はじめに
2025年4月18日、連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)が機械学習特許の適格性に関する重要な判決を下しました。Recentive Analytics v. Fox Corp事件は、機械学習特許の適格性について初めての先例的判断を示した画期的な判決です。判決は既存のAliceテストを機械学習に応用したもので、「既存の機械学習手法を新しいデータ環境に適用するだけでは特許適格性がない」というものです。この判断は、AI技術の特許取得を目指す企業や発明者にとって極めて重要な指針となります。
本記事では、この判決の詳細、法的分析、そして特許実務への影響について解説します。機械学習技術の特許出願に携わる知財プロフェッショナルにとって、今後の戦略立案に不可欠な情報をお届けします。
事件の概要
訴訟の経緯
Recentive Analytics社は、テレビ放送やライブイベントのスケジューリングに関する4つの特許(米国特許第10,911,811号、10,958,957号、11,386,367号、11,537,960号)を所有していました。これらの特許は機械学習技術を用いて最適なスケジュールやネットワークマップを生成する方法に関するものです。同社はFox Corp社とその関連会社に対して特許侵害訴訟を提起しましたが、被告は特許適格性の欠如(lack of patent eligibility)を理由に訴え却下を申し立てました。
デラウェア州連邦地方裁判所は、問題の特許が米国特許法第101条の下で特許適格性を欠くとして訴えを却下しました。Recentive社はこれを不服としてCAFCに控訴しましたが、CAFCは地裁の判断を支持する判決を下しました。
対象特許の概要
問題となった4つの特許は、次の2つのカテゴリーに分類されます:
「機械学習トレーニング」特許(’367と’960特許)
- 両特許とも「イベントスケジュール決定のためのシステムと方法」と題され、テレビのライブイベントスケジュールに関するもの
- 機械学習モデルを繰り返し訓練し、最適化されたスケジュールを生成・更新する方法を記載
「ネットワークマップ」特許(’811と’957特許)
- 両特許とも「ネットワークマップを自動的かつ動的に生成するシステムと方法」と題され、テレビ放送業者向けのネットワークマップ作成に関するもの
- 機械学習技術を使用して全体のテレビ視聴率を最適化するネットワークマップを生成・更新する方法を記載
これらの特許はいずれも、「任意の適切な機械学習技術」(”any suitable machine learning technique”)を使用できるとしており、技術そのものの改良ではなく、既存の機械学習技術の特定分野への応用に焦点を当てていました。
判決の法的分析
Aliceテストの適用
CAFCは、特許適格性の判断に際して最高裁判所が確立した「Aliceテスト」を適用しました。このテストは以下の2段階で構成されています:
ステップ1:抽象的アイデアに向けられているか
CAFCは、問題の特許クレームが「特定の環境における一般的な機械学習技術の使用という抽象的アイデア」に向けられていると判断しました。裁判所は特に、Recentive社自身が「機械学習自体を特許請求しているのではなく」、「基礎となる機械学習アルゴリズムを改良するための特定の方法を請求しているわけでもない」と認めている点を強調しました。
既存のコンピュータ実装発明に関する判例を引用し、CAFCは、既存の機械学習技術を新しい分野やタスクに適用することは、それによって「以前は人間が行っていたタスクをより速く、より効率的に実行できる」としても、それだけでは特許適格性を満たさないとの見解を示しました。
ステップ2:発明的概念が存在するか
Aliceテストの第2段階では、問題の特許クレームが「抽象的アイデアを特許適格な応用に変える何か」を含んでいるかどうかを評価します。CAFCは、「機械学習を使用して、リアルタイムデータに基づいて最適化されたマップやスケジュールを動的に生成し、変化する条件に基づいて更新する」というRecentive社の主張を検討しましたが、これは「抽象的アイデアそのものを主張しているにすぎない」と結論づけました。
CAFCは、機械学習モデルの「繰り返し訓練」や動的調整は機械学習の本質的な特性であり、技術的改良を表すものではないと指摘しました。
重要な認定事項
CAFCの判決における重要な認定事項には以下が含まれます:
- 既存の機械学習手法を新しいデータ環境に適用するだけでは特許適格性を満たさない
- 機械学習モデルの繰り返し訓練や動的調整は、機械学習技術の本質的な性質であり、それ自体は発明的概念を構成しない
- 特定の実装方法や機械学習モデルの具体的な改良を開示していない限り、単なる応用は第101条の下で特許適格性がない
判決文の最後でCAFCは、「機械学習は急成長している重要な分野であり、特許適格な技術改良につながる可能性がある」と認めつつも、「本日我々が判断するのは、機械学習モデルの改良を開示することなく、既存の機械学習手法を新しいデータ環境に適用するだけの特許は、第101条の下で特許適格性がないということだけである」と慎重に限定しました。
機械学習特許の適格性要件
一般的な機械学習技術の単なる適用は不十分
本判決から導かれる重要な原則は、既存の機械学習技術を新しい分野に単に応用するだけでは特許適格性を満たさないということです。CAFCは、問題の特許が「一般的な機械学習技術を使用して、イベントスケジュールとネットワークマップを生成するための方法」を開示するにとどまり、技術そのものの改良を含んでいないことを問題視しました。
この判断は、コンピュータ実装発明に関する従来の判例法を拡張したものと言えます。つまり、Alice事件では「一般的なコンピュータの使用」が特許適格性を与えるには不十分とされましたが、今回の判決では「一般的な機械学習技術の使用」も同様に不十分であると明確にされました。
特許適格性を満たすために必要な技術的改良
特許適格性を満たすためには、機械学習特許は「コンピュータ機能の特定の主張された改良」に焦点を当てる必要があります。つまり、単に「コンピュータを道具として利用する抽象的アイデア」ではなく、機械学習技術自体の具体的な改良や実装上の革新が必要です。
例えば、新しい種類の機械学習アルゴリズムの開発、既存のアルゴリズムの大幅な改良、あるいは特定のタスクのためにカスタマイズされた独自の機械学習アーキテクチャの設計などが、このような「技術的改良」に相当する可能性があります。
「任意の適切な機械学習技術」という表現の問題点
判決では、Recentive社の特許明細書が、特許方法は「任意の適切な機械学習技術」を使用できると記載していた点が、特許適格性を認めない理由の一つとして強調されました。この表現は、特許が特定の技術的改良ではなく、一般的な機械学習技術の応用に過ぎないことを示すものと解釈されました。
特に、この「任意の適切な機械学習技術」という表現が、機械学習技術を「一般的」とみなす一因となった可能性があり、特許明細書内での機械学習技術のより詳細な説明があれば、結論が異なっていた可能性も考えられます。
実装の具体性と明細書における詳細の重要性
技術的問題とその解決策を具体的に特定することの重要性も本判決で示されました。漠然とした記述や一般的な改善の主張ではなく、機械学習技術がどのように特定の技術的問題を解決するのか、またその実装がどのように従来技術を改良するのかを詳細に説明することが必要です。
例えば、機械学習モデルの効率性の向上、計算リソースの使用の最適化、または特定のタスクにおける精度の大幅な改善など、具体的な技術的改良とその実現方法を明細書に詳細に記載することが重要となります。
実務への影響と対応策
特許出願戦略への示唆
本判決を踏まえ、機械学習関連の特許出願を検討する際には、以下のような戦略が考えられます:
- 機械学習技術自体の改良や新しい実装方法に焦点を当てる
- 単なる応用ではなく、技術的課題とその解決策を具体的に特定する
- 「任意の適切な機械学習技術」のような曖昧な表現を避け、具体的な技術的改良を強調する
- 技術的改良がもたらす具体的な利点(効率性、精度、計算リソースの節約など)を定量的に示す
明細書作成における留意点
明細書の作成においては、以下の点に特に注意を払うべきです:
- 機械学習技術の具体的な実装方法を詳細に記載する
- 既存技術と比較した場合の技術的改良点を明確に特定する
- 「任意の」「適切な」などの一般的な表現を避け、特定の技術的改良を強調する
- 発明が解決する特定の技術的課題と、その解決方法の詳細を記載する
- 可能であれば、具体的な実験結果や比較データを含める
クレーム記載の最適化
クレームの記載においても、以下の点を考慮することが重要です:
- 技術的改良を具体的に記載し、単なる応用や抽象的アイデアと解釈されるリスクを減らす
- 機械学習アルゴリズムそのものの改良や、特定の実装方法に焦点を当てる
- コンピュータ機能の具体的な改良を強調し、単なるビジネス方法や抽象的なプロセスに見えないようにする
- 技術的な解決策と、それが解決する具体的な技術的問題を関連付ける
技術的問題とその解決策の明確な特定の必要性
特許適格性を満たすためには、発明が解決する特定の技術的問題と、その解決策を明確に特定することが不可欠です。単に「より良い結果を提供する」というような漠然とした記述ではなく、例えば以下のような具体的な技術的問題とその解決策を特定することが重要です:
- 特定の種類のデータに対する従来の機械学習アルゴリズムの限界と、それを克服するための新しいアプローチ
- 計算リソースの使用効率に関する具体的な改善と、それを実現するための技術的方法
- 特定のタスクにおける精度向上のための具体的な技術的改良とその効果
今後の展望
他の裁判所や米国特許商標庁(USPTO)への影響
CAFCの判決は、下級裁判所やUSPTOの審査実務に重要な影響を与えることが予想されます。特に、機械学習関連の特許出願の審査において、審査官はより厳格に技術的改良の有無を検討するようになるでしょう。
USPTOは、この判決を受けて、機械学習関連の特許出願の審査ガイドラインを更新する可能性もあります。そのような更新があれば、出願人は新しいガイドラインに沿った出願戦略を検討する必要があるでしょう。
AI/機械学習分野の特許保護の将来
本判決は、AI/機械学習分野の特許保護の将来に重要な示唆を与えています。単なる応用ではなく、技術的改良に焦点を当てた特許出願が重要になるでしょう。また、特許保護の代替手段として、営業秘密(トレードシークレット)としての保護や、著作権保護なども検討する必要があるかもしれません。
しかし、CAFCが判決の中で「機械学習は急成長している重要な分野であり、特許適格な技術改良につながる可能性がある」と述べているように、機械学習技術の具体的な改良を示す特許は依然として保護される余地が十分にあります。
結論
Recentive Analytics v. Fox Corp事件におけるCAFCの判決は、機械学習特許の適格性に関する重要な先例となりました。この判決は、単に既存の機械学習技術を新しいデータ環境に適用するだけでは特許適格性を満たさないことを明確にし、機械学習特許の出願戦略に重要な示唆を与えています。
特許適格性を満たすためには、機械学習技術自体の具体的な改良や、特定の技術的問題に対する革新的な解決策を明確に特定することが不可欠です。明細書では具体的な実装方法や技術的改良を詳細に記載し、「任意の適切な機械学習技術」のような曖昧な表現を避けるべきです。
この判決は制限的に見えるかもしれませんが、CAFCも認めているように、機械学習分野における真の技術的革新は依然として特許保護の対象となり得ます。重要なのは、単なる応用ではなく、具体的な技術的改良に焦点を当てた特許出願戦略を立てることです。
実務家は、この判決を踏まえ、クライアントに対してより具体的な技術的改良を特定し、それを特許明細書やクレームに適切に反映させるよう助言することが重要です。そうすることで、機械学習関連の発明のアメリカでの特許保護の可能性を最大化することができるでしょう。