近年施行された商標近代化法(Trademark Modernization Act、略してTMA)では、商標権者が仮処分(preliminary injunction)を受けやすくなりました。しかし、仮処分を確実に得るためには回復不能な損害の証拠が必要になります。今回は仮処分の重要性と、証拠不足のリスク、そして企業内弁護士ができる証拠集めのポイントを教えます。
仮処分を受けやすくなった理由が回復不能な損害という推定
一般的に訴訟手続の序盤で侵害が疑われる商品の仮差押えができる仮処分を裁判所に認めてもらうには、侵害による被害が「回復不能な損害」(irreparable harm)である必要があります。TMAでは、商標侵害は「回復不能な損害」(irreparable harm)であるという推測(assumption)が行われます。
この「回復不能な損害」の推測は、権利者にとって有利ですが、この推定は反証可能(rebuttable)です。
回復不能な損害という推定は比較的簡単に覆るので証拠が必須
今回、第3巡回控訴裁は、この推定が覆された最初の大きな意見を発表しました。
判例:NICHINO AMERICA, INC., v. VALENT U.S.A. LLC
この事件は、製品が洗練された購買者(sophisticated purchasers)によって購入される場合、その事実だけで回復不能な損害の推定を覆すことができることを示しました。また、この事件は、説得力のある証拠を集めることの重要性も示しています。
商標権者が訴訟に踏み切る場合、差止命令を迅速に求める必要がある状況が多いです。実際、迅速に行動しないことは、裁判所が差止命令を否定する理由になります。しかし、商標権者は、差止命令を求める前に、以下の証拠を収集する必要があります。
- 消費者の混乱(Consumer Confusion)
- 顧客の喪失(Lost customers)
- 競合他社の低品質または劣悪な商品・サービスによる風評被害(Reputational Harm caused by competitor’s lower quality or inferior goods and services)
そのため、商標権侵害の差止を求める前に、企業は以下のような調査を検討することがあります:
- 消費者認識調査(consumer perception survey)
- 消費者混乱調査(consumer confusion survey)
洗練された購買者は製品の重要性と価格帯の違いなども考慮する
今回の訴訟は、類似の名称とロゴを持つ農業用農薬を販売する2つの競合会社間のものです。
どちらの農薬も同じ地域で、同じ害虫に使用され、代理店を通じて農家に販売されています。原告の製品は液体で、1ガロン425ドルで販売されています。被告の製品は固形物として販売され、1ポンドあたり24ドルとはるかに安いものでした。
この製品の重要性と価格帯の違いが、裁判の分かれ目となりました。
裁判所は、農家は農薬の選択を誤ると作物に壊滅的な結果をもたらす可能性があるため、農薬の選択には非常に慎重であると判断しました。裁判所は、洗練された消費者である多くの農家が、農薬を決定するために専門家を利用していると判断したのです。専門家は、農家よりもさらに洗練された人です。2つの製品がこれほど異なる価格帯で洗練された消費者に提供されている以上、裁判所は、消費者が誤って間違った製品を購入することを原告が証明できないと判断したのです。その結果、裁判所は差止請求を却下しました。
仮処分命令は商標権侵害の肝になることがある
商標権侵害の訴訟では、仮処分命令を勝ち取ることで、必要なすべての救済が得られることがよくあります。仮処分を勝ち取れば、企業は、何年も費用のかかる訴訟をすることなく、和解に達することができるようになります。一方、仮処分が却下された場合は、長く費用のかかる戦いになることが多いでしょう。
多くの弁護士は、回復不能な損害の推定により、類似の商標が問題になっている場合、商標近代化法に基づく差止命令はほぼ自動的に得られると想定していました。しかし、今回のケースは、そうではないことを示しています。そのため、仮処分を受けるには、証拠を集めることが必要です。
企業は、侵害に気づいたらすぐに、弁護士と協力して説得力のある証拠を収集する必要があります。差止命令は比較的早く申請する必要があるのですが、企業は、不完全な事実で急いで進めるのではなく、時間をかけて証拠を収集する必要があるでしょう。
企業内弁護士ができること
準備のためには、法務チームが第一線の営業スタッフと連絡を取り合う必要があります。また、商標権侵害の疑いがある場合、全社的に誰でも報告できるようなプロセスを用意しておく必要があるでしょう。これらの報告を法務が確認した後、すべての営業担当者が以下の項目に関する情報を追跡するためのスプレッドシートにアクセスできるようにする必要があります:
- 消費者の混乱(Consumer Confusion)
- 顧客の喪失(Lost customers)
- 競合他社の低品質または劣悪な商品・サービスによる風評被害(Reputational Harm caused by competitor’s lower quality or inferior goods and services)
これらのスプレッドシートとそれを裏付ける従業員の証言は、調査に頼るコストと遅延を発生させることなく、回復不能な損害を証明する最良の機会を確保することができます。しかし、場合によっては、回復不能な損害を証明するために、消費者認識調査や混同調査(consumer perception or confusion surveys)を実施する必要があることもあります。
企業が商標権侵害で回復不能な損害に直面した場合、差止命令は、企業のブランドを保護するための最良の手段です。商標近代化法によって差止命令は出しやすくなりましたが、法廷に向かう前に正しい情報を収集することが必要であることに変わりありません。