はじめに
生成AI(Generative AI)技術の急速な発展は、創作の世界に革命をもたらす一方で、既存の著作権法制度との摩擦を生み出しています。2025年5月、米国著作権局(U.S. Copyright Office)は「著作権と人工知能」シリーズの第三部として「生成AI学習」に関する報告書の事前公開版(pre-publication version)を発表しました。この事前公開版報告書は、最終版発行前に関係者からのフィードバックを募り議論を促進するためのものであり、AIモデルの学習過程で著作権で保護された作品を使用することの法的意義について、今後の方向性を示す重要な分析を提供しています。最終報告書の内容や結論に実質的な変更は予定されていませんが、この事前公開版は著作権侵害リスクを最小限に抑えながらAIモデルを訓練する方法について貴重な指針となるものです。
この報告書の発表は、業界に大きな波紋を投げかけています。AIモデルのトレーニングが「フェアユース(fair use)」の範囲内なのか、それとも著作権侵害に該当するのかという問いは、AI開発企業、クリエイター、そして法律専門家にとって極めて重要な問題です。本稿では、特許実務者の視点から、この報告書の主要な内容と実務への影響を詳細に解説します。著作権と生成AIの交差点に立つこの問題は、今後の技術開発と知的財産保護戦略に大きな影響を与えることになるでしょう。
米国著作権局の報告書概要
米国著作権局の「生成AI学習」(”AI Training”)報告書は、著作権と人工知能に関する三部作(”Copyright and Artificial Intelligence”シリーズ)の最終章として位置づけられています。第一部(2024年7月公開)はデジタルレプリカ(デープフェイク)(”Digital Replicas”)に焦点を当て、第二部(2025年1月公開)はAIの支援を受けて作成された作品の著作権保護可能性(”AI-Assisted Works”)について検討したものでした。そして今回の第三部は、生成AIモデルのトレーニング(”AI Training”)という最も論争的なテーマを扱っています。
108ページにわたるこの報告書は、生成AIの学習データとしての著作物使用に関する法的分析を行い、特にフェアユースの枠組みにおける評価に重点を置いています。報告書は、一律に「フェアユース」か「著作権侵害」かという単純な結論を避け、ケースバイケースでの評価の必要性を強調しています。
「生成AIの学習のためのコピーライト作品の使用が、常にフェアユースであるという主張は支持できない」と報告書は明言しています。しかし同時に、全ての事例が著作権侵害になるわけでもないという均衡の取れた見方を示しています。これは、急速に進化するAI技術と、それに追いつこうとする法制度の綱引きを如実に表しています。
報告書は政府による介入を即時に推奨するものではありませんが、ライセンス市場の発展を強く支持し、著作権法の基本原則を尊重しながらもイノベーションを促進する姿勢を示しています。
フェアユース分析の4要素
フェアユース(公正使用)は、米国著作権法第107条に規定された法理であり、著作権者の許可なく著作物を使用することが許される場合を定めています。フェアユースの判断には4つの要素が考慮され、報告書もこの枠組みに沿って分析を行っています。特に第1要素と第4要素が重要視される傾向にあると著作権局は指摘しています。
第1要素:利用の目的と性質
第1要素は、著作物の使用目的と性質を評価するもので、特に「変形的利用(transformativeness)」と「商業性」が重要な観点となります。
「変形的利用」については、報告書は「生成AIの基盤モデルを大規模かつ多様なデータセットで訓練することは、しばしば変形的である」と評価しています。しかし同時に、「変形的である度合いは様々であり、どれほど変形的か、あるいは正当化されるかは、モデルの機能性とその展開方法に依存する」とも述べています。
重要なのは、単にAIモデルの訓練に使用することだけでは、フェアユースを正当化するには不十分だという点です。例えば、研究目的や閉鎖システム内での非代替的なタスクにモデルを展開する場合は変形的利用の度合いが高い一方、元の素材の創造的意図に近い出力(芸術、音楽、文章など)を生成する場合は、変形的というよりも派生的(derivative)と見なされる可能性が高いとしています。
商業的利用に関しては、報告書はAIモデルの開発には複数の主体(商業的なものと非商業的なもの)が関わることが多く、単純に開発主体の性質だけで判断するのではなく、使用の目的自体を見るべきだとしています。例えば、営利企業内の研究者が学術論文発表目的でモデルを開発する場合もあれば、非営利団体が商業的目的でAIモデルをライセンスする場合もあり得ます。
Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith 判決の影響も大きく、変形性だけでフェアユースが確立されるわけではなく、元の作品と同じ目的を果たし市場を代替する可能性がある場合は、変形的でも著作権侵害となり得ることが強調されています。
また、報告書は違法に入手した著作物(海賊版サイトからの取得やペイウォール回避など)を使用することは、フェアユースに不利に働くと明確に述べています。報告書では「著作権で保護された作品を違法に入手することは、単に許可なく使用する以上に一歩踏み込んだ行為であり、使用の性質に関わる」(”obtaining copyrighted works illegally is a step beyond merely using them without permission and bears on the nature of the use”)と指摘されています。
第2要素:著作物の性質
第2要素は、使用される著作物自体の性質を評価するものです。一般に、事実的・機能的な作品よりも、創造的・表現的な作品(小説、映画、芸術、音楽など)の方が著作権保護の中核に近いとされています。
報告書によれば、AIモデルの訓練セットには通常、書籍や音楽作品など「高度に創造的で著作権の中心に近い」表現的作品が含まれており、この点ではフェアユースに不利に働く可能性があります。また、一部の訓練データが未公開作品である場合、さらにフェアユースに不利となる可能性があるものの、ほとんどの使用コンテンツは公開済みであることから、この点は「控えめにフェアユース主張を支持する」としています。
このように、第2要素の評価はモデルとそれに使用される作品によって大きく異なり、「作品がより表現的、あるいは未発表の場合、第2要素はフェアユースに不利に働く」(”the more expressive or unpublished the work, the more the second factor weighs against fair use”)と著作権局は結論づけています。
第3要素:使用された部分の量と実質性
第3要素は、「使用された部分の量と実質性が、コピーの目的に照らして合理的かどうか」を評価するものです。AIモデルの訓練では一般的に作品全体を取り込むことが必要であり、この点が法的評価の焦点となります。
報告書は、裁判所が変形的使用の場合に全体コピーを認めた前例(Googleブックスやサムネイル画像検索など)があることを認めつつも、「AI訓練の文脈では、全体のコピーライト作品の使用は、Googleブックスやサムネイル画像検索の場合よりも明確に正当化されない」(”in the context of AI training, the use of entire copyrighted works is less clearly justified than in the Google Books or thumbnail image search cases“)と指摘しています。特にAIシステムが元の作品と競合する可能性のある表現的出力を生成できる場合、全体コピーがフェアユースであるという主張はさらに弱まります。
一方で、コピーされたテキストへの公衆のアクセスを防ぐための適切な「ガードレール」が実装されている場合、この要素はフェアユースに不利に働かない可能性もあるとしています。著作権局は「モデルが出力からユーザーを完全に遮断するか、非表現的な出力をもたらす場合」、全体作品の使用がより許容される可能性があると示唆しています。
第4要素:市場への影響
第4要素は、著作物の潜在的市場または価値への影響を評価するもので、著作権局はこれを「著作権のフェアユース分析において、間違いなく最も重要な要素」と位置づけています。
報告書は、AIの学習過程における著作権作品の使用が「販売機会の喪失、市場の希薄化、およびライセンス機会の損失を通じて、著作権で保護された作品の市場または価値に重大な潜在的損害をもたらす」と警告しています。
特に市場希薄化(market dilution)の脅威について、著作権局はロマンス小説のジャンルを例に挙げ、「AIシステムが生成するコンテンツの速度と規模は、訓練データと同種の作品の市場を希薄化させる深刻なリスクをもたらす」と指摘しています。「何千ものAI生成ロマンス小説が市場に出れば、AIが訓練された人間作家のロマンス小説は売れなくなる可能性が高い」という分析は、AIがクリエイティブ産業に与える潜在的影響の深刻さを示しています。
また報告書は、市場への影響を個別の作品への影響だけでなく、同種の作品全体の潜在的市場への影響として幅広く捉えるべきだと主張しています。AIの出力が創作物市場を飽和させることで、価格の低下や元の作品への需要減少、著作権使用料プールの希薄化など、著作権者に対する深刻な影響が懸念されています。
さらに、訓練のためのライセンス市場が存在する、または実現可能な場合、この要素はフェアユースに不利に働くと著作権局は明確に述べています。音楽、ニュース、画像など複数のセクターでライセンスが既に行われている事実が指摘され、ライセンスオプションの存在はフェアユース主張を弱めるとされています。
ライセンスフレームワークの推奨
著作権局は報告書の中で、著作権のある作品をAI訓練に使用するための実行可能で持続可能なライセンスフレームワークの開発を強く推奨しています。報告書によれば、「ライセンスは多くのコンテンツ産業のビジネスモデルの中核」であり、音楽、声の録音、ニュース報道など複数のセクターではAI開発者が著作権で保護された作品をすでにライセンスしています。
著作権局は特に、拡張集合的ライセンス(Extended Collective Licensing、ECL)システムに好意的な見解を示しています。これは集合的管理機関(Collective Management Organization、CMO)によって管理されるライセンス権を通じて実現するもので、音楽業界のASCAPやBMIに類似したモデルです。
報告書は「強制的ライセンス体制やオプトアウトメカニズム」には反対する一方、「ライセンス市場が政府の介入なしに発展することを許可する」ことを推奨しています。ただし市場の失敗が生じた場合には「ECLのような標的を絞った介入」を検討する余地があるとも示唆しています。
著作権局のこうした姿勢は、AI開発におけるイノベーションの促進と著作権者の権利保護のバランスを取ろうとする努力の表れと言えるでしょう。自由市場によるソリューション開発を優先しつつも、必要に応じた政策的介入の可能性を残しているのです。
実務への影響
著作権局の報告書は、生成AIに関わる様々なステークホルダーに重要な実務的影響をもたらします。特に知財関係者は、この報告書をクライアントへの助言に活用することが重要です。
AI開発企業への影響
テキスト、画像、音楽、動画生成のための生成AIシステムを開発する企業は、トレーニングデータセットへの著作権で保護された素材の組み込みに慎重になる必要があります。報告書は、現在のトレーニング手法が広くフェアユースによって保護されるという前提に疑問を投げかけています。
開発企業は、モデルトレーニングに使用するコンテンツのライセンス取得を積極的に検討すべきでしょう。また、海賊版や不法アクセスされたコンテンツの使用が特に不利に働くことを認識し、適切なデューデリジェンスプロセスを構築する必要があります。
さらに、AI出力における「ガードレール」の実装も重要です。モデルが著作権で保護された作品の部分を再現することを防止するメカニズムは、フェアユース評価において有利に働く可能性があります。企業は進行中の訴訟(複数の高プロファイル訴訟が現在係争中)の展開を注視し、司法または立法の進展に応じてビジネスモデルを調整する準備も必要でしょう。
知的財産権者への影響
報告書は、許可や報酬なしに作品がAIトレーニングに使用されることに警鐘を鳴らしてきたクリエイターや権利所有者の立場を強化するものです。特に市場への潜在的な害、変形性の限界、そして全体作品のコピーの意味合いに関する著作権局の認識は、自分の作品の使用方法をコントロールしようとする権利者にとって有利な基盤を提供しています。
権利者は作品の登録、モニタリング、権利行使の戦略を検討し、AI訓練利用のための許可を促進することを目的としたライセンス集合体やプラットフォームへの参加も検討すべきでしょう。特にAI出力が直接的な代替品となる可能性がある創作分野(イラスト、声優、ジャーナリズムなど)では、権利保護戦略が特に重要になります。
法務・コンプライアンス担当者への影響
企業の法務チームやコンプライアンス担当者は、生成AIトレーニングを従来の製品開発やコンテンツ展開とは区別された、特有の著作権リスク領域として扱うべきです。トレーニングデータの出所、使用される第三者データセットの性質、出力の意図された使用について十分な可視性を組織が持っているかどうかを評価する必要があります。
特に商業的な展開においては、権利処理のプロセスと免責規定を組み合わせた構造化された仕組みが、訴訟リスクを軽減するために必要かもしれません。また、社内でAIツールを活用する際にも、ライセンスの範囲と制限を明確に理解し、コンプライアンスの観点からのガイドラインを整備することが重要です。
まとめ
米国著作権局の報告書は、生成AIの学習過程における著作権問題に関する重要な指針を提供しています。特許実務者は、クライアントのAI開発戦略やコンテンツ保護において、この報告書の分析を活用できます。著作権法の進化とAI技術の発展は今後も続くため、法的環境の変化に注意を払いながら、適切な権利処理と戦略的なアプローチが求められます。
報告書は「スペクトルの一端では、非商業的な研究や分析を目的とした使用で、出力に作品の一部を再現できないようにするものは、フェアユースである可能性が高い」一方、「他端では、ライセンスが合理的に利用可能な場合に、海賊版ソースから表現的作品をコピーして無制限のコンテンツを生成し市場で競合させることは、フェアユースとは認められない可能性が高い」と結論づけています。
多くの使用事例がこの両極の間に位置することになるでしょう。生成AIに関わる全ての関係者は、フェアユースの判断がケースバイケースで行われることを認識し、著作権法の基本原則を尊重しながらも、イノベーションを促進するバランスの取れたアプローチを模索することが重要です。報告書が示すように、ライセンスフレームワークの発展はその鍵となるでしょう。
生成AIと著作権の交差点に立つこの問題は、技術の急速な進化と法制度の適応という課題を象徴しています。特許実務者は、この動的な分野において、クライアントに対して法的リスクと機会の両方を適切に伝え、戦略的な意思決定を支援する重要な役割を担っています。