商標権行使の遅れは「侵害がいつ訴訟可能なものになったか」が重要な判断要素になる

米国第8巡回区控訴裁判所は、商標権侵害がいつ初めて訴えられるようになったか(first became actionable)について、連邦地裁が「意味のある分析」 を行わなかったとして、訴訟遅延(laches)に基づく略式判決の判決を取り消し、地裁に差し戻しました。

判例:A.I.G. Agency, Inc. v American International Group, Inc., Case No. 21-1948 (8th Cir. May 13, 2022) (Loken, Gruender, Grasz, JJ.)

過去に商標の使用開始時期と使用可能な地域で「AIG同士」が対立していた

A.I.G. Agency (Agency) はミズーリ州の家族経営の保険ブローカーであり、American International Group, Inc. (International) は大手保険会社です。おのおのは、数十年にわたり、独自のAIG商標を使用してきました。Agencyは1958年に初めてこの商標を採用し、Internationalは1968年から1970年の間にAIGの使用を開始しました。

1995年、Internationalは、Agencyに対し、Internationalの商標登録を通知し、AIGの商標の使用を停止するよう要求する書簡を送付しました。この書簡に対し、Agencyは、Internationalが商標登録を取得するずっと以前から、これらの州でAgencyが自社の商標を使用していたため、Agencyはミズーリ州とイリノイ州でAIGを使用する権利があると回答しました。その後、2008年に、Internationalは再びAgencyに連絡を取り、AIGをマークとして使用しないよう要求しました。この要求に対しても、Agencyは、ミズーリ州とイリノイ州で自社のAIG商標を使用する権利があると再び主張しました。この回答に対し、Internationalは、Agencyがミズーリ州のセントチャールズ郡とセントルイス郡でAIGを使用することには反対しないが、その限られた地理的範囲を超えた使用については異議を唱えるという考えを示しました。

訴訟に発展し、訴訟遅延が問題に

それから約10年後の2017年、AgencyはInternationalをコモンロー商標権侵害と不正競争行為で訴えます。Internationalは、Agencyの請求は訴訟遅延(laches)により禁止されていると主張し、さらに、Agencyによる商標権侵害、商標の希釈化、不正競争を主張する反訴を行います。この訴訟に関して、両当事者は略式判決を求め、連邦地裁はAgencyの請求は訴訟遅延の法理により禁止されていると判断し、Internationalの略式判決を認めました。この判決を不服にAgencyは控訴しました。

商標侵害訴訟のタイミングに関する商標権者のジレンマ

第8巡回控訴裁は、(請求者が不当に遅延した請求を行うことを禁じることを意図した)衡平法上の積極的防御(equitable affirmative defense)である訴訟遅延(laches)と、(商標侵害訴訟における遅延期間は、請求者が侵害とされる商標を最初に知ったときからではなく、侵害が最初に訴訟可能となったときから測定するという)progressive encroachmentの原則の違いを説明。

progressive encroachmentの原則を説明するにおいて、裁判所は、商標侵害訴訟を起こすのが早すぎると、侵害者が混同を引き起こすほど競争力がないため、権利者が敗訴しやすいという状況がある一方、訴訟のタイミングを待っていると、不当な遅延で訴訟を起こしたときに棄却されるという、商標権者のジレンマを指摘しました。

「侵害がいつ訴訟可能なものになったか」が重要

さて、今回の事件において、Agencyは、Internationalがマーケティング戦略を変更した2012年まで、侵害に対する訴訟可能かつ証明可能な請求権(an actionable and provable claim for infringement)を有していなかったと主張していました。

第8巡回控訴裁は、連邦地裁が、侵害がいつ訴訟可能なものになったかを判断するための「意味のある分析」を行わなかったとし、「両当事者は何十年も同じ市場で『AIG』を使用しており、それぞれが相手の活動を完全に知っていた」ことから、侵害の請求が禁じられると判断したことに言及しました。

さらに同裁判所は、連邦地裁が混同の可能性がいつから始まったかを判断するための特定のテストを採用しなかったことを批判し、侵害に対する訴求力は混同の可能性の要因を見ることによって判断されるべきであると強調しました。

さらに、同裁判所は、これらの要因を検討した結果、地裁におけるミスが混同の可能性の分析を揺るがしかねない重要な問題であり、地裁が下した略式判決の結果に影響を与えかねないと判断したため、判決を破棄し、連邦地裁に審理を差し戻しました。

参考文献:Delay in Enforcing Trademark Measured from When Infringement Became Actionable

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