Image illustrating the concept of Printed Matter Doctrine in patent law, focusing on the exclusion of claims solely related to information transmission content. Case study: IOENGINE, LLC v. Ingenico Inc. analyzing CAFC's decision and implications for patent practice.

どのような文言がクレームで避けるべき「情報の伝達内容」なのか?IOENGINE, LLC v. Ingenico Inc.事件から学ぶプリンティッドマター法理の適用範囲


今回、特許法におけるプリンティッドマター法理(printed matter doctrine)の適用範囲に関するた連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の判決がありました。プリンティッドマター法理とは、情報の伝達内容のみをクレームした要素は特許適格性の対象外であるとする考え方です。歴史的にこの法理は紙媒体に印刷された情報を対象としてきましたが、技術の発展に伴い、あらゆる媒体上の情報の伝達内容に適用されるようになりました。

そんな中、2024年5月3日に下されたCAFCの判決、IOENGINE, LLC v. Ingenico Inc.事件は、この法理の解釈に新たな視点を提供しました。本事件では、特許権者のIOENGINE社が、Ingenico社の申請した複数のIPR(当事者系レビュー)の結果、特許クレームの一部が無効と判断されたことを不服として控訴。CAFCは、特許審判部によるプリンティッドマター法理の適用を覆し、クレーム内の「暗号化された通信(encrypted communications)」と「プログラムコード(program code)」の限定は、情報の伝達内容のみをクレームしたものではないとの判断を下しました。

本記事では、まずIOENGINE事件の概要を説明し、プリンティッドマター法理について解説します。次に、本事件でのCAFCの判断を、プリンティッドマター法理の適用範囲という観点から分析。さらに、本判決が今後の特許実務に与える影響について考察します。プリンティッドマター法理は、現代の情報通信技術の発展に伴い、その適用範囲が問題となることが多くなっています。本事件の判決は、この法理の適用範囲を限定する可能性を示唆しており、特許権者と実務家にとって重要な示唆を与えるものといえるでしょう。

IOENGINE, LLC v. Ingenico Inc.事件の概要

IOENGINE, LLC(以下、IOENGINE)は、米国特許第8,539,047号(’047特許)、第9,059,969号(’969特許)、および第9,774,703号(’703特許)の所有者です。これらの特許は、「Apparatus, Method and System for a Tunneling Client Access Point」と題され、共通の先行技術と明細書を共有しています。Ingenico Inc.(以下、Ingenico)は、これらの特許のクレームに対して3件のIPR(inter partes review、当事者系レビュー)を申請しました。

特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下、Board)は、審議の後、問題となったクレームの多くが特許性を有しないと結論づけました。IOENGINEは、Boardによるプリンティッドマター法理の適用や先行技術の認定(anticipation)および自明性(obviousness)の分析に誤りがあるとして、これを不服としてCAFCに控訴しました。

プリンティッドマター法理とは

プリンティッドマター法理(printed matter doctrine)とは、情報の伝達内容(communicative content)のみをクレームした要素は、特許適格性(patentable subject matter)の対象外であるとする法理です。この法理は、情報の内容そのものは、特許法の保護対象ではないという考え方に基づいています。

歴史的には、プリンティッドマター法理は、紙などの媒体に印刷された情報を対象としていました。しかし、技術の発展に伴い、この法理は印刷された情報に限らず、あらゆる媒体上の情報の伝達内容に適用されるようになりました。

例えば、医薬品の投与量の指示を記載したラベル、患者に薬を食事と一緒に服用するよう指示するラベル、DNAテストの実施方法の説明、リストバンドに印刷された数字などは、過去にプリンティッドマターに該当すると判断されています。

プリンティッドマター法理の適用を判断するための2段階テスト

連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、プリンティッドマター法理の適用を判断するための2段階テストを確立しています。

  1. 限定がプリンティッドマターに向けられているか(情報のコンテンツをクレームしているか): 2段階テストの第1ステップでは、問題となっている限定が、プリンティッドマターに向けられているかどうかを判断します。限定が情報の内容のみをクレームしている場合、その限定はプリンティッドマターであると判断されます。
  2. もしそうなら、プリンティッドマターは基材に対する機能的または構造的な関係に基づいて特許性のある重みを与えるべきか: 第1ステップでプリンティッドマターであると判断された場合、第2ステップでは、そのプリンティッドマターが特許性のある重みを与えられるべきかどうかを判断します。クレームされた情報の内容が、基材(substrate)に対して機能的または構造的な関係を有する場合、プリンティッドマターに特許性のある重みが与えられます。

以上の2段階テストを通じて、プリンティッドマター法理の適用が判断されます。

IOENGINE事件におけるCAFCのプリンティッドマター法理の分析

IOENGINE事件では、特許審判部(Board)が「暗号化された通信(encrypted communications)」と「プログラムコード(program code)」の限定にプリンティッドマター法理を適用し、これらの限定を特許性のない主題として扱いました。しかし、CAFCは、この判断を覆し、「暗号化された通信」と「プログラムコード」の限定がプリンティッドマターに該当しないと判断しました。

CAFCは、「暗号化された通信」という限定は、通信の形式(form)に関するものであり、通信の内容(content)をクレームしているわけではないと指摘。同様に、「プログラムコード」という限定も、ダウンロードされるコードの内容を特定することなく、単にコードがダウンロードされることを要求しているだけと解釈しました。

CAFCは、プリンティッドマター法理が、通信の行為や形式自体ではなく、通信によって伝達される情報の内容のみを除外することを明確にしました。そして、本事件で問題となった限定は、特定の内容を伝達することをクレームしていないため、プリンティッドマターに該当しないと判断しました。

以上の理由から、CAFCは、特許審判部がIOENGINE特許の「暗号化された通信」と「プログラムコード」の限定にプリンティッドマター法理を適用し、これらの限定を特許性のない主題として扱ったことは誤りであると結論づけました。

プリンティッドマター法理に依拠するクレームの対処

このような分析を経て、CAFCは、’969特許のクレーム4と7、および’703特許のクレーム61、62、110、111に関するBoardの先行技術の認定判断を覆しました。これらのクレームには、「encrypted communications」(暗号化された通信)や「program code」(プログラムコード)の限定が含まれていました。

Boardは、これらの限定がプリンティッドマターに該当すると判断し、先行技術との比較においてこれらの限定を考慮しませんでした。その結果、Boardは、これらのクレームがIida文献によって進歩性なしと判断しました。

しかし、CAFCは、上記で説明したように、「encrypted communications」と「program code」の限定がプリンティッドマターに該当しないと判断しました。したがって、CAFCは、これらの限定を考慮せずに行ったBoardの判断を覆しました。

なお、Ingenicoは、「encrypted communications」と「program code」の限定に関して、プリンティッドマター法理以外の無効理由を提出していなかったため、CAFCは追加の審理を行うことなく、これらのクレームの特許性を認めました。

プリンティッドマター法理に対するIOENGINE判決の影響

IOENGINE事件におけるCAFCの判決は、プリンティッドマター法理の適用範囲に重要な影響を与えると考えられます。ここでは、法理の範囲が狭まる可能性と、電子通信への法理の適用における不確実性について検討します。

法理の範囲が狭まる可能性

CAFCは、「暗号化された通信」と「プログラムコード」の限定がプリンティッドマターに該当しないと判断しました。この判断は、プリンティッドマター法理の適用範囲を限定する可能性があります。

従来、プリンティッドマター法理は、情報の伝達内容のみをクレームした要素を特許適格性の対象外とするために広く適用されてきました。しかし、IOENGINE事件の判決は、クレームが明示的に特定の情報の内容を伝達することを要求していない限り、プリンティッドマター法理の適用を制限する可能性があります。

この判決により、特許出願人は、クレームの限定が情報の内容ではなく、通信の行為や形式に関連していることを主張しやすくなる可能性があります。その結果、プリンティッドマター法理に基づいて特許性を否定されるクレームが減少する可能性があります。

電子通信への法理の適用における不確実性

また、IOENGINE事件の判決は、プリンティッドマター法理の電子通信への適用に関する不確実性を生み出しました。CAFCは、プリンティッドマター法理が情報の伝達内容をクレームしたあらゆる種類の情報に適用されると述べましたが、判決で引用された事例は、物理的に印刷された資料やユーザーインターフェース上に表示される情報に関するものであり、電子通信には直接言及していません。

しかし、判決が「暗号化された通信」の限定をプリンティッドマターに該当しないと判断したことから、他の電子通信の要素がプリンティッドマターに該当するかどうかについての不確実性が生じています。例えば、特許クレームでは、トリガー、マーカー、識別子などの情報を含む「メッセージ」や「要求」が一般的に使用されています。訴訟当事者や特許審査官は、メッセージの内容を一般的に記述した用語(例えば、トリガー)が、伝達される情報の内容を特定しているため、プリンティッドマター法理の第1ステップを満たすと主張する可能性があります。

IOENGINE事件の判決は、プリンティッドマター法理の適用に新たな不確実性をもたらしました。現在の技術において電子通信が重要な役割を果たしていることを考えると、この法理が特許出願や訴訟においてより頻繁に問題となる可能性があります。

結論

IOENGINE事件の判決は、プリンティッドマター法理の適用範囲に関して重要な指針を提供するものです。CAFCは、プリンティッドマター法理が、通信の行為や形式自体ではなく、通信によって伝達される情報の内容のみを除外することを明確にし、この法理の適用範囲を限定する可能性を示唆しました。しかし、同時に、電子通信への法理の適用における不確実性も浮き彫りになりました。

今後、特許出願人は、クレームの限定が情報の内容ではなく通信の行為や形式に関連していることを主張しやすくなる一方で、訴訟当事者や特許審査官は、電子通信の要素がプリンティッドマターに該当するかどうかについて議論を深めていくことが予想されます。いずれにせよ、IOENGINE事件の判決は、プリンティッドマター法理の適用範囲を巡る議論に大きな影響を与えるものであり、特許実務家は本判決の動向を注視していく必要があるでしょう。

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