1. はじめに
2024年8月1日、米国の連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、特許審判部(PTAB)の再審理請求(Request for Rehearing)における主張の取り扱いに関して、重要な判断を下しました。Voice Tech Corp. v. Unified Patents, LLC事件において、CAFCは再審理請求で主張を繰り返さなかったことが、必ずしも上訴時の主張放棄につながらないと判示しました。
この判決は、PTABでの手続きと上訴戦略に大きな影響を与える可能性があります。特に、再審理請求での主張の範囲や、上訴時のクレーム解釈の扱いについて、新たな指針を示しています。本稿では、この判決の背景、CAFCの判断、そして実務への影響を詳しく解説します。
2. 事案の背景
2.1. 係争特許
本件で問題となったのは、Voice Tech Corp.が保有する米国特許第10,491,679号(以下、「’679特許」)です。この特許は、「モバイルデバイスからの音声コマンドを使用してコンピュータをリモートにアクセスおよび制御する方法」に関するものです。スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスから、音声指示によってPCを遠隔操作する技術、言わば「声で家のパソコンを動かす」ような技術を保護するものだと言えるでしょう。
2.2. 当事者系レビュー(IPR)の経緯
Unified Patents, LLC(以下、「Unified Patents社」)は、’679特許の有効性に疑問を呈し、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)に当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)を申し立てました。
PTABは、Unified Patents社の申立てを受理し、’679特許のすべての請求項(クレーム1-8)について審理を開始。審理の結果、PTABは’679特許のすべての請求項が自明性(obviousness)の観点から無効であるとの判断を下しました。つまり、この特許技術は、当業者にとって容易に思いつくものだったという判断です。
Voice Tech社は、この判断を不服として再審理を請求(Request for Rehearing)しましたが、PTABはその請求を退けました。ここで注目すべきは、Voice Tech社が再審理請求の際に、IPRの段階で主張していたクレーム解釈に関する議論を再度持ち出さなかったという点です。
この一連の手続きを経て、Voice Tech社はCAFCに上訴。そこで浮上したのが、「再審理請求で主張しなかった論点を、上訴審で主張できるのか」という問題でした。この問題に対するCAFCの判断が、本件の核心部分となります。
3. 連邦巡回控訴裁判所の判断
3.1. 再審理請求における主張の放棄に関する判断
CAFCは、PTABへの再審理請求で主張を繰り返さなかったことが、必ずしも上訴時の主張放棄につながるわけではないと判断しました。
裁判所は、「再審理請求において当事者が主張を再度提起しないという選択をしたことのみをもって、CAFCでの審理のために当該主張を放棄したとはならない」と明確に述べました。これは、特許実務に携わる者にとって、大きな意味を持つ判断です。
さらに、CAFCは37 C.F.R. § 42.71(d)の解釈について言及しました。この規則は、再審理請求において「PTABが誤解または見落とした」と当事者が考える事項を特定することを求めています。CAFCは、この規定の対象範囲が、PTABの最終決定に対して当事者が不同意な全ての事項よりも狭いと解釈しました。
3.2. クレーム解釈に関する判断
クレーム解釈に関して、CAFCは興味深い立場を取りました。Voice Tech社のクレーム解釈に関する主張は放棄されていないと判断しつつも、結局それらの主張を検討しないという決定を下したのです。
その理由として、CAFCは「Voice Tech社が、提案するクレーム解釈がPTABの自明性の判断をどのように変更するかを説明していない」点を挙げました。つまり、クレーム解釈の変更が結論に影響を与えない限り、裁判所はそれを検討する必要がないという立場を示したわけです。
この判断は、Nidec Motor Corp. v. Zhongshan Broad Ocean Motor Co.事件の先例に基づいています。クレーム解釈が「自明性の争点に重要でない」場合、CAFCはそれを行う必要がないというのです。
3.3. 自明性の判断に関する検討
最後に、CAFCはPTABの自明性判断を支持しました。Voice Tech社は、先行技術が特定のクレーム限定を開示していないと主張しましたが、CAFCはこれを退けました。
裁判所は、PTABの判断に「実質的な証拠(substantial evidence)」があると認定。特に、Unified Patents社の請願書が、1つの請求項の分析を他の請求項にも適用可能であることを明確に示していたと判断しました。
また、Voice Tech社の「事後的考察(hindsight)」に基づく自明性判断だという主張も退けられました。CAFCは、PTABが適切に専門家の証言を考慮し、発明時点での当業者の視点から自明性を判断したと認めたのです。
このように、CAFCは本件のほぼ全ての点においてPTABの判断を支持する形となりました。しかし、再審理請求における主張の取り扱いに関する判断は、今後の実務に大きな影響を与えることになるでしょう。
4. 判決の重要なポイント
4.1. 再審理請求と上訴における主張の関係
本判決の最も重要なポイントは、再審理請求と上訴における主張の関係を明確にしたことです。CAFCは、PTABへの再審理請求で主張を繰り返さなかったことが、必ずしも上訴での主張放棄につながらないと判断しました。これは、特許実務に大きな影響を与える可能性があります。
従来、多くの実務家は、再審理請求で主張しなかった論点は上訴でも主張できないと考えていました。しかし、本判決はこの考えを覆しました。CAFCは、37 C.F.R. § 42.71(d)の解釈において、再審理請求で指摘すべき事項を「PTABが誤解または見落とした」ものに限定しています。つまり、PTABが既に十分に検討した事項については、再度主張する必要がないということです。
この判断は、Polycom, Inc. v. Fullview, Inc.事件とも整合性があります。Polycom事件では、元の手続きで全く主張されていなかった論点を再審理請求で初めて持ち出さなかったことが問題となりました。一方、本件では、IPRの段階で既に主張されていた論点が再審理請求で繰り返されなかったのです。
4.2. クレーム解釈の重要性と限界
クレーム解釈に関する本判決の立場も注目に値します。CAFCは、クレーム解釈の変更が結論に影響を与えない限り、それを検討する必要がないとしました。これは、クレーム解釈の重要性を認めつつも、その限界も示したと言えるでしょう。
具体的には、Voice Tech社が提案するクレーム解釈がPTABの自明性判断をどのように変更するかを説明しなかったことが問題視されました。つまり、単にクレーム解釈の誤りを指摘するだけでは不十分で、その解釈の変更が結論にどう影響するかまで説明する必要があるのです。
この判断は、特許訴訟戦略に大きな影響を与えるでしょう。今後は、クレーム解釈の主張を行う際、その解釈が結論に与える影響を明確に示すことが重要になります。
4.3. 自明性判断における実質的証拠の重要性
最後に、自明性判断における「実質的証拠(substantial evidence)」の重要性が再確認されました。CAFCは、PTABの自明性判断を支持する際、その判断に実質的な証拠があることを強調しています。
特に注目すべきは、Unified Patents社の請願書の扱いです。CAFCは、請願書が特定の請求項の分析を他の請求項にも適用可能であることを明確に示していたと判断しました。これは、IPR請願書作成の際の重要なポイントとなるでしょう。
また、「事後的考察(hindsight)」に基づく自明性判断という主張も退けられました。CAFCは、PTABが適切に専門家の証言を考慮し、発明時点での当業者の視点から自明性を判断したと認めています。これは、自明性の主張や反論を行う際、発明当時の技術水準や当業者の知識を適切に考慮することの重要性を示しています。
5. 本判決の実務への影響
5.1. PTAB手続における戦略的考慮事項
本判決は、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)での手続きに関する戦略を大きく変える可能性があります。これまで多くの実務家は、再審理請求で主張しなかった論点は上訴でも主張できないと考え、念のため全ての論点を繰り返し主張していました。しかし、この判決により、そのような過剰な主張は不要となる可能性が高まりました。
特に注目すべきは、37 C.F.R. § 42.71(d)の解釈です。CAFCは、この規則が要求しているのは「PTABが誤解または見落とした」事項の指摘のみだと明確にしました。つまり、PTABが十分に検討したと思われる論点については、再審理請求で繰り返す必要がないのです。
この判決により、再審理請求の戦略は以下のように変化するでしょう:
- PTABの判断で誤解や見落としがあると思われる点に焦点を絞る
- 新たな証拠や議論を提示する場合は、それがPTABの誤解や見落としを示すものであることを明確に説明する
- すでにPTABが十分に検討した論点については、再度の主張を控える
このアプローチにより、再審理請求がより効果的かつ効率的になる可能性があります。また、PTABの負担も軽減されるでしょう。
5.2. 上訴時の主張準備に関する留意点
上訴時の主張準備についても、本判決は重要な指針を示しています。特に以下の点に注意が必要です:
第一に、再審理請求で主張しなかった論点であっても、元のIPR手続きで主張していれば、上訴で取り上げることが可能です。ただし、これは全く新しい論点を上訴で持ち出せるということではありません。Polycom, Inc. v. Fullview, Inc.事件で示されたように、IPRの段階で一度も主張されていない論点を上訴で初めて主張することは依然として許されないでしょう。
第二に、クレーム解釈に関する主張を行う際は、その解釈の変更が結論にどのような影響を与えるかを明確に説明する必要があります。CAFCは、単にクレーム解釈の誤りを指摘するだけでは不十分だとしています。したがって、上訴の準備段階で以下のような検討が重要になります:
- 提案するクレーム解釈がPTABの結論をどのように変更するか
- その変更が特許の有効性判断にどのような影響を与えるか
- なぜその解釈が正しく、PTABの解釈が誤っているのか
最後に、自明性の判断に関する主張を行う際は、「実質的証拠(substantial evidence)」の基準を念頭に置く必要があります。CAFCは、PTABの判断に実質的な証拠がある限り、その判断を覆すことは難しいという立場を取っています。したがって、上訴では単にPTABの判断に異議を唱えるだけでなく、その判断を支える証拠が不十分であることを示す必要があります。
これらの点を考慮することで、より効果的な上訴戦略を立てることが可能になるでしょう。本判決は、特許実務家に新たな視点と戦略的選択肢を提供しているのです。
6. まとめ
本稿で解説したVoice Tech Corp. v. Unified Patents, LLC事件におけるCAFCの判決は、特許実務に大きな影響を与える画期的なものと言えるでしょう。特に、PTABへの再審理請求における主張の取り扱いと、上訴時の戦略に関して重要な指針を示しました。再審理請求で主張を繰り返さなかったことが必ずしも上訴での主張放棄にはつながらないという判断は、実務家の戦略的選択肢を広げるものです。同時に、クレーム解釈や自明性判断に関する主張の際には、より具体的かつ説得力のある論理展開が求められることも明確になりました。この判決を踏まえ、特許権者と特許異議申立人の双方が、より効果的なPTAB手続きと上訴戦略を構築することが可能になったと言えるでしょう。今後の特許訴訟実務において、本判決の影響を注視し、適切に対応していくことが重要となります。