1. はじめに
人工知能(AI)技術の急速な発展に伴い、生成AIの登場が創作の世界に大きな変革をもたらしています。しかし、この技術革新は同時に、既存の著作権法制度との摩擦を生み出しています。カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所で進行中のAndersen v. Stability AI事件は、AIの教師データとして使用された芸術作品の著作権者たちがAI企業を相手取って起こした集団訴訟であり、この問題の核心に迫るものです。
本稿では、ウィリアム・H・オリック判事による最新の判断を詳細に解説します。この判決は、地裁における、却下申し 立て(Motion to Dismiss)に関するものですが、「圧縮されたコピー」理論やAIモデルの法的位置づけなど、新しい概念を提示し、AI技術と著作権法の関係に重要な示唆を与えています。また、表現の自由との関係や、DMCA違反の判断基準など、多岐にわたる論点についても触れています。
AI技術の進化と法制度の適応は、現代社会が直面する重要な課題の一つです。本事件の行方は、AI開発企業の責任範囲や、AIと知的財産権の関係性を具体的に規定していく可能性があり、今後のAI開発の方向性やクリエイターの権利保護に大きな影響を及ぼすことが予想されます。
2. 事件の背景
2.1. 原告と被告
本訴訟の原告はアーティストたちです。サラ・アンダーセン(Sarah Andersen)、ケリー・マッカーナン(Kelly McKernan)、カーラ・オーティス(Karla Ortiz)を筆頭に、総勢10名のアーティストが原告団を形成しています。彼らは、自身の作品がAIの教師データ(training data)として無断で使用されたと主張し、立ち上がりました。
対する被告は、AI技術の最前線を走る企業です。主な被告には、Stability AI社、Midjourney社、DeviantArt社、そして後に追加されたRunway AI社が名を連ねています。これらの企業は、「Stable Diffusion」と呼ばれるAIソフトウェア製品の開発や利用に関わっており、原告らの作品を「トレーニング画像(Training Images)」として使用したとされています。具体的には、Stability AIはStable Diffusionを開発し、MidjourneyとDeviantArtはそれぞれ独自のAI画像生成ツールにStable Diffusionを組み込み、Runway AIはStable Diffusionの開発に協力したとされています。
2.2. 当初の訴えと訴状の大幅修正
訴訟の発端は、被告企業らがLAIONデータセット(LAION-5BやLAION-400M)を用いてAIモデルを訓練し、原告らの作品のスタイルを模倣する画像を生成できるようにしたことにあります。原告らは、これが著作権侵害に当たると主張しました。
2023年10月、オリック判事は被告らの却下申し立てに対し、Stability AI社による「トレーニング画像」の作成と使用に関する直接著作権侵害の主張を除き、ほとんどの請求を棄却しました。しかし、原告側に訴えの修正の機会を与え、各被告の具体的な権利侵害行為や、著作権管理情報(CMI)の削除・改変、パブリシティ権侵害などについて、より明確な主張と事実の提示を求めました。
この判断を受け、原告側は訴状を大幅に修正。新たな被告としてRunway AI社を加え、7名の新たな原告も訴訟に加わりました。彼らは、AIモデル自体が「圧縮されたコピー(compressed copies)」として原告の作品を含んでいるという新たな理論を展開し、より詳細な事実関係を提示しました。
次章では、この修正された訴状に基づく主要な主張と、それに対する裁判所の判断を詳しく見ていきます。
3. 主要な主張と申し立て、および裁判所の判断
2023年11月に提出された修正された訴状に基づき、オリック判事による最新の判断が下されました。この判断は主に被告企業の棄却申し立てに関するものです。前回とは異なり、今回の棄却申し立てでは、2つの主張しか破棄されず、著作権侵害を含む今回の訴訟における主要部分が継続して審議されることになりました。
| 審議を継続する主張 | 棄却された主張 |
|---|---|
| 1. 直接著作権侵害(Stability AI, Runway AI, DeviantArt) | 1. デジタルミレニアム著作権法(DMCA)違反 |
| 2. 誘引侵害 | 2. 不当利得(ただし、再主張の機会あり) |
| 3. 頒布理論(サマリージャッジメント段階で判断) | |
| 4. ランハム法に基づく虚偽の推奨(Midjourney) | |
| 5. 代位トレードドレス侵害(Midjourney) |
3.1. 著作権侵害
著作権侵害(copyright infringement)に関する主張は本訴訟の核心部分であり、オリック判事は各被告に対して異なる判断を下しました。
3.1.1. 直接侵害
直接侵害(direct infringement)の主張について、オリック判事はStability AIに対する申し立てを却下し、審議を継続することを決めました。
今回、原告らは 「圧縮されたコピー(compressed copies)」という概念を導入しました。この概念では、Stable DiffusionなどのAIモデルが、訓練データの「圧縮されたコピー」をアルゴリズムや数学的表現の形で内包していると主張しています。この理論によれば、 AIモデルは訓練データの「圧縮されたコピー」を含んでいるため、元の著作物を再現したり、その要素を新しい画像生成に利用したりすることができるとされています。原告は。このような「圧縮されたコピー」を含むAIモデル自体が「法定コピー(Statutory Copy)」または「法定二次的著作物(Statutory Derivative Work)」に該当すると主張しています。
Runway AIに対しても、判事は著作権侵害の申し立てを却下しませんでした。判事は「これらの作品がStable Diffusionにアルゴリズムまたは数学的表現として含まれており、したがって元の制作とは異なる媒体で固定されているという事実は、この段階では主張の妨げにはならない」と述べ、AIモデル内での著作物の表現方法に関する重要な見解を示しました。
DeviantArtに関しては、AIモデルの訓練に直接関与していないという主張にもかかわらず、判事は著作権侵害の申し立てを維持しました。「原告らの著作物のコピーまたは保護された要素が、何らかの形で、Stable Diffusionの全バージョンに残っている」という主張が、この段階では十分だと判断されました。
3.1.2. 誘引侵害
誘引侵害(Inducement of copyright infringement )の主張は、被告企業がStable Diffusionを無料で配布し、第三者による著作権侵害を助長しているという点に焦点を当てています。原告側は、Stability AI社のCEOの発言を引用し、同社が10万ギガバイトの画像を2ギガバイトのファイルに圧縮し、それらの画像を「再現(recreate)」できると述べたことを指摘しています。
オリック判事は、この主張に関して興味深い見解を示しました。判事は、「本件の理論は、VCRの販売に基づく寄与侵害を主張する事案とは異なる」(The theory of this case is not similar to – for example – a case asserting contributory infringement based on the sale of VCRs where, after discovery, plaintiff had no evidence of defendant’s intent to induce infringement. )と述べ、Stable Diffusionが 「著作権で保護された作品に大きく依存して構築されており、その製品の動作方法が必然的に保護された作品のコピーまたは保護された要素を呼び出す」可能性がある(The plausible inferences at this juncture are that Stable Diffusion by operation by end users creates copyright infringement and was created to facilitate that infringement by design)としました。
3.1.3. 頒布理論
頒布理論(Distribution Theory)に関して、オリック判事は直接的な判断を避けました。頒布理論は、被告企業がStable Diffusionを配布することで、原告の作品を実質的に頒布しているという主張です。この理論は、AIモデルが原告作品の「圧縮されたコピー」を含んでいるという前提に立っています。
オリック判事は、直接的な判断を避けた代わりに、「Stable Diffusionがどのように機能し、Stability AI以外のユーザーによってどのように実装されるかによって」、この主張が直接侵害なのか誘引侵害なのかが決まるとしました。そのため、「サマリージャッジメントの段階で、ディスカバリーの後に」より適切に対処するべきと判断しました。
3.2. デジタルミレニアム著作権法(DMCA)違反
原告らは、被告企業がデジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act、DMCA)に違反したと主張しました。具体的には、著作権管理情報(Copyright Management Information、CMI)の不正な除去や改変が問題視されました。
しかし、オリック判事は この主張を棄却しました。判事は、最近のDoe 1 v. GitHub, Inc.事件の判決を引用し、DMCA第1202条(b)項の請求には「同一性(identicality)」要件があると指摘しました。つまり、出力画像が訓練画像と同一でない限り、CMIの除去に対する責任は問えないというわけです。
この判断は、AIによる創作物と元の訓練データの関係性について、重要な法的解釈を示しています。AIが生成する画像は、通常、訓練データの直接的なコピーではないため、この解釈に基づけば、多くのAI企業がDMCA違反の責任を免れる可能性があります。
3.3. ランハム法に基づく主張
3.3.1. 虚偽の推奨
Midjourneyに対しては、ランハム法(Lanham Act)に基づく虚偽の推奨(false endorsement)の申し立てがなされました。原告らは、Midjourneyが自社のAI製品で再現可能なアーティストのリスト(通称「Midjourney Names List」)を公開し、そこに原告らの名前を含めたことが問題だと主張しました。
オリック判事は、この主張の審議維持を決めました。判事は、合理的な消費者がこのリストを見て、掲載されたアーティストがMidjourneyの製品を推奨していると誤解する可能性があるかどうかは、サマリージャッジメントの段階で検討されるべきだと述べました。
3.3.2. 代位トレードドレス侵害
さらに原告らは、MidjourneyのAIモデルが「CLIP-guided model」を使用し、原告らの作品のトレードドレス(商品の外観)を再現できると主張しました。これは代位トレードドレス侵害(vicarious trade-dress infringement)に当たるというのが原告らの主張です。
オリック判事は、この主張も却下しませんでした。判事は、原告らが自身の作品の「具体的な要素(concrete elements)」を十分に特定していると判断し、CLIPモデルがトレードドレスのデータベースとして機能している可能性を指摘しました。
3.4. 不当利得
最後に、原告らは被告企業らに対して不当利得の申し立てを行いました。これは、被告企業らが原告の作品を無断で利用してAIモデルを開発・販売し、不当な利益を得ているという主張です。
しかし、オリック判事はこの主張を棄却しました。判事は、不当利得の申し立てが著作権法によって専占(preempt)されていると判断しました。つまり、著作権法が適用される範囲では、不当利得という別の法理を持ち出すことはできないというわけです。
ただし、判事は原告らに対して、著作権法の保護範囲外で不当利得が成立する可能性がある場合、再度主張を行う機会を与えました。これにより、原告らは著作権以外の権利侵害に基づく不当利得の主張を再構築する余地が残されました。
4. 判決の意義
オリック判事の判断は、AI技術と著作権法の交差点に立つ重要な指針となる可能性を秘めています。この判決が持つ意義を、いくつかの観点から考察してみましょう。
4.1. 著作権侵害の成立可能性
本判決は、AIモデルの訓練過程における著作権侵害の可能性を認めた点で画期的です。特に注目すべきは、「圧縮されたコピー(compressed copies)」という概念を認めた点でしょう。
オリック判事は、「これらの作品がStable Diffusionにアルゴリズムまたは数学的表現として含まれており、したがって元の制作とは異なる媒体で固定されているという事実は、この段階では主張の妨げにはならない」と述べています。この見解は、デジタル時代における著作物の「コピー」の概念を拡大解釈する可能性を示唆しています。
さらに、AIモデルの配布や使用を促進する行為が誘引侵害に当たる可能性も認められました。これは、AI開発企業の責任範囲を大きく広げる可能性があります。
5.2. 表現の自由との関係
一方で、この判決はAI技術の発展と表現の自由との間のバランスについても重要な示唆を与えています。
Midjourneyに対するランハム法に基づく主張に関して、オリック判事は表現の自由に関する「ロジャース・テスト(Rogers test)」の適用可能性を示唆しました。このテストは、商標の使用が「基礎となる作品に全く芸術的関連性がない」(no artistic relevance to the underlying work whatsoever)か、「明示的に誤解を招く」(explicitly misleads as to the source or the content of the work)場合にのみ、表現の自由の保護を失うとするものです。
判事は、「Midjourneyが他人が芸術的イメージを作成するために使用する製品を商業的利益のために宣伝することが、原告の基礎となる作品に対する『芸術的関連性』を生み出す表現的使用であるかどうかについては、未解決の疑問が残る」(Open questions also remain whether Midjourney promoting its product for commercial gain for use by others to create artistic images is itself expressive use that creates “artistic relevance” to plaintiffs’ underlying works.)と述べています。この考察は、AI技術の商業利用と芸術的表現の自由の境界線をどこに引くべきかという難しい問題を提起しています。
5.3. AIと著作権法への影響
本判決は、AIと著作権法の関係に関する重要な先例となる可能性があります。
特に、AIモデル自体が「法定コピー(Statutory Copy)」や「法定二次的著作物(Statutory Derivative Work)」に該当する可能性を示唆した点は注目に値します。これは、AIモデルの法的位置づけに関する新たな視点を提供しています。
また、「同一性(identicality)」要件をDMCA違反の判断に適用した点も重要です。この判断は、AIが生成する作品と訓練データの関係性について、法的な線引きを行う上で重要な指針となるでしょう。
さらに、トレードドレス侵害に関する判断は、AIによる芸術作品の模倣が知的財産権侵害に当たる可能性を示唆しています。これは、AI技術の進化に伴い、著作権だけでなく、商標法や不正競争防止法の分野にも影響を及ぼす可能性があります。
総じて、この判決は、急速に進化するAI技術と、それに追いつこうとする法制度の綱引きを如実に表しています。今後の訴訟の行方が、AIと知的財産権の関係性を規定する重要な転換点となることは間違いないでしょう。
6. 今後の訴訟の展開
オリック判事の判断により、本訴訟は新たな段階に入ります。ここでは、今後予想される訴訟の展開について見ていきましょう。
6.1. ディスカバリーフェーズ
次なる重要なステップは、ディスカバリー(証拠開示)フェーズです。この段階で、両当事者は互いの主張を裏付ける証拠を収集し、相手方に開示することになります。
AIモデルの訓練過程や内部構造に関する詳細な情報が明らかになる可能性があり、業界に大きな影響を与えるかもしれません。例えば、Stability AIのCEOが言及した「10万ギガバイトの画像を2ギガバイトのファイルに圧縮」する技術の詳細が明らかになるかもしれません。
また、MidjourneyのAIモデルがどのように「CLIP-guided model」を使用しているのか、そしてそれが本当に原告らの作品のトレードドレスを再現できるのかといった点も、詳しく調査されるでしょう。
ディスカバリーでは、AIモデルの訓練に使用されたデータセットの詳細も焦点となるでしょう。LAIONデータセットに原告らの作品が含まれていたかどうか、そしてそれらがどのように使用されたのかが明らかになる可能性があります。
このフェーズは、AI技術の内部構造や訓練過程に関する貴重な情報をもたらす可能性があり、業界全体に大きな影響を与える可能性があります。
6.2. サマリージャッジメントの可能性
ディスカバリーフェーズの後、両当事者はサマリージャッジメント(略式判決)の申立てを行う可能性があります。オリック判事も、いくつかの論点についてはサマリージャッジメントの段階でより適切に判断できると示唆しています。
例えば、Stable Diffusionの機能と実装方法に関する詳細が明らかになれば、著作権侵害の申し立てがより具体的に判断される可能性があります。判事は「Stable Diffusionがどのように機能し、Stability自体以外のユーザーによってどのように実装されるか」という点が重要だと指摘しています。
また、Midjourneyの「Names List」が消費者に誤解を与えるかどうかという点も、サマリージャッジメントで判断される可能性があります。判事は「合理的な慎重な消費者」がこのリストをどのように解釈するかを考慮する必要があると述べています。
さらに、AIモデルが原告らの作品の「圧縮されたコピー」を含んでいるかどうかという点も、技術的な証拠に基づいて判断されることになるでしょう。この判断は、AIモデルの法的位置づけに大きな影響を与える可能性があります。
サマリージャッジメントの段階で、フェアユース(公正使用)の抗弁が提起される可能性も高いでしょう。AIの学習過程が変革的(transformative)な使用に当たるかどうかが、重要な論点となるはずです。
このように、サマリージャッジメントの段階で、AI技術と著作権法の関係に関する重要な法的判断が下される可能性が高いです。その判断は、AI業界全体に大きな影響を与えることになるでしょう。
7. 結論
Andersen v. Stability AI事件におけるオリック判事の判断は、AI技術と著作権法の交差点に立つ重要な指針となりました。「圧縮されたコピー」理論の認識や、AIモデルが法定コピーや二次的著作物に該当する可能性を示唆したことは、デジタル時代における著作権の概念を拡大解釈する可能性を秘めています。一方で、DMCA違反に関する「同一性」要件の適用や、表現の自由との関係性への言及は、AI技術の発展と既存の法制度とのバランスを模索する姿勢を示しています。今後のディスカバリーフェーズやサマリージャッジメントでの判断が、AI開発企業の責任範囲や、AIと知的財産権の関係性を具体的に規定していくことになるでしょう。本訴訟の行方は、AI技術の進化と法制度の適応という、現代社会が直面する重要な課題に対する一つの回答となる可能性を秘めており、今後も注目が集まることは間違いありません。