費用が払えずロシアの特許は紙切れになってしまうのか?

2022年6月23日は、ロシアで特許や特許出願をしている米国企業にとって重要な日になりそうです。というのも、この日が、ロシア特許庁(通称:ロスパテント)に何かを支払うことができる最後の日だからです。今回は特許の観点から見たロシアの現状をまとめます。

支払いができるのはあと3ヶ月

通常、特許の審査では、3ヶ月先の期限は当たり前です。 しかし、ロシアによるウクライナへの壊滅的な侵攻は、通常とは全く異なる、予想外の急速な西側の制裁に拍車をかけました。 米国の対ロシア制裁の期限は、これまでのあらゆるものよりも影響が大きく深刻なものです。

3ヶ月後というと、ずいぶん先のことのように思えますが、最終的に企業がロシア特許をあきらめると判断するに至っても、出願、調査、その他の決定なども含むので、決して余裕のある期限ではありません。

ロスパテントは、米国がロシアに課した一連の罰則の制裁対象ではなく、ロスパテントを通じて特許を出願すること自体は禁止されていないが、ロスパテントに支払う方法がないため、米国の出願人は事実上ロスパテントに出願することができなくなります。 これは、直接出願する場合も、国際PCT出願を通じて出願する場合も同様です。

ロスパテントは、米国や他の国から特に制裁の対象となっているロシア連邦中央銀行を通じて、出願人からの支払いを受け付けています。 2月下旬に制裁が開始されましたが、一部の取引には米国財務省が認めるワインディングピリオド(wind down period)が認められています。技術的には、ワインディングピリオドは「一般ライセンス」によって公布され、米国人がロシアで日常業務を行うために通常付随し必要であるという条件で、税金、手数料、輸入税、許可、ライセンス、登録、証明書をロシア中央銀行に支払うことが許可されています。これはおそらく、特許の支払いも含んでいると思われます。しかし、このワインディングピリオドは、2022年6月24日に終了する予定です。

難しい費用の支払い

ロシアで特許出願をする場合、直接出願であれPCT国内段階出願であれ、出願料が期限までにロスパテントの銀行を通して処理されるようにしなければなりません。

しかし、制裁の常として、中立国の法律事務所などの第三者が自社に代わって制裁対象組織に支払いを行うことはできません。 実際、制裁の条文にはそのことが明記されており、i) 制裁を「回避または免れる目的を持つ」取引、ii) 実際に「回避または免れる」取引を禁止しています。第三者に支払いを代わってもらうと、ii)の取引に含まれる可能性があるので、制裁を回避する意図がない支払いであっても、厄介な刑事訴追を引き起こす可能性があります。

ロシアにおける発明は必ず最初にロシアに出願しなければならない

このような状況下で、なぜロシアに特許を出願しようとするのだろうか。 1つの理由は、外国での特許ライセンスのためである。 ロシア特許法によれば、ある発明がロシアで考案された場合、その発明に関する最初の特許出願はロシアで行わなければなりません。 これは、発明者の国籍に関係なくです。ロシアで最初に特許出願を行わず、その出願が「国家機密」を含むと判断された場合、出願人に刑事罰が科せられる可能性があります。 これは、ロシア在住の発明者または出願人の従業員にとって危険なことかもしれません。

ロシアで特許出願をしてから6ヶ月が経過すると、ロスパテントから何も連絡がなくても、ロシアの法律では外国に出願することができます。 したがって、特許出願の発明者がロシアにいる場合、企業はまずロスパテントに最初の出願をして、彼らに対するリスクを減らすことが望まれます。 少なくとも、期限前であれば、このような選択肢もあります。

PCT出願も注意が必要

ロスパテントへの支払い禁止は、特許出願だけでなく、国際PCT出願で行われる調査にも適用されます。

ロスパテントは国際調査機関(ISA)の低コストな代替機関です。 そのISAの料金は、韓国知的財産権庁(KIPO)のほぼ半分でした。 そのため、特に価格に敏感なPCT出願のISAとしてロスパテントを選んでいる企業があるかもしれません。

出願人は、PCT調査手数料を自国の受理官庁またはWIPOの国際事務局を通じて支払いますが、その手数料が実際にいつISAに転送されるかは出願人のコントロール下にはありません。 少なくとも現時点では、欧州特許庁や米国特許商標庁とは異なり、WIPOはロスパテントとの関係を遮断していません。 つまり、WIPOからの料金は、出願人が料金を支払った1ヶ月後に、出願におけるサーチコピー受領通知によって証明されるか、あるいは3~9ヶ月後に国際調査報告がなされた後にロスパテントに送金されているのだと思います(少なくとも、理論上は)。

もし出願人の支払いが6月23日の期限後にロスパテントに行った場合、制裁国における取引を開始した責任が発生する可能性があります。

ロスパテントがPCT出願において、国際予備審査機関(IPEA)としての選定など、その後のサーチに選定された場合も同様です。 IPEAは、第34条の補正や第2章国際段階(chapter 2 international phase)での主張に対応した調査・審査を行います。

維持費の支払いも難しい

発行済み特許のロスパテントへの維持費支払いも禁止されています。 ロシア特許の場合、維持費は出願後3年目から発生しますが、付与されるまで支払いは発生しません。 Eurasian Patent Organization (EAPO)の銀行は現在制裁されていませんが、ロシア特許については特許権者の維持費をロスパテントに送金しているので効果は同じです。

制裁期限前にロスパテントに年間維持費を支払えば、特許の寿命をもう1年延ばせるかもしれませんが、お金の無駄遣いになるかもしれません。

 制裁に対応して、クレムリンは最近、米国などの「非友好的」国の特許権者は、無許可の特許侵害に対して補償を受けないことを布告しました。 事実上、ロシアにおけるすべての米国出願人の特許に対して、0%のロイヤリティなしの強制実施権を付与しています。

関連記事:ロシアによる非友好国を対象にした知財制裁

ロシアで出願中・特許権を持っている企業には頭の痛い問題

米国出願人は、最新のWIPOのデータの時点で、ロシア連邦で有効な約23,000件の特許を保有しています。 特許権者がロスパテントに支払うことを禁じられ、政府がロイヤルティをゼロにした場合、特許権者はロシア特許を失効させるしかないかもしれません。

ロシアとウクライナの戦争が早く終わったとしても、米国の制裁とロシアの対抗措置は何年も続くと思われます。 この制裁以前に、ロシアはすでに米国の知的財産権窃盗の優先監視リストに入っていました。 また、ロシアの経済の乱高下は数十年続く可能性があります。企業にとっては、ロシアにおける特許が失効したり、資産が国有化されたりと、今回の紛争における損失は長期に渡って影響を及ぼすかもしれません。

ロシアにおける米国出願特許のワインディングピリオドはすでに始まっており、米国の制裁期限が来る6月23日に備えた決断を下すタイミングはもうすぐそこに来ています。

参考記事:Patents Are Winding Down in Russia

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