判例に見る特許クレーム用途限定の正しい使い方

クレームの前文(Preamble)でたまに見る(apparatus for …)という用途を限定するクレームの書き方はBest practiceなのでしょうか?今回は用途限定(intended use)を含むクレームについて判例を見ながら考えていきたいと思います。

用途限定が争点になった特許審判

2020年7月10日、特許審判不服審査会(以下「審査会」)は、Ex parte Loveless事件における審査官の新規性及び進歩性の拒絶を覆しました。審査会が問題視したのは、特定の請求項の制限を、構造的または機能的制限ではなく、意図された用途に関連するものとして審査官が解釈した点です。

独立請求項1の前文には、「歯車のような物品を加熱するための電気誘導加熱装置」( “[a]n electric induction heating apparatus for heating a gear-like article.”)と記載されていました。前文はさらに、歯車状物品が 「離散的な突起」(例えば、歯車の歯)(“discrete protrusions” (e.g., teeth of the gear))を有することを想起しています。請求項1の本文は、電気誘導加熱装置の構造的な制限を記載しています。特に、装置は、外側コイルセグメント、内側コイルセグメント、および遷移コイルセグメントからなる単一のターン誘導コイルからなります。

請求項1はまた、歯車状物品が加熱のために装置内に配置されたときに、歯車状物品に対するコイルセグメントの配置を規定する機能的な制限を記載していました。例えば、請求項1は、「外側コイルセグメントは、1つ以上の離散的な突起の半径方向外側領域を誘導的に加熱するように[配置されている]」(the “outer coil segment [is] arranged to inductively heat the radially outer region of the one or more discrete protrusions”)ことを記載しています。

特許クレーム内の用途限定の表現

新規性及び進歩性の拒絶において、審査官は、前文の “for heating a gear-like article “という文言を、装置の意図された用途(intended use)であると考えました。審査官は、「請求項1、17、22は、電気誘導加熱装置自体に向けられたものであり、電気誘導加熱装置の特定の用途や電気誘導加熱装置の特定の環境との組み合わせに向けられたものではない」と指摘しました。これに基づき、審査官は、「請求項の文言は意図された使用の制限であるように見えるだろう」と結論付けました。

構造的制限に言及しない拒絶は不適切

しかし、審判において、審査会は審査官の拒絶反応に異議を唱えました。審査会は、前文に記載された用途限定の文言に関する審査官の見解を認めました。しかし、審査会は、「審査官は、装置の機能の観点から記載されている請求項本文の実質的な構造的制限には言及していない」と指摘。さらに審査会は、「これらの請求項の要件は、加熱装置とそれが加熱することを意図している特定の物品との間の離散的な関係を記述している」と説明。少なくとも、審査官は、拒絶する際に、先行技術をよりどころにする構造がこれらの機能を実行することが本質的に可能であることを示すか、クレームされた機能がクレームと技術との間に構造的な差異をもたらさない理由を説明しなければならないと言及しました。

最後に審査会は、被控訴人が先行技術の装置が請求された機能を実行することができない理由を説得力を持って説明していたことを指摘。このように、審査会は、審査官の新規性及び進歩性の拒絶を覆しました。

特許クレームの用途限定ではなく機能制限の方が好ましい

今回のような装置のクレームにおいて、新規性や進歩性のポイントは装置が動作中にどのように機能するかに関係していることが多いです。そのため機能制限は、クレームされた装置やデバイスを先行技術と区別するための最良の(場合によっては唯一の)方法となることがあります。

このようなクレームは装置やデバイス自体に向けられているため、審査官はしばしば装置やデバイスの動作を意図された用途として特徴づけることがありますが、米国の法律では特許性に関わる重要な要素にはなりません

このような状況では、前文に意図された用途が記載されているからといって、機能制限を無視することはできないことを審査官に説明することが有用です。先行技術の装置や装置が特許請求の範囲に記載されている機能を果たすことができない理由を説明することは特に説得力があります。

特許クレームの用途限定を機能制限として主張するには?

今回の判例は、審査官はpreamble(前文)に書かれている用途限定(intended use)に依存し、クレームの本文で書かれている機能制限(structural limitations)を無視して拒絶理由を述べてはいけないというものです。

出願人としては、一般的に前文で用途を限定すれば、先行例も限定されると主張できなくもありません(この場合、Preambleの用途制限自体が機能制限として理解されますが、詳しくは以下で話します)。イメージとしては、用途限定がない構成要件がA+Bだとすると、用途限定をするとA+B+C (Cが用途限定)と考えるのがわかりやすいと思います。

このように用途限定を構成要件として扱うことができれば、クレームスコープは縮小されますが、今回は審査官がCの用途限定を限定要素として考慮しましたが、肝心のA+Bというクレーム本文で書かれている他の機能制限を無視していたことが問題でした。

当然ですが、クレーム本文の機能制限はクレームの特許性を判断する上で(一番)重要な要素です。そのため、今回の審査官の行動(Preambleにある使用用途限定をクレーム要素として考慮し、本文の機能制限は無視する)は、適切ではないという判断に至りました。

特許クレームの前文にある用途限定がクレーム範囲を限定する条件

このようなケースは稀だとしても、前文(Preamble)に書かれている用途限定がクレームを限定する場合とそうでない場合にはどのような違いがあるのでしょうか?

それは、MPEP 2111 Claim Interpretation; Broadest Reasonable Interpretation に書いてあります。特に2111.02 Effect of Preamble [R-10.2019]のII. PREAMBLE STATEMENTS RECITING PURPOSE OR INTENDED USEを見てください。

クレームの前文は、クレーム全体の文脈の中で読まれなければならない。請求項前文の記述が構造的な制限なのか、単なる目的や用途の記述なのかの判断は、「発明者が実際に発明したものと、請求項に包含されることを意図したものを理解するために、[記録]の全体を検討して初めて解決できる」ものであり、明細書から「無関係な」制限を取り入れることはない。Corning Glass Works, 868 F.2d at 1257, 9 USPQ2d at 1966.

と記載されているので、明確な答えはケースバイケースとなります。

判例もいくつか紹介されているので、気になる方は判例を見てもらえるといいと思います。

今回のEx parte Lovelessでは、preambleで用途限定について言及があったことは認められていますが、その用途限定がクレームを制限するようなものではなかった(用途限定はクレーム要素として考慮されるべきではない)という判断になりました。

前文の用途限定を特許クレーム本文でも記載する

実際のクレームは見ていないのですが、前文で用途限定が書かれていた場合、その用途に関する何らかの記載がクレーム本文でもあれば、用途限定がクレーム要素として考慮される場合が多いです。

また、出願人がOA対応時に用途限定に依存して、先行例を除外させるような意図を示した場合にも、用途限定がクレーム要素として考慮される場合もあります。

結局のところ、用途で特許クレームの範囲を限定したいなら、クレームの本文でも用途に関わることを記載するべきで、そうでないのであればクレームで用途は書かない方がいいでしょう。

質問:日本における実務はどうなのでしょうか?そもそもクレームの書き方が違うので一概には言えませんが、用途限定を行った場合、クレームを限定するものになるのかは興味があります。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Matthew E. Barnet. Element IP(元記事を見る

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