Assignor EstoppelはIPRで適用されない

通常発明の譲渡者(発明者)は、自分が譲渡した特許に対して無効主張はできません。しかし、IPRに限っては、このAssignor Estoppelルールが適用されず、発明の譲渡者でも過去に譲渡した特許に対してIPRが起こせるという判決が下されました。

人の流動性が高くなり、同じような技術で独立する発明者も増えてきている中、自社の発明者が競合他社に行ったり、独立することがある場合、この判例に注意する必要があります。特に、退職する発明者が次の職場で同じような技術に携わる場合、その人が過去に職場で発明した特許に対してIPRを起こす可能性があります。

まず判例を紹介する前に、簡単にAssignor Estoppelの概念を説明します。Assignor Estoppelとは、発明の譲渡者(発明者)は、自分が譲渡した特許に対して無効主張ができないというものです。Assignor Estoppelは特許法には明記されておらず、Common lawとして判例を通してルール化されているものです。特許を発明した張本人が後で「自分の特許は無効だ」と言っているので、当時の発明者としての立場と、その後の特許を無効にしたい立場の利害の対立があり、そのような状況からAssignor Estoppelのような考え方が広く受け入れられてきたのだと思います。

今回紹介する判例は、Arista Networks, Inc. v. Cisco Systems, Inc., Nos. 2017-1525, 2017-1577で、11月9日に下された判決で、CAFCはIPR手続きに関してAssignor Estoppelは適用されないとしました。この判例の事実とともにその判決に至った経緯を説明します。

まず、Dr. David Cheritonは、今回問題になったU.S. Patent No. 7,340,597をCiscoで働いていた時に発明し、Ciscoに特許を譲渡しました。つまり、この時点で、Dr. David Cheritonはこの597特許のAssignorとなります。 その後、Dr. CheritonはCiscoを退職し、Arista社を設立。数年働いた後、2014年に辞任しました。

2015年、Arista社はCiscoの’597特許の無効を主張し、IPR手続きを開始します。2016年、PTABは最終判決でいくつかのクレームの有効性を認めましたが、新規性と進歩性の問題から無効と判断されたクレームもありました。この判決を不服としArista社は上訴、また、CiscoもArista社にはAssignor Estoppelが適用されるべきで、そもそもIPR手続きで特許の無効を主張できる立場ではないとし、CiscoもCAFCに上訴しました。

CAFCでは、 Chief Judge Prostにより判決が下されました。Chief Judge Prostは、IPR手続きを定めている35 U.S. Code § 311(a)に注目。この条文には、特許の所有者でなければIPR手続きを申請できる(”[s]ubject to the provisions of this chapter, a person who is not the owner of a patent may file with the Office a petition to institute an inter partes review of the patent”)と明記されていることを理由に、すでに特許の所有権を譲渡しているAssignor であれば、IPR手続きを申請できるとしました。

今回は、条文で明記されているIPR手続きを申請できる条件がCommon lawとして判例を通して作られたAssignor Estoppelよりも重視された結果になりました。しかし、ITCや地裁における特許訴訟ではAssignor Estoppelが適用されることが通例になっているので、今回の判例はIPR限定として見た方が良さそうです。また、このようにITCや地裁ではダメだか、IPRでは大丈夫というような「ねじれ」は、自分に有利な裁判地を探すForum shoppingを不用意に推奨する形になってしまいます。

今回このような問題について、CAFCは見解を示しませんでしたが、人の流動性が高くなっている今日、似たような案件が今後も出てきてこのAssignor Estoppelに関する判例もじょじょに形成されていくのではと思われます。

現状では、元発明者が関与する企業から、元発明者が勤務していたときに発明した特許に対してIPRの手続きが申請された場合、Assignor Estoppelで止めることはできません。今回の案件では、退職時の契約等は何も話されていませんでしたが、契約で元発明者に何らかの制限が加えられていたら展開は変わっていたかもしれません。このような自体を未然に防ぐためにも、離職していく発明者に自身が携わった特許に対する制限などを契約で行えるか検討した方がいいのかもしれません。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Christopher E. Loh.  Venable LLP  (元記事を見る

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