はじめに
連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit Court of Appeals、以下「CAFC」)は、2025年5月7日の判決で、商標審査において出願日後の証拠を考慮できる範囲に関する重要な先例を確立しました。In re Thomas D. Foster, APC事件は、ランハム法(Lanham Act)第2条(a)に基づく「虚偽の関連性」(false suggestion of connection)の拒絶理由に関する審査実務に大きな影響を与えています。この判決によって、商標審査における証拠の時間的範囲が明確に示され、特に政府機関や公的シンボルに関連する商標出願の戦略に重要な示唆を与えることになりました。本稿では、この判決の背景、法的分析、および知的財産実務家への実務的影響について詳細に検討します。
事件の背景
US SPACE FORCEの商標出願
事件の発端は、2018年3月13日にトランプ当時大統領が「宇宙軍(Space Force)」の創設を発表したことから始まります。この発表からわずか数日後の2018年3月18日、知的財産権弁護士であるトーマス・D・フォスター氏は自身の法律事務所を通じて「US SPACE FORCE」の商標をライセンスプレートフレーム、傘、枕、おもちゃの宇宙船など多岐にわたる商品とサービス(12クラス)について出願しました。
注目すべきは、フォスター氏の出願時点では、米国宇宙軍は正式には存在しておらず、トランプ大統領による構想の発表段階にすぎなかったことです。米国宇宙軍が正式に設立されたのは2019年12月20日、フォスター氏の出願から約1年9ヶ月後のことでした。
審査官による拒絶と審判部(TTAB)の判断
米国特許商標庁(USPTO)の審査官は、フォスター氏の出願に対し、ランハム法第2条(a)に基づき「米国との虚偽の関連性(falsely suggests a connection with the United States)」を理由に拒絶しました。フォスター氏はこの決定を不服として商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board、以下「TTAB」)に審判を請求しましたが、TTABも拒絶を維持し、さらに再審査請求も認められませんでした。
TTABは判断の中で、出願日後に生じた事実、特に米国宇宙軍の正式設立と関連する報道を証拠として考慮しました。フォスター氏はこの点を不服として、CAFCに上訴したのです。
法的枠組み:「虚偽の関連性」の4要素テスト
「虚偽の関連性」(false suggestion of connection)に基づく拒絶は、ランハム法第2条(a)の規定に基づいています。同条項は、「人物(生存しているか死亡しているかを問わない)、機関、信条、または国家的シンボルとの虚偽の関連性を示唆する」標章の登録を禁止しています。また、ランハム法第45条は「人物(person)」の定義に「米国およびその機関または部局」を含めています。
TTABおよびCAFCは、「虚偽の関連性」を判断するために非網羅的な4要素テストを用いています:
第1要素:他者のアイデンティティとの類似性
標章が、他の人物または機関によって以前に使用された名前またはアイデンティティと同一または近似していることが必要です。
本件では、CAFCは「US SPACE FORCE」が米国またはその部局である米国宇宙軍の名称と同一または近似していると認定しました。重要なのは、標章が米国宇宙軍だけでなく、米国自体との虚偽の関連性を示唆すると見なされた点です。裁判所は「US SPACE FORCE」標章が米国の名称または識別名と同一または近似しているとの認定を支持するために、トランプ大統領の発表と、その後の主要報道機関による報道を証拠として挙げました。
第2要素:独自かつ明白な関連性
標章が、その人物または機関を独自かつ明白に指し示すことが必要です。
CAFCは、「US SPACE FORCE」が米国を「独自かつ明白に(uniquely and unmistakably)」指し示すと判断しました。裁判所は特に、米国宇宙軍の名称とフォスター氏の標章が同一である点を重視しました。さらに、「US」の表記が標章に含まれていることも、米国との関連性を強く示唆すると判断されました。
第3要素:商業的関連性の不在
標章で名前が付けられた人物または機関が、出願人が標章の下で行う活動と関連していないことが必要です。
フォスター氏と米国政府または米国宇宙軍との間に公式な関連性はなく、この要素が満たされていることに争いはありませんでした。
第4要素:評判と推定される関連性
標章で名前が付けられた人物または機関の名声や評判が、出願人の商品やサービスに標章が使用された場合に、その人物または機関との関連性が推定されるほどであることが必要です。
CAFCは、米国の名声や評判が十分に確立されており、「US SPACE FORCE」標章がフォスター氏の商品に使用された場合、消費者は当該商品と米国政府との関連性を推定すると判断しました。
判決の画期的側面:証拠の時間的範囲
出願日後の証拠の許容性
本判決の最も重要な側面は、証拠の時間的範囲に関する判断です。フォスター氏は、TTABが出願日(2018年3月19日)後に生じた事実、特に米国宇宙軍の正式設立と関連報道を証拠として考慮したことは誤りだと主張しました。
しかし、CAFCはこの主張を退け、「虚偽の関連性」の判断において、審査過程で生じた証拠も考慮できるとの重要な判断を下しました。具体的には、裁判所は「虚偽の関連性の調査には、審査過程で生じた証拠も含めることができる(the false connection inquiry can include evidence that comes into existence during the examination process)」と明言しました。
CAFCはさらに、「審査過程」の終了時期をTTABによる再審査請求の決定(2022年12月12日)までと定義しました。これにより、出願日から約4年9ヶ月後までの証拠が考慮の対象となりました。
他の拒絶理由との整合性
CAFCはこの判断の正当性を示すために、他のランハム法第2条に基づく拒絶理由における証拠の時間的範囲との整合性を指摘しました:
- 混同のおそれ(第2条(d))に基づく拒絶では、証言や証拠提出の最終日までの証拠が考慮されます。
- 記述的商標(第2条(e))に基づく拒絶では、特許商標庁が出願に対して処分を行った日までの証拠が考慮されます。
- セカンダリーミーニング(第2条(f))に基づく拒絶では、TTABの決定日までの証拠が考慮されます。
これらの先例を踏まえ、CAFCは「一貫性のために(for consistency)」、第2条(a)の虚偽の関連性の判断においても、審査の時点までの証拠を考慮することが適切だと結論付けました。
実務への影響
商標出願戦略への示唆
本判決は商標出願戦略、特に政府機関や公的シンボルに関連する標章の出願に重要な示唆を与えています。
まず、米国の「US」や「U.S.」を含む標章の出願は、特に注意が必要です。CAFCは脚注で、「『United States』や『U.S.』を含むすべての標章が必ずしも米国との虚偽の関連性を示唆するわけではない」と述べていますが、そのような判断は「多くの要素を考慮する高度に事実に基づく調査」に依存すると強調しています。これは、政府機関名や国家的シンボルを含む標章の登録可能性が、個別の事実関係に大きく左右されることを意味します。
また、出願のタイミングに関する戦略的考慮も重要です。本件では、フォスター氏は宇宙軍の構想発表直後に出願しましたが、この迅速な行動が逆効果となりました。政府の新たな取り組みや機関に関連する標章の出願は、出願後の発展も考慮されることを念頭に置く必要があります。
拒絶理由への対応
虚偽の関連性に基づく拒絶に対応する際、実務家は以下の点に留意すべきです:
- 出願日後の事実関係の発展も考慮されることを前提に、反論戦略を練る必要があります。
- 虚偽の関連性の立証には時間的制約がないため、出願日時点での事実関係のみを主張することは効果的な反論とはなりません。
- むしろ、標章と特定の機関や団体との間に「独自かつ明白な」関連性がないこと、または商品・サービスの性質上、消費者が両者の関連性を推定しないことを立証する戦略が効果的です。
類似ケースへの対応戦略
本判決は、米国宇宙軍という特定の事例に限定されるものではありません。以下のような状況にも応用できる原則を提供しています:
- 新たに創設される、または創設が検討されている政府機関の名称に関連する標章
- 政府プロジェクトや取り組みの名称に関連する標章
- 国家的シンボルや文化的アイコンを含む標章
これらのケースでは、出願時点だけでなく、審査過程全体での事実関係の発展を考慮した戦略が必要です。また、国際出願においても、各国の審査実務によって証拠の時間的範囲が異なる可能性があるため、国ごとの対応戦略を検討する必要があります。
まとめ
In re Thomas D. Foster, APC判決は、商標審査における証拠の時間的範囲に関する重要な先例を確立しました。特に「虚偽の関連性」の判断において、出願日後に発生した事実も考慮できるという判断は、商標実務家にとって重要な指針となります。政府機関や公的シンボルに関連する商標出願を検討する際には、この判決を踏まえた慎重な戦略立案が必要です。
本判決は、米国特許商標法の運用に関する理解を深め、より効果的な商標戦略を立案する上で貴重な視点を提供しています。特に国際的な商標ポートフォリオを管理する日本の知的財産専門家にとって、米国における「虚偽の関連性」の判断基準とその時間的範囲の理解は、クライアントへのより質の高いアドバイスにつながるでしょう。