はじめに
企業が商標権侵害や他の知的財産権侵害に対して訴訟を提起する際、訴状に特定の損害賠償額を記載することが難しい場合があります。特に侵害の初期段階では、被害の全容が把握できていないことが多く、証拠開示手続きを経て初めて実際の損害額が明らかになることがよくあります。しかし、被告が訴訟に応じず欠席判決(デフォルトジャッジメント:default judgment)となった場合、損害賠償の請求が認められるかどうかが問題となります。
2025年4月11日、米国第9巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Ninth Circuit)は、AirDoctor, LLC v. Xiamen Qichuang Trade Co., Ltd. 事件において、訴状で特定の金額を明示していなくても、欠席判決における実際の損害賠償の請求を認める重要な判決を下しました。この判決は、連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure)54条(c)項の解釈に関する重要な先例となり、知的財産権訴訟における損害賠償請求の実務に大きな影響を与えるものです。
本稿では、この判決の背景、裁判所の判断、そして知的財産実務への影響について詳しく解説します。
事件の背景
AirDoctorの事業内容と問題となった行為
原告のAirDoctor社は、空気清浄機とその交換用フィルターを製造・販売する企業です。同社の製品は特定の性能基準を満たすよう設計されており、AIRDOCTOR、ULTRAHEPAなどの商標を使用しています。
一方、被告のXiamen Qichuang Trade社は、主にAmazon.comを通じて交換用フィルターを販売していました。被告は自社のフィルターを「AirDoctor製品と互換性がある」「同等のろ過性能を持つ」と広告していました。しかし、第三者による試験の結果、被告の製品はAirDoctorが主張するHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルター基準を満たしておらず、空気清浄機に適切に装着できなかったとされています。
訴状における損害賠償請求の記載内容
AirDoctor社は、ランハム法(Lanham Act)に基づき、虚偽広告、商標権侵害、不正競争などを理由に訴訟を提起しました。訴状において同社は差止命令と共に「立証により決定される金額(in an amount to be proven at trial)」の「実際的、補償的、結果的、法定、特別、および/または懲罰的損害賠償(actual, compensatory, consequential, statutory, special, and/or punitive damages)」を請求しました。重要なのは、訴状では具体的な損害賠償額を明示していなかった点です。
被告の欠席と欠席判決の申立て
訴状が送達された後、Xiamen Qichuang Trade社は応訴せず、裁判所は欠席判決の申立てを受け付けました。AirDoctor社は、第三者のリサーチツールを使用してAmazon.comでの被告の売上を推定し、約250万ドルの実際の損害賠償と、それに基づく約5万ドルの弁護士費用を請求しました。
第一審判決の内容
連邦民事訴訟規則54(c)の解釈に関する争点
本件の中心となる法的争点は、連邦民事訴訟規則54(c)の解釈です。この規則は、欠席判決について「訴状で請求された種類と異なる、または訴状で請求された金額を超えてはならない」と規定しています。
問題となったのは、訴状で具体的な損害賠償額を記載していない場合、欠席判決において損害賠償を認めることができるかという点でした。
中央カリフォルニア地区連邦地方裁判所の判断
中央カリフォルニア地区連邦地方裁判所(United States District Court for the Central District of California)は、欠席判決を認め、被告に対して永久的差止命令(permanent injunction)を発行しました。しかし、裁判所は損害賠償の請求を認めませんでした。
裁判所の理由付けは、Rule 54(c)が「訴状で請求された金額を超えてはならない」と規定しているため、訴状で具体的な金額を記載していない場合、どのような金額の損害賠償も認められないというものでした。言い換えれば、訴状で金額を特定していない損害賠償請求は、金額ゼロの請求と同等に解釈されたのです。
損害賠償請求額が特定されていないことを理由とする請求棄却
裁判所は、AirDoctor社が訴状で特定の損害賠償額を請求していない以上、どのような金額の損害賠償も訴状で「請求された金額」を超えることになるため、Rule 54(c)に違反すると判断しました。
弁護士費用の請求も併せて棄却
同地区の地方規則では、欠席判決における弁護士費用の計算式が規定されており、損害賠償額に基づいて計算されます。裁判所は損害賠償を認めなかったため、それに伴い弁護士費用の請求も認めませんでした。
第9巡回区控訴裁判所の判断
AirDoctor社は、損害賠償と弁護士費用の請求を認めなかった判決を不服として控訴しました。Xiamen Qichuang Trade社は控訴審にも出席しませんでした。
Rule 54(c)の文言解釈
第9巡回区控訴裁判所は、Rule 54(c)の文言を詳細に検討しました。Rule 54(c)は欠席判決について「訴状で請求された種類と異なる、または訴状で請求された金額を超えてはならない」と規定しています。
控訴裁判所は、AirDoctor社の訴状における「実際の損害賠償」の請求と、欠席判決の申立てにおける「実際の損害賠償」の請求は「種類」において一致していると認めました。すなわち、種類に関しては問題がないと判断しました。
Henry v. Sneiders 判決に基づく先例の確認
控訴裁判所は、1974年の Henry v. Sneiders 判決を重要な先例として引用しました。この事件では、原告の訴状は71,243.68ドルの直接的損失に加えて「まだ完全に決定されていない追加の金額」を請求していました。裁判所は被告が証拠開示命令に従わなかったため、欠席判決として235,338.89ドルを認めました。
第9巡回区は、この判決を支持し、「請求された金額」は71,243.68ドルに限定されていないとし、原告は「追加の契約違反による損害賠償」を請求しており、その金額は「裁判で証明される」ものだったと説明しました。
「種類において異なる」と「金額において超える」の解釈
控訴裁判所は、Rule 54(c)の「種類において異なる」と「金額において超える」という二つの制限を区別して解釈しました。裁判所は、訴状で特定の損害賠償の種類(この場合は実際の損害賠償)を請求していれば、「種類において異なる」という制限は問題にならないと判断しました。
「金額において超える」という制限については、訴状で特定の金額を記載していない場合、どのような金額の損害賠償も「訴状で請求された金額を超える」ことにはならないと解釈しました。なぜなら、訴状では特定の金額を請求していないためです。
訴状で実際の損害賠償を求めていれば、特定の金額を明示していなくても認められる理由
控訴裁判所は、AirDoctor社の訴状における「立証により決定される金額」という表現は、金額ゼロの請求と同等ではないと判断しました。むしろ、この表現は損害賠償の金額が後の段階で証明されることを示すものであり、Rule 54(c)の下でも欠席判決における実際の損害賠償の請求が認められると結論付けました。
裁判所はさらに、第7巡回区控訴裁判所の Appleton Elec. Co. v. Graves Truck Line, Inc. 事件の判断と一致する解釈を採用し、他の巡回区との間で不必要な対立を生み出すことを避けたいと述べました。
判決の法的意義
「立証により決定される金額」という表現の有効性
本判決の最も重要な意義の一つは、訴状において「立証により決定される金額」という表現を用いることの有効性を確認した点です。このような表現を用いることで、訴訟の初期段階では損害額を特定できない場合でも、後に損害賠償の請求が認められる余地が確保されます。
特に、知的財産権侵害事件では、侵害の程度や損害の規模を訴訟の早い段階で正確に把握することが困難な場合が多いため、この判断は実務上重要な意味を持ちます。
第7巡回区控訴裁判所の判断との整合性
本判決は、第7巡回区控訴裁判所の Appleton Elec. Co. v. Graves Truck Line, Inc. 事件における判断と一致しています。第7巡回区は同事件で、訴状が「未特定の金額」の損害賠償を請求している場合、その訴状には「損害賠償の上限」が含まれていないと判断しました。
第9巡回区控訴裁判所は、「強い理由がない限り、他の巡回区との直接的な対立を生み出すべきではない」という原則に従い、第7巡回区の解釈と整合性のある判断を下しました。これにより、連邦裁判所システム内での法解釈の統一性が促進されました。
欠席判決における損害賠償請求の証明責任とその緩和
本判決に同意した意見(concurring opinion)で、バーゾン裁判官とケネリー裁判官は、欠席判決における損害賠償の証明責任について言及しています。彼らは、「損害賠償を『立証する』原告の負担は、欠席判決の文脈では比較的緩和されている」と指摘しました。
特に、「被告が欠席することによって正確な金額の発見を妨げる場合、裁判所はより精度の低い損害賠償の見積もりを受け入れてきた」と指摘しています。これは、被告の不出頭によって証拠開示手続きが制限される状況において、原告の証明責任を実質的に緩和するものです。
判決の射程範囲(商標権侵害以外の事件への適用可能性)
本判決はランハム法に基づく請求に関するものですが、裁判所の判断はRule 54(c)に基づくものであり、その理由付けは特定の請求原因に限定されていません。したがって、この判決の射程範囲は商標権侵害のケースに限らず、特許侵害や著作権侵害を含む幅広い民事訴訟に適用される可能性があります。
バーゾン裁判官とケネリー裁判官の同意意見は、「訴状で指定された特定の損害賠償総額が訴えられている場合にのみ、欠席判決における損害賠償を制限するというRule 54(c)の論理的一貫した解釈はない」と述べています。この見解は、Rule 54(c)の適用範囲を限定的に解釈し、多くの民事事件において柔軟な損害賠償請求を可能にするものです。
実務への影響
訴状作成時の戦略的考慮事項
本判決を踏まえ、知的財産権訴訟における訴状作成時には、以下の戦略的考慮が重要になります:
損害賠償額を特定できない場合は、「立証により決定される金額」という表現を使うことで、後の段階での柔軟な損害賠償請求の可能性を確保できます。
Henry v. Sneiders 事件に基づけば、一部の損害賠償額を特定し、追加の損害賠償を「まだ完全に決定されていない」として請求することも有効な戦略となります。
訴状で特定の損害賠償額を記載する場合でも、「追加の未確定の金額(additional amounts not yet fully determined)」という表現を追加することで、Rule 54(c)の制限を回避できる可能性があります。
欠席判決を受ける被告側のリスク増大
本判決は、欠席判決の潜在的リスクを増大させる効果があります。被告は、訴状に特定の損害賠償額が記載されていない場合でも、原告が証明する額の損害賠償を命じられる可能性があります。
これは、訴訟を無視することのリスクを高め、知的財産権侵害に対する抑止効果を強化する可能性があります。特に、国際的な知的財産権紛争において、外国企業が米国の訴訟に応じないというシナリオは珍しくありませんが、そのような戦略のリスクが本判決によって増大します。
損害額の立証手段と専門家証言の役割
欠席判決における損害賠償額の立証において、専門家証言や第三者データの役割が重要になります。AirDoctor社は第三者のリサーチツールを使用してAmazon.comでの被告の売上を推定しましたが、このような手法がより広く採用される可能性があります。
バーゾン裁判官とケネリー裁判官の同意意見は、「より精度の低い損害賠償の見積もり」が認められる可能性を示唆しており、欠席判決においては通常の証拠基準よりも緩和された基準で損害額が認定される可能性があります。
訴状における損害賠償額の表現方法の選択肢
本判決は、訴状における損害賠償額の表現方法として以下の選択肢を提示しています:
- 具体的な金額を特定する方法
- 「立証により決定される金額」と表現する方法
- 一部の損害賠償額を特定し、追加の金額は「まだ完全に決定されていない」とする方法
これらの選択肢の中から、事案の性質や証拠の入手可能性に応じて適切な表現方法を選択することが、効果的な訴訟戦略につながります。
まとめ
AirDoctor, LLC v. Xiamen Qichuang Trade Co., Ltd. 事件における第9巡回区控訴裁判所の判決は、欠席判決における損害賠償請求に関する重要な先例を確立しました。訴状で特定の金額を明示していなくても、「立証により決定される金額」という表現で実際の損害賠償を請求できることが確認されたことは、知的財産権訴訟の実務に大きな影響を与えるものです。
この判決は、Rule 54(c)の「種類において異なる」と「金額において超える」という二つの制限を明確に区別し、訴状で損害賠償の種類を特定していれば、後の段階で金額を立証することが可能だという柔軟な解釈を採用しています。
実務上は、訴状作成時の戦略的考慮、欠席判決のリスク評価、損害額の立証手段など、様々な面で影響が及ぶでしょう。特に、国際的な知的財産権紛争において、被告が応訴しないケースでの損害賠償請求の可能性が広がったことは注目に値します。
知的財産実務家にとって、本判決は訴訟戦略を見直す重要な機会となります。訴状における損害賠償額の表現方法を適切に選択し、将来的な欠席判決における損害賠償請求の可能性を確保することが、クライアントの利益を最大化するために重要となるでしょう。