AI学習データ取得における著作権侵害の法的判断を示すBartz v. Anthropic判決の概要を説明する図解イメージ

AI著作権訴訟に大きな進展:同じAI学習でも海賊版は違法、合法購入は適法? Anthropic判決が示すデータ取得方法の決定的差異

はじめに

人工知能(AI)技術の急速な発展は、知的財産法の分野に前例のない課題をもたらしています。2025年6月23日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所のウィリアム・アルサップ(William Alsup)判事が下したBartz v. Anthropic PBC事件の判決は、AI学習データの取得方法が著作権侵害の成否を決定する重要な境界線を示す可能性を秘めています。

ただし、この判決は連邦地方裁判所レベルでの判断であり、今後連邦控訴裁判所や連邦最高裁判所での審理を通じて、その法的解釈が見直される可能性があることに留意が必要です。AI技術と著作権法の交差点という新たな法的領域において、上級審が異なる判断を示すことも十分に考えられます。

この地裁判決は、同一企業が同一目的で行った書籍データの取得において、その手段の違いが法的評価を大きく左右する可能性を示唆しています。Claude AIを開発するAnthropic社が採用した二つの異なるアプローチ – 海賊版サイトからの無断ダウンロードと合法的な書籍購入によるスキャニング – に対し、地方裁判所は対照的な法的判断を下しました。

本稿では、現時点でのフェアユース(Fair Use、公正使用)の4要素分析を通じて、なぜ同じ最終目的を持つ行為が異なる法的評価を受ける可能性があるのか、そしてこの地裁判決がAI開発企業に与える実務的示唆について詳細に解説いたします。なお、これらの法的判断は控訴審での審理により変更される可能性があることを前提として、現段階での分析を行います。

事件概要:同一企業による対照的なデータ取得手法

Bartz v. Anthropic事件は、AI開発における著作権侵害の境界線を明確にする上で極めて重要な事例です。本事件では、原告である作家のAndrea Bartz、Charles Graeber、Kirk Wallace Johnsonらが、被告Anthropic社による自身の著作物の無断使用を著作権侵害として訴えています。

Anthropic社の二重戦略

Anthropic社は、Claude AIの性能向上を目指し、大規模な書籍データベースの構築に取り組みました。同社が採用した戦略は、効率性と利便性を重視したものでした。同社の共同創設者兼CEOであるDario Amodei氏は、「法的・実務的・ビジネス上の煩雑さ」を避けるため、書籍を盗用することを選択したと法廷文書で明らかにされています。

この方針のもと、Anthropic社は並行して二つの異なる手法でデータ収集を実施しました。一方では海賊版サイトから大量の書籍を無断でダウンロードし、他方では合法的に書籍を購入してデジタル化を行いました。興味深いことに、両手法で取得された書籍の中には同一タイトルも含まれており、同社が意図的に複数のルートを確保していたことが判明しています。

海賊版ダウンロード:700万冊の無断取得

Anthropic社による海賊版書籍の取得は、組織的かつ大規模に実施されました。2021年1月から2月にかけて、同社の共同創設者Ben Mann氏は、Books3と呼ばれるオンラインライブラリから196,640冊の書籍をダウンロードしました。Mann氏は、これらの書籍が著作権で保護された作品の無許可コピー、すなわち海賊版であることを認識していました。

その後の海賊版取得はさらに拡大しました。2021年6月には、Library Genesis(LibGen)から少なくとも500万冊の書籍コピーをダウンロードし、2022年7月にはPirate Library Mirror(PiLiMi)から少なくとも200万冊を取得しました。これらすべてが海賊版であることを同社は認識しており、総計で700万冊を超える無断コピーを蓄積したのです。

判決文によると、これらの海賊版書籍は個別ファイルとして保存され、PDF、TXT、EPUB形式で管理されていました。Books3の場合、多くのファイル名が内容の書籍を特定できる形式となっており、LibGenとPiLiMiについては、タイトル、著者、ISBNなどの詳細な書誌メタデータも併せてダウンロードされていました。

合法購入・スキャニング:数百万冊の適法取得

海賊版取得と並行して、Anthropic社は合法的な書籍取得ルートも確立しました。2024年2月、同社はGoogleの書籍スキャニングプロジェクトの元責任者Tom Turvey氏を雇用し、「世界のすべての書籍」を取得する任務を与えました。ただし、その際も「法的・実務的・ビジネス上の煩雑さ」を可能な限り回避することが求められていました。

Turvey氏のチームは、主要な書籍流通業者や小売業者に対し、印刷版書籍の一括購入について交渉を開始しました。同社は「研究ライブラリ」構築の名目で、数百万ドルを投じて数百万冊の印刷書籍を購入しました。これらの書籍は、多くが中古品でした。

購入後のプロセスは徹底的に組織化されていました。サービスプロバイダーが書籍を製本から切り離し、ページをスキャナーに適したサイズにカットし、デジタル化を実施しました。元の紙媒体は破棄され、各印刷書籍からはスキャンされたページ画像と機械読み取り可能なテキストを含むPDFコピーが作成されました。ソフトカバー書籍については、表紙と裏表紙のスキャンも含まれていました。

同一目的・異なる手段の法的運命

両手法で取得された書籍は、最終的に同じ目的で使用されました。Anthropic社は、これらを「研究ライブラリ」または「汎用データエリア」として統合し、大規模言語モデル(LLM)の訓練に活用しました。同社の従業員は、「永続的に」すべてを保存し、LLM訓練に使用されなくなった後も削除の必要性はないと述べていました。

しかし、裁判所の判断は、取得手段の違いを厳格に区別しました。同一の最終用途であるにもかかわらず、海賊版から取得された書籍については著作権侵害を認定し、合法的に購入された書籍については限定的ながらフェアユースを認めたのです。この地裁判断は、AI開発における「手段の正当性」の重要性を示唆するものとなっています。

海賊版利用におけるフェアユース分析:全面的否定

アルサップ判事は、海賊版から取得された書籍の中央ライブラリでの保存について、フェアユースの4要素すべてが否定的に作用すると判断しました。この分析は、AI開発における海賊版利用の法的リスクを明確に示すものです。

中央ライブラリ(Central Library)とは、Anthropic社が海賊版および合法購入した書籍を統合的に保存・管理するために構築したデジタルデータベースです。このライブラリには、Books3、LibGen、PiLiMiから取得した700万冊を超える海賊版書籍と、合法的に購入・スキャニングした数百万冊の書籍が「研究ライブラリ」または「汎用データエリア」として一元化されて保存されていました。同社の数百名のエンジニアがアクセス可能で、AI学習後も「永続的」に保持される設計となっていました。

第1要素:目的と性質の評価

フェアユース分析の第1要素は、使用の目的と性質を検討します。アルサップ判事は、海賊版書籍の取得と保存について、極めて批判的な評価を下しました。

「便宜性」重視の商業的動機

判事は、Anthropic社の動機が純粋に「便宜性とコスト効率」に基づいていたと認定しました。同社が海賊版を選択した理由は、Amodei氏自身の発言にある通り、「法的・実務的・ビジネス上の煩雑さ」を避けるためでした。このような動機は、著作権法が保護しようとする価値と根本的に対立します。

さらに重要なことは、Anthropic社がClaude AIにより年間10億ドルを超える収益を上げていることです。判事は、この商業的成功が海賊版書籍の無断使用によって支えられている構造を問題視しました。営利目的での使用は、それ自体がフェアユースの認定を困難にする要因となります。

変革的使用の主張が通らない理由

Anthropic社は、AI学習における書籍の使用が「変革的(transformative)」であると主張しました。しかし、判事は海賊版書籍の中央ライブラリでの保存について、この主張を認めませんでした。

「変革的使用」とは何か

「変革的使用(transformative use)」とは、元の著作物に新たな表現、意味、メッセージを加えることで、元の作品とは異なる目的や性質を持つ使用を指します。1994年のCampbell v. Acuff-Rose Music判決で確立されたこの概念は、フェアユース分析において最も重要な考慮要素の一つとなっています。

変革性が認められる使用例には、パロディ、批評、検索エンジンのサムネイル表示、図書館の電子化などがあります。重要なのは、単なる形式変更ではなく、元の作品とは明確に異なる新しい目的や機能を提供しているかどうかです。

判事が特に問題視したのは、同社が書籍を「永続的」かつ「汎用目的」で保存していたことです。AI学習後も削除せず、「数百名のエンジニア」がアクセス可能な状態で維持していたことは、単なる一時的な変革的使用を超えた恒久的な複製を意味していると判断したのです。

第2要素:創作性ある作品の重要性

第2要素では、著作物の性質が検討されます。原告らの作品は、小説や学術書など、明らかに創作性の高い著作物でした。この要素は、通常、権利者に有利に働きます。

アルサップ判事は、Anthropic社が特に「優れた文章」を求めてこれらの作品を選択したことを指摘しました。同社の内部文書によると、Claude AIの顧客が「著者と同様に正確で説得力のある」文章を求めていたため、「編集者が承認するような優れた文章」を含む書籍が特に価値があるとされていました。

この事実は、Anthropic社が原告らの作品の創作的価値を十分に認識し、それを商業的に利用していたことを示しています。創作性の高い作品の商業的利用は、フェアユースの認定をより困難にする要因となります。

第3要素:全体複製の否定的影響

第3要素は、使用された部分の量と実質性を評価します。海賊版書籍の場合、Anthropic社は各書籍の全体を複製し、それを永続的に保存していました。

アルサップ判事は、全体複製それ自体がフェアユースを否定するものではないとしながらも、恒久的な保存の目的が問題だと指摘しました。同社は、AI学習に使用されなくなった書籍についても「削除する必要性がない」と述べており、これは必要最小限の使用を超えた過度な複製を意味していると解釈されました。

さらに、同社が「汎用目的」での使用を想定していたことも、この要素を否定的に評価する要因となりました。特定の変革的目的ではなく、将来の様々な用途に備えた包括的な複製は、フェアユースの趣旨に合致しないと判断されました。

第4要素:市場代替効果の決定的影響

第4要素は、使用が著作物の潜在的市場や価値に与える影響を評価します。この要素において、アルサップ判事は特に厳しい判断を示しました。

「出版市場の破壊」警告

判事は、Anthropic社自身が法廷で述べた発言を引用し、海賊版使用を容認することの市場への影響について重要な警告を示しました。Anthropic社は法廷で「研究目的だからといって欲しい教科書を何でも取得できるとすれば、それは学術出版市場を破壊することになる」と述べており、判事はこの発言を「問題を適切に述べたもの」として評価しました。

この警告は、単に理論的な懸念ではありません。Anthropic社自身が、このような慣行が一般化した場合の影響について「それが認められれば出版市場全体が破壊されるだろう」と法廷で認めていました。判事は、この発言が同社自らの行為の破壊的影響を十分に理解していたことを示すものとして重視しています。

一冊ごとの需要代替の認定

判事は、海賊版書籍の取得が「一冊ごとに」原著者の書籍への需要を代替していると認定しました。これは著作権侵害の最も直接的な形態です。購入可能な書籍を盗用することで、著作権者の正当な収入機会を奪っているという構造が明確に認定されました。

重要なことは、Anthropic社が後に同じ書籍の合法的なコピーを購入したとしても、先行する海賊版使用の責任は免れないという判断です。判事は「後に購入したからといって盗用の責任が免責されるわけではない」と明確に述べています。

この4要素分析を通じて、アルサップ判事は海賊版書籍の使用について全面的にフェアユースを否定しました。この地裁判断は、AI開発における海賊版利用の法的リスクを示すものとなっています。

合法書籍利用におけるフェアユース分析:限定的承認

対照的に、アルサップ判事は合法的に購入された書籍のデジタル変換について、限定的ながらフェアユースを認めました。この判断は、同じ最終目的であっても取得手段の正当性が法的評価を大きく左右することを実証しています。

第1要素:フォーマット変更の変革性

合法書籍のデジタル化について、アルサップ判事は第1要素を肯定的に評価しました。この判断の核心は、物理的な書籍をデジタル形式に変換する行為の性質にあります。

判事は、印刷書籍をデジタル形式に変換する行為を「フォーマット変更」として位置づけました。これは、保存スペースの節約や検索可能性の向上を目的とした変革的使用として評価され、Sony Corp. v. Universal City Studios判決Google Books判決などの先例に基づく判断です。

重要なのは、Anthropic社が変換プロセスにおいて元の印刷書籍を物理的に破棄していたことです。書籍を製本から切り離し、スキャン後に紙媒体を廃棄することで、実質的に一つの媒体から別の媒体への「移行」を実現していました。アルサップ判事が特に重視したのは、一冊の物理的書籍から一つのデジタルコピーのみが作成され、元の物理的書籍が破棄されるという「一対一対応」の原則でした。この原則により、総体的な複製数は増加せず、単にフォーマットが変更されるだけという構造が成立し、単なる複製ではない変革的使用として評価されました。

この判断は、著作権法における「フォーマット・シフティング」の概念を AI時代に適応させた重要な解釈です。デジタル技術の進歩により、物理的媒体からデジタル媒体への変換が日常的になった現代において、このような変換行為に一定の法的保護を与える意義は大きいのかもしれません。

第2要素:同様の創作性評価

第2要素については、海賊版使用の場合と同様に、原告らの作品が創作性の高い著作物であることに変わりはありません。この要素は、合法書籍の場合も権利者に有利に働きます。

アルサップ判事は、第2要素について「すべてのコピーについて同様にフェアユースに反対する」と述べ、海賊版・合法書籍を問わず一貫してAnthropic社に不利な評価を下しました。ただし、最終的な総合判断においては、この要素の影響を「わずかに不利」(“slightly disfavors”)として、他の要素との比較で相対的に軽微な影響にとどめました。

第3要素:必要最小限の複製範囲

第3要素において、判事は全体複製が行われている事実を認めながらも、その目的と方法を重視しました。フォーマット変更を完全に実現するためには、書籍全体をデジタル化する必要があり、部分的な複製では目的を達成できないという論理です。

重要なのは、合法書籍の場合、Anthropic社の複製目的が「より有利な保存と検索可能性の特性を持つライブラリでの保管」であったことです。判事は「全体作品の複製は、まさにこの目的が要求するものであった」と述べ、余剰な複製は存在しなかったと認定しました。

第4要素:市場影響の中立的評価

第4要素において、アルサップ判事は「中立的」評価を下しました。この判断は、海賊版使用の場合の厳しい否定的評価と対照的です。

既存デジタル市場への限定的影響

判事は、Anthropic社による書籍のデジタル化が、既存のデジタル書籍市場に与える影響は限定的であると評価しました。同社はしばしば中古状態の印刷書籍を購入し、これをデジタル化していました。中古市場からの購入は、新刊のデジタル版の直接的な競合を構成しないという論理です。

また、同社のデジタル化されたコピーは内部保管に限定されており、外部への再配布や商業的販売を意図していませんでした。この点が、市場への影響を軽減する要因として評価されました。

再配布意図不存在の重要性

アルサップ判事が特に重視したのは、Anthropic社に書籍の再配布意図がなかったことです。同社の中央ライブラリは内部研究用途に限定され、外部のユーザーに対してデジタル化された書籍を提供する仕組みは存在していませんでした。

判事は「内部的な中央ライブラリのコピーが実際に更なる複製や配布につながるとしても、それらの追加コピーは著作者によって別途追及可能である」と述べ、将来的な権利侵害の可能性と現在の評価を区別しました。

この限定的なフェアユース認定は、AI開発における合法的なデータ取得手法の一つのモデルを示すものです。ただし、判事が「中立的」評価にとどめたことは、この分野の法的不確実性を反映しており、今後の判例の蓄積が重要となることを示唆しています。

決定的相違点:取得方法が法的評価を左右する構造

Bartz v. Anthropic地裁判決が示す重要な示唆は、同一の最終用途であっても、取得手段の違いが法的評価を大きく左右する可能性があるという点です。アルサップ判事の分析は、AI開発における「手段の正当性」の重要性を示しています。

同一の最終用途(AI学習)における正反対の結論

Anthropic社が海賊版サイトから取得した書籍と合法的に購入した書籍は、最終的に同じ目的で使用されました。両方とも中央ライブラリに統合され、大規模言語モデルの訓練データとして活用され、Claude AIの性能向上に貢献していました。技術的なプロセスも本質的に同一でした。

しかし、法的評価は180度異なりました。海賊版書籍については、フェアユースの4要素すべてが否定的に作用し、明確な著作権侵害と認定されました。一方、合法書籍については、限定的ながらフェアユースが認められました。

ここで「限定的」とは、厳格な条件下でのみ認められるという意味です。具体的には、①一対一対応の原則(デジタル化された書籍1冊につき印刷版1冊を完全に破棄)、②再配布意図の不存在(外部への配布や販売を行わない)、③内部保管の限定(社内のライブラリシステム内での保管のみ)という3つの厳格な制限条件を満たす場合に限られます。判事は「印刷版の原本は破棄された。一方が他方を置き換えた」と述べ、単純なフォーマット変更としてのみフェアユースを認定しました。

この対照的な結論は、著作権法における「手段の正当性」の重要性を際立たせています。

アルサップ判事は、この区別について明確な論理を提示しました。「単に変革的使用を意図しているからといって、その実現のために完全なコピーを盗用する権利が得られるわけではない」という原則です。目的が手段を正当化するわけではなく、各段階での行為の正当性が個別に評価されるべきだという考え方です。

「手段の正当性」がフェアユース判断に与える影響

この判決は、フェアユース分析における新たな考慮要素を示唆しています。従来のフェアユース分析は主に最終的な使用行為に焦点を当てていましたが、アルサップ判事はコンテンツ取得段階の正当性も重要な要素として位置づけました

第1要素(使用の目的と性質)の分析において、判事は単に最終的な変革性だけでなく、取得プロセス全体の性質を検討しました。海賊版取得の場合、その不正な性質が変革的使用の主張を無力化したのです。「便宜性とコスト効率」を理由とした権利侵害は、いかなる後続の変革的使用によっても正当化されないという立場を明確にしました

この解釈は、デジタル時代のコンテンツ利用において極めて重要な指針となります。インターネット上では容易に大量のコンテンツにアクセスできますが、そのアクセスの正当性が後続の使用行為の法的評価に決定的影響を与えることを示しています。

後発的合法化による免責の否定

Anthropic社が後に同じ書籍の合法的なコピーを購入したという事実も、先行する海賊版使用の責任を免れる理由にはならないとアルサップ判事は判断しました。「後にインターネットから盗んだ書籍のコピーを購入したとしても、その盗用の責任は免れない」という明確な立場です。

この判断は、「事後的合法化」による免責を否定する重要な先例となります。権利侵害行為を行った後に権利を取得したり、合法的な代替手段を確保したりしても、先行する侵害行為の責任は消滅しないという原則です。

これは特に、AI開発のような長期間にわたるプロジェクトにおいて重要な意味を持ちます。開発の初期段階で不正に取得したデータを使用し、後に合法的なライセンスを取得したとしても、初期の権利侵害の責任は残存するということです。この原則は、AI開発企業に対し、プロジェクトの初期段階から権利処理を適切に行う強いインセンティブを提供します。

さらに重要なのは、この判断が示す「時系列の責任」概念です。権利侵害は瞬間的な行為ではなく、継続的な使用期間全体を通じて評価されるべきだという考え方です。海賊版書籍の「永続的」保存は、一時的な侵害ではなく継続的な権利侵害を構成し、後発的な合法化によって遡及的に治癒されることはないという論理です。

この分析を通じて、アルサップ判事は AI時代における著作権侵害の新たな評価基準を提示しました。技術の進歩により大量のコンテンツ処理が可能になった現代において、各段階での行為の正当性を厳格に評価し、目的の正当性だけでは手段の不正を正当化できないという原則を示しました。

AI企業への実務的示唆

Bartz v. Anthropic地裁判決は、AI開発企業にとって重要な実務的示唆を提供しています。この地裁判決が示す考え方は、今後のAI開発プロジェクトにおけるリスク管理戦略の見直しを促すものといえるでしょう。

データ取得戦略の根本的見直し

アルサップ判事の地裁判断は、AI開発におけるデータ取得戦略の見直しの必要性を示唆しています。従来、AI業界では「大量のデータを効率的に収集する」ことが重視されがちでしたが、この地裁判決は取得プロセスの正当性がより重要である可能性を示しました。

まず、企業はデータソースの法的地位を厳格に確認する必要があります。Books3、LibGen、PiLiMiのような海賊版サイトからのデータ取得は、その後の使用がいかに変革的であっても正当化されない可能性が地裁レベルで示されました。これらのサイトが「研究目的」や「教育目的」を標榜していたとしても、著作権者の許可なく作成されたコンテンツである限り、商業的AI開発での使用は著作権侵害のリスクを伴います。

代替案として、判決は合法的な書籍購入によるデジタル化というアプローチに一定の法的保護を認めました。ただし、これも万能ではありません。一対一対応の原則、元媒体の破棄、再配布意図の不存在など、厳格な条件を満たす必要があります。さらに重要なのは、この手法でも「限定的」なフェアユース認定にとどまっているという点です。

最も安全なアプローチは、著作権者との直接的なライセンス契約です。判決文でも言及されているように、他の大手技術企業は既に主要出版社とのライセンス契約を締結しています。Anthropic社のTom Turvey氏も出版社との初期交渉を開始していましたが、「煩雑さ」を理由に断念していました。この判決を受けて、そうした交渉の重要性が改めて認識されています。

「目的が手段を正当化しない」原則の確認

この地裁判決が示した重要な考え方の一つは、「目的が手段を正当化しない」という法的アプローチです。Anthropic社は、AI学習という変革的目的を理由に海賊版使用を正当化しようとしましたが、アルサップ判事はこの論理を明確に否定しました。

この原則は、AI開発のあらゆる段階に適用されます。研究開発の初期段階であっても、概念実証(Proof of Concept)の段階であっても、商業化の段階であっても、各段階での行為の正当性が個別に評価されます。 「後で合法化する予定」「研究目的なので問題ない」「変革的使用なので許される」といった論理は、取得段階での権利侵害を正当化する理由にはならないということです。

実務的には、これはプロジェクトの企画段階から法務部門の関与が不可欠であることを意味しています。技術部門が 「とりあえず動くものを作ってから権利処理を考える」というアプローチは、重大な法的リスクを伴います。代わりに、データ取得の初期段階から権利処理を組み込んだ開発プロセスの確立が必要です。

リスク評価における取得方法の重要性

従来のAI開発におけるリスク評価は、主に最終的な出力(AI が生成する作品)に焦点を当てていました。しかし、この地裁判決は訓練データの取得方法も重要なリスク要因である可能性を示しています。

企業は、データ取得方法によってリスクレベルを分類し、適切な対策を講じる必要があります。高リスクカテゴリーには海賊版サイトからのデータ、中リスクカテゴリーには合法購入だが権利関係が不明確なデータ、低リスクカテゴリーには明確なライセンス契約に基づくデータ、といった分類が考えられます。

また、データの「出所証明」(provenance)の記録も重要な実務となります。使用するデータセットがどのような経路で取得されたものか、その正当性を後から証明できる体制の整備が不可欠です。特に、オープンソースのデータセットや研究機関が提供するデータセットについても、その構築過程の透明性を確認する必要があります。

さらに、この判決は「継続的使用」の概念の重要性も示しています。一度不正に取得されたデータは、その後の使用期間全体を通じて権利侵害を構成し続けます。したがって、問題のあるデータセットを発見した場合は、速やかに使用を停止し、そのデータで訓練されたモデルの扱いについても慎重に検討する必要があります

この判決は、AI業界に対し、技術的な革新性だけでなく法的コンプライアンスも同様に重視するバランスの取れたアプローチを求めています。短期的にはコストや開発期間の増加を伴うかもしれませんが、長期的には持続可能で社会的に受容されるAI開発の基盤となることは間違いありません。

まとめ

Bartz v. Anthropic地裁判決は、AI時代における著作権法の新たな論点を提起する重要な判断となりました。アルサップ判事による詳細なフェアユース分析は、同一企業が同一目的で実施した書籍データ取得において、その手段の違いが法的評価を大きく左右する可能性を示しています。

この地裁判決が示す重要な示唆は、「取得方法の正当性」がAI開発における法的リスクの重要な要因となり得るという点です。海賊版サイトからの無断ダウンロードについては全フェアユース要素が否定的に作用し著作権侵害と認定された一方、合法購入書籍のデジタル化については限定的ながらフェアユースが認められました。この対照的な地裁判断は、「目的が手段を正当化しない」という重要な法的考え方を示唆しています。

AI開発企業にとって、この地裁判決は実務的な対応の見直しを促すものといえます。データ取得の初期段階から権利処理を組み込んだ開発プロセスの確立、データソースの法的地位の厳格な確認、出所証明の適切な記録など、包括的なコンプライアンス体制の構築の重要性が示されています。特に、後発的な合法化による免責が地裁レベルで否定されたことで、プロジェクトの企画段階から法務部門の積極的関与の必要性が浮き彫りになっています。

ただし、この地裁判決が連邦控訴裁判所や連邦最高裁判所でどのような判断を受けるかは未知数です。AI技術の革新性と既存の知的財産権制度との調和という複雑な問題について、上級審が異なる解釈を示す可能性も十分に考えられます。今後の控訴審の動向を注視しながら、現段階では慎重かつ保守的なアプローチを取ることが賢明といえるでしょう。

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