アメリカ史上初の黒人女性最高裁判事が誕生

4月7日、上院での投票によりKetanji Brown Jackson氏がアメリカ史上初の黒人女性最高裁判事になることが決まりました。今回の人事が知財関連の案件に関して直接影響を与えることはないと思いますが、長期的に見ると「非白人」へデモグラフィックがシフトしていくアメリカで、保守派主導の最高裁の「考え方」を徐々にシフトさせていくきっかけになるのかもしれません。

近年、重要な知財案件が最高裁で審議されることも多くなり、最高裁判事の知財関連法への関心が強くなっている傾向にありますが、保守派とリベラル派の最高裁判事の間で意見が分かれるような判決はめったに出ないので、知財に関して言えば、今回のJackson氏の最高裁判事主任による大きな変化はなさそうです。しかし、最高裁判事の構成や年齢を見ると、今後10年は新しい最高裁判事が決まることはなさそうなので、現在の最高裁の構成と初の黒人女性最高裁判事の背景、今回のどのような変化が予測されるのかについて話してみたいと思います。

参考:
2020年の知財関連最高裁判決ハイライト
2021年の知財関連最高裁判決ハイライト

現在の最高裁の構成

現在、最高裁判事は全員で9人おり、そのうち6人が保守派で3人がリベラル派です。保守派の6人は全員、共和党の大統領に選ばれていて、リベラルはの3人もすべて、民主党の大統領に選ばれています。

最高裁判決の場合、ほぼすべてのケースにおいて判事全員が審議して、多数決で判決が下されるので、現在は6対3で保守派が優勢になっています。

今回決まったアメリカ史上初の黒人女性最高裁判事となるJackson氏は、もともとリベラル派のBreyer最高裁判事のリタイヤを受けてのものなので、今回の就任でこの最高裁における保守派とリベラル派のバランスが変わることはありません。しかし、82歳と高齢だったBreyer最高裁判事がリタイヤし、現在51歳のJackson氏が新しく最高裁判事になることで、最高裁が若返ることになります。

最高裁判事は一度判事になれば、誰もやめさせることはできず、本人がリタイヤするか、死ぬかでしか「最高裁判事をやめる」ことはできないので、この若返りはリベラル派の人数を維持するためには大切なことでした。

Jackson氏がアメリカ初の黒人女性の最高裁判事になって何が変わるのか?

前置きが長くなりましたが、本題であるJacksonがアメリカ初の黒人女性の最高裁判事になって何が変わるのか?について話したいと思います。

結論から言うと、短期的には何も変わらないというのが正直な意見だと思います。

先程も言ったように、今回の就任で、保守派とリベラル派のバランスが変わるわけではありません。リベラル派は判事の若返りができたので、この比率を更に悪くするような出来事が起こるリスクを下げることはできましたが、保守派・リベラル派のパワーバランスが変わったわけではありません。なので、短期的に見ると、(知財案件を含め)最高裁判決に大きな影響を与えるようなことはないと思われます。

最高裁が今のアメリカを反映しているか?

今回、バイデン大統領がJackson氏を最高裁判事候補に指名したのは、選挙での公約の1つに黒人女性を最高裁判事にするということを言っていたことが理由なのですが、指名後に上院で行われたConfirmation hearingでは、「最高裁が今のアメリカを反映しているか?」みたいなことが頻繁に話されて、Jackson氏のような人を最高裁判事にするのはとても意義のあることという雰囲気で公聴会が進んでいきました。

本来このような公聴会は、上院議員が最高裁判事候補をテストする場なので、過去の発言や思想、人格などさまざまなことを根堀・葉掘り聞かれ「嫌味」たっぷりな質問も多いのが普通です。今回も、もともと連邦裁判官であるJackson氏に対して、過去の判決などから、「犯罪に甘い」や「考えが極端すぎる」などの指摘があったものの、メディアで大きく報道されるようなスキャンダルな話題はなく、共和党・民主党共に50議席持っている上院での投票では、53票の賛成を勝ち取って、共和党でも3人が賛成票を投じるという結果になりました。

アメリカのデモグラフィックの変化に対応するという大義名分?

このように共和党の議員からも支持された理由に、今回Jackson氏の最高裁判事に就任することによって、最高裁がアメリカのデモグラフィックの変化に対応すると国民にアピールできるという大義名分があったのではないか?と考えます。

というのも、アメリカの非白人化はもはや時間の問題になってきているからです。

連邦政府の予測によると、今年6月に卒業式を迎える公立高校3年生のクラスは、史上初めて有色人種の子供たちが卒業生の過半数を占めるようになり、全体の人口では2045年には、アメリカは白人がマイノリティーになるという予測がなされています。民主主義で過半数がとれる、とれないは死活問題なので、この若い有色人種を中心とした「マイノリティー」が今後、大きな力を持ってくると考えられています。

このような過半数のパワーバランスを変えるような大きなデモグラフィックシフトが起こって「新しいアメリカ」が形成されつつある中、短期的な大きな変化はないにしろ、有色人種で女性という、Jackson最高裁判事の今回の就任は、今後のアメリカを形成する中でもとても重要な役割を持つ「最高裁」がやらなければいけないことだったのかもしれません。

このような時代の流れと大義名分が今回の歴史的なアメリカ史上初の黒人女性最高裁判事が誕生の経緯だったのかもしれません。

まとめ

いわゆるダイバーシティの考え方が優先され、白人男性中心の最高裁も多様性を受け入れることを良しとする動きが働いて、今回アメリカ史上初の黒人女性最高裁判事が誕生したのだと思います。

これはマイノリティーだった人たちが白人よりも多くなりつつあるデモグラフィックの変化に対応したというように市民にも受け入れられると思います。Jackson氏の最高裁判事就任は短期的な影響力は少ないものの、長期的に見て最高裁の「考え方」を徐々にシフトさせていくきっかけになるかもしれません。

参考記事:Senate confirms Ketanji Brown Jackson to Supreme Court

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