クレームの先行詞を無視した結果、特許性の判断が逆転してしまう

Antecedent Basis、つまり、「最初に出てくる要素は、”the”ではなく”a”をつける」とい先行詞の問題で、特許性の判断が逆転した判例を紹介します。Antecedent Basisの問題で、クレームや先行例文献の解釈が変わることがあるので、注意が必要です。

注意:英語特有の問題を日本語で説明しているので、記事のまとめの内容がわかりづらくなっていますが、その下の解説と元記事を参照してもらえるとはっきりすると思います。

判例:Technical Consumer Prods., Inc. v. Lighting Science Grp Corp.

判例の概要

Technical Consumer Products(以下「TCP」)は、Lighting Science Group(以下「LSG」)が所有する’968特許のクレームに対しIPRを申請し、Chou先行例文献から予想または自明されるものであると主張しました。PTAB審査会は、TCPは、Chou文献が「ヒートシンク」(“the heat sink”)の特定の高さと直径の比を要求する「H/D制限」と呼ばれる単一の制限を開示していたことを証明できなかったと判断しました審査会は、Chou文献がH/D制限を満たす唯一の方法は、Chouの本質的な要素(第2のヒートシンク)を除去することであると判断し、IPRの対象になったクレームの特許性を維持しました。

しかし、連邦巡回控訴裁はこのIPRにおける判決を取り消し、再審理を行いました。連邦巡回控訴裁判所は、請求項に示されているそのままの文言(plain language)に着目し、H/D制限は「ヒートシンク」が特定のH/D比を有することを必要としていると判断しました。裁判所はさらに、「ヒートシンク」の先行的な根拠(Antecedent Basis)は若い請求項に見出すことができ、「ヒートシンク」が特定の構造を有することを要求していると説明しました。訴訟の当事者は、Chou文献にはヒートシンクとして機能する2つの構造があることで合意しましたが、Chou文献のヒートシンクは1つのヒートシンクのみがクレームされている「ヒートシンク」として要求される特定の構造を有していました。特許権者であるLSGは、Chou文献の両方のヒートシンクをH/D計算に含める必要があると主張しました。これは、両方の部品がChou文献の「ヒートシンク」機能を提供しており、それらを分離するとChou文献における開示物が動作不能になるからです。

しかし、裁判所は、この主張を却下します。これは、挑戦者であるTCPの先行的な根拠(Antecedent Basis)の理論では、2つ目のヒートシンクを取り外す必要がなかったためです。TCPの理論では、IPRで再審査されたクレームで言及されているように、1のヒートシンクだけが「ヒートシンク」となるために必要な構造を持っていたため、H/D計算に第2のヒートシンクは含まれていませんでした。さらに、請求項がオープンエンドであったため、裁判所は、追加のヒートシンクの存在を排除するものではないと説明しました。したがって、裁判所は、TCPの請求項の構成とChou文献に関する立場に同意し、さらなる検討のためにPTAB審査会に再送還した。

解説

先行詞(Antecedent Basis)の問題を日本語で説明するのは難しいですが、なるべくわかりやすく説明してみます。

今回の案件では、IPRにかけられたクレームの“the heat sink”と先行例文献のChou文献で開示されている2つのheat sinkが問題になりました。簡単に言うと、Chou文献のheat sinkがクレームされた“the heat sink”と同様のものなら、クレームは無効になり、そうでなければ、クレームは有効になります。

しかし、Chou文献のheat sinkは、heat sinkとして機能する2つの構造があり、Chou文献のヒートシンクは1つのヒートシンクのみがクレームされている「ヒートシンク」として要求される「H/D制限」を含めた特定の構造を有していました

ここで、文献を解釈するにあたり、当事者に違いが出てきます。

特許権者であるLSGは、Chou文献の両方のヒートシンクをH/D計算に含める必要があると主張しました。これは、両方の部品がChou文献の「ヒートシンク」機能を提供しており、それらを分離するとChou文献における開示物が動作不能になるからです。この解釈であれば、Chou文献は、必要な「H/D制限」を満たさないので、クレームされた「ヒートシンク」を開示していないということになります。

一方で、挑戦者であるTCPは、先行詞(Antecedent Basis)の観点からChou文献を解釈するために2つ目のヒートシンクを取り外す必要はなく、第1のヒートシンクだけがクレームされた「ヒートシンク」となるために必要な構造を持っていることだけで十分だということを主張しました。この解釈であれば、第1のヒートシンクだけでクレームされた「ヒートシンク」が開示されているので、2つ目のヒートシンクは無視できます。つまり、クレームされた「ヒートシンク」は開示されているということになります。

最終的に、CAFCは、後者であるTCPの主張を受け入れたのですが、これは、対象となったクレームがオープンエンドだったことにも関係してきます。

オープンエンドとは、クレームにcomprisingなどの用語が使われているものです。その場合、クレーム以外の構成も権利範囲に含んで解釈されます。出願される特許のほとんどがこのオープンエンド方式でクレームされています。

オープンエンド方式でクレームは書かれている構成以外も権利範囲に含むということは、逆に言うと、文献にクレーム構成要件とそれ以外のものが開示されていても、先行例文献として成立することになります。

つまり、今回の判例では、Chou文献の第1のヒートシンクがクレームされた「ヒートシンク」を開示していればChou文献がクレーム構成要件を開示しているので、それでいいわけで、2つ目のヒートシンクはそれ以外のものとして無視してもいいということになります。

このような考え方が今回CAFCが行った“the heat sink”への解釈です。

まとめると、先行文献では問題になった“the heat sink”として機能する構造が2つあり、その2つの構造を1つとして“the heat sink”として扱うとクレームが有効(これがPTABが行った解釈)で、別々のものとして扱うとクレームが無効(これがCAFCが行った解釈)になるというものです。その解釈のために、CAFCは、先行詞(Antecedent Basis)の問題とオープンエンド方式でクレームに注目したということです。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者: Brandon G. Smith, Karen M. Cassidy and Paul Stewart. Knobbe Martens  (元記事を見る

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