文献が存在したことの証明はアクセス可能であった証明とは異なる可能性がある

IPRや訴訟において特許を無効にする可能性のある文献を提示することは重要ですが、そのような文献は特許優先日時点で公にアクセス可能であることが条件になってきます。しかし、大学の博士論文など検索やアクセスが難しい文献を特許の無効化に使う場合、そのアクセスの可能性が問題になってきます。今回は、文献の存在を証明する証拠は提示できたものの、その文献へのアクセスができたのか?が問題になり、このようなアクセスが難しい情報に関する立証責任に関してのPTABの指針が示されました。

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最近の判決において、特許審判委員会(PTAB)は、申立人であるマイクロソフト社の主要な自明性文献は印刷刊行物として適格ではないとし、当事者間レビューの実施を却下しました。特許権者であるThroughPuter社は、当該文献が特許優先日前に公にアクセス可能であったという証拠はないと主張。PTABはこれに同意し、同文献が公にアクセス可能であったという証拠が不十分であったため、同文献は無効となる印刷刊行物として適格ではないと判断しました。

ケース:Microsoft Corp. v. ThroughPuter, Inc., IPR2022-01566, Paper 13 (May 31, 2023)

ThroughPuter社は2022年3月、米国特許第11,036,556号(「556号特許」)を含む複数の特許の侵害でマイクロソフトを提訴しました。556特許は、複数のアプリケーションプログラムやインスタンスのタスクを完了するために動的に共有される多段式メニーコア処理システムに関するものです。マイクロソフトは2022年11月、’556特許の請求項1~8について、自明性を理由に当事者間審査(inter partes review)を請求する申立書を提出しました。マイクロソフトが主張した自明性の根拠はいずれも、マイクロソフトが2009年10月の時点で慶應義塾大学の図書館で公開されていたと主張する博士論文であるTuan文献に一部依拠していました。

文献へのアクセスの可能性が訴訟の焦点に

両当事者は、Tuan文献が特許の重要な日付の時点で公にアクセス可能であり、したがって印刷刊行物(printed publication)であるか否かを争いました。マイクロソフトは、その主張を支持するため、出版大学から同文献のMachine Readable Catalog (「MARC」) レコードを提出し、MARCレコードが2009年10月時点で公にアクセス可能であったことを示すとの専門家証言を提出しました。これに対し、ThroughPuter社は、マイクロソフト社は、当業者が合理的な注意を払ってTuanを発見したであろうことを説明する証拠を提出しなかったため、公衆によるアクセスの可能性(publicly accessible)を示すことができなかったと主張しました。

文献は、当該技術に関心を持つ者が公的にアクセス可能であれば、印刷出版物として適格です。In re Lister, 583 F.3d 1307, 1311 (Fed. Cir. 2009)。文献は、当該技術に関心を持つ者が合理的な努力によってその文献を見つけることができたことを示す証拠があれば、公にアクセス可能であるとされます。SRI Int’l, Inc. v. Internet Sec. Sys., Inc., 511 F.3d 1186, 1194 (Fed. Cir. 2008)

PTABは、Tuanの文献は特許優先日時点で公にアクセス可能であったことが示されておらず、したがって印刷刊行物としては適格ではないと判断しました。審査委員会は、Tuan文献には従来の出版物の表示がなく、MARCの記録だけでは公衆のアクセス可能性を示すには不十分であると説明しました。MARCレコードは存在を示すが、特許優先日当時、図書館目録やその他の索引を使用してレコードを検索できたことを示さなければ、公衆によるアクセスの可能性を示すことにはならない、としました。マイクロソフトは、MARCレコードを取得するために使用した図書館カタログの2021年12月のスクリーンショットを提出。しかし、審査会は、このスクリーンショットがカタログのアーカイブ版を反映している証拠も、カタログが優先日以前に存在していた証拠もなかったため、この証拠は不十分であると判断しました。マイクロソフトはまた、通常の当業者であれば、タイトルキーワード検索によってMARCレコードを探し出しただろうと主張しました。しかし、審査委員会は、この主張も説得力がないと判断し、検索によってTuanのMARCレコードがヒットした可能性があったかについての説明がなかったと述べました。

文献の存在だけでは立証責任を満たせない場合もある

この決定は、機関印刷出版物を特許の無効文献として使用する際の当事者の立証責任の度合いを示しています。審査委員会は、「証拠にない事実を仮定することは我々の役割ではない」と説明しています。つまり、当事者は、当該技術分野に関心のある者であればどのようにその文献の所在を特定したであろうか、その特定方法が特許優先日以前に利用可能であったこと、そしてその方法によってその文献の所在を特定することができたであろうことを示す証拠を提出する必要があることが、このPTABの決定で示されています。文献の単なる存在記録だけでは、その文献が印刷刊行物として適格であることを立証するには不十分な場合があるので、十分に注意しましょう。

参考記事:Existence != Access – Public Accessibility Must be Clear

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