故意侵害だからといって侵害の警告をする前の賠償金は得られない

CAFCは、たとえ特許権者やライセンシーがマークされていない製品の販売を停止したり、故意侵害が認められても、patent marking statute, 35 U.S.C. § 287により損害賠償金が制限されることを示しました。

Arctic Cat Inc. v. Bombardier Recreational Prods., Appeal No. 2019-1080.

この案件は事実背景が複雑で、関連する法律も複数あるので、実務に関連しそうなポイントだけを絞って解説します。

特許表示の例外

まず、CAFCは特許法287条に書かれている特許表示は、プロセスや方法特許には適用されず、また、一度も特許権者が製品化していないものも適用外であることを示しました。プロセスや方法の除外に関しては、法律で文面化されています(Section b)。一度も製品化されていないという点については、CAFCは以下のような発言をしています。

“Thus, a patentee who never makes or sells a patented article may recover damages even absent notice to an alleged infringer.”

Arctic Cat Inc. v. Bombardier Recreational Prods., Appeal No. 2019-1080.

表示がないものは原則賠償金が制限される

しかし、特許権者が特許で守られた製品を作ったり、売ったりした際に、特許法287条に書かれている特許表示に従わない形で行われた場合、特許権者は実際に侵害が疑われる会社に警告を行うか、その会社を相手に訴訟を行うかしない限り賠償金を得ることは出来ず、その賠償金も実際の警告か訴訟以降の期間の侵害のみが対象になるとしました。

ライセンシーにも表示義務が課せられる

また、CAFCは、特許権者のライセンシーも特許権者同様に特許法287条に書かれている特許表示に従わなければいけないとしました。

今回のケースでは、特許権者のArctic Catは、Hondaに対象特許をライセンスして、Hondaがライセンスされた特許の対象になる製品を販売していました。しかし、そのライセンス契約では、Hondaには特許表示義務がないことが明確に書かれていました。

つまり、ライセンシーは特許で守られた製品を販売していたものの、特許の表示がされていない形で販売されていました。

特許法287条では、主に特許権者による特許の表示について書かれていますが、今回、CAFCはその条件は、ライセンシーにも同じように適用されることを明確化しました。

製品の販売中止は表示義務を怠った言い訳にはならない

CAFCは表示されていない製品の販売の販売中止があったことに注目しました。特許権者のArctic Catは、Hondaにライセンスを行いHondaが特許の対象になる製品を販売していましたが、その販売は中止になり、Arctic CatがBombardierを訴えるまで数年間の空白がありました。このような特許対象品が売られていない空白の期間があったとしても、その空白期間が、特許法287条で示されている表示義務を怠った言い訳にはならないとしました。そして、特許権者は、表示されていない製品の販売中止から訴訟を起こすまでに期間の侵害に対する賠償を得ることができないということを示しました。

特許権者の表示義務はライセンシーの製品販売からも始まる

また、CAFCは、今回のケースでは、特許権者の表示義務はライセンシーの製品販売から始まったとしました。今回の場合、特許権者のArctic Catは、対象となっている特許で守られた自社製品は販売せず、Hondaへのライセンスを行っただけでした。

そのため、ライセンシーであるHondaが対象製品を販売したときから特許権者の表示義務は始まっているという見解を示しました。

故意侵害であっても表示義務で賠償金は制限される

今回、CAFCは侵害者であるBombardierの故意侵害を認めましたが、故意侵害があったからと言って、特許権者に対する表示義務が免除されるわけではないとしました。つまり、故意侵害であっても、対象製品に特許が表示されていないのであれば、損害賠償が認められるのは、実際に侵害が疑われる会社への警告以降か、訴訟が始まった日以降の侵害に限定されます。

ここでのポイントは、故意侵害で必要とされる侵害者の特許の存在認識とその特許の侵害という事実が、特許法287条で示されている実際の告知(actual notice)とはならないという点です。あくまでも、特許法287条で示されている実際の告知は、特許権者主導によって行われるものなので、その点が故意侵害との大きな違いになりました。

 “While willfulness turns on the knowledge of an infringer, § 287 is directed to the conduct of the patentee. The marking statute imposes notice obligations on the patentee, and only the patentee is capable of discharging those obligations.”

Arctic Cat Inc. v. Bombardier Recreational Prods., Appeal No. 2019-1080.

まとめ

今回のようなケースは珍しいと思いますが、判例としては価値があると思います。特に、過去の侵害に対する賠償金を得るための特許表示の大切さ、ライセンスした際にライセンシーに特許表示を義務づける重要性、故意侵害と特許表示はまったく別問題、というこの3つの点に関しては、今後の社内での知財戦略の方向性を決める上でこのケースが重要な判例となることでしょう。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Clyde Shuman. Pearl Cohen Zedek Latzer Baratz(元記事を見る

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