Circuit board with a 6x5 grid cooling blanket layout highlighting complex patent design considerations

デザイン特許の優先権主張における矛盾:In re Floyd判決の影響

はじめに

米国連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)は2025年4月22日、デザイン特許(意匠特許、design patent)と実用特許(utility patent)の優先権に関する重要な判断を示す In re Floyd 判決を下しました。これは非先例的判決(non-precedential)ですが、デザイン特許が先行する実用特許出願に対して優先権を主張する際の法的ハードルを明確にするとともに、特許実務におけるジレンマとも言える状況を浮き彫りにしています。

本件では、出願人自身の先行実用特許が、デザイン特許出願の優先権の基礎として不十分とされながらも、同時に新規性を否定する先行技術として機能するという矛盾が生じました。この判決は、デザイン特許と実用特許の交差領域における戦略立案に重要な示唆を与えるものです。

デザイン特許と実用特許の優先権関係

優先権主張の法的枠組み

米国特許法(35 U.S.C.)第120条は、後の出願が先の出願と同一の発明を開示している場合、その先の出願日の利益を享受できると規定しています。この「同一の発明」の開示に関する判断基準は、第112条(a)に定められる記載要件(written description requirement)に基づいています。

この記載要件は、明細書が「発明を所有していたこと」を当業者に合理的に伝えるものでなければならないとしています。注目すべきは、この記載要件がデザイン特許と実用特許の双方に適用されるという点です。In re Owens事件(710 F.3d 1362)において、CAFCは「デザイン特許と実用特許の両方に同じテストが適用される」と明確に述べています。

デザイン特許が実用特許に優先権主張する際の特有の課題

実用特許からデザイン特許への優先権主張は技術的には可能ですが、実務上は大きな課題があります。実用特許は機能や構造に焦点を当てているのに対し、デザイン特許は物品の装飾的外観のみを保護対象としています。このため、実用特許の開示内容がデザイン特許の装飾的特徴を十分に「所有していた」と示すことは容易ではありません。

さらに複雑なのは、実用特許の図面が通常、製造に必要な技術的詳細を示すことを目的としており、デザイン特許で重要となる美的側面を正確に表現するために描かれていないという点です。理想的には、優先権主張を成功させるためには、実用特許出願時に将来のデザイン特許出願について予見し、その図面を完全に一致させる必要があります。

In re Floyd事件の分析

事案の背景

Bonnie Iris McDonald Floyd氏(以下「Floyd氏」)は、2016年1月23日に冷却ブランケットに関する実用特許出願(No. 15/004,938、以下「’938出願」)を行いました。この冷却ブランケットは「統合換気システム」と「複数の密閉コンパートメント」を特徴とするものでした。’938出願の図面には、6×6および6×4のアレイ構成が描かれていました。

その後、2019年3月27日にFloyd氏は、6×5アレイ構成の冷却ブランケットを対象とするデザイン特許出願(No. 29/685,345、以下「’345出願」)を行い、’938出願への優先権を主張しました。

争点

本件の中心的争点は、’938出願の開示内容が’345出願のデザイン(特に6×5アレイ構成)に対する記載要件を満たすかどうかでした。

‘938出願には、「この実施形態は人間または動物の体幹全体を冷却するのに適したあらゆるサイズで作ることができる」との記載がありました。また、「この説明には多くの仕様が含まれているが、これらは発明の範囲を制限するものではなく、いくつかの実施形態の例示と見なすべきである。他にも多くのバリエーションが可能である」とも記載されていました。

PTABの判断とその根拠

特許審査官は、’345出願に記載された6×5アレイ構成のデザインが’938出願に十分に開示されていないとして、優先権の主張を認めませんでした。その結果、’938出願が先行技術となり、’345出願に記載されたデザインの新規性を否定する根拠として使用されました。

特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」)は審査官の判断を支持し、「’938出願のどの部分も、ここで主張されている6×5アレイ構成の正確な視覚的外観に導くものではない」と結論づけました。PTABは、’938出願の「あらゆるサイズで作ることができる」という記載について、「これは長方形のセクションのサイズが異なることを意味している可能性があり、ブランケットの長方形セクションの数が異なることを意味しているわけではない」と解釈しました。

CAFCの判決内容

CAFCは、PTABの判断を支持しました。裁判所は、Floyd氏が「記載要件の充足性は技術の予測可能性と発明の単純さを考慮すべき」と主張したことに対し、「技術的要素の予測可能性がデザインの予測可能性に必ずしも結びつくわけではない」と説明しました。

さらに、CAFCは「図1と図1Aが範囲を定義するというよりも、異なる実施形態を示している」という解釈を支持し、これらの図だけでは「明示的に示されている以外の構成に対する特定の視覚的印象に選択肢を絞り込むのに十分ではない」と判断しました。

記載要件と新規性要件の「ダブルスタンダード」

記載要件(35 U.S.C. § 112(a))の適用基準

記載要件の本質は、出願時に発明者が実際に発明を「所有していた」ことを示すことにあります。デザイン特許の場合、この「所有」は特定の装飾的外観に対するものでなければなりません。In re Floyd 事件におけるCAFCの判断によれば、一般的な説明や図示されていないバリエーションの可能性を示唆する記載だけでは不十分であり、特定のデザインを「所有していた」ことを示すには、そのデザインの正確な視覚的表現が必要となります。

新規性(35 U.S.C. § 102)の判断基準

一方、新規性の判断においては、「通常の観察者テスト(ordinary observer test)」が適用されます。このテストでは、先行技術と主張されるデザインが基本的に同一の視覚的印象を与えるかどうかが問われます。本件では、Floyd氏も「’938出願が優先日を与えるほど’345出願のデザインを支持していないとされた場合、同じ’938出願がそのデザインを予測する(anticipate)ことになる」ことを認めていました。

二つの基準間の「ギャップ」と実務上の落とし穴

ここに実務上の大きなジレンマがあります。同一の文書(先行出願)が、一方では優先権の基礎としては不十分とされながら、他方では先行技術として十分に開示しているとみなされるという矛盾です。

PTABはこの見かけ上の矛盾について、「優先日の利益を得るために評価する基準は、予測性(anticipation)を評価する基準とは異なる」と説明しています。言い換えれば、発明を「所有していた」ことを示すための基準は、先行技術が後の発明を予測していたかどうかを判断する基準よりも厳格だということです。

「十分に所有していない」と「先行技術として十分に開示している」の矛盾

この状況は、特許出願人にとって厄介な落とし穴となります。自身の先行出願が後の出願の優先権の基礎として不十分とされた場合、その先行出願が公開されていれば、自動的に後の出願に対する先行技術となってしまうのです。

In re Floyd事件は、この「優先権のパラドックス」を明確に示しています。実用特許出願に含まれる図面と説明は、デザイン特許の優先権を確立するには不十分でありながら、同時にそのデザイン特許の新規性を否定するには十分だったのです。

実務への影響と対策戦略

デザイン特許出願における優先権主張の注意点

In re Floyd判決から学ぶべき最も重要な教訓は、実用特許出願からデザイン特許出願への優先権主張には細心の注意が必要だということです。特に、後のデザイン特許出願で保護しようとする正確な装飾的特徴が、先の実用特許出願に明確かつ具体的に開示されているかを慎重に評価する必要があります。

一般的な説明や「多くのバリエーションが可能」といった記載だけでは、特定のデザインバリエーションに対する優先権を確立するには不十分です。CAFCの判断により、優先権主張の成功には、後に主張するデザインの具体的かつ明示的な開示が必要であることが明確になりました。

実用特許出願における設計バリエーションの事前計画

実用特許出願の段階で、将来的にデザイン特許による保護を検討している場合は、そのデザインのすべてのバリエーションを具体的に図示し、説明することが重要です。例えば、Floyd氏のケースでは、6×6と6×4のアレイだけでなく、その中間にあたる6×5アレイも明示的に開示しておくべきでした。

特に、デザインのバリエーションが製品の商業的成功に重要な場合は、予見可能なすべてのバリエーションを初期の出願に含めるという先見性が求められます。

図面の一致性の重要性

実用特許からデザイン特許への優先権主張を成功させるためには、理想的には両出願の図面が完全に一致していることが望ましいです。実用特許出願時点で、将来のデザイン特許出願も視野に入れた高品質な図面を準備することで、優先権の問題を回避できる可能性が高まります。

特に、実用特許出願の図面において、デザイン特許で保護したい正確な装飾的特徴を適切に表現することが重要です。これには、適切な遠近法、陰影、線の質などの考慮が含まれます。

並行出願戦略の検討

In re Floyd判決の教訓を踏まえると、実用特許と完全に同じデザインを持つデザイン特許の保護を求める場合は、優先権に頼るのではなく、実用特許出願と同時にデザイン特許出願を行うことを検討すべきでしょう。

また、実用特許出願後に新しいデザインバリエーションが生まれた場合は、そのバリエーションが公開される前に新たなデザイン特許出願を行うことも重要な戦略となります。

他の関連判例と比較

デザイン特許を実用特許の先行技術として使用する場合の課題

興味深いことに、In re Floyd事件とは逆の状況、つまりデザイン特許が実用特許の先行技術として使用される場合も実務上の課題があります。デザイン特許は本質的に装飾的側面にのみ焦点を当てており、機能的説明を含まないため、実用特許の自明性(obviousness)の根拠としては限定的な価値しか持たない場合があります。

デザイン特許の本質は製品の視覚的な外観のみを保護することにあり、その技術的機能や動作原理については詳細に説明していません。このため、デザイン特許の開示内容から実用特許の機能的特徴の自明性を主張することは困難です。例えば、あるデザイン特許が特定の形状の製品を開示していたとしても、その形状が持つ技術的利点や機能的優位性については言及していないため、なぜその形状を採用すべきかという技術的動機付けを導き出すことができません。

このような状況は、特許実務において「デザイン特許の先行技術としての限界」として認識されており、出願人側にとっては、デザイン特許のみに基づく自明性拒絶に対して効果的に反論できる可能性を示唆しています。

審査官による審美的動機付けに対する反論戦略

最近のPTAB審判(Appeal 2023-004002)では、審査官がデザイン特許の図面に基づいて「美的理由」(”aesthetic reasons”)を動機付けとして主張した実用特許出願の拒絶が覆されました。この事例では、審査官が先行技術の組み合わせを正当化する際に、単に「見た目が良くなる」という審美的な理由のみを挙げていました。PTABはこの審査官の主張を詳細に検討し、「審美性だけでは適切な根拠とはならない」(”aesthetics alone is not a proper rationale”)と明確に判断しました。さらに、PTABは審査官の主張について「実質的に裏付けのないデザイン選択の修正にすぎない」(”merely an unsupported design choice modification”)と指摘し、技術的な動機付けや利点の説明が欠如していることを問題視しました。

このような事例は、デザイン特許を実用特許の拒絶理由として引用された場合の有効な反論戦略を示唆しています。特に、KSR判決以降の自明性の判断基準においては、先行技術の組み合わせには「合理的な成功の見込み」を伴う明確な動機付けが必要とされています。審査官が単に審美的理由に基づいて組み合わせを主張している場合、それだけでは第103条に基づく拒絶を支持するには不十分である可能性が高いのです。実務上は、審査官の審美的動機付けに対して、(1)その主張が主観的で立証不可能であること、(2)技術分野における認識された課題の解決に関連していないこと、(3)機能的な改善や技術的利点を示していないことなどを指摘することで、効果的に反論できる可能性があります。

結論

In re Floyd判決は、デザイン特許と実用特許の優先権主張における重要な法的障壁を明らかにしました。この判決は、同一の開示が優先権の基礎としては不十分でありながら、先行技術としては十分となり得るという特許実務における矛盾を浮き彫りにしています。

この判決から得られる最も重要な教訓は、実用特許からデザイン特許への移行を計画する場合、初期段階からの戦略的計画の重要性です。実用特許出願時に将来のデザイン特許出願を見据え、保護したい特定のデザイン要素をすべて明示的に開示することが不可欠です。

最終的に、In re Floyd判決は、デザイン特許と実用特許の交差領域における戦略を再考する機会を提供しています。適切な先見性と計画により、この「優先権のパラドックス」は回避可能であり、両タイプの特許による包括的な知的財産保護を達成することができるでしょう。

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