1. はじめに
特許実務において、先行技術の特定は常に重要な課題です。デジタル時代の到来により、オンライン上の情報が先行技術として検討される機会が増えています。しかし、見た目に関わる意匠特許に関して、ウェブサイト上の製品画像や情報を先行技術として主張する際、思わぬ落とし穴が待ち受けているかもしれません。
最近、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)の特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)が下した興味深い審決があります。Next Step Group, Inc. v. Deckers Outdoor Corp.事件では、オンラインの製品リスティングが「印刷刊行物(printed publication)」としての要件を満たすかどうかが争点となりました。
本記事では、この事件の詳細を解説するとともに、オンライン情報を先行技術として主張する際の課題と対策について考察します。デジタル時代における特許戦略の立て方に悩む特許弁護士や知財部門の方々にとって、貴重な指針となるでしょう。
特許の無効化を目指す当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)において、どのような証拠が認められるのか。オンライン上の情報を効果的に活用するにはどうすればよいのか。これらの問いに対する答えを、PTABの審決を通じて探っていきましょう。
2. Next Step Group, Inc. v. Deckers Outdoor Corp.事件の概要
2.1. 背景
この事件の中心となったのは、Deckers Outdoor Corporation(以下、Deckers社)が保有する意匠特許(Design Patent)D927,161号です。この特許は、靴のアッパー部分の装飾的デザインを対象としています。Next Step Group, Inc.(以下、NSG社)は、このデザイン特許の無効を主張し、PTABに当事者系レビュー(IPR)を請求しました。
NSG社は、Deckers社の特許が無効であることを示すため、複数の先行技術を提示しました。その中には、Amazonやその他のオンライン小売業者のウェブサイトから取得した製品画像が含まれていました。これらの画像は、問題の特許の出願日以前に販売されていたとされる靴を示すものでした。
2.2. 主要な争点
本件の核心となる争点は、提出されたオンライン上の製品画像や販売リストが、特許法上の「印刷刊行物(printed publication)」として認められるかどうかという点です。特許法第311条(b)項によれば、IPRにおいて特許の無効を主張できるのは、「特許または印刷刊行物のみに基づく先行技術」(prior art consisting of patents or printed publications)に限られます。
NSG社が提示した証拠の多くは、クリティカルデート(この場合は特許の出願日)以降に取得されたウェブページのスクリーンショットでした。これらのスクリーンショットには、製品が「2015年に発売された」といった記述が含まれていましたが、PTABは、これだけでは不十分だと判断しました。
PTABは、ウェブページの動的な性質を指摘し、現在のウェブページの内容が過去のある時点でも同じであったと断定することはできないと述べました。つまり、2024年に撮影されたスクリーンショットが、2019年以前の製品情報を正確に反映しているという保証はないと判断したのです。
さらに、NSG社が提示した証拠の中には、インターネットアーカイブ「Wayback Machine」から取得した過去のウェブページも含まれていました。しかし、これらのページに表示されていた靴のデザインが、特許で主張されているデザインと異なっていたため、PTABはこの証拠も採用しませんでした。
3. PTABの判断
3.1. オンライン上の製品画像の扱い
PTABは、NSG社が提出したオンライン上の製品画像について、慎重な姿勢を示しました。特に注目すべきは、ウェブページの動的性質に関する指摘です。PTABは、「ウェブページは動的であり、製品リストは更新される可能性があり、ウェブサイト上の製品写真は時間とともに変化する可能性がある」と述べました。
この見解は、オンライン情報を先行技術として主張する際の大きな障壁となります。例えば、Amazonの製品ページに「2015年に発売」と記載されていても、そのページ上の画像が2015年当時から変更されていない保証はありません。PTABは、「2024年のウェブページのプリントアウトは、クリティカルデート以前の何年も前にウェブサイト上で公に利用可能であったものの十分な証拠を提供しない」と明確に述べています。
さらに、複数のウェブサイトから取得した画像の一貫性の問題も指摘されました。同じ製品を示すはずの画像が、ウェブサイトによって異なる場合、その信頼性は大きく損なわれます。PTABは、このような不一致を、証拠の信頼性を疑う理由の一つとして挙げています。
3.2. 「印刷刊行物」としての要件
PTABの判断の核心は、「印刷刊行物(printed publication)」の定義にあります。特許法上、印刷刊行物として認められるためには、クリティカルデート以前に「公衆が利用可能(publicly accessible)」であった証拠が必要です。
PTABは、Hulu, LLC v. Sound View Innovations, LLC事件(IPR2018-01039)の先例決定を引用し、「請求人は、異議申し立てられた特許のクリティカルデート以前に参照文献が公衆に利用可能であったこと、したがって印刷刊行物として認められる合理的な可能性があることを立証する責任を負う」と述べています。
この「公衆が利用可能」という基準は、単にウェブページが存在していたということだけでは満たせません。PTABは、In re Lister事件(583 F.3d 1307, 1311 (Fed. Cir. 2009))を引用し、「重要な問いは、参照文献が『当該技術に興味を持つ公衆に十分にアクセス可能であったか』どうかである」と強調しています。
つまり、ウェブページの存在だけでなく、関心のある人々がそのページを見つけ、アクセスできたことを示す必要があるのです。この基準は、特にeコマースサイトのような動的なウェブページの場合、非常に高いハードルとなります。
4. オンラインコンテンツを先行技術として主張する際の課題
4.1. ウェブページの動的性質
インターネット上の情報を先行技術として活用する際、最大の障壁となるのがウェブページの動的性質です。eコマースサイトや企業のウェブサイトは、頻繁に更新されます。この特性が、過去のある時点での情報の正確性を立証することを非常に困難にしているのです。
例えば、Amazon.comのような大規模なオンラインマーケットプレイスでは、製品リストが日々更新されています。製品の説明文、価格、そして画像さえも変更される可能性があります。PTABが指摘したように、「製品が最初にウェブサイトに掲載された日付」が示されていたとしても、そのリストの内容、特に写真が当時から変更されていないという保証はありません。
この問題は、意匠特許(Design Patent)の無効化を試みる際に特に顕著です。なぜなら、製品の外観が時間とともに微妙に変化する可能性があるからです。Next Step Group, Inc. v. Deckers Outdoor Corp.事件では、提出された画像の一部が、請求項で主張されているデザインと異なっていたことが問題となりました。
さらに、ウェブサイトのレイアウトや構造も時間とともに変化します。これは、過去のある時点で特定の情報にアクセスすることが可能であったことを証明する際の障害となります。
4.2. 公衆のアクセス可能性の証明
PTABの判断基準において重要なのは、単にウェブページが存在していたということだけでなく、そのページが「公衆にアクセス可能(publicly accessible)」であったことを証明する必要がある点です。この「公衆のアクセス可能性」の証明は、予想以上に困難な課題となります。
まず、検索エンジンでの検索可能性が問題となります。現在のウェブページが検索可能だからといって、過去のある時点でも同様に検索可能であったとは限りません。検索エンジンのアルゴリズムは常に変化しており、過去のウェブページの検索可能性を遡って証明することは極めて困難です。
次に、アクセス制限の問題があります。多くのウェブサイトは、会員登録やログインを要求します。過去のある時点で、そのようなアクセス制限がなかったことを証明するのは容易ではありません。
さらに、地理的なアクセス制限の問題も考慮する必要があります。一部のウェブサイトは、特定の国や地域からのアクセスを制限している場合があります。グローバルな特許紛争において、この点は重要な争点となる可能性があります。
最後に、ウェブページの閲覧統計やアクセスログの問題があります。これらのデータは、ページが実際に閲覧されていたことを示す強力な証拠となりますが、多くの場合、長期間保存されていません。また、プライバシーの観点から、これらのデータを第三者が入手することは極めて困難です。
これらの課題は、オンラインコンテンツを先行技術として主張する際の大きな障壁となります。しかし、適切な戦略と準備によって、これらの課題を克服することは可能です。次のセクションでは、これらの課題に対する実務的な対策について詳しく見ていきましょう。
5. 実務への影響と対策
5.1. 特許出願者にとっての意味
Next Step Group, Inc. v. Deckers Outdoor Corp.事件のPTAB審決は、特許出願者にとって両刃の剣と言えるでしょう。一方で、自社の特許の有効性を守る上で有利に働く可能性があります。オンライン上の情報が簡単には先行技術として認められないという判断は、特許の無効化を困難にするからです。
しかし、この判断は同時に、特許出願前の先行技術調査をより複雑にする可能性があります。オンライン上の情報が「印刷刊行物」として認められにくくなれば、従来の方法での先行技術調査では不十分となる可能性があるのです。
特許出願者は、以下の点に注意を払う必要があるでしょう:
- 徹底的な先行技術調査:オンライン情報だけでなく、より広範囲な情報源を活用した先行技術調査が求められます。
- 自社製品の記録管理:将来の特許紛争に備え、自社製品の販売履歴や製品情報の変更履歴を詳細に記録しておくことが重要です。
- オンライン情報の定期的なアーカイブ:重要な製品情報やウェブページの定期的なアーカイブを作成し、保管することで、将来の証拠として活用できる可能性があります。
5.2. 特許挑戦者にとっての教訓
特許の無効化を試みる側にとって、この審決は大きな警鐘となります。オンライン上の情報を安易に先行技術として提示することは、もはや効果的な戦略とは言えません。特許挑戦者は、以下の点に留意する必要があります:
- 複数の証拠の組み合わせ:単一のオンラインソースに頼るのではなく、複数の証拠を組み合わせて提示することが重要です。
- タイムスタンプの重要性:可能な限り、クリティカルデート以前のタイムスタンプが付された証拠を収集することが求められます。
- 公衆のアクセス可能性の立証:単にウェブページが存在していたことだけでなく、実際に公衆がアクセス可能であったことを示す証拠が必要です。
- 専門家証言の活用:必要に応じて、ウェブ技術やアーカイブの専門家の証言を活用し、オンライン情報の信頼性を裏付けることを検討すべきです。
5.3. オンライン証拠の適切な提示方法
PTABの審決を踏まえ、オンライン証拠を効果的に提示するためには、以下のような方法が考えられます:
- インターネットアーカイブの活用:「Wayback Machine」などのインターネットアーカイブサービスを利用し、クリティカルデート以前のウェブページのスナップショットを提示します。ただし、アーカイブされた日付と実際にページが公開された日付が一致しない可能性があることに注意が必要です。
- メタデータの提示:ウェブページのメタデータ、特に最終更新日や作成日などの情報を提示することで、コンテンツの時期を裏付けることができます。
- 第三者による証明:可能であれば、ウェブホスティング会社やコンテンツ配信ネットワーク(CDN)プロバイダーなどの第三者から、ウェブページの公開日や内容に関する証明を得ることも検討に値します。
- 関連する物理的証拠との連携:オンライン情報と関連する物理的な証拠(例:印刷されたカタログ、新聞広告など)を組み合わせて提示することで、オンライン情報の信頼性を高めることができます。
- 詳細な説明文書の作成:オンライン証拠を提示する際には、その証拠がどのように取得され、どのように先行技術としての要件を満たすかを詳細に説明する文書を添付することが重要です。
- 継続的なモニタリングと記録:重要なウェブページについては、定期的にその内容をモニタリングし、変更履歴を記録しておくことで、将来の紛争に備えることができます。
これらの方法を適切に組み合わせることで、オンライン証拠の信頼性と有効性を高めることができるでしょう。ただし、技術の進歩とともに、オンライン情報の取り扱いに関する法的解釈も変化する可能性があります。特許実務家は、この分野の動向を常に注視し、最新の判例や審決を踏まえて戦略を適応させていく必要があります。
6. 結論
Next Step Group, Inc. v. Deckers Outdoor Corp.事件のPTAB審決は、デジタル時代における特許実務の複雑さを浮き彫りにしました。オンライン上の製品画像や情報を先行技術として利用する際には、その動的性質と公衆のアクセス可能性の証明という大きな課題に直面します。この審決は、特許出願者と挑戦者の双方に重要な教訓を提供しています。今後、特許実務家は、オンライン証拠の収集・提示方法をより慎重に検討し、多角的なアプローチを採用する必要があるでしょう。同時に、技術の進歩に伴う法的解釈の変化にも常に注意を払い、柔軟に戦略を適応させていくことが求められます。この事例は、デジタル時代の特許戦略において、技術的知識と法的洞察の両方が不可欠であることを改めて示しています。