USPTO's artificial intelligence transformation in patent examination, showing workflow diagrams, technical charts, and strategic roadmap for AI integration in patent review process

USPTOが特許審査におけるAI技術活用を加速:弁護士が知るべき実務への影響

はじめに

人工知能(AI)技術の急速な発展が、知的財産の世界に前例のない変革をもたらそうとしています。2025年6月、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)が発表した情報提供要請(Request for Information、以下「RFI」)は、特許審査プロセスの根本的な変革を予告するものでした。このRFIは、特許審査プロセスを支援するAIベースツールの提供を民間企業に求める画期的な取り組みであり、特許出願バックログの削減と審査効率の向上を目指すものです。

USPTOが求める要請は、単なる技術的な改善にとどまらず、特許実務全体に大きな影響を与える可能性を秘めています。35 U.S.C. §§ 102-103に基づく新規性と非自明性の審査において、AIによる包括的な先行技術検索から最終報告書の生成まで、特許審査プロセスの中核部分でのAI活用が求められており、知的財産の専門家たちは新たな時代への準備を迫られています。

特に注目すべきは、USPTOが設定した独特な協力条件です。参加企業は「主に非金銭的な対価」での協力が求められ、USPTOは開発されるすべての知的財産に対する独占的権利を保持することが明記されています。この革新的な条件設定は、AI企業の参加意欲と実現可能性について業界内で活発な議論を呼んでいます。

本稿では、USPTOのRFIの詳細な分析を通じて、特許弁護士や知財プロフェッショナルが直面する実務上の変化と、それに対する適切な対応策について詳しく考察します。この変革の波に乗り遅れることなく、むしろその先頭に立って顧客に最大限の価値を提供するための洞察を提供いたします。

背景:USPTOのAI戦略とRFI発表

USPTOのAI戦略の背景

USPTOは2025年1月にAI戦略を発表し、AI技術を活用した特許審査プロセスの変革に向けた包括的な取り組みを開始しました。この戦略は、AI技術の導入が単なる効率化にとどまらず、知的財産エコシステム全体の発展を目指すものとして位置づけられています。

6月4日RFI発表の詳細内容

2025年6月4日、USPTOは政府調達システム(SAM.gov)を通じて正式なRFIを発表しました。この要請は、特許審査プロセスを支援するAIベースツールの提供を民間企業に求める画期的な取り組みでした。

RFIの目的として、USPTOが求めているのは出願における請求項と発見された先行技術との間の分析を詳述する包括的な検索報告書の完成を支援するAIツールです。具体的には、機械学習とAIを活用して、明細書の開示内容に照らして請求された発明に基づく包括的な検索を実行することが要求されています。

USPTOが求める特許審査タスクは、特許出願に関連し、以下の5つの主要な機能を含んでいます:

  1. 出願された特許出願の請求発明に基づく先行技術検索
  2. 検索結果と請求発明の比較
  3. 請求項の構成要素が先行技術のどこに見つかるかの注釈提供
  4. 請求発明に関連する新規性または非自明性の考慮に適用可能な関連先行技術の引用
  5. 特許協力条約(PCT)第I章検索報告書、PCT第II章審査報告書、または米国オフィスアクションの形式で、新規性または非自明性基準を適用した最終報告書の生成

この要求内容から明らかなように、USPTOは35 U.S.C. §§ 102-103に基づく新規性と非自明性に関する審査の自動化を目指しています。

民間パートナーシップへの転換

今回のRFIで特に注目すべきは、USPTOの民間企業との協力に対するアプローチです。しかし、この協力関係には重要な条件が付されています。

最も議論を呼んでいるのは、報酬体系です。 RFIでは「選定されたベンダーは、主に非金銭的な対価を受け取ることを厭わない姿勢が必要」と明記されています。つまり、参加企業は従来の契約対価ではなく、「露出(exposure)」による利益を期待することになります。USPTOは、ベンダーにとっての利益として「その能力を展示・マーケティングする機会、および世界舞台で重要な米国政府技術ギャップを埋める機会」を挙げています。

さらに、USPTOは開発されるすべての知的財産に対する独占的権利を保持すると宣言しています。これには「すべての専有データ、ソースコード、モデル、シミュレーション、技術、データ権、およびRFIの下で開発されるその他の知的財産」が含まれます。

この条件は、AI企業にとって重要な検討事項となっており、業界では賛否両論の声が上がっています。一方で、USPTOとの協力により得られる技術的知見と政府機関との実績は、長期的な競争優位性をもたらす可能性もあります。

AI活用による特許審査プロセスの変革

先行技術検索の自動化

USPTOのAI戦略の中核を成すのは、先行技術検索プロセスの根本的な変革です。従来の特許審査では、審査官が手作業で膨大な特許データベースと非特許文献を検索していましたが、AIシステムはこのプロセスを劇的に効率化し、同時に検索の網羅性と精度を向上させることを目指しています。

機械学習による包括的検索システム

RFIで説明されている新しいシステムは、機械学習とAIを活用して、明細書の開示内容に照らして請求された発明に基づく包括的な検索を実行するものです。このシステムは、従来の検索方法を超えて、より効率的で網羅的な先行技術検索を可能にすることを目指しています。

国内外特許・非特許文献の検索

新しいAIシステムは、米国特許だけでなく、外国特許や非特許文献を含むデータベースの検索を行います。これにより、より包括的な先行技術調査が可能になると期待されています。

検索結果と出願発明の比較機能

AIシステムは、発見された先行技術と出願発明を比較し、請求項の構成要素が先行技術のどこに見つかるかの注釈を提供します。これにより、先行技術と請求発明との関係性の分析が支援されます。

この機能により、審査プロセスの効率化が期待されています。

新規性・非自明性判定のAI支援

35 U.S.C. §§ 102-103に基づく審査支援

USPTOのRFIは、新規性(35 U.S.C. § 102)と非自明性(35 U.S.C. § 103)の考慮に適用可能な関連先行技術の引用をAIが提供するシステムを求めています。これは、特許審査における重要な法的判断をAI技術が支援することを意味します。

AIシステムは、請求発明に関連する新規性または非自明性の考慮に適用可能な関連先行技術を特定し、引用することが期待されています。

PCT Chapter I/II報告書レベルの最終報告書生成

AIシステムは、PCT第I章検索報告書、PCT第II章審査報告書、または米国オフィスアクションの形式で、新規性または非自明性基準を適用した最終報告書を生成することが求められています。これは、国際的な特許審査基準に準拠した報告書の自動生成を目指すものです。

米国オフィスアクション形式での出力

AIシステムは、米国オフィスアクションの形式で最終報告書を生成することが求められています。これにより、審査官と出願人双方にとって馴染みのある形式での審査結果の提供が可能になり、審査プロセスの継続性が保たれます。

将来的な拡張計画

USPTOの目的説明書では、将来的な拡張として、特許出願の形式的要件に関する審査への適用や、35 U.S.C. §§ 101-112に関する審査支援への拡大が言及されています。これにより、より広範囲な特許審査プロセスでのAI活用が検討されています。

実務上のメリットと期待効果

審査期間短縮の可能性

USPTOのAI戦略実装による最も直接的な効果は、特許審査期間の大幅な短縮です。現在、米国特許出願の審査には平均して18ヶ月から24ヶ月を要していますが、AI支援システムの導入が成功すれば、この期間を大幅に短縮できる可能性があります。

まず先行技術検索の自動化により、審査官が手作業で行っていた時間のかかる検索作業が大幅に効率化されることが期待されます。従来、審査官が数日から数週間をかけて行っていた包括的な先行技術調査を、AIシステムは数時間で完了できる可能性があります。

また、AI生成の予備的分析レポートにより、審査官はより迅速に審査の方向性を決定でき、最初のオフィスアクション発行までの期間を短縮することも可能でしょう。これは、特に技術分野が複雑で、先行技術が膨大に存在する分野において、顕著な効果を発揮すると予想されます。

出願バックログ削減効果

USPTOが抱える深刻な出願バックログ問題の解決は、AI戦略の主要目標の一つです。現在、USPTOには数十万件の未審査出願が蓄積されており、これが審査期間延長の主要因となっています。

AI支援システムの導入が成功すれば、各審査官の処理能力が向上し、同じ時間でより多くの出願を審査できるようになります。特に、定型的な作業や初期段階の分析作業をAIが担うことで、審査官はより高度な判断業務に集中できるようになります。

RFIでは、この取り組みの目標として「特許出願バックログの削減」が明示的に挙げられており、USPTOはAI技術を活用して審査処理能力を根本的に向上させることを目指しています。

審査品質の一貫性向上

AI支援システムのもう一つの重要なポイントは、審査品質の標準化と一貫性の向上です。現在の特許審査では、審査官の個人的な経験や専門知識の違いにより、同様の発明に対する審査結果にばらつきが生じることがあります。

AIシステムを用いることで一貫した基準と方法論を適用することができるため、成功すれば、審査官や技術分野による判断のばらつきを大幅に減少させることができます。これにより、出願人にとってより予測可能な審査プロセスが実現され、特許戦略の立案がより効率的になります。

また、大量のデータと過去の審査例を学習したAIシステムは、人間の審査官では見落としがちな微細な先行技術も発見できる可能性があります。これにより、より徹底的で精密な審査が可能になり、特許の質の向上につながることが期待されます。

課題とリスクの考察

AIによる「ハルシネーション」問題

AI技術の導入に伴う最も深刻なリスクの一つは、AI「ハルシネーション」(存在しない情報の生成) 問題です。法律分野でのAI活用では既に複数の問題事例が報告されており、存在しない特許の引用や、特許番号の誤記といった深刻な問題が懸念されています。

存在しない特許の引用リスク

AIシステムが先行技術検索を行う際、実際には存在しない特許や文献を「発見」し、それを根拠として新規性や非自明性の判定を行ってしまうリスクがあります。このような誤った情報に基づく審査結果は、出願人に重大な不利益をもたらし、特許制度全体の信頼性を損なう可能性があります。

特に、AI生成の審査レポートが従来のオフィスアクションと同じ形式で出力される場合、出願人や代理人がAI由来の情報であることを認識せずに、誤った先行技術情報を受け入れてしまう危険性があります。

法的専門職でのAI誤用事例

法律業界では既に、弁護士がAIツールを使用して存在しない判例を引用し、裁判所から制裁を受ける事例が複数報告されています。これらは弁護士がAIの基本的な検証を行わずに済ませようとした結果であり、これらの多くの事件では、弁護士が制裁を受けている状態です。

特許審査においても同様のリスクが存在し、AIが生成した先行技術情報が不正確である場合、それに基づく審査決定の法的有効性が問題となる可能性があります。

人的監督の必要性

これらのリスクに対処するため、AI支援システムには必ず適切な人的監督機構を設ける必要があります。USPTOはこの点について具体的なコメントを避けていますが、AI生成の情報を盲目的に信頼するのではなく、審査官による二重チェック体制の確立が不可欠です。

しかし、AI支援の目的が審査効率の向上である以上、過度な人的チェックはシステム導入の利益を相殺してしまう可能性もあり、適切なバランスの確立が重要な課題となります。

データセキュリティと知財保護

出願者データの国内外IP盗難対策

USPTOのRFIでは、「出願者データを国内外の知的財産盗難から保護する」 ことが明示的な目標として掲げられています。特許出願には企業の最重要機密が含まれているため、AI処理過程でのデータ漏洩や不正利用は絶対に防がなければなりません。

特に懸念されるのは、AI学習プロセスで使用された特許出願情報が、意図せずに他の出願の審査や第三者のAIシステムに影響を与える可能性です。これは、企業の競争上の秘密が間接的に競合他社に漏洩することを意味します。

セキュアクラウド環境の要件

RFIでは、参加企業に対して 「USPTOのセキュアクラウド境界内でのモデル、コンピューティング、ストレージ、ネットワーキング資産・機能の提供」 が要求されています。これは、データセキュリティを確保するための重要な要件ですが、同時に参加企業にとって大きな技術的・財政的負担となります。

セキュアクラウド環境の構築と維持には、高度な暗号化技術、アクセス制御システム、監査機能などが必要であり、これらのコストを「露出」による報酬だけで賄うことができるかは疑問視されています。

民間企業との契約条件

「露出」による報酬システムの課題

USPTOが提示している 「主に非金銭的な対価」による報酬システムは、業界内で大きな議論を呼んでいます。AI技術の開発と維持には莫大なコストがかかるため、多くの企業にとって「露出」だけでは十分な投資収益を期待できません。

この状況はAI企業が露出のために働くことを期待していると批評する声も多く、実際に質の高いAI企業の参加を確保できるかどうかは不透明です。

USPTO による知財権独占方針

さらに問題となるのは、USPTOが開発されるすべての知的財産に対する独占的権利を主張している点です。これは、参加企業が投資した研究開発成果を完全に放棄することを意味し、通常の商業契約では考えられない条件です。

この方針により、最も革新的なAI企業は参加を避け、結果として質の低いソリューションしか得られない可能性があります。長期的には、これがUSPTOのAI戦略全体の成功を阻害する要因となるかもしれません。

インフラ提供責任の負担

参加企業は、AI処理に必要なコンピューティング、ストレージ、ネットワーキングのすべてのインフラを自己負担で提供することが要求されています。USPTOの特許出願量を考慮すると、これは極めて大規模なインフラ投資を意味します。

この負担と「露出」による報酬との間の不均衡は、多くの有力AI企業の参加を困難にする可能性があり、USPTOのAI戦略の実現可能性に疑問を投げかけています。

特許実務への影響と対応策

出願戦略の見直し

USPTOのAI審査システム導入が本格的になれば、従来の特許出願戦略を根本的に見直す必要があります。AI システムは人間の審査官とは異なる方法で先行技術を発見し、分析するため、出願人側も新しいアプローチを採用する必要があります。

明細書記載戦略の変更

AIシステムは自然言語処理技術を使用して明細書を解析するため、技術的概念をより明確かつ体系的に記載することが重要になります。曖昧な表現や専門用語の不統一な使用は、AIによる誤った解釈を招く可能性があります。

特に重要なのは、発明の技術的特徴を階層的かつ論理的に整理して記載することです。これにより、AIシステムが発明の本質を正確に理解し、適切な先行技術検索を実行できるようになります。

請求項作成の新たな考慮事項

AI審査システムは請求項の各構成要素を詳細に分析するため、請求項の構成要素の選択と表現がより重要になります。AIが誤った先行技術との対応関係を見出さないよう、請求項の表現はより精密で一義的なものである必要があります。

また、AIシステムの学習データに含まれる可能性のある先行技術パターンを考慮した請求項作成も必要になるかもしれません。これは、従来の人間審査官を対象とした戦略とは根本的に異なるアプローチです。

先行技術調査手法の進化

AI を活用した事前調査の重要性

USPTOがAI審査システムを導入する以上、出願人側も同等のAI技術を活用した先行技術調査を実施することが不可欠になります。出願前にAIシステムが発見する可能性のある先行技術を予測し、それに対する対応策を準備しておくことが重要です。

これにより、AI審査官が指摘する可能性のある拒絶理由を事前に把握し、出願戦略を最適化することができます。また、必要に応じて出願前に請求項を修正したり、明細書の記載を補強したりすることも可能になります。

グローバル先行技術の包括的調査

USPTOのAIシステムは国内外の包括的なデータベースを検索するため、出願人側の先行技術調査もよりグローバルで包括的なものである必要があります。特に、非英語圏の特許文献や非特許文献も調査対象に含める必要があります。

また、日本語を含む英語以外の言語で公開された技術文献がUSPTOのAIシステムによってどのように評価されるかを理解することが重要になります。これには、非英語文献の英語翻訳の質や、文化的・技術的コンテキストの違いも考慮する必要があります。

審査官とのコミュニケーション変化

AI支援審査に対する応答戦略

AI支援による審査では、従来の審査官との直接的なコミュニケーションの重要性が変化する可能性があります。AIが生成した拒絶理由に対して、単純に感情的な説得や経験論に基づく反論を行うことは効果的ではなくなるでしょう。

代わりに、論理的で客観的なデータに基づく反駁が必要になります。AI審査システムが理解しやすい形式で証拠を提示し、技術的な差異を明確に説明することが重要です。

面接審査の戦略的活用

AI支援審査が導入されても、面接審査(Interview)の重要性は むしろ増大する可能性があります。AIシステムでは捉えきれない技術的なニュアンスや発明の背景について、人間の審査官と直接議論することの価値は変わりません。

面接審査では、AI分析では明らかにならない発明の独創性や技術的意義を説明し、審査官の理解を深めることができます。また、AIが誤って特定した先行技術との相違点について、詳細な説明を行う機会としても活用できます。

まとめ

USPTOのAI技術活用による特許審査革命は、知的財産の世界に前例のない変革をもたらす可能性があります。AIによる先行技術検索の自動化、新規性・非自明性判定の支援、そして審査プロセス全体の効率化は、特許審査期間の大幅短縮と品質向上を実現する可能性を秘めています。

しかし、この変革には重要な課題も伴います。AIハルシネーション問題、データセキュリティの確保、適切な人的監督体制の構築など、解決すべき技術的・法的課題は多岐にわたります。また、USPTOが提示する契約条件は、優秀なAI企業の参加を阻害する可能性があり、戦略の実現可能性に疑問を投げかけています。

特許実務者にとって、この変革は出願戦略、先行技術調査手法、審査官とのコミュニケーション方法の根本的な見直しを必要とする可能性があります。AIシステムの特性を理解し、それに適応した新しいアプローチを開発することが、今後の成功の鍵となるでしょう。

USPTOのAI戦略の実装状況を注視しながら、AI技術の進化と法制度の適応という現代的課題に適切に対応していくことが、知的財産専門家に求められています。この変革の波を機会として捉え、顧客により優れた価値を提供できる体制の構築が急務となっています。

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