アーティストが作っていない曲が世に出る?音楽産業を悩ませる生成AIを法的に取り締まる手段は?

アーティストの声や音楽のスタイルをシミュレートして、本物と区別のつかないトラックを作成する生成AIモデルはすでにあり、そのようなツールを悪用したアーティストが関わっていない無許可のAI音楽がすでに存在し、音楽産業に大きな影響を与えます。AIモデルによってシミュレートされた声や音楽スタイルを著作権やデータプライバシーで守ることは困難ですが、アーティストのパブリシティ権(肖像権)が法的救済を提供するかもしれません。

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ドレイクとザ・ウィークエンドによる新曲「Heart on my Sleeve」がSNSで話題となり、TikTokで850万回以上再生されました。しかし、ドレイクとザ・ウィークエンドは関わっておらず、無許可で人工知能によって作られたものでした。

現在、いくつかの生成AIモデルが、お気に入りのアーティストの声や歌詞のテンポをシミュレートして、本物と見分けがつかないようなトラックを作成する機能を提供しています。ユーザーは、リファレンスとなるボーカルを録音し、音楽の背景を加えるだけで、まるでドレイクが書いたかのようなサウンドが完成します。ユーザーは自分の好きなアーティストの曲を作成することができるので、ドレイクやザ・ウィークエンド、あるいはカニエ・ウェスト、何でもありなのです。この動画は、カニエ・ウェストが作曲したように聞こえる曲を、実際には歌詞に自信のないYoutuberが20分で作ったというもので、いかに簡単に特定のアーティスト風の音楽が作れるかを示すいい例です。

このような現状は衝撃的であり、音楽業界にとって重要な意味を持ちます。何人かのアーティストがこうした物まねに不快感を示し、音楽大手は現在、AIモデルが作った音楽を禁止するようストリーミングサービスに働きかけ、一定の成果を上げています(ちなみに、ドレイク/ウィークエンドの曲は、すべてのストリーミングサービスから削除されました)。しかし法的には、アーティストたちはどのように反撃できるのでしょうか?

I. 著作権について

著作権保護は、AIモデルによって声や音楽スタイルがシミュレートされたアーティストを救済する手段にはならないようです。。モデルはアーティストの歌声によって訓練されますが、AIが生成した楽曲を作る際にその歌声は一切再現されません。AIモデルによって「コピー」されたものは何もなく、したがって著作権を侵害することもないということです。

II. データのプライバシー

データプライバシーは最終的にはアーティストを保護する方向に変わっていくかもしれませんが、これは容易なことではありません。AIモデルの制作者は、少なくとも今はまだ、自分が所有する楽曲の声の使用制限に契約上拘束されることはないでしょう。。また、州法や連邦法も、プライバシーを理由に一般に公開されている楽曲の使用を制限するということは既存の枠組みではできなそうです。

III. パブリシティ権(Right of Publicity、肖像権)

法的救済の可能性が最も高いのは、アーティストのパブリシティ権にあると思われます。パブリシティ権」は、その人の有名人の商標と表現することができます。「有名人の原告による無許可の広告宣伝をめぐる事件(White v. Samsung Elecs. Am., Inc., 971 F.2d 1395, 1400 (9th Cir. 1992))などの判例が適用される可能性があります。

このパブリシティ権という概念は、ある企業がテレビスターVanna Whiteを模したロボットを使った広告を発表したときに初めて生まれました。この広告に関する訴訟で、彼女の「ペルソナ」(後に「他者に表示され、または他者に認識される人物の性格の側面」と定義される)に関する権利を著名人は所有していることが認められました。Roberts v. Bliss, 229 F. Supp. 3d 240, 249 (S.D.N.Y. 2017)。

裁判所はその後、パブリシティ権を制限して、有名人の名前、画像、または 「視覚的な似顔絵、声の模倣、その他の独自に区別できる特徴などのシンボルや装置」にのみ及ぶようにしました。Waits v. Frito-Lay, Inc., 978 F.2d 1093, 1110 (9th Cir. 1992)。似顔絵という用語には、「人の人生における一般的な出来事は含まれない」という重要な制限もあります。Matthews v. Wozencraft, 15 F.3d 432, 438 (5th Cir. 1994). また、「個人のあらゆる属性」に及ぶものでもありません。Martin v. Living Essentials, LLC, 160 F. Supp. 3d 1042, 1046 (N.D. Ill. 2016), aff’d, 653 Fed. Appx. 482 (7th Cir. 2016). 

このように、決して「万能」ではないパブリシティ権ですが、有名人の声は保護されるのでしょうか?

例えば、Waits v. Frito-Lay, Inc.のケースでは、有名人のパブリシティ権は、「視覚的な肖像、声の模倣、その他の独自に区別できる特徴などの記号または装置」に及ぶとしています。 つまり、この事件では、「声は顔と同様に特徴的で個人的なである」という理由から、裁判所は、歌手Tom Waitのパブリシティ権は彼の声にも及ぶとしたのです。

無許可で作成されたAI音楽を取り締まるのはパブリシティ権が有効か?

ここで、Drake/Weeknd/KanyeのAIモデルは、本物のアーティストの声と区別がつかない音楽を作成しています。このモデルは、アーティストの声の収集した断片を再現していないにもかかわらず、アーティストの声を模倣することによって、これらのアーティストの有名人から利益を得ているのです。このような模倣は、パブリシティ権に違反すると考えることは十分可能だと思われます。

ジェネレーティブAIは、これまでにない形で芸術を変化させることは間違いありません。

音楽業界が培ってきたものがすべてが失われるわけではないでしょうが、パブリシティ権が唯一の保護となる場合、アーティストが自分のスキルをマネタイズする際に、芸術的才能よりも有名人であることを重視するようになるかもしれません。

もちろん、これらのアーティストが同じAIモデルを使って、自分の曲のより良いバージョンを提供したり、ゼロからアルバムをレコーディングするコストを回避したりすることはできますし、そのようなことをするアーティストも出てくることでしょう。今回のAI音楽の問題は「無許可」だったから問題になったわけで、ライセンスが行われていたり、「本人」が音楽を作成する場合には(特に契約書等の別の縛りがない限り)、このような生成AI技術を使うということは法的な問題は起きないと予想されます。

参考記事:Is This the Real Life? Is This Just Fantasy? How the Music Industry Can Fight Back Against Generative AI

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