IPR手続の費用は特許法 285 条の合理的な弁護士費用として回収できるのか?CAFC判決 Dragon Intellectual Property LLC v. DISH Network L.L.C.の考察 - 画像

IPR手続の費用は特許法 285 条の合理的な弁護士費用として回収できるのか?CAFC判決 Dragon Intellectual Property LLC v. DISH Network L.L.C.の考察

近年、特許訴訟とともに、Inter Partes Review (IPR) 制度の利用が増加しています。IPRは、特許の有効性を争う手続であり、訴訟とは別に米国特許商標庁 (USPTO) の特許審判部 (PTAB) で行われます。そのため、IPRを申し立てた当事者が特許無効の決定を得られれば、訴訟が有利に進む可能性があります。しかし、IPR手続には多額の費用がかかるため、その費用を特許法285条に基づく弁護士費用として回収できるかが問題となります。

本稿では、2024年5月20日に連邦巡回区控訴裁判所 (CAFC) が下した判決、Dragon Intellectual Property LLC v. DISH Network L.L.C. 事件を取り上げます。本件は、特許権者がIPR手続の費用を回収できるか、また、訴訟代理人に費用の連帯責任を負わせられるかが争点となった事件です。

事件の背景

本件は、特許権者であるDragon Intellectual Property LLC (Dragon) が、複数の企業に対して特許侵害訴訟を提起したことに端を発します。

2013年12月、DragonはDISH Network L.L.C. (DISH)、Sirius XM Radio Inc. (SXM) および他の8社に対し、米国特許第5,930,444号 (「’444特許」) の侵害を主張して訴訟を提起しました。Dragonは、各社の製品やサービスが ’444特許のクレームの範囲に含まれると主張しました。

訴訟提起を受けて、DISHとSXMはDragonの特許の有効性に疑義を唱え、2014年12月に米国特許商標庁 (USPTO) の特許審判部 (PTAB) にInter Partes Review (IPR) を申し立てました。IPRは、特許の有効性を争う手続であり、訴訟とは別に行われます。DISHとSXMは、IPRにおいて ’444特許のクレームが先行技術に基づいて無効であると主張しました。

地裁は、IPRの結果が出るまで、DISHとSXMに対する訴訟手続を中断しました。ただし、他の8社については、訴訟が継続されました。

その後、地裁は、クレーム解釈手続 (claim construction) を行い、’444特許のクレームの意味と範囲を解釈しました。この解釈に基づき、地裁は、被告各社の製品やサービスが特許のクレームの範囲に含まれないとして、非侵害判決を下しました。

一方、PTABにおけるIPR手続が進行し、’444特許のクレームが先行技術に照らして無効であるとの最終決定が下されました。PTABは、DISHとSXMの申立てを認め、’444特許のクレームは進歩性を欠くため無効であると判断しました。

その後、DISHとSXMは地裁に対し、特許法285条に基づき、弁護士費用を請求しました。同条は、特許訴訟が例外的な場合において、勝訴当事者に弁護士費用の賠償を認める規定です。地裁は、訴訟に関連する費用の一部については認容しましたが、IPR手続の費用とDragonの訴訟代理人の連帯責任については否定しました。これに対し、DISHとSXMが控訴し、Dragonが cross-appeal したのが本件です。

CAFCの判断

連邦巡回区控訴裁判所 (CAFC) は、地裁の判断を詳細に検討し、いくつかの重要な論点について判断を下しました。

地裁の弁護士費用の一部認容の是認について

CAFCは、地方裁判所が関連する弁護士費用の一部を認めた判断を支持しました。

この件において、地方裁判所は明確な包袋禁反言 (prosecution history estoppel) が存在したことを根拠に、特許法285条に基づく「例外的な事件」と認定しました。包袋禁反言とは、特許権者が特許取得過程で特許請求の範囲を限定する陳述をした場合、その陳述に基づいて特許のクレームの解釈が制限される法理です。

さらに、CAFCは、被告らから侵害の根拠がないと通知された後もDragon社が訴訟を継続したことを「例外的な事件」認定の重要な要因として評価しました。

そして最終的に、CAFCは地方裁判所が適切に裁量権を行使したと判断し、特許法285条の適用におけるその判断を尊重するべきであるとの見解を示しました。

IPR手続の費用請求を否定した点の是認

しかし、CAFCは、IPR手続の費用をDragonに請求することを認めず、地裁の判断を支持しました。

被告らによるIPRの任意の申立て

まず、CAFCは、IPR手続が被告らによって任意に申し立てられたものであることを強調しました。特許法285条は、特許訴訟における例外的な事件において、勝訴当事者に訴訟費用の償還を認める規定です。しかし、CAFCは、IPRが訴訟手続とは独立した手続であり、訴訟当事者の選択により申し立てられるものであることを指摘しました。

被告らは、地裁における訴訟手続とは別に、自らの判断でIPRを申し立てました。事実他の8社の被告は、IPRを申し立てずに地裁の訴訟手続のみに参加していました。このような事実背景から、IPRへの参加は義務ではなく、あくまで被告らの戦略的な選択の結果であるとCAFCは判断しました。

任意の手続である以上、その費用を特許法285条の枠組みで償還することは適切ではないというのがCAFCの立場です。特許法285条は、訴訟手続に関連する費用の償還を定めた規定であり、訴訟とは別個の任意の手続にまで及ぶものではないとの解釈を示しました。

特許法285条に基づくIPR費用の回収不可

次に、CAFCは特許法285条の文言と趣旨を詳細に検討し、同条がIPR手続の費用回収を認めていないと判断しました。

特許法285条は、「例外的な場合」(exceptional cases)において、裁判所が「合理的な弁護士費用」(reasonable attorney fees )の償還を認めることができると定めています。CAFCは、この文言が訴訟手続に関連する費用に限定されると解釈しました。IPRは、USPTO (米国特許商標庁) における行政手続であり、訴訟手続とは異なる独立した手続です。したがって、IPR費用は特許法285条にいう「合理的な弁護士費用」には含まれないというのがCAFCの判断です。

また、特許法285条の立法趣旨は、訴訟における不当な行為を抑止し、訴訟当事者間の公平を図ることにあります。IPRは、訴訟手続とは別個の手続であり、特許法285条の立法趣旨が直接適用される場面ではないとCAFCは指摘しました。

PPG Industries判決との区別

CAFCは、先例であるPPG Industries判決が本件とは事案を異にすると判断しました。

PPG Industries判決では、特許権者の申立てによって再発行手続が開始され、被告がその手続に参加せざるを得なかったという事情がありました。再発行手続( reissue proceeding)は、特許権者の主導により開始され、被告の防御のために不可欠な手続であったといえます。そのため、PPG Industries判決では、再発行手続の費用を特許法285条の枠組みで償還することが認められました。

これに対し、本件のIPRは、被告らの任意の申立てによって開始されたものです。IPRへの参加は、被告らの選択の結果であり、訴訟における防御とは異なる性質を有するとCAFCは指摘しました。したがって、PPG Industries判決の射程は本件には及ばないと判断されました。

以上のように、CAFCは、IPRの任意性、特許法285条の文言と趣旨、先例との相違点を丹念に検討し、IPR費用の請求を認めない結論を導きました。

Dragonの訴訟代理人の連帯責任を否定した点の是認

次に、CAFCは、Dragonの訴訟代理人に費用の連帯責任を負わせることを否定した地裁の判断を支持しました。その理由は、以下の3点に集約されます。

特許法285条の文言の解釈

CAFCは、特許法285条の文言を詳細に検討し、同条が訴訟代理人の責任について明示的に定めていないことを指摘しました。

特許法285条は、「例外的な場合」において、裁判所が「合理的な弁護士費用」を認めることができると定めています。この文言は、あくまで訴訟当事者間の費用負担について規定したものであり、訴訟代理人の責任にまで及ぶものではないとCAFCは解釈しました。

特許法285条が訴訟代理人の責任について明示的に言及していない以上、同条に基づいて訴訟代理人に連帯責任を負わせることは適切ではないというのがCAFCの判断です。法律の文言に明示されていない責任を安易に認めることは、法的安定性を損ねる恐れがあるとの考えに基づくものといえます。

他の法令との比較

次にCAFCは、弁護士の責任を明示的に定める他の法令と特許法285条とを比較し、両者の違いを指摘しました。

例えば、28 U.S.C. § 1927は、弁護士が訴訟手続を不合理に遅延させた場合に、弁護士個人に制裁を課すことを認めています。また、連邦民事訴訟規則Rule 11は、弁護士が不適切な訴訟行為を行った場合に、弁護士に制裁を課すことを認めています。これらの法令は、いずれも弁護士の責任を明示的に規定しています。

これに対し、特許法285条は、弁護士の責任について一切言及していません。このような法令間の違いは、立法者の意図の表れであるとCAFCは解しました。特許法285条が弁護士の責任について沈黙していることは、同条が弁護士の責任を予定していないことを示唆しているというのです。

先例の不存在

最後にCAFCは、特許法285条に基づいて訴訟代理人に連帯責任を負わせた先例が存在しないことを指摘しました。

特許法285条は、1952年に制定された規定ですが、これまでの裁判例においては、同条に基づいて訴訟代理人の責任が認められた例はありません。CAFCは、長年にわたって訴訟代理人の責任が認められてこなかったという実務の実情を重視しました。

また、CAFCは、本件が例外的な事件に該当するのは、Dragonの訴訟遂行方針によるものであって、訴訟代理人の行為によるものではないと指摘しました。特許法285条の適用は、あくまで当事者の行為を対象とするものであり、訴訟代理人の行為を理由に訴訟代理人の責任を認めることは適切ではないとの判断を示しました。

以上のように、CAFCは、特許法285条の文言解釈、他の法令との比較、先例の不存在を丹念に検討し、訴訟代理人の連帯責任を否定する結論を導きました。

本判決の示唆と実務への影響

本判決は、特許法285条に基づく費用回収の範囲と、訴訟代理人の責任について、重要な示唆を与えるものです。また、本判決は、特許訴訟の当事者と訴訟代理人の実務にも影響を及ぼすと考えられます。

任意に申し立てられたIPR手続の費用回収不可

本判決は、特許法285条に基づく費用回収の対象が、訴訟手続に関連する費用に限定されることを明確にしました。特許訴訟の当事者が任意に申し立てたIPR手続の費用は、特許法285条の適用範囲外であるとされました。

この判断は、特許訴訟の当事者にとって重要な意味を持ちます。IPRを申し立てるか否かは、当事者の戦略的判断に委ねられます。IPRの申立てには、一定の費用がかかります。本判決は、IPRの費用を特許法285条に基づいて回収することができないことを明らかにしたため、当事者はIPRの申立てに伴う費用負担を覚悟する必要があります。

他方で、本判決は、IPRの利用を萎縮させる効果を持つ可能性もあります。IPRの費用回収が認められないことで、当事者がIPRの申立てを躊躇する可能性があるからです。ただし、IPRには訴訟手続にはない利点もあるため、当事者は費用負担と利点を比較考量して、IPRの申立ての是非を判断することになるでしょう。

訴訟代理人の連帯責任の否定

本判決は、特許法285条に基づく費用回収において、訴訟代理人の連帯責任を認めませんでした。この判断は、訴訟代理人の責任の範囲を明確にする意義を有します。

特許法285条は、あくまで訴訟当事者間の費用負担について定めた規定であり、訴訟代理人の責任にまで及ぶものではないことが確認されました。この判断は、訴訟代理人の予測可能性を高め、訴訟遂行上のリスクを限定する効果を持ちます。

他方で、本判決は、訴訟代理人の行為を律する規範としての特許法285条の意義を限定するものでもあります。訴訟代理人が不適切な訴訟遂行を行った場合であっても、特許法285条に基づく制裁を受けることはないことが明らかになりました。訴訟代理人の行為規範は、別の法令に委ねられることになります。

被告がIPRを申し立てる際の戦略的考慮事項

本判決は、被告がIPRを申し立てる際の戦略的判断に影響を及ぼします。

IPRの費用を特許法285条に基づいて回収することができないとされたため、被告はIPRの費用対効果をより慎重に検討する必要があります。IPRには、無効の抗弁を審理する代替的な手続であるという利点がある一方で、費用負担が伴います。被告は、訴訟の見通しや和解の可能性、IPRの成功可能性などを総合的に考慮し、IPRの申立ての是非を判断することが求められます。

また、被告は、IPRの申立てが特許法285条の適用に与える影響も考慮する必要があります。IPRの申立ては、被告の訴訟対応が合理的であったことを示す一つの事情となり得ます。訴訟における例外的な事件の認定において、IPRの申立ては被告に有利に働く可能性があります。

他方で、IPRの申立てが特許法285条の適用を自動的に正当化するわけではありません。本件では、被告がIPRを申し立てたにもかかわらず、地裁は訴訟に関連する費用の一部のみを認容しました。被告は、IPRの申立てが特許法285条の適用にどのような影響を及ぼすかを見極める必要があるでしょう。

弁護士から費用回収するための別の手段(例:28 U.S.C. § 1927、Rule 11)

本判決は、特許法285条に基づく訴訟代理人の責任を否定しましたが、訴訟代理人の行為を律する他の手段には言及していません。

訴訟当事者が訴訟代理人の不適切な行為により損害を被った場合、28 U.S.C. § 1927やRule 11に基づく制裁を求めることができます。28 U.S.C. § 1927は、弁護士が訴訟手続を不合理に遅延させた場合に、弁護士個人に制裁を課すことを認めています。また、Rule 11は、弁護士が不適切な訴訟行為を行った場合に、弁護士に制裁を課すことを認めています。

これらの規定は、訴訟代理人の行為を直接の対象とするものであり、特許法285条とは異なる趣旨を有します。訴訟当事者は、訴訟代理人の行為により損害を被った場合、これらの規定に基づく救済を検討することができます。

ただし、28 U.S.C. § 1927やRule 11に基づく制裁が認められるためには、一定の要件を満たす必要があります。訴訟代理人の行為が、客観的に見て不合理であること、主観的に見て悪意または重過失によるものであることなどが求められます。訴訟当事者は、これらの要件の充足について、慎重に検討する必要があるでしょう。

以上のように、本判決は、特許法285条に基づく費用回収の範囲と訴訟代理人の責任について、重要な示唆を与えるものです。特許訴訟の当事者と訴訟代理人は、本判決の内容を踏まえ、適切な訴訟戦略を立てることが求められます。同時に、本判決は、特許法285条以外の手段による訴訟代理人の行為規整の必要性も示唆しているといえるでしょう。

おわりに

Dragon Intellectual Property LLC v. DISH Network L.L.C.事件における連邦巡回区控訴裁判所 (CAFC) の判決は、特許法285条に基づく費用回収の範囲と訴訟代理人の責任について重要な示唆を与えるものです。本判決により、当事者が任意に申し立てたIPR手続の費用は特許法285条の適用対象外であること、また同条に基づく費用回収において訴訟代理人の連帯責任は認められないことが明らかになりました。本判決は、特許訴訟の当事者と訴訟代理人の実務に大きな影響を及ぼすと考えられ、今後の特許訴訟戦略を考える上で重要な指針となるでしょう。同時に、本判決は特許法285条以外の手段による訴訟代理人の行為規整の必要性も示唆しており、この点についても実務家は注視していく必要があります。

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