図面がクレームの制限を示唆する条件。

図面がクレームの制限を示唆する条件

特許出願において、クレームが特許権の範囲を定めるのに対し、明細書と図面(patent drawing)は発明の詳細な説明を提供します。特に、特許図面は発明の理解を助け、クレームの解釈に重要な役割を果たします。また、特許図面は、先行技術(prior art)との比較においても重要な意味を持ちます。先行技術の図面に発明の特徴が開示されていれば、その発明の新規性(novelty)や非自明性(non-obviousness)が否定される可能性があるのです。

しかし、特許図面の解釈には注意が必要です。特許図面は、あくまでも発明の一実施形態を示すものであり、必ずしも発明の全範囲を開示しているとは限りません。また、特許図面に記載された寸法や比率は、明細書で特に言及されていない限り、一般的に厳密なものとはみなされません。そのため、先行技術の特許図面からクレーム限定事項(claim limitation)を導き出すことは、慎重に行わなければなりません。

本記事では、米国の事件であるMAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件を題材に、先行技術の特許図面が持つ意味と、その解釈における留意点を解説します。この事件では、Patent Trial and Appeal Board (PTAB)による先行文献の特許図面の解釈が争点となり、USPTO長官(Director of the USPTO)によるDirector Reviewが行われました。このDirector Reviewにおける判断は、特許図面の解釈に関する重要な指針を提供するものです。

本記事を通じて、特許図面の重要性と、先行技術の図面を解釈する際の留意点を理解していただければ幸いです。グローバルな特許実務において、先行技術の特許図面を適切に評価し、活用することは重要な課題です。本記事がその一助となれば幸いです。

MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件の概要

事件の経緯

MAHLE Behr Charleston Inc. (以下、MAHLE)は、Frank Amidio Catalano氏が所有する米国特許第RE47,494号(以下、’494特許)に対して、inter partes review(IPR)を申立てました。’494特許は、自動車のラジエーターにおける電気化学的腐食を防止するための犠牲陽極(sacrificial anode)に関する発明を対象としています。MAHLEは、先行技術であるGodefroy特許の図面が、’494特許のクレームに記載された「陽極がラジエーターの液体入口から10インチ以内に設置される」という限定事項を開示していると主張しました。

これに対し、PTABは、Godefroy特許の図面には具体的な寸法が記載されていないことを理由に、MAHLEの主張を退けました。PTABは、判例であるHockerson-Halberstadt, Inc. v. Avia Group International, Inc.事件における「特許図面は、明細書が寸法について完全に沈黙している場合、正確な比率を定義せず、特定の大きさを示すために用いることはできない」との判示を根拠としました。

このPTABの判断に対し、MAHLEはDirector Reviewを申立て、PTABによる判例の解釈が誤っていると主張しました。MAHLEは、図面が明確に(clear on its face)クレーム限定事項を開示している場合、明細書に具体的な寸法が記載されていなくても、先行技術とみなすべきであると訴えました。

Director Reviewとは

今回はDirector Reviewという特殊な手続きが行われたので、まずはこのDirector Reviewの説明をします。

Director Reviewの位置づけ

Director Reviewは、米国特許商標庁(USPTO)の長官が、Patent Trial and Appeal Board (PTAB)の最終決定(final written decision)に対して、職権で再審理を行う制度です。2021年6月、最高裁判所はUnited States v. Arthrex, Inc.事件において、PTABの行政特許判事(Administrative Patent Judge)の任命方法が欠陥であり、PTABの決定に対する USPTO長官の監督権限が不十分であると判示しました。この判決を受け、USPTO は Director Review の制度を導入しました。

Director Reviewは、PTABの決定に対する上訴とは異なります。Director Reviewは、USPTO長官が自らの判断で再審理を行うのに対し、上訴は連邦巡回区控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit)に対して行われます。ただし、Director Reviewの結果に不服がある当事者は、連邦巡回区控訴裁判所に上訴することができます。

Director Reviewが行われる理由

Director Reviewは、USPTO長官がPTABの決定に重大な誤りがあると判断した場合に行われます。再審理の対象となるのは、主に以下のような場合です。

  1. PTABの決定が、判例や法令の解釈を誤っている場合
  2. PTABの決定が、証拠に基づかない事実認定をしている場合
  3. PTABの決定が、手続き上の重大な瑕疵を含む場合
  4. PTABの決定が、USPTOの方針や目的に反する場合

MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件では、MAHLEがPTABによる判例の解釈が誤っていると主張したことが、Director Reviewが行われた理由です。MAHLEは、PTABがHockerson-Halberstadt, Inc. v. Avia Group International, Inc.事件の判示を誤って適用し、先行技術の図面が明確に(clear on its face)クレーム限定事項を開示している場合の取扱いを誤ったと訴えました。

このように、Director Reviewは、PTABの決定に対するUSPTO長官による監督機能を果たすとともに、特許制度の適正な運用を確保する上で重要な役割を担っています。次章では、本事件におけるDirector Reviewの判断内容を詳しく見ていきます。

Director Reviewにおける判断

1. PTABによる先例の誤解釈

Director Reviewにおいて、USPTO長官は、PTABがHockerson-Halberstadt, Inc. v. Avia Group International, Inc.事件の判例を誤って適用したと指摘しました。Hockerson事件では、特許図面が明細書に記載のない寸法を開示するものとして扱うことはできないとされました。しかし、この判例は、図面が明細書の記載と矛盾する場合や、図面から具体的な寸法を導き出そうとする場合に適用されるべきものです。

そして、特許図面が明細書に具体的な寸法を記載していなくても、図面自体が明確に(clear on its face)クレーム限定事項を開示している場合、図面の開示を先行技術として考慮される可能性があります。この点を指摘し、USPTO長官は、PTABが図面の開示内容を適切に評価せず、Hockerson事件の判例を機械的に適用したと批判しました。

2. 図面が示す内容が "clear on its face" であることの意義

図面が示す内容が "clear on its face" であるとは、当業者が図面を見れば、クレーム限定事項の開示を明確に理解できる場合を指します。この判断は、明細書の記載とは独立して行われます。つまり、明細書に具体的な寸法が記載されていなくても、図面自体がクレーム限定事項を明確に開示していれば、その図面自体が先行技術として扱われるのです。

本件において、USPTO長官は、Godefroy特許の図面が、陽極が液体入口から10インチ以内に設置されていることを明確に示していると指摘しました。図面には、陽極が液体入口の内側に設置され、入口に沿って延びている様子が描かれています。この図面の描写から、USPTO長官は、当業者がこの図面を見れば、陽極が10インチ以内に設置されていることを理解できると判断しました。

Director Reviewにおける指摘事項

以上の判断を踏まえ、USPTO長官は、PTABに対し、以下の点を再検討するよう指示しました。

  1. Godefroy特許の図面が、クレーム限定事項を "clear on its face" に開示しているか
  2. 当業者が、Godefroy特許の図面から、陽極が液体入口から10インチ以内に設置されていることを理解できるか

USPTO長官は、PTABが上記の点を適切に評価せず、判例の機械的な適用に終始したと批判しました。そして、PTABに対し、図面の開示内容を当業者の観点から丁寧に検討するよう求めました。

Director Reviewにおける以上の判断は、特許図面の解釈に関する重要な指針を提供するものです。次章では、この判断を踏まえ、特許実務における留意点を説明します。

実務上の留意点

特許図面の記載内容の慎重な検討

MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件のDirector Reviewの判断は、特許図面の記載内容を慎重に検討することの重要性を示しています。特許図面は、クレームの解釈や先行技術との比較において重要な役割を果たします。したがって、特許出願の審査や無効化手続きにおいては、図面の記載内容を丁寧に分析する必要があります。

特に、先行技術の特許図面を評価する際は、図面が明細書に記載のない事項を開示しているか、慎重に検討しなければなりません。図面に具体的な寸法が記載されていなくても、図面自体がクレーム限定事項を明確に開示している場合があります。そのような場合には、図面の開示を先行技術として扱うべきです。

図面単独サポートにおけるクレーム補正の可能性

今回のDirector Reviewの判断は、図面単独でクレーム限定事項が開示される可能性を示しています。従来、明細書に具体的な記載がない場合、図面の記載内容は限定的に解釈されてきました。しかし、本事件の意見書から、図面が "clear on its face" にクレーム限定事項を開示している場合、明細書の記載とは独立して、図面がそのクレーム限定事項に対する十分なサポートを示していることが示唆さています。

つまり、OA対応時に、明細書の記載が不十分であっても、図面が発明の特徴を明確に開示していれば、その特徴をクレーム限定して追加することで、先行技術と区別される可能性があるのです。発明の特徴は明細書に記載されていることばベストですが、審査で引用される先行文献や審査官の非特許性の主張によっては、常に反論に必要な情報が明細書に書かれているとは限りません。しかし、反論に有益な情報が図面単独から理解することが可能であれば、その図面をサポートとし、適切なクレーム補正をすることで、拒絶を解消できる可能性があります。

当業者の観点からの図面の解釈の重要性

Director Reviewの判断は、特許図面の解釈において、当業者の観点が重要であることを示しています。図面がクレーム限定事項を開示しているか否かは、当業者の理解を基準に判断されるべきです。したがって、特許図面の解釈に当たっては、当該技術分野の常識や技術水準を踏まえ、当業者の視点に立つことが求められます。

特許実務に携わる者は、自らが当業者の知見を持つことはもちろん、必要に応じて発明者や技術者に意見を求めることも重要です。特に、先行技術の特許図面の解釈が争点となる場合は、当業者の専門的知見に基づく丁寧な分析が不可欠といえるでしょう。

以上のように、MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件のDirector Reviewの判断は、特許図面の解釈に関する重要な指針を提供するものです。特許実務に携わる者は、この判断を踏まえ、特許図面の記載内容を慎重に検討し、当業者の観点から適切に解釈することが求められます。

まとめ

MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano事件のDirector Reviewは、特許図面の解釈に関する重要な教訓を提供しています。第一に、特許図面の記載内容は、明細書の記載とは独立して評価されるべきだということです。図面が "clear on its face" にクレーム限定事項を開示している場合、明細書に具体的な記載がなくても、その開示は限定事項として扱われ得ます。

第二に、特許図面の解釈において、当業者の観点が重要だということです。図面がクレーム限定事項を開示しているか否かは、当該技術分野の常識や技術水準を踏まえ、当業者の理解を基準に判断されるべきです。特許実務に携わる者は、自らが当業者の知見を持つとともに、必要に応じて当業者の意見を求めることが求められます。

第三に、特許出願の明細書と図面は、相互に補完的な役割を果たすということです。明細書の記載が不十分であっても、図面が発明の特徴を明確に開示していれば、その特徴は先行技術と区別される可能性があります。したがって、特許出願人は、明細書と図面の両方の記載内容に十分な注意を払う必要があります。

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