固有性の理論を用いた自明性による拒絶を覆す方法

自明性で拒絶される際、多くの場合で固有性の理論(theory of inherency)が主張される場合があります。これは先行技術とクレームされた発明の差を埋めるために便利なツールなので審査官は多様しますが、必ずしも審査官の主張が正しいというわけではありません。そこで、どのようにしたら効果的な反論を行えるかをPTABのケースを見ながら説明していきます。

米国特許審査官は、先行技術のギャップを埋めるために、固有性の理論(theory of inherency)に頼ることがあります。これは通常、特許請求の範囲に構造上の制限が記載されており、1つ以上の特性と組み合わせて記載されている場合に用いられます。先行技術がクレームされた構造的制限を記述していて、クレームされた特性を記述していない場合、審査官は、たとえ特性が先行技術に明示的に記述されていなくても、クレームされた特性は先行技術の構造に内在するだろうとの立場をとることがよくあります。

しかし、米国法では、先行技術がクレームされた特性を有する可能性があるだけでは、固有の新規性や自明性を立証するには不十分です。代わりに、固有性を立証するためには、審査官は、クレームされた特性が先行技術に必然的に存在するという根拠を提供しなければなりません。

この問題は、最近のPatent Trial and Appeal Board (“Board”)のEx parte Liuに示されています。争点となったクレームは以下のようなものです。

A polymer composite composition comprising:

an eggshell component, wherein the eggshell component possesses a lipid-protein structure substantially similar to that of the eggshell from which the eggshell component is derived, and wherein the eggshell component is substantially free of eggshell inner membrane material; and

a polymer component.

本発明者らは、オリジナルのlipid-protein構造を有し、かつオリジナルの卵殻の内膜を有しない卵殻成分を用いることにより、改良されたポリマー組成物が製造できることを見出しました。オリジナルのlipid-protein構造は、粉末としての卵殻成分をポリマー成分に分散させる際に、卵殻成分の疎水性を維持すると考えられていました。

審査官は、いくつかの文献の組み合わせ、請求項が自明であるとして却下しました。第一の文献(「New」)には、気流を使用して粉砕した卵殻を付着した膜から分離することが記載されていました。第二の文献(「Minagoshi」)には、卵殻粉末を高分子ゴム組成物に配合することが記載されていました。審査官は、「Minagoshi」の粉末として「New」の粉砕卵殻を使用することは、クレームされたポリマー複合組成物を得るためには自明であっただろうとの見解を示しました。

しかし、特許請求の範囲に記載されているように、卵殻成分が、卵殻成分の由来である卵殻と実質的に類似したlipid-protein構造を有することは、文献には具体的に記載されていませんでした。先行技術のこのギャップを埋めるために、審査官は、「New」で製造された卵殻粉末は、元のlipid-protein構造を本質的に保持しているだろうとの立場をとりました。この立場は、「New」が卵殻から膜を分離するために「過酷な化学薬品や高温を使用せずに気流を利用した」と主張していることに基づいています。この文献には処理温度が記載されていないため、審査官は室温で行われたとの見解を示しました。

出願人は、「卵殻は比較的低温で変性させることができる、」そして、「41℃以上の温度は、多くのタンパク質の相互作用を壊し、変性させる」と説明する宣言書を提出しました。出願人は、「New」がそのプロセスで使用される温度を具体的に開示していないことを認めましたが、このプロセスにおける高速気流は41℃以上の温度をもたらすと主張しました。このような温度では卵殻が変性してしまい、請求項に記載されているようなlipid-protein構造を持たなくなってしまいます。

このように、審査官は、「New」が41℃未満の温度を使用した(その結果、請求された制限を満たす製品が得られる)と主張したのに対し、出願人は、「New」が41℃以上の温度を使用した(その結果、請求された制限を満たさない製品が得られる)と主張しました。

これらの相反する主張と証拠を考慮して、PTAB審査会は、審査官の固有性の立場を支持できないと判断しました。審査会は、「New」のプロセスがどのような温度を示唆しているかは不明であると判断しました。したがって、記録された証拠の優位性は、「New」のプロセスが本質的に41℃未満の温度で行われているという認定を支持するものではないとしました。したがって、「New」のプロセスは、卵殻成分が由来する卵殻と実質的に類似したlipid-protein構造を有する卵殻組成物を必然的にもたらすという知見を支持するものではないと結論付けました。したがって、審査会は、自明性の拒絶を覆します。

このように、審査会は、申請者が主張したように、「New」のプロセスが本質的に41℃以上の温度で行われているとは認めませんでした。むしろ、プロセスがどのような温度で行われたかについては、証拠が決定的ではないと判断したのです。この温度の不確実性が、固有性に関する審査会の判断の鍵を握っていました。審査会が指摘したように、「固有性は確率や可能性によって立証されるものではない。ある特定の事柄がある状況から生じる可能性があるという単なる事実だけでは十分ではない」(In re Robertson, 169 F.3d 743, 745 (Fed. Cir. 1999))と指摘しているように、「[固有性]は確率や可能性によっては立証できない。審査官が主張したように、「New」のプロセスが41℃以下の温度で実施された可能性があったとしても、この可能性は、本質的に41℃以下の温度であることを立証するには不十分でした。

要点

固有性は単なる可能性ではなく、必要性を必要とします。つまり、先行技術がクレームされた性質を満たす可能性があるからといって、先行技術が必ずしもその性質を満たすとは限りません。先行技術が請求された性質を必ずしも満足していないのであれば、固有性は成立していません。請求された性質を支持する証拠と、請求された性質を支持する証拠が両方ある場合、この対立自体で固有性を否定する主張を支持することができます。

解説

このケースと上記の説明を理解するポイントは、可能性と必然性の違いです。今回のケースでは、引用された文献はクレームされた特徴を示唆する(可能性を示す)ものの、対立する出願人からの主張によって、必然性に欠けると判断されました。

審査官が固有性の理論(theory of inherency)に頼る場合、先行技術とクレームされた発明のギャップを埋めるためには、文献に明示されていない発明の特性が文献内に必然的になければ成立しません。

今回は、問題となった性質は温度に関わるもので、先行例文件ではその温度が明確に示されていませんでした。そこを追求して審査官の固有性の理論(theory of inherency)を真っ向に否定する主張を展開できたことが今回の出願人の勝利に繋がりました。

自明の拒絶を行う上で、アメリカの審査官は固有性の理論(theory of inherency)を展開してくることはよくあります。それが必然性があるものなのか、可能性だけを示したものなのかはケース・バイ・ケースですが、審査官の仮定(assumption)をそこから見出すことができ、それが(可能であっても)常に正しくない場合、必然性に欠ける可能性があるため、今回のケースのように、対立する主張を行うことによって、審査官の固有性の理論(theory of inherency)を打破できるかもしれません。

固有性の理論(theory of inherency)によって自明性による拒絶が来た場合、審査官の理論に穴がないか、必然性が保たれた主張をしているか?という点に気をつけてみたら、効果的な反論ができるかもしれません。

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まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Matthew E. Barnet. Element IP(元記事を見る

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