Legal document illustration representing the U.S. Supreme Court's unanimous ruling on trademark infringement and corporate liability scope

米国最高裁が商標侵害訴訟における「被告の利益」の範囲を限定 – Dewberry判決の実務的影響

1. はじめに

米国最高裁は2025年2月26日、Dewberry Group, Inc. v. Dewberry Engineers Inc.事件において、商標侵害訴訟における「被告の利益(defendant’s profits)」の範囲を明確に限定する重要な判断を下しました。この判決は、知的財産権、特に商標権に関わる企業にとって大きな影響を持つものです。

商標侵害訴訟では、米国のランハム法(Lanham Act)第35条(a)項に基づき、商標権者は侵害者から「被告の利益」の返還を請求することができます。しかし、企業グループ内の複数の関連会社が関係する場合、この「被告の利益」の範囲をどこまで広げられるかについては、長年にわたり明確な基準が存在しませんでした。

今回のDewberry事件における最高裁判決は、この問題に対して明確な線引きを示すものとなりました。本稿では、この画期的な判決の背景、内容、そして実務への影響について詳細に解説していきます。

2. Dewberry事件の背景

当事者の紹介

本件の原告であるDewberry Engineers Inc.(以下「エンジニアズ社」)は、1956年に設立された不動産開発サービスを提供する企業で、「DEWBERRY」という商標の連邦登録を所有しています。

一方、被告のDewberry Group, Inc.(以下「グループ社」)は、不動産デベロッパーのJohn Dewberryが所有するアトランタに拠点を置く不動産開発会社です。グループ社は、John Dewberryが所有する約30の別個に法人化された関連会社(アフィリエイト)に対して、法務、財務、運営、マーケティングなどのサービスを提供しています。

事件の経緯

両社の間の商標紛争は2000年代半ばに始まりました。2007年に和解が成立し、グループ社による「Dewberry」名の使用に一定の制限が課されました。しかし、約10年後、グループ社はこの合意に反して「Dewberry」名を使用したリブランディングを行いました。

エンジニアズ社は2020年、グループ社に対して商標侵害とランハム法違反で訴訟を提起しました。バージニア州東部地区連邦地方裁判所は、グループ社による商標侵害が「意図的、故意、かつ悪意に基づく」ものであると認定し、エンジニアズ社の勝訴を認めました。

損害賠償額の算定を巡る争い

問題となったのは損害賠償額の算定方法です。裁判所は「被告の利益」として約4,300万ドル(約65億円)の支払いを命じましたが、この金額の計算には重大な特徴がありました。

実は、被告であるグループ社自体は長年赤字経営で、利益を上げていませんでした。グループ社は関連会社に対して市場価格より低い料金でサービスを提供し、実際の収益は各関連会社の帳簿に計上されていたのです。

地方裁判所は、「経済的実態」を反映するためにグループ社とその関連会社を「単一の企業体」として扱い、関連会社の利益も含めた金額を「被告の利益」として算定しました。第4巡回区控訴裁判所もこの判断を支持しましたが、グループ社はこの判断を不服として最高裁に上告したのです。

3. 最高裁判決の内容

2025年2月26日、最高裁は全員一致の判決(Unanimous Decision)を下しました。エレナ・ケーガン判事が執筆した判決文は、明確かつ簡潔に、ランハム法における「被告の利益」の範囲を定義しています。

ランハム法における「被告」の定義

最高裁は、ランハム法第35条(a)項の文言に着目しました。同条項では「被告の利益(defendant’s profits)」という表現が使われています。最高裁は、「被告(defendant)」という用語は法律で特別に定義されていないため、通常の法的意味を持つとし、「訴訟において救済や回復が求められている当事者」を指すと解釈しました。

本件では、被告はグループ社のみであり、エンジニアズ社は関連会社を被告として追加しなかったため、関連会社の利益は「被告の利益」には含まれないと判断したのです。

会社法の原則:法人格の独立性

最高裁はまた、アメリカ会社法の基本原則である「法人格の独立性(corporate separateness)」を強調しました。ケーガン判事は、「別個に法人化された組織は、異なる法的権利と義務を持つ別個の法的単位であるというのは、アメリカ会社法として長く確立された事項である」と述べています。

この原則によれば、複数の企業が共通の所有者を持つ場合でも、それらは法的に別個の存在であり、一方の義務が自動的に他方に帰することはありません。

最高裁は、会社法上の例外として「法人格否認(piercing the corporate veil)」の法理を認めつつも、エンジニアズ社がこの主張を行わなかったことを指摘しました。法人格否認とは、企業グループ内で詐欺的行為や不当な支配関係が認められる場合に、法人格の独立性を否定し、親会社や関連会社に責任を負わせる法理です。しかし本件では、エンジニアズ社がこの主張を行わなかったため、最高裁は法人格の独立性を尊重し、グループ社と関連会社を「単一の企業体」として扱う下級審の判断は誤りであるとしました。

「適正額条項(just-sum provision)」の検討

エンジニアズ社は、ランハム法第35条(a)項の後段にある「適正額条項」に基づいて、裁判所は利益に基づく回復額が不適切または過大である場合、状況に応じて適正と判断する金額の判決を裁量により下すことができると主張しました。

しかし、最高裁は下級審がこの条項に依拠したわけではなく、単にグループ社と関連会社を「単一の企業体」として扱ったことを問題としました。最高裁は、適正額条項の解釈については判断を示さず、この条項を適用する可能性については下級審に委ねました。

ソトマイヨール判事の同意意見

ソニア・ソトマイヨール判事は同意意見を執筆し、法人格の独立性の原則は「裁判所が被告の利益を計算する際に実務的な現実を無視するよう強制するものではない」と述べました。

彼女は、ランハム法が「公平の原則(principles of equity)」に従って被告の利益を計算するよう指示していることを強調し、「企業が創造的な会計処理を通じて不正行為の責任を逃れることはできない」という見解を示しました。

4. 判決の法的意義

会社法と知的財産法の交差点

本判決は、会社法と知的財産法が交差する重要な事例となりました。最高裁は、知的財産権の保護という目的のために会社法の基本原則を軽視することはせず、両法域のバランスを図る姿勢を示しました。

これは、法的安定性を重視する立場であり、知的財産権者の利益よりも確立された法原則を優先する判断と言えるでしょう。

「被告の利益」の算定に関する明確化

本判決により、ランハム法における「被告の利益」とは文字通り「訴訟で被告とされた当事者」の利益のみを指すことが明確になりました。関連会社や親会社、子会社であっても、訴訟の当事者でなければその利益は原則として「被告の利益」に含まれないのです。

この明確化は、商標侵害訴訟における損害賠償額の予測可能性を高め、法的確実性をもたらすものと評価できます。

「公平の原則」と「適正額条項」の解釈への影響

本判決は、「適正額条項」の具体的な解釈については判断を示さず、下級審に委ねました。また、ソトマイヨール判事の同意意見は、「公平の原則」に基づいて被告の「真の財務的利得」を考慮する可能性を示唆しています。

これらの点は今後の裁判例の集積を通じて明確化されていくことでしょう。

5. 実務への影響

商標権者への影響と対応策

本判決は、商標権者にとって潜在的な損害賠償請求額を制限する可能性がある厳しい判断と言えます。特に、複雑な企業構造を持つ侵害者に対する訴訟を検討している商標権者は、以下の対応を検討すべきでしょう:

  1. 被告の範囲を広げる:侵害に関与する可能性のある全ての関連会社を当初から訴訟の被告として含めることを検討する
  2. 法人格否認の主張:状況に応じて、法人格否認(piercing the corporate veil)の法理に基づく主張を準備する
  3. 「適正額条項」に基づく主張:「被告の利益」の計算後、「適正額条項」に基づいて、被告の「真の財務的利得」を反映した金額を求める主張を展開する
  4. ディスカバリーの活用:関連会社間の取引や料金設定に関する情報を開示させるためにディスカバリー手続きを積極的に活用する

企業グループにおける法的リスク管理

一方、複数の関連会社を持つ企業グループにとって、本判決は法人格の独立性を尊重する判断であり、一定の予測可能性をもたらすものです。しかし、完全に安心することはできません:

  1. 企業構造の正当性:税金対策や責任回避だけを目的とした企業構造は、法人格否認の対象となる可能性がある
  2. 適切な対価設定:関連会社間の取引において、市場価格に基づく適切な対価設定を心がける
  3. 法人格の実質的維持:形式的な分離だけでなく、実質的にも法人格の独立性を維持する運営を行う
  4. リスク分散の再検討:本判決を踏まえ、知的財産権侵害リスクの分散方法を再検討する

訴訟戦略への示唆

本判決を踏まえると、商標侵害訴訟における戦略にも変化が生じるでしょう:

  1. 原告側:初期段階から関連会社を被告に含める「広範なネットキャスティング」戦略が推奨される
  2. 被告側:会社法上の形式を尊重した抗弁が強化される一方、過度の形式偏重は法人格否認のリスクを高める可能性がある
  3. 和解交渉:関連会社の利益を含めた和解金額の計算方法について、新たな交渉ポイントが生じる
  4. ディスカバリー:関連会社間の取引構造に関するより詳細なディスカバリーが予想される

6. 今後の展望

未解決の法的問題

本判決は、商標侵害訴訟における「被告の利益」の範囲を限定する明確な判断を示しましたが、いくつかの重要な問題は未解決のままです:

  1. 「適正額条項」の範囲:裁判所が「適正額条項」を用いて関連会社の利益を考慮できる範囲
  2. 「経済的実態」の考慮:被告の帳簿上の利益を超えて「経済的実態」を考慮できる範囲
  3. 「公平の原則」の適用:商標侵害訴訟における「公平の原則」の具体的な適用方法

これらの問題は、今後の下級審判決を通じて徐々に明確化されていくでしょう。

下級審での再審理の可能性

本件は最高裁により破棄・差戻しとなったため、下級審で新たな損害賠償額の算定手続きが行われることになります。この手続きでは、以下のような新たな主張が展開される可能性があります:

  1. 法人格否認の主張:エンジニアズ社が法人格否認の主張を新たに展開する可能性
  2. 「適正額条項」に基づく主張:「適正額条項」を用いて関連会社の利益を考慮するよう求める主張
  3. 「真の財務的利得」の証明:グループ社の「真の財務的利得」を証明するための証拠提出

この再審理の結果は、本判決の実質的な影響を評価する上で重要な指標となるでしょう。

企業の知財戦略への長期的影響

本判決は、企業の知的財産戦略にも長期的な影響を与える可能性があります:

  1. 企業構造設計:知的財産権侵害リスクを考慮した企業構造の設計が重要性を増す
  2. 損害賠償額の予測可能性:商標侵害訴訟における損害賠償額の予測がより精緻になる
  3. 国際展開における考慮:米国市場に展開する海外企業にとって、企業グループ構造の再検討が必要になる

7. まとめ

Dewberry判決は、商標侵害訴訟における「被告の利益」の範囲を明確に限定する重要な判断でした。最高裁は、ランハム法における「被告」とは訴訟の当事者のみを指し、関連会社の利益は原則として「被告の利益」に含まれないことを明確にしました。

この判決は、会社法の基本原則である法人格の独立性を尊重し、知的財産権の保護という目的のためにこの原則を軽視しない姿勢を示すものです。商標権者にとっては厳しい判断である一方、企業グループにとっては法的予測可能性を高めるものと評価できます。

しかし、最高裁は「適正額条項」の解釈や「経済的実態」の考慮といった重要な問題については判断を示さず、今後の裁判例の集積を通じて明確化されることになります。

日本企業が米国でビジネスを展開する際には、本判決を踏まえた企業構造の設計や訴訟戦略の見直しが重要となるでしょう。特に、知的財産権侵害リスクを考慮した企業グループ構造の設計や、関連会社間の取引における適切な対価設定が重要性を増します。

本判決を契機に、企業は知的財産権保護と企業構造のあり方について再考し、長期的な知財戦略を構築することが求められています。

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