2024年8月13日にCAFCが下した画期的な判決により、自明型二重特許(ODP)の適用に関する新たな基準が確立され、特許法実務に大きな影響を与えることが予想されます。

明らかになった自明型二重特許の新たな基準:Allergan v. MSN Laboratories 事件におけるCAFCの判決

1. はじめに

2024年8月13日、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、Allergan USA, Inc. v. MSN Laboratories Private Ltd.事件において、自明型二重特許(ODP)の適用に関する重要な判断を下しました。この判決は、特許法実務に大きな影響を与える可能性があります。

本件の中心的な問題は、最初に出願・発行された特許が、後に出願・発行された特許によってODPで無効とされ得るかというものでした。特に、特許期間調整(PTA)を受けた特許の取り扱いが注目されました。

CAFCは、最初に出願・発行された特許は、同じ優先日を持つ後続の特許によってODPで無効とされることはないという新たな基準を示しました。この判断は、ODPの基本原則を維持しつつ、PTAという近年の制度との調和を図ろうとするものです。

本稿では、この判決の背景、CAFCの判断内容、そして特許実務への潜在的な影響について、客観的な視点から解説します。特許戦略や訴訟実務に関わる方々にとって、この判決の意義を理解することは極めて重要です。

2. 自明型二重特許(Obviousness-Type Double Patenting: ODP)の背景

2.1. ODPの目的と歴史的文脈

自明型二重特許(Obviousness-Type Double Patenting、ODP)は、特許法の重要な原則の一つです。この原則は、同一の発明者や権利者が、実質的に同じ発明に対して複数の特許を取得することを防ぐために発展してきました。ODPの主な目的は、特許権者が不当に特許期間を延長することを阻止することにあります。

ODPの起源は古く、1865年のSuffolk Co. v. Hayden事件にまで遡ります。当時の最高裁判所は、「特許権者が独占権を創出する力は、最初の特許で使い果たされる」という原則を示しました。この考え方は、その後の判例法の中で発展し、今日のODP理論の基礎となっています。

長年にわたり、裁判所はODPの適用にあたって、特許の発行日を重視してきました。これは、1995年以前の特許制度では、特許期間が発行日から計算されていたためです。しかし、特許制度の変更に伴い、ODPの適用基準も徐々に進化を遂げることになりました。

2.2. ウルグアイ・ラウンド協定法(URAA)の特許期間への影響

1994年、ウルグアイ・ラウンド協定法(Uruguay Round Agreements Act、URAA)が成立し、米国の特許制度に大きな変革がもたらされました。この法改正により、特許期間の計算方法が根本的に変更されることとなったのです。

URAAAは、特許期間の起算点を発行日から出願日(より正確には優先日)に変更しました。具体的には、特許期間が出願日から20年と定められたのです。これにより、同じ優先日を持つ特許は、原則として同じ日に満了することになりました。

この変更は、ODPの適用に大きな影響を与えました。というのも、同一の発明者による複数の特許が、自動的に同じ日に満了するようになったからです。これにより、特許期間の不当な延長というODPの主要な懸念事項が、ある程度解消されることとなりました。

2.3. 特許期間調整(PTA)とODPの関係性

しかし、特許制度の変更はここで終わりませんでした。URAAAの施行後、新たな問題が浮上しました。それは、特許庁での審査の遅延により、実質的な特許期間が短くなってしまうケースが発生したのです。

この問題に対処するため、1999年に特許期間調整(Patent Term Adjustment、PTA)制度が導入されました。PTAは、特許庁の責任による審査の遅延を補償するもので、一定の条件下で特許期間を延長することができます

ここで新たな問題が生じました。同じ優先日を持つ特許ファミリーの中で、PTAにより一部の特許の満了日が他の特許よりも遅くなるケースが出てきたのです。これは、ODPの適用において新たな課題を投げかけることになりました。

従来、ODPの判断では発行日や満了日が重視されてきましたが、PTAの導入により、これらの日付だけでODPを判断することの妥当性に疑問が投げかけられるようになりました。特に、最初に出願・発行された特許が、PTAにより後から発行された特許よりも遅く満了する場合、ODPをどのように適用すべきかという問題が浮上しました。

このような背景のもと、Allergan v. MSN Laboratories事件は、ODPの適用基準に関する重要な判例となったのです。

3. Allergan USA, Inc. v. MSN Laboratories Private Ltd. 事件の概要

3.1. 係争中の特許と当事者

本件の中心となったのは、Allergan社が保有する一連の特許でした。特に注目されたのが、エルキサドリン(eluxadoline)という化合物をクレームする米国特許第7,741,356号(’356特許)です。Allerganは、この化合物を含有する過敏性腸症候群治療薬「Viberzi®」を販売していました。

一方、被告のSun Pharmaceutical Industries Limited(Sun社)は、Viberzi®のジェネリック医薬品の承認を求めて略式新薬承認申請(Abbreviated New Drug Application、ANDA)を行いました。これに対し、Allergan社はSun社を特許侵害で提訴しました。

興味深いことに、‘356特許は特許期間調整(PTA)により467日の期間延長を受けていました。これにより、同じ特許ファミリーに属する後続の特許(’011特許と’709特許)よりも遅い満了日を持つことになったのです。

3.2. 地方裁判所の判決

デラウェア地区連邦地方裁判所での審理において、Sun社は’356特許のクレーム40が自明型二重特許(ODP)により無効であると主張しました。その根拠として、’011特許と’709特許のクレームとの間に特許性の区別がなく、かつ’356特許がPTAにより後から満了することを挙げました。

これに対しAllergan社は、’356特許が最初に出願され最初に発行された特許であることから、後から出願・発行された特許に基づくODPの対象にはならないと反論しました。しかし、地方裁判所はSun社の主張を認め、’356特許のクレーム40を無効と判断しました。

裁判所は、2023年のIn re Cellect, LLC事件の判決を引用し、ODPの分析においては特許の満了日を比較すべきであり、出願日や発行日は重要ではないと述べました。この論理に従えば、PTAを受けた’356特許が後から満了することが問題となるわけです。

3.3. 連邦巡回控訴裁判所への上訴

地方裁判所の判決を不服としたAllergan社は、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に上訴しました。CAFCでの主な争点は、最初に出願・発行された特許が、後から出願・発行された特許に基づいてODPで無効とされ得るかという点でした。

Allergan社は、’356特許が特許ファミリーの中で最初に出願され最初に発行された特許であることを強調しました。また、In re Cellect事件とは事実関係が異なると主張し、ODPの適用には特許の出願順序や発行順序も考慮されるべきだと訴えました。

一方Sun社は、地方裁判所の判断が正しいと主張し、特許の満了日のみを基準とすべきだと反論しました。

この上訴は、特許実務家たちの間で大きな注目を集めました。なぜなら、この判決次第で、PTAを受けた特許の取り扱いや、特許ポートフォリオ戦略全体に大きな影響が及ぶ可能性があったからです。

CAFCは、この複雑な問題に対して、特許制度の基本原則に立ち返りつつ、現代の特許実務の現実も考慮に入れた判断を下すことを求められました。次節では、CAFCがどのような判断を下したのか、詳しく見ていきましょう。

4. 連邦巡回控訴裁判所の主要な判断

4.1. 最初に出願・発行された特許に対するODPの制限

連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、Allergan v. MSN Laboratories事件において、自明型二重特許(ODP)の適用に関する重要な制限を設けました。裁判所は、「最初に出願され、最初に発行され、後に満了する請求項は、同じ優先日を持つ後から出願され、後から発行され、先に満了する参照請求項によってODPにより無効とすることはできない」(“first-filed, first-issued, later-expiring claim cannot be invalidated by a later-filed, later-issued, earlier-expiring reference claim having a common priority date.” )と判示しました。

この判断は、特許実務に大きな影響を与えるものです。CAFCは、特許ファミリーの中で最初に出願・発行された特許が、そのファミリー内の後続特許によってODPで無効とされることはないという明確な基準を示したのです。

4.2. In re Cellect 判決の解釈と適用範囲の明確化

CAFCは、地方裁判所が依拠したIn re Cellect判決の解釈についても重要な指針を示しました。裁判所は、Cellect事件が「異なる問題に答えたもの」であると指摘しました。

Cellect判決は、特許期間調整(PTA)を受けた特許のODP分析において、PTAを含めた満了日を考慮すべきだと判示しました。しかし、CAFCは今回の判決で、Cellectの判断はあくまでODP分析において考慮すべき満了日を特定したに過ぎず、どのような状況下でODPが適用されるべきかという本質的な問題には答えていないと明確にしたのです。

この解釈により、Cellect判決の適用範囲が限定され、最初に出願・発行された特許に対するODPの適用可能性が大幅に制限されることとなりました。

4.3. 出願日と発行日の重要性の再確認

CAFCは、ODPの分析において出願日と発行日が依然として重要な要素であることを再確認しました。裁判所は、「’356特許は間違いなくエルキサドリンをカバーする『最初の』特許である」と指摘し、出願日と発行日の両方において’356特許が先行していることを強調しました。

さらに、CAFCは「特許ファミリーの中で最初に出願され最初に発行された特許として、それがクレームされた主題と特許性のない明白な変形に対する独占期間の上限を設定する特許である」と述べ、最初の特許の重要性を明確にしました。

この判断は、単に満了日だけでなく、特許の出願・発行の順序もODP分析において重要な要素であることを示しています。これにより、特許戦略において、最初に出願・発行された基本特許の重要性が再認識されることになるでしょう。

CAFCのこれらの判断は、ODPの適用に関する新たな基準を確立し、特許権者にとってより予測可能で安定した法的環境を提供するものといえます。特に、PTAによって延長された特許期間の保護という観点から、この判決は多くの特許権者にとって歓迎すべきものとなるでしょう。

5. 判決の根拠と論理

5.1. ODPの基本原則との整合性

CAFCは、今回の判決がODPの基本原則と完全に整合していると強調しました。ODPの主な目的は、特許権者が同一または明白に類似した発明に対して複数の特許を取得することで、不当に独占期間を延長することを防ぐことにあります。

CAFCは、「’356特許は、間違いなくエルキサドリンをカバーする『最初の』特許であり、『二番目の』特許ではない」と指摘しました。つまり、‘356特許は独占期間を延長するものではなく、むしろその期間を設定する基準となる特許だというわけです。

裁判所は、「自明型二重特許の根本的な目的に反する」(antithetical to the principles of ODP)という表現を用いて、最初に出願・発行された特許を後続の特許に基づいて無効にすることの不適切さを強調しました。この論理は、ODPの本来の目的を再確認し、その適用範囲を明確に限定するものといえるでしょう。

5.2. 議会の意図したPTAの利益の保護

判決のもう一つの重要な論点は、特許期間調整(PTA)に関する議会の意図を尊重することでした。CAFCは、最初に出願・発行された親特許がPTAを受けたことで後から満了するという理由だけで無効とされるべきではないと判断しました。

裁判所は、「そのような判断は、ODPの基本的な目的に反するだけでなく、議会がPTAを成文化する際に特許権者に付与しようとした利益を事実上無効にしてしまう」と述べました。つまり、PTAによる特許期間の延長は議会が意図的に設けた制度であり、ODPによってその効果を無効化することは適切ではないという考えです。

この判断は、特許制度の複雑な側面を調和させようとする裁判所の努力を示しています。ODPの原則を維持しつつ、同時にPTAという近代的な制度の意義も尊重するというバランスの取れたアプローチといえるでしょう。

5.3. 先行判例(Gilead、Abbvie)との区別

CAFCは、本件をGilead Sciences, Inc. v. Natco Pharma Ltd.事件AbbVie Inc. v. Mathilda & Terence Kennedy Institute of Rheumatology Trust事件などの先行判例と明確に区別しました。

Gilead事件では、CAFCは後から発行されたが先に満了する特許が、先に発行されたが後から満了する特許のODP参照となり得ると判示しました。しかし、本件でCAFCは、Gileadの判断が「その事件の状況に明示的に限定されていた」(expressly limited to the circumstances of that case)と指摘しました。

Gilead事件とは異なり、本件の’356特許は特許ファミリーの中で最初に出願され、最初に発行された特許でした。CAFCは、この重要な違いを強調し、Gileadの判断をそのまま適用することはできないと結論付けました。

同様に、Abbvie事件についても、問題となった特許が後から出願され、後から発行され、後から満了するものであったという点で、本件とは事実関係が異なると判断しました。

これらの区別により、CAFCは過去の判例法を覆すことなく、新たな状況に対応する柔軟な解釈を示しました。このアプローチは、特許法の進化を反映しつつ、法的安定性も維持するというCAFCの慎重な姿勢を表しています。

7. 結論

Allergan v. MSN Laboratories事件におけるCAFCの画期的な判決は、自明型二重特許(ODP)の適用範囲を明確に制限し、特許実務に新たな指針を示しました。最初に出願・発行された特許が後続の特許によってODPで無効とされないという原則は、特許権者にとって大きな意味を持ちます。特に、特許期間調整(PTA)を受けた特許の保護が強化されたことで、長期の研究開発を要する産業分野に大きな影響を与えるでしょう。この判決は、ODPの基本原則を維持しつつ、現代の特許制度の複雑性に対応するバランスの取れたアプローチを示しており、今後の特許戦略や訴訟実務に重要な指針となることは間違いありません。特許実務家は、この新たな法的枠組みを十分に理解し、クライアントに最適なアドバイスを提供することが求められるでしょう。

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