。
特に注目すべき点は、この制度改革が単なる手続きの形式化にとどまらない点です。新制度では、11名以上のメンバーで構成される諮問委員会(Advisory Committee)の設置や、委任による再審理パネル(Delegated Rehearing Panel、DRP)の新設など、実務家にとって重要な新機能が導入されています。
本稿では、この新制度の詳細と実務上の重要ポイントについて、具体的な手続きの流れや戦略的な考慮事項を交えながら解説していきます。知的財産実務に携わる専門家の皆様にとって、この制度改革がもたらす実務への影響を理解する一助となれば幸いです。
2. 新制度の法的枠組みと適用範囲
2.1 制度改革の背景と目的
今回の制度改革は、United States v. Arthrex, Inc. 事件において最高裁が下した重要な判断に端を発しています。この判決で最高裁は、特許審判官による最終決定に対して、上級行政官によるレビューが可能でなければ合衆国憲法の任命条項に違反すると判示しました。これを受けて、USPTOは2021年から暫定的な長官レビュー制度を運用してきましたが、今回の改革でその運用を正式な規則として確立することになりました。
新制度の主たる目的は、PTABの決定における正確性、一貫性、そして公正性の向上です。長官に広範な裁量権を与えることで、PTABの判断に対する執行部門からの適切な監督を確保し、特許制度全体の信頼性を高めることを目指しています。
2.2 レビュー対象となる決定の種類
長官レビューの対象となる決定は、以下の4つのカテゴリーに分類されます。第一に、当事者系レビューや付与後レビューにおける審理開始決定(Institution Decisions)です。第二に、これらの手続における最終書面決定(Final Written Decisions)が対象となります。第三に、これらの決定に対する再審理を認める決定も含まれます。そして第四に、本改正で新たに追加された「手続を終結させるその他の決定」が対象となりました。具体的には、不利な判断の承認や手続の却下などの決定が含まれます。
この対象範囲の拡大は、実務家にとって重要な意味を持ちます。特に、手続を終結させる決定まで対象に含めたことで、より包括的な救済の機会が提供されることになったからです。
2.3 申請資格と期限
レビューの申請は、当該PTAB手続の当事者のみが行うことができます。第三者からの申請や意見提出は、認可された法廷助言者(amicus curiae)による意見書の提出を除き、原則として認められません。
申請期限については、再審理の申立て期限と同様に設定されています。具体的には、PTABの決定から30日以内に申請を行う必要があります。ただし、正当な理由がある場合には、長官の判断により期限の延長が認められる可能性があります。これは実務上の柔軟性を確保する重要な規定といえるでしょう。
また、注目すべき点として、長官は職権(sua sponte)によるレビューを開始することもできます。この場合、再審理申立期間の満了から21日以内に開始する必要があり、例外的な状況がない限り、この期限は厳格に適用されます。
3. レビュー手続きの主要な特徴
3.1 申請要件と形式
長官レビューの申請には、いくつかの重要な形式要件があります。申請書は特許審判部事件追跡システム(Patent Trial and Appeal Case Tracking System、P-TACTS)を通じて電子的に提出する必要があります。申請書のページ数は、特に許可がない限り15ページを超えてはならず、申請書の形式は37 CFR § 42.6(a)に定められた要件に従わなければなりません。
特筆すべきは、新たな証拠の提出が原則として禁止されている点です。例外的に、判例法上の重要な変更や、USPTOの手続・指針の変更に関連する場合には、長官の許可を得て新たな証拠を提出できる可能性があります。
3.2 審査プロセス
レビューのプロセスは、申請の受理から始まります。USPTOは申請内容を確認し、要件を満たさない場合には申請者に修正の機会を与えます。ただし、申請期限を徒過している場合は、正当な理由による延長が認められない限り、申請は却下されます。
長官は、レビュー対象となる決定に関する全ての事項について審査する権限を有しています。レビューの判断基準は、審理開始決定については裁量権の濫用または重要な法律・政策上の問題の有無が焦点となり、最終決定については、これらに加えて重要な事実認定の誤りや法的結論の誤りも考慮されます。
3.3 諮問委員会の役割
新制度の特徴的な要素として、少なくとも11名のメンバーで構成される諮問委員会(Advisory Committee)の設置があります。委員会のメンバーは、USPTO内の様々な部門から選出され、特許局長室、特許審判部、特許局長事務所、法務部、政策・国際部門などの代表者が含まれます。
諮問委員会は、長官レビューの申請があった案件について検討し、長官に対して勧告を行います。委員会は全会一致の勧告を行うこともあれば、委員会内での異なる見解を併記して報告することもあります。この仕組みにより、多角的な視点からの検討が可能となっています。
3.4 委任による再審理パネル(DRP)の新設
今回の制度改革では、委任による再審理パネル(Delegated Rehearing Panel、DRP)という新しい制度が導入されました。長官は、特定の案件について、DRPにレビューを委任する権限を有します。これは、長官が直接扱うべき重要性は低いものの、独立したパネルによる再検討が望ましい案件に対応するための仕組みです。
DRPによる審理は、PTABの上級管理職から選ばれた審判官によって構成されます。DRPは、特に、PTABの判断における事実認定や法適用の誤りについて、より詳細な検討を行うことができます。この新制度により、長官の負担を軽減しつつ、効率的なレビューの実施が可能となりました。
4. レビュー決定と効果
4.1 決定の種類と効力
長官レビューの決定は、原則として日常的決定(routine decisions)として扱われますが、長官の裁量により先例的決定(precedential decisions)または参考決定(informative decisions)として指定されることがあります。特に重要な決定は先例的決定として指定され、PTABの今後の判断に対して拘束力を持つことになります。
長官は、対象となる決定を全部または一部について、確認、取消し、変更することができ、また必要に応じてPTABに差し戻すこともできます。この広範な権限により、長官は特許制度の政策方針を効果的に実現することが可能となっています。なお、審理開始決定に対する長官レビューの決定については、連邦巡回区控訴裁判所への上訴は認められません。
4.2 上訴と再審理の可能性
最終書面決定に対する長官レビューの決定については、連邦巡回区控訴裁判所に上訴することが可能です。上訴期限は、長官レビューにおける全ての問題が解決してから起算されます。これにより、当事者は長官レビューの結果を見極めた上で、上訴の要否を判断することができます。
また、長官レビューの決定に対して、当事者は再審理を申し立てることも可能です。ただし、この再審理の申立ては、長官が看過または誤解した事項を具体的に指摘する必要があり、単なる不服の表明や既に主張した論点の蒸し返しは認められません。再審理の申立ては極めて限定的な場合にのみ行うべきとされています。
4.3 基礎となる手続きへの影響
長官レビューが開始されても、原則としてPTABにおける基礎となる手続は停止されません。ただし、長官は必要に応じて手続の停止を命じることができます。この柔軟な制度設計により、不必要な遅延を防ぎつつ、必要な場合には適切な措置を取ることが可能となっています。
長官レビューにおいて差戻しの決定がなされた場合、PTABは長官からの指示に基づいて新たな判断を行います。差戻し後の決定については、長官から特別な期限が指定されていない限り、PTABは可能な限り迅速に、遅くとも6か月以内に判断を下すことが期待されています。さらに、この差戻し後の決定に対しても、当事者は再度長官レビューを申し立てることができ、また長官が職権でレビューを開始することも可能です。
5. 実務上の留意点
5.1 申請戦略の検討
長官レビューの申請を検討する際には、パネルによる再審理と比較し、選択を慎重に検討する必要があります。両者を同時に申請することはできず、いずれか一方を選択しなければなりません。仮に両方を申請した場合、長官レビューの申請として扱われることになります。
戦略的な観点から重要なのは、申請理由の適切な選択です。審理開始決定に対するレビューでは、裁量権の濫用または重要な法律・政策上の問題に焦点を当てる必要があります。一方、最終書面決定に対するレビューでは、これらに加えて重要な事実認定の誤りや法的結論の誤りも主張することができます。どの観点から申請するかは、事案の性質と利用可能な証拠に応じて戦略的に決定すべきでしょう。
5.2 利害関係の開示
利害関係の開示に関する新しい要件には特に注意が必要です。当事者は、長官レビューの申請に際して、全ての実質的な利害関係者(Real Party in Interest)を開示しなければなりません。これには、申請に財政的に貢献している者も含まれます。
また、USPTOは行政府倫理規定(Standards of Ethical Conduct for Employees of the Executive Branch)に基づき、長官、諮問委員会メンバー、およびその他のUSPTO職員の利益相反についても厳格な管理を行います。利益相反が認められる場合、当該職員は対象案件から除外されることになります。
5.3 タイムラインの管理
タイムラインの管理は、長官レビューの成否を左右する重要な要素です。申請期限は、PTABの決定から30日以内という比較的短い期間に設定されています。特に注目すべきは、USPTOが長官レビューの申請から決定までの期間について、平均して2ヶ月程度で処理する目標を掲げている点です。この迅速な処理は実務上の大きなメリットといえるでしょう。
ただし、基礎となる手続は原則として停止されないため、並行して進行する手続のタイムラインにも注意を払う必要があります。また、長官レビューが認められた場合に備えて、追加の書面提出や口頭審理の可能性も考慮に入れておくべきです。さらに、上訴を検討している場合は、長官レビューが上訴期限に与える影響も考慮する必要があります。上訴期限は全ての長官レビューの問題が解決するまで延期されることになります。
6. 結論
2024年10月31日から施行した新しい長官レビュー制度は、PTABの決定に対する監督メカニズムを大幅に強化し、より透明性の高い特許審判制度を確立するものといえます。諮問委員会の設置やDRPの新設といった新機能の導入、レビュー対象となる決定の範囲の拡大、そして明確な手続規則の制定により、特許権者および無効を主張する当事者の双方にとって、より予測可能で効果的な救済手段が提供されることになります。実務家としては、この新制度の特徴を十分に理解し、申請要件やタイムラインを適切に管理しながら、事案に応じた最適な戦略を選択することが重要となるでしょう。