IPRを代表としたPTABによる権利化後レビューは特許訴訟戦略に欠かせないものになりましたが、医薬品に限ってはそうではないようです。今回は、製薬特許訴訟で頻繁に使われるハッチ・ワックスマン訴訟の特徴を分析して、それがいかにIPRやPGRを妨げる要因いなっているかを解説します。
ここでは、当事者間レビュー(IPR。inter partes review)とポストグラントレビュー(PGR。post grant review)の手続きを取り上げます。これらの特許権利化後レビューは、医薬品特許に一定の影響を与え、いくつかの状況では効果的に使用されてきましたが(以下に説明します)、ジェネリック医薬品によるハッチ・ワックスマン訴訟(Hatch-Waxman litigation)では、他の種類の特許訴訟で使用されるほど頻繁に使用されているわけではありません。
ハッチ・ワックスマン訴訟(Hatch-Waxman litigation)におけるIPRとPGRの使用の複雑性
製薬業界における権利化後手続き(post-issuance proceedings)の利用率が低いのは、ハッチ・ワクスマン法のある特徴が関係しています。一つの特徴は、ブランド企業の特許に異議を唱えた最初のジェネリック出願人(先願者)には、180日間の市場独占権が与えられるということです。もう一つの特徴は、ブランド企業が後発品申請者を訴えると、FDAは後発品の「最終承認」を30ヶ月間保留し、裁判所が特許訴訟を解決するための限られた期間(ただし、その期間内であればそれ以上の期間は認められない)を認めるというものです。このように、ハッチ・ワックスマン訴訟は、180日間の独占期間と30ヶ月間のジェネリック医薬品の承認停止期間に絡み合っているのです。
このように絡み合うことで、ハッチ・ワクスマン訴訟と権利化後手続きの関係は、いくつかの点で複雑になっています。
第一に、先願者がハッチ・ワクスマン訴訟ではなく、権利化後審査(post-issuance review)で特許を無効にした場合、180日間の独占権を主張できるかどうかは不明です。ジェネリック企業は、180日間の独占権という潜在的なメリットがないまま、関連するリスクを背負ってこのプロセスを経ることを望みません。そのため、一般的に当事者間レビュー(IPR)は、独占権が得られない後続の出願者によって利用されてきました。
第二に、当事者間レビューとハッチ・ワックスマン訴訟の時間規模は似ています。特に、ジェネリック企業がブランド企業に特許異議申立を通知する第四段落通知書(paragraph IV notice letter)を送付するのとほぼ同時にIPRを提起した場合、IPRとハッチ・ワックスマン訴訟の時間規模は類似します。ハッチ・ワックスマン訴訟の場合、地方裁判所は一般的に30ヶ月以内に判決が出るように裁判を予定していますが、IPRはPTABで18ヶ月、連邦巡回控訴裁判所の判決までにさらに12ヶ月を要することが義務付けられています。その結果、IPR は、決定までの時間に関しては、Hatch-Waxman 訴訟に比べて大きな利点はありません。さらに、権利化後の手続きの一般的な利点として、連邦地裁が対応する連邦地裁の訴訟を停止(stay)することが多いです。しかし、ジェネリック医薬品会社が関与している場合、連邦地裁がHatch-Waxman訴訟を停止することはほとんどありません。これは、FDAが「最終承認」を与えるかどうかを決定する前に、30ヶ月しか待たないからです。特許訴訟が迅速に進まなければ、特許訴訟が進行している間に、ジェネリック医薬品会社がFDAの承認を得て、「リスクを冒して」製品を発売する可能性があります。これを裁判所は避けようとします。
第三に、IPRは印刷された出版物に限定されていますが、ジェネリック企業は、明細書や発明可能性への挑戦(written description and enablement challenges)など、他のタイプの無効抗弁を連邦地裁で提起することができます。PGRでは、より多くの抗弁が可能ですが、PGRは、PGRの出願日から9ヶ月以内に発行された特許のみを対象とすることができます。FDA のオレンジブックに新規発行の特許が掲載されていることは稀ですが、訴訟の際にオレンジブックに追加された特許もあり、その場合はPGR の対象となりえます。
ライフサイエンス場合のIPRと PGRの効果的な使い方
IPRやPGRの価値は、先行ブランド品の承認に使用された情報を参照する必要がある競合ブランド品や、BPCIA(Biologics Price Competition and Innovation Act)の対象となる生物学的製剤に対して高いといえます。新薬とはいえ、一部のブランド医薬品は、先に承認された製品と同じ有効成分を使用しているため、先のブランド医薬品のスポンサーが提出したデータを参照する必要がある場合があります。この種の新薬は、連邦食品医薬品化粧品法の第505条(b)(2)項に基づいて申請することができ、このプロセスは「paper」NDAとしても知られています。505(b)(2)に基づいて申請されたブランド医薬品や生物学的製剤は、180日間の独占権が認められていません。
さらに、505(b)(2)やBPCIA製品の承認プロセスが広範囲にわたっており、BPCIA訴訟が発生するまでの時間が長いことを考えると、スポンサーは早期に特許の水平線を評価している可能性が高く、これらの製品を販売するために必要な通知書を送る前にIPRやPGRを提出する可能性が高いです。このように、IPRやPGRは、訴訟が始まる前に完了することができ、オレンジブックに記載されている特許やBPCIAの「パテントダンス」(patent dance)で主張される可能性のある特許がすべて無効になった場合には、訴訟を完全に回避することができます。
BPCIAや505(b)(2)スポンサーと同様に、ジェネリック医薬品の申請者も、訴訟が開始されるずっと前にIPRを申請することができます。例えば、ジェネリック医薬品会社は、180日間の独占権を確保するために、オレンジブックに記載されているいくつかの特許をIPRでは争わずに残しておき、残りの特許を第4項の特許異議申立の根拠として使用することができます。しかし、ジェネリック企業がオレンジブック特許に早期に異議を唱えるインセンティブが得られないことが多く、特に、ジェネリック企業にとっては、自分が先願者になるのか後願者になるのかをプロセスの早い段階で知ることができないことからこのような活用されることは少ないです。
まとめ
まとめると、ハッチ・ワックスマン訴訟の特殊な法的枠組みは、特許所有者と異議申立人の双方に、180日間の独占権と30ヶ月の後発品参入停止期間の相互作用を含め、PGRとIPRが現在または将来の訴訟に及ぼす潜在的な影響を慎重に検討する必要があります。
解説
医薬品の特許訴訟はハッチ・ワックスマン訴訟という特殊な仕組みの元に行われ、PGRやIPRと必ずしも相性がよくありません。
IPRやPGRと言った制度はAIAと呼ばれるアメリカの特許法改正で誕生し、より効率的な特許の有効性を再判断する場所として設けられ、今では特許訴訟では戦略に欠かせない要素になりましたが、医薬品の少なくともブランド品とジェネリックの間では、活用されるインセンティブが少ないです。
製薬系の特許はとても重要で、特にブランド製薬会社にとって、特許はビジネスを成り立たせるために重要なツールになっています。その反面、ジェネリック企業や競合する製薬会社にとって、1つの特許を潰す価値も大きいですが、IPRやPGRを仕掛けて、後の訴訟でEstoppel(禁反言)によって、無効主張ができなかったり、一部制限されてしまうのは大きなリスクです。
そのため、医薬品業界の知財戦略は高度なレベルに達していて、特許業界でも特殊な市場だと言えるでしょう。
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まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Stuart E. Pollack and April Abele Isaacson. DLA Piper(元記事を見る)