最高裁判決:クレーム範囲と開示内容の差はどこまで許されるのか?抗体に関するクレームの実施可能要件

最高裁判所はAmgen v. Sanofiの訴訟で、実施可能要件(enablement requirement.)に焦点を当てた全会一致の判決を出しました。この訴訟は、LDLコレステロールのレベルを低下させる抗体に関するAmgenの特許に関わるものです。Amgenは、特許クレームは特定の機能を持つ抗体の全範囲をカバーしていると主張しましたが、そのような抗体の特定や抗体を作るための手法の開示は限定的でした。最高裁は、Amgenが十分な有効性を提供せずに広範な抗体のクラスを独占しようとしたと述べ、そのようなクレームは実施可能要件を満たしていないと述べました。しかし、最高裁は、実施可能要件の判断は個別案件で異なることも示しているので、事実背景によって結論が大きく左右される法的問題でもあります。

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最高裁判例:Amgen Inc. v. Sanofi 

5月18日、最高裁は、Amgen v. Sanofi事件において、法定の実施可能要件の解釈について全会一致の判決を下しました。

明細書内に開示された情報とクレーム範囲に該当する抗体の数の差が問題に

この事件は、LDLコレステロールのレベルを下げるのに役立つ抗体に関するものです。2014年、Amgenは、(1)PCSK9上の特定のアミノ酸残基を結合し、(2)PCSK9がLDL受容体に結合するのを阻害することができる抗体の「全属」(“the entire genus”)をクレームする特許を取得しました。Amgenは、特許庁への提出書類の一部として、上記2つの機能を果たす26の抗体のアミノ酸配列を特定しました。それ以上に、Amgenは、当業者に対して、記載されているようにPCSK-9に結合してブロックする他の抗体を製造する2つの方法を提示していました。特許を取得した直後、Amgenは競合するPCSK9阻害薬をめぐり、Sanofiを特許侵害で提訴しました。

Sanofiは、明細書では当業者がクレームされた2つの機能を果たす抗体の全範囲を製造し使用することはできないと反論しました。Sanofiは、主張された特許は、2つの機能を果たす未公開の何百万もの抗体をクレームしており、それらの抗体を製造する2つの開示された方法は、科学者が発見のための試行錯誤を行うことが必要であると主張しました。連邦地裁はこれに同意し、問題のクレームは有効でないと結論づけました。連邦巡回控訴裁もこれを支持しました。

連邦巡回控訴裁は、連邦地裁の判断に同意し、Amgenは、合理的な範囲の実験を考慮しても、クレームの全てを有効にすることができなかったと判断しました。Amgenは、機能によって定義される抗体のクラス全体を独占しようとし、非開示の抗体を製造し使用する方法を規定したましたが、それは「2つの研究課題に過ぎない」と述べました。裁判所は、最初の方法は、機能的な抗体を見つけるためのAmgen独自の試行錯誤の方法を説明したに過ぎず、2番目の方法は、抗体の構成要素のブラインド置換に過ぎず、「技術の状態からすると不確実な見通し」であることを強調しました。さらに裁判所は、有効なクレームは、当業者に非現実的な実験を強いるものではないことを指摘しました。

最高裁もAmgenの主張は受け入れず

Amgenは、その立場を支持するために3つの代替的な主張を行いましたが、最高裁は、これらの主張にはメリットがないと退けました。

Amgenはまず、CAFCが、発明が有効であるかどうかの問題と、広範なクレーム内の全ての実施形態を作るのに当業者がどれだけの時間を要するかという問題を混同していることに誤りがあることを示唆しました。これに対し、最高裁は、連邦巡回控訴裁が、すべての実施形態を作るのに要する累積的な時間と労力を争点として扱わないことを明確にしたことを理由に挙げ、その主張を退けました。

次にAmgenは、CAFCは機能によって定義される実施形態の属全体を包含するクレームの実施可能性の基準を引き上げたと主張しました。しかし、最高裁はこの主張に関しても同意せず、CAFCの判断は判例と、当事者が主張するクレーム対象物が多ければ多いほど、有効性のハードルは上がるという議会の指示と一致していると判断しました。

最後に、Amgenは、肯定することは「画期的な発明に対するインセンティブを破壊する」リスクがあると警告しました。しかし、最高裁は、発明者にインセンティブを与えることと、発明者のイノベーションの恩恵を国民が十分に受けられるようにすることの間の適切なバランスをとるという問題は、議会に属するもので、裁判所で審議することはふさわしくないと判断しました。

実施可能要件は各事件の事実内容が影響を与える個別判断が必要な法的問題

最高裁は最後に、「発明者が多くの発明を主張しても、ほんの少ししか可能にすることができないのであれば、公衆はその恩恵を受けられない」という議会の判断を再確認した、と述べました。しかし、その一方で、最高裁の見解は、これが明解なルールというわけではないことを明確にしています。「明細書が常に、クレームされたクラス内のすべての実施形態の製造方法と使用方法を具体的に記述しなければならないと言うわけではない…場合によっては、(一般)品質を開示することにより、単にサブセットではなく、クレームされているすべてのものを製造し使用することを当業者が確実に可能にすることもある」としています。したがって、実施可能要件(enablement requirement)は、各事件の具体的な事実関係に基づいて評価されなければならない法的問題であり続けるでしょう。

参考記事:Supreme Court Affirms Lack of Enablement in Amgen v. Sanofi Antibody Patent Dispute

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