時代を先取りするような特許をもっていることはとても価値のあることですが、権利行使をした際に出願時には問題にならなかったことが大きな障害として立ちはだかる可能性があります。時代を先取りする一見とても強力な特許であっても、クレームや明細書の充実度、出願履歴によってはとても弱い特許になってしまうことがあります。
時代を先取りする特許の難しさ
ライドシェアリングが本格的に始まる前、1990年代後半に携帯、GPS そしてデジタルペイメントを合わせたライドシェアリングの特許を大学教授が取得しました。後にその教授は RideApp という会社を作り、Uber とLyft を相手に特許訴訟を起こします。
このような時代を先取りする特許をもっていた場合、当業者から多くのライセンス収入を得る期待がありますが、権利行使を見据えた明細書でないとせっかくの特許の権利行使ができなかったり、無効にされてしまったり、少額のライセンス料で妥協しなければいけなくなってしまうことがあります。
IPRで反撃
RideApp は最初 Lyft を特許侵害で訴えます。Lyft Inc. v. RideApp, Inc, Case Number IPR2019-00671, at the PTAB. しかし、Lyft は負けずに特許庁における IPR を申し立て、特許の有効性を問いただしました。
IPR は訴訟の際に対応策として用いられることが多く、地裁よりも費用対効果が高い方法で特許の有効性を問うことができます。
審査官が見逃した先行例文献
Lyft は IPR の手続きを始める前に調査を行い、問題の特許が出願される以前に発表された4つの文献を見つけました。それらの先行例文献は、出願時に審査官によって考慮されてはいませんでした。
通常、審査官は1件あたり20時間ほどの時間をかけて出願が特許として認められるかを判断します。その半分の10時間を調査に費やし、残りの半分を分析に使うのが一般的です。しかし、20時間程度の調査と分析だけで、対象の発明が本当に新しく非自明性を備えていることを判断することは難しいのが現状です。
そのため訴訟で権利行使されたからと言って、必ずしも特許が有効であるということはなく、実際にIPRなどの権利化後の再審査手続きでは、統計上60%以上の確立で (少なくとも一部の)クレーム が無効になってしまいます。
PTABで見つけられた問題
実際に PTAB で特許が再審議される際、新たな問題が見つかりました。それは特許明細書の不規則性です。明細書の開示内容が明確ではないため、PTAB いわく、特許を理解できないほどあやふやな内容になってしまっていると指摘されました。
具体的には、 “wireless means of on-demand allocation” や“wireless means of detecting proximity”という文言がクレームで使われているのですが、このようにmeansが使われる場合、特許法上、明細書内でクレームされている機能に該当する構造を明記しないといけません。しかし、PTAB による再審査では、その該当する構造に対する記載が不明瞭でクレーム解釈ができない状態にあると判断されてしまいました。
PTABでは記載不備による無効判断はできない
クレーム解釈ができないほど明細書が不明瞭であったので、肝心の Lyft が見つけた先行例文献と照らし合わせた再審判が PTAB ではできませんでした。しかし、PTAB における権限は先行例文献による特許の無効判断のみなので、記載不備による無効判断はできません。
地裁ではPTABの見解が参考にされる可能性大
結局、新たに見つかった先行例文献を用いた再審判は PTAB ではおこなわれませんでしたが、それは決して特許権者である RideApp にとっていいニュースではありません。というのもIPRと平行して継続されている地裁における訴訟では、記載不備による無効判断が下せるからです。
このような場合、裁判所は PTAB における見解を参考にし、特許を無効にする可能性がとても高いです。特に IPR においてクレーム解釈ができないほど明細書に問題があった場合、判事が PTAB の見解をそのまま用いて特許を無効にすることはほぼ確実といっていいでしょう。
訴訟を見据えた特許出願
この判例は権利化の際に見過ごされやすい訴訟を見据えた特許出願の重要性を語っています。権利行使をする際、審査においては問題でない部分(今回の例では、meansに対応する構造の開示)が大きな障害として表面化することがあります。
特許を得るだけでは本来の価値は得られません。訴訟において有効性が保たれ、侵害を証明してこそ本当に価値のある特許として評価されるのです。
訴訟弁護士を交えた出願を
訴訟に耐えられる特許を得るには、出願時に訴訟のことを考えないといけません。それには訴訟弁護士を交え、実際に訴訟になったさいに問題になり得る特許の潜在的な問題を早期発見し、訴訟弁護士と共に出願作業を行っていくことがいいでしょう。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者: Gerson S. Panitch. Finnegan, Henderson, Farabow, Garrett & Dunner LLP (元記事を見る)