いままでの判例では先行技術における記載の明らかな誤りは無効開示になりませんでしたが、今回の LG Electronics v. ImmerVisionにおけるCAFCの判決はこの問題を再検討するものです。特に、この判例では、個別案件ごとの事実において、何が先行技術における「明白な」誤りなのかを判断するプロセスに関して説明しているものの、それと同時に、その判断の難しさを露呈しています。
判例:LG Electronics v. ImmerVision 2022 WL 2659335 (Fed. Cir. July 11, 2022) (precedential)
先行技術における記載の明らかな誤りは無効開示にならない
50年以上前、Court of Customs and Patent Appeals (CCPA) は、In re Yale, 434 F.2d 666 (C.C.P.A. 1970) において、先行技術文献にタイポや同様の性質の明らかな誤り(obvious error)がある場合、 POSA (特許法における仮想的な法的構成要素であり、「過失の判断で参照される『合理的な人』」) がその誤りをタイポとして捉え無視、あるいは、正しい情報に置換すると思われる場合には、 その誤った情報は無効開示とならない( the errant information does not constitute an invalidating disclosure)と判示しました。
PTABでは判例適用で無効開示なしと判断
今回の案件は、2つの最終IPR文書決定(final IPR written decisions)に対するもので、PTABにおける判断は、重要な先行技術開示がIn re Yale基準に照らして明白な誤りであり、従って、挑戦者は異議申立クレームを特許不可能と証明しなかったと判断されました。
具体的には、IPRを用いて、LGが、ImmerVision社の特許に対して、デジタルパノラマ画像の撮影方法に関する日本出願の優先権を主張した米国特許が先行技術文献であり、よってImmerVision社の特許が無効であると主張。LG社の専門家は、先行技術文献に記載されたデータ及び数学的係数を用いて、クレームの限定が先行技術の実施形態に基づくものであることを説明しました。
PTABは、この専門家の証言に基づき、LG社のIPRの申立てを許可します。しかし、ImmerVision社は、特許権利者による回答において、専門家が、得られたパノラマ画像の歪みに基づいて、開示された計算に誤りが存在することを指摘した競合する専門家証言を提出します。PTABは、ImmerVision社のこの主張を受け入れ、この誤りが「明白な誤り」であり、この誤りがなければ、この開示はクレームの限定をもたらすことはないと判断。その結果、LGは先行技術における開示に依拠することができないと判断しました。
「明白な誤り」はどのような誤りなのか?は総合的に判断されるべき
控訴審において、「明白な誤り」を指摘するのに ImmerVisionの専門家は、20年前から存在する技術であるにもかかわらず、それを見つけるのに十数時間を費やしたことを理由に、LGは、In re Yaleの基準では、「明白な」誤りは、POSAがすぐに問題を認識するような誤りを直ちに無視するものである、と主張しました。
しかし、CAFCは、LGの時間的議論は基準として受け入れず、その代わり、In re Yaleの基準では、「明白な」誤りが存在するかどうかを評価する際に様々な要因を考慮し、その中で、誤りを発見するためにPOSAが要する時間は、決定的ではないものの、関連する要因である、としました。他の要因としては、In re Borst, 345 F.2d 851, 1401 n.2 (C.C.P.A. 1965) に示唆されているように、POSAが「開示された情報に基づいて(誤った先行技術の開示を)実践に移すことができなかったであろうか」どうかということが挙げられるでしょう。
この多数派の意見に対して、Newman判事の反対意見は、高度に技術的な状況の全体像に基づいてIn re Yaleを適用することの難しさを示しています。「明らかな誤り」は、直感レベルでわかる明らかなものであるべきで、誤りが存在するかどうかを判断するために、実験や矛盾する可能性のある情報の検索を必要とすべきではないと意見しました。
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総合的に判断される難しさと証明責任の問題
この種の事実を含む事件の少なさを考慮すると、CAFCがこの分野の法律をさらに発展させる機会が訪れるのは、しばらく先のことかもしれません。特に、広範な精査や再現性が乏しいタイプのものではない先行技術については、In re Yaleの誤りの議論で起こりうる様々な事実パターンと「明白な誤り」を総合的に判断されるべき考慮すべき要素が多数ありそれらを総合的に判断して結論を出すことがいかに難しいかは容易に想定することができます。
また、LGの判決は、地方裁判所よりも無効の立証責任が低いIPR手続きに基づいていることを念頭に置くことが重要です。もし、これが地方裁判所であれば、特許権者は、まず、訴訟の争点段階において、先行技術の誤りに関するこの理論を特定しなければならないのか、それとも、専門家による発見の前に質問状回答を通じて特定しなければならないのか、という疑問が生じる可能性があります。さらに、誤りが含まれているとされる第三者の先行技術開示について、どの程度の事実調査を行うことができるでしょうか。当事者は、その文献の著者を召喚して基礎となるデータを求めたり、著者から証言を引き出したりすることができるのでしょうか。これらの問題や他の多くの問題は、今後「明白な誤り」が問題になる訴訟で議論されていくことでしょう。
参考文献:New Decision Addresses Whether Transcription Error in Prior Art Supports Obviousness