はじめに
知的財産権の保護は、デジタル時代においてますます複雑化しています。特に著作権侵害に関する小規模な紛争では、従来の訴訟手続きが費用と時間の面で障壁となってきました。この課題に対応するため、2021年に米国で著作権小額請求委員会(Copyright Claims Board、CCB)が設立されました。本稿では、CCBが最近下した写真家に有利な判決、Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLC事例を詳細に分析し、知財プロフェッショナルとしてクライアントに提供すべき知的財産保護の新たな視点について考察します。
「写真一枚の著作権侵害で約3,000ドルの賠償金」というニュースは、知的財産保護の新しい時代の幕開けを象徴しています。権利者が費用効果的に自らの権利を守れる仕組みが機能し始めたことは、日々様々な知財実務に携わる我々にとっても重要な意味を持ちます。特許だけでなく著作権を含めた包括的な知的財産戦略を構築する上で、CCBという新たな選択肢についての理解を深めることが不可欠となってきているのです。
CCBの概要と設立背景
著作権小額請求委員会(CCB)は、米国著作権法における革新的な取り組みとして注目を集めています。その設立背景と基本的な機能について理解することは、知的財産戦略を総合的に考える上で重要です。
CCBとは何か
著作権小額請求委員会は、米国著作権局(U.S. Copyright Office)内に設置された行政審判機関です。2020年12月に成立したCopyright Alternative in Small-Claims Enforcement Act(CASE Act)に基づいて創設され、2022年6月から業務を開始しました。
CCBの主な目的は、著作権侵害に関する小規模な紛争を、通常の連邦裁判所の訴訟よりも簡易かつ低コストで解決する場を提供することにあります。著作権侵害訴訟は従来、連邦裁判所でのみ審理可能でしたが、そのプロセスは複雑で費用がかかり、多くの創作者や小規模事業者にとって現実的な選択肢ではありませんでした。CCBは、この「司法アクセスのギャップ」を埋めるためのソリューションとして設計されています。
CCBの設立は、興味深いことに、5,500ページに及ぶ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の景気刺激法案の一部として実現しました。この法案は2020年12月に署名され、著作権法(17 U.S.C. §§ 101 et seq.)を改正し、米国著作権局内にCCBを設置することを規定しています。
通常の訴訟との違い
CCBと従来の連邦裁判所での著作権訴訟には、いくつかの重要な違いがあります。
まず、審理できる請求額に上限があることが特徴的です。CCBでは、一作品あたり最大$15,000の法定損害賠償を請求でき、一つの手続きでの総請求額は$30,000を超えることができません。これに加えて、悪意の場合には最大$5,000の弁護士費用の賠償も可能です。これは連邦裁判所での訴訟で請求できる法定損害賠償(一作品あたり最大$150,000)と比べると少額ですが、多くの小規模な著作権侵害ケースでは十分な金額と言えるでしょう。
次に、手続きの簡素化と低コスト化が図られています。CCBへの申立て費用は$100と比較的安価で、書面による手続きが基本となり、通常はテレビ会議システムを用いた審理が行われます。これにより、物理的な出廷の必要性が大幅に軽減され、時間と費用の節約につながります。また、証拠開示(ディスカバリー)も限定的であり、手続き全体がより効率的に進行するよう設計されています。
さらに重要な特徴として、任意参加の原則とオプトアウト制度が挙げられます。CCBの手続きは強制的なものではなく、被申立人(被告)は申立てを受けてから60日以内にオプトアウト(離脱)する権利を有しています。オプトアウトした場合、その事案はCCBでは審理されなくなります。これは憲法上の権利、特に陪審員による裁判を受ける権利を保護するための措置ですが、実務上は申立人(原告)にとって大きな不確実性要素となります。
これらの特徴から、CCBは小規模な著作権侵害ケースにおいて、よりアクセスしやすく費用対効果の高い紛争解決の場を提供していると言えるでしょう。ただし、オプトアウト制度があるため、すべてのケースがCCBで最終的に解決するわけではない点に注意が必要です。
CCBが審理できる請求の種類
CCBが扱う請求には様々な種類があり、著作権侵害に関連する幅広い問題をカバーしています。この点を理解することで、クライアントの事案に応じた適切な紛争解決の場を選択する際の判断材料となります。
著作権侵害に関する請求
CCBが審理できる最も一般的な請求は、直接的な著作権侵害に関するものです。これは、著作権者の許可なく著作物をコピー、配布、公開表示、または派生作品を作成するなどの行為に対する請求です。例えば、写真家の画像をウェブサイトで無断使用するケースや、音楽作品を無許可でストリーミングするケースなどが含まれます。
また、CCBは非侵害の宣言的判決(declarations of non-infringement)についても管轄権を持っています。これは、ある行為が特定の著作権を侵害していないことの確認を求めるものです。例えば、著作権侵害の警告を受けた個人や企業が、自らの行為が実際には侵害に当たらないと考える場合に、CCBに対して非侵害の宣言を求めることができます。
CCBが扱う著作権侵害の代表的なパターンとしては、ソーシャルメディアでの無断利用、ウェブサイトでの画像転用、デザイン要素の無許可複製などが挙げられます。特に近年では、ソーシャルメディアプラットフォーム上での著作物の無断使用が増加しており、CCBの重要な審理対象となっています。
DMCAに関連する請求
デジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act、DMCA)に関連する請求も、CCBの重要な管轄範囲です。
具体的には、DMCA通知後のコンテンツ削除・アクセス無効化の不履行に関する請求が扱われます。DMCAの下では、著作権者がオンラインサービスプロバイダー(OSP)に侵害コンテンツの削除を求める通知を送付することができますが、OSPがこの通知に適切に対応しなかった場合、CCBに請求を行うことが可能です。
また、DMCAに関連する虚偽表示に関する請求も審理対象となります。これは、著作権者でない者がDMCA通知を悪用したり、侵害していないコンテンツを削除させるために虚偽の通知を行ったりした場合に問題となります。
特に注目すべきは、反対通知(counter notice)の役割と影響です。DMCAの下では、コンテンツが削除された当事者が、そのコンテンツは侵害に該当しないと主張する反対通知を提出することができます。この反対通知により、OSPは通常10〜14営業日後にコンテンツを復活させることになります。Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLCの事例では、この反対通知が重要な役割を果たしました。被告企業が反対通知を提出したことで、Twitterは削除された画像を復活させ、これが写真家であるMcNeil氏がCCBに申立てを行う直接の契機となりました。
反訴と抗弁
CCBでの手続きでは、申立てに対する様々な反訴や抗弁も審理されます。
最も一般的なのは公正使用(fair use defense) です。米国著作権法は、批評、コメント、ニュース報道、教育、学術研究などの特定の目的のための著作物の使用を、一定の条件下で認めています。Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLCの事例では、被告企業がソーシャルメディアでの使用はフェアユース(fair use)に該当すると主張しましたが、CCBはこの主張を認めませんでした。
ファーストセールドクトリンも重要な抗弁です。これは、著作物の合法的な購入者がその特定のコピーを再販売または譲渡する権利を認めるものです。ただし、この抗弁はデジタルコンテンツには適用が難しい場合が多く、特にライセンス契約が関与する場合は複雑化します。
その他の抗弁としては、著作権の存続期間の満了、著作権登録の無効、ライセンス契約の存在などがあります。また、被申立人は申立人の請求に関連する反訴を提起することも可能です。CCBは、これらの抗弁や反訴についても、主張の本案に関連する限り審理する権限を持っています。
Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLC事件の分析
Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLC事件は、CCBの機能と効果を示す象徴的なケースとなりました。この事例を詳細に分析することで、CCBの実務的な運用と、それがクライアントにどのようなメリットをもたらす可能性があるかを理解することができます。
事件の概要
事件の主人公は、プロのカメラマンであるMartin McNeil氏です。McNeil氏は、ESPN、The New York Timesなどの主要メディアと仕事をしてきたフリーランスの写真家です。2013年4月6日、McNeil氏はVox Mediaの依頼でスウェーデンのストックホルムで開催されたUFC(Ultimate Fighting Championship)イベント「UFC on Fuel TV 9: Mousasi vs. Latifi」を撮影しました。
このイベントでは、UFC選手のConor McGregorとMarcus Brimageの試合が行われ、McNeil氏はMcGregor氏がBrimageに対してアッパーカットを繰り出す瞬間を捉えた写真(「McGregor写真」)を撮影しました。この写真は、イベント後すぐにVox Mediaのウェブサイトmmafighting.comで公開され、2013年4月11日に著作権登録されました。
10年後の2023年4月6日、この写真の若干改変されたバージョンが、Experience the Fight Media LLC(以下、ETFMと略)が運営する「UFE」または「ufe.world」のFacebook、Twitter、Instagramアカウントに掲載されました。McNeil氏によれば、この改変は「モノクロ化、元の向きから約12度反時計回りに回転させ、McGregor写真の上部と下部をトリミングしながらも、『作品の核心』は保持していた」というものでした。
McNeil氏は写真が無断で使用されていることを発見すると、直ちにこれらのプラットフォームに対してDMCA通知を提出し、侵害コンテンツの削除を要求しました。その結果、各プラットフォームは問題のコンテンツを削除しました。しかし、ETFMのCEOであるSaif Ibraheem氏はTwitterにDMCA反対通知(カウンターノーティス)を提出し、その結果、Twitter上の写真は再び表示されるようになりました。
McNeil氏は和解を試みましたが、交渉は成立せず、2023年5月13日にCCBに著作権侵害の申立てを行いました。なお、Twitter上の画像は2024年4月まで表示され続けたとされています。
CCBの判断プロセス
CCBの判断プロセスは、著作権侵害の認定から損害賠償額の決定まで、緻密な論理に基づいています。
まず著作権侵害の認定基準についてみると、CCBはETFMの責任を明確に認定しました。ETFMは、問題の画像がETFMではなく、第三者のコンテンツクリエイターによってアップロードされたと主張しましたが、CCBはこの主張を信頼性がないと判断しました。さらに、ETFMがTwitterにDMCA反対通知を送ったこと自体が、責任を認める行為だと判断されました。
次に、フェアユース分析の4要素適用についても興味深い判断がなされました。ETFMはフェアユース(公正使用)の抗弁を主張しましたが、CCBは4つの法定要素すべてがMcNeil氏に有利であると判断しました。
利用の目的と性質:ETFMの目的はMcNeil氏と同じくMcGregor-Brimageの試合の重要な瞬間を描写することであり、ETFMのビジネス(格闘技関連)を促進する商業的な目的があると判断されました。
著作物の性質:写真は「創造的で美的な表現」であり、「厚い著作権保護」を受けるべきとされました。McNeil写真は単なるスナップショットではなく、試合の重要な瞬間を捉えた優れた作品であると評価されました。
使用された部分の量と実質:ETFMは写真の「心臓部分」を使用したと判断されました。
利用が著作物の潜在的市場や価値に与える影響:McNeil氏は定期的に写真の使用をライセンスしており、無断使用はロイヤリティ収入を奪うものだと判断されました。
責任の所在と代理人の役割に関しても、CCBは重要な見解を示しました。ETFMの主張によれば、問題の投稿はETFMの代理として行動していたJack George氏によるものでしたが、CCBはこの関係性がETFMの責任を免れさせるものではないと判断しました。むしろ、George氏がETFMの代理人として行動していたのであれば、ETFMはその行為に対して責任を負うべきだとされました。さらに、DMCA反対通知を送ったこと自体が、たとえ最初の投稿に責任がなかったとしても、著作権侵害の責任を引き受けたことになると判断されました。
損害賠償額の算定方法
CCBの損害賠償額算定プロセスは、実務家にとって特に参考になる部分です。
まず、ライセンス料相当額の重要性が強調されています。CCBは、法定損害賠償額を決定する際に、実際の損害額との合理的な関係を求めました。つまり、無断で使用された作品について、適正なライセンス料がいくらであったかを基準に損害賠償額を検討したのです。
McNeil氏は、2012年から2024年までの期間に発行した18件のライセンス契約の編集済みコピーを証拠として提出しました。CCBは、これらのライセンスを詳細に検討し、対象、使用方法、日付が最も類似しているものを選択しました。具体的には、2024年1月21日にUFCの計量イベントの写真をいくつかのソーシャルメディアプラットフォームで使用するためのライセンスが選ばれ、その料金は$946.00でした。
興味深いのは、3倍賠償の根拠と一般的実務です。CCBは、全米の裁判所が一般的に侵害されたコンテンツの通常のライセンス料の2〜6倍程度の法定損害賠償を認めており、約3倍が最も一般的だと指摘しました。これには重要な理由があります。「損害賠償は、侵害者に著作権法を遵守する方が違反するよりも費用がかからないことを通知すべき」というものです。つまり、単に正規のライセンス料と同額の賠償では、侵害を抑止する効果が十分でないという考え方です。
最終的な$2,850の賠償額決定プロセスは、適切なライセンス料$946に約3倍の乗数を適用し、四捨五入したものとなりました。この金額は、通常のライセンス料よりも十分に高いものの、懲罰的すぎない適切な水準と言えるでしょう。
知財関係者が学ぶべき教訓
この事例からは、知財実務に携わるプロフェッショナルにとっても多くの教訓を得ることができます。特に、知的財産権保護の包括的なアプローチを構築する上で、著作権保護の選択肢についての理解は不可欠です。
知的財産権保護の多層的アプローチ
まず重要なのは、特許・商標・著作権の相互補完的保護という視点です。知的財産は様々な側面から保護することができ、特許だけでなく、著作権や商標などを組み合わせることで、より強固な保護体制を構築できます。例えば、スマートフォンの場合、その技術的機能は特許で、ブランド名やロゴは商標で、ユーザーインターフェースのデザインは意匠権で保護することができます。また、ソフトウェア製品ではアルゴリズムやプロセスを特許で、ソースコードを著作権で、製品名を商標で保護するという多層的アプローチが一般的です。
小規模侵害に対する効果的な対応策も重要です。特許侵害は通常大きな経済的損害を伴うため連邦裁判所での訴訟が選択されますが、著作権侵害については小規模なケースが多く存在します。CCBの設立により、これらの小規模な侵害に対しても費用対効果の高い対応が可能になりました。
これらの要素を踏まえたクライアントへの総合的IP戦略の提案が求められています。特許弁護士は、クライアントの知的財産をより広い視点から評価し、それぞれの資産に最適な保護手段を提案することが重要です。CCBについての理解は、その選択肢の一つとして価値があります。
クライアントへのアドバイス強化
SNS時代の著作権リスクマネジメントは、現代のビジネスにとって不可欠です。Martin McNeil事件が示すように、ソーシャルメディア上での著作物の無断使用は、法的リスクをもたらします。知財弁護士は、クライアントにソーシャルメディア戦略における著作権リスクと、適切な許諾取得の重要性についてアドバイスする必要があります。
CCB利用の費用対効果分析も重要なアドバイスポイントです。CCBは低コストで著作権侵害に対応できる魅力的な選択肢ですが、被申立人のオプトアウト可能性や、賠償額の上限などの制約も存在します。これらのメリットとデメリットを比較し、個々のケースに最適な紛争解決手段を提案することが求められます。
予防的措置と侵害発生時の対応策についても、具体的なアドバイスが有用です。著作権登録の早期実施や、著作権管理情報の明示、ライセンス契約の適切な管理などの予防策、そして侵害発生時のDMCA通知の活用や証拠保全の方法などの対応策について、実践的なガイダンスを提供することができます。
実務上の留意点
CCB手続きの実務的側面と代理人の役割についても理解を深めておくことが重要です。CCBでは当事者が自己代理することも可能ですが、複雑な法的問題が絡む場合には弁護士の支援が有用です。弁護士がCCB手続きを支援する場合、その手続きの特性(書面中心、限定的なディスカバリーなど)を理解し、適切なアドバイスを提供することが求められます。
証拠収集と提示の重要性も強調されます。Martin McNeil事件では、原告が過去のライセンス契約を証拠として提示し、適正なライセンス料を立証したことが成功の鍵となりました。著作権侵害の証拠だけでなく、損害額の立証に必要な証拠の収集と管理について、クライアントを支援することが重要です。
和解交渉とライセンス契約の活用も実務上の重要なポイントです。CCB手続きは和解を促進するよう設計されており、多くの事案は審理前に和解で解決されます。代理人は、適切な和解条件の設定やライセンス契約の交渉において、クライアントの利益を最大化する役割を担います。
まとめ
著作権小額請求委員会(CCB)は、知的財産保護の新たな地平を開く重要な制度です。Martin McNeil v. Experience the Fight Media LLCの事例が示すように、CCBは著作権者が小規模な侵害に対しても効果的に権利を主張できる実効性のある場となりつつあります。知財プロフェッショナルとして、このような新たな制度を理解し、クライアントの知的財産戦略に組み込んでいくことが今後ますます重要になるでしょう。
デジタル時代において、知的財産権の保護は単一の法領域に留まらず、特許、商標、著作権、営業秘密などを複合的に活用する総合的なアプローチが求められています。CCBの機能と限界を理解し、適切なケースでこの選択肢を活用することで、クライアントに対してより価値の高いサービスを提供することができるでしょう。
米国で設立されたCCBの成功は、将来的に日本を含む他の国々でも類似の制度が検討される可能性を示唆しています。国際的な知財保護の視点からも、CCBの動向は注目に値します。知的財産の専門家として、こうした制度の発展と進化を継続的に追跡し、最新の知見をクライアントサービスに活かしていくことが、これからの時代における私たちの使命と言えるでしょう。