はじめに
米国特許商標庁(USPTO)は2025年4月14日、37 CFR 1.155に基づくデザイン特許の早期審査制度(expedited examination)を2025年4月17日から停止すると公式発表しました。この決定は、近年の早期審査申請の急増と、マイクロエンティティ認証の不正利用増加に対応するものです。2000年9月から実施されてきたこの制度は、追加料金(大企業の場合$1,720)の支払いと先行技術調査情報の提出により、デザイン特許出願の優先的かつ迅速な審査を受けることができるものでした。当初は全体の1%未満だった利用率が現在は約20%に達し、USPTOの審査リソースに大きな負担をかけています。
この変更は、日本企業がアメリカでデザイン保護戦略を立てる上で重要な影響を及ぼします。早期にデザイン保護を確保する手段が制限されることで、権利化のタイミングや競合対策の再考が必要となるでしょう。本記事では、この重要な制度変更の背景、法的根拠、そして日本企業や特許実務家への影響と対応策について詳しく解説します。
早期審査停止の背景
早期審査申請の急増
USPTOの発表によると、デザイン特許の早期審査申請は過去数年間で560%増加し、2024年度には全デザイン特許出願の約 20% を占めるに至りました。この状況は当初想定していた制度の利用範囲を大きく超えています。制度導入当初は、早期審査の利用率は全体の1%未満でしたが、近年の急増により、USPTO内の審査リソースに大きな負担がかかっていました。
審査官は早期審査案件に優先的かつ追加の審査時間を割り当てる必要があるため、通常の審査案件の処理が遅延する事態が生じていました。この負の連鎖を断ち切るため、早期審査制度の一時停止が必要と判断されたのです。
マイクロエンティティ認証の誤用問題
さらに深刻な問題として、USPTOはマイクロエンティティ(Micro Entity)資格の誤った申請の急増を指摘しています。2019年度から2024年度の間に、マイクロエンティティとして申請されたデザイン特許出願は170%増加し、さらに早期審査と組み合わせたマイクロエンティティ申請に至っては1,400%以上の増加を記録しました。
マイクロエンティティ資格は、37 CFR 1.29に基づき、特許関連手数料の80%割引を受けられる制度です。この資格を得るには、出願人が過去に4件以上の特許出願経験がないことなどの条件を満たす必要があります。しかし、USPTOによれば、この資格要件を満たさない出願人による誤った申請が急増し、特に早期審査との組み合わせが顕著になっていました。
この問題は単なる行政手続きの問題ではなく、USPTOの収入減少をもたらし、結果として特許審査システム全体の効率低下につながっています。USPTOは既に手数料不足の通知を送付するなどの対応を行っていましたが、早期審査申請の増加ペースに追いつけない状況でした。
法的根拠と措置の詳細
37 CFR 1.183に基づく停止措置
今回の早期審査停止は、37 CFR 1.183に基づいて実施されます。この規則は、USPTOの長官が「法令の要件ではない規則」をsua sponte(職権により)停止する権限を持つことを定めています。USPTOは今回の状況を「異常な状況」(extraordinary situation)と判断し、司法的公正の観点から早期審査制度の停止が必要であると結論づけました。
さらに、USPTOは37 CFR 1.155(早期審査に関する規定)および37 CFR 1.17(k)(早期審査の手数料に関する規定)を完全に撤廃するための規則制定手続きを開始する予定です。これは、一時的な措置ではなく、制度そのものの再構築を示唆しています。
停止の範囲と適用
停止措置は2025年4月17日以降に提出されるすべての早期審査申請に適用されます。「すべての申請」とは、初回申請と更新申請の両方を含み、初回申請の提出日時や、USPTOによる初回申請の却下時に更新申請の機会が与えられていたかどうかにかかわらず適用されます。
USPTOは、2025年4月17日以降に提出された申請に関連する37 CFR 1.17(k)に基づく手数料を自動的に返金する方針です。また、「REQUEST FOR EXPEDITED EXAMINATION OF A DESIGN APPLICATION (37 CFR 1.155)」というタイトルのフォームPTO/SB/27をウェブサイトから削除し、Patent Centerの対応するドキュメントコード(ROCKET)も廃止されます。出願人は、保存していたPTO/SB/27フォームを2025年4月17日以降に提出すべきではないとの注意喚起もなされています。
詳細はUSPTOの公式通知で確認できます。
実務への影響と対応戦略
出願戦略の見直し
この変更により、日本企業を含む特許出願人は、米国でのデザイン特許出願戦略を再考する必要があります。特に早期の権利化が重要な場合、次のような対応を検討すべきでしょう:
- 権利化タイムラインの再設定: 通常審査のタイムラインを考慮した製品発売スケジュールの調整
- ポートフォリオ全体の見直し: デザイン特許、実用特許、商標などの組み合わせによる総合的な知的財産戦略の再構築
- 重要度に基づく優先順位付け: すべてのデザイン出願を同等に扱うのではなく、ビジネス上重要なデザインを特定して集中的にフォローアップ
代替手段の理解
早期審査制度が停止されても、限定的ながらデザイン特許出願の審査を早める手段は残されています。具体的には、37 CFR 1.102(c)(1)に基づく特別申請(Petition to Make Special)が挙げられます。この申請は、出願人の年齢(65歳以上)または健康状態(重篤な健康上の問題)を理由とする場合に限り、手数料なしで提出できます。
しかし、この代替手段は適用範囲が非常に限られているため、ほとんどの企業出願には適用できません。そのため、以下のような別の戦略も検討する価値があります:
- 先行意匠調査の徹底: 出願前の徹底した先行意匠調査により、拒絶理由を最小限に抑え、審査プロセスをスムーズにする
- 出願書類の質向上: 明確で完全な図面と説明を準備し、形式的な拒絶を回避する
- 審査官とのコミュニケーション強化: 必要に応じて審査官インタビューを活用し、効率的な審査プロセスを促進する
USPTOの効率化と近代化の取り組み
審査リソースの再配分
USPTOの発表によれば、早期審査制度の停止により、年間約36,000時間の審査時間が節約され、未審査のデザイン特許出願の処理に再配分されることになります。これにより、すべてのデザイン特許出願者にとって審査期間の短縮が期待されます。
早期審査制度の停止は、デザイン特許システム全体の効率向上という長期的視点に立った取り組みの一環です。特定の出願のみを優先する代わりに、すべての出願の処理速度を向上させることを目指しています。
関連する他の変更
USPTOは同時期に、特許発行日のタイムラインも短縮することを発表しました。2025年5月13日より、特許発行通知(Issue Notification)から特許発行日(Issue Date)までの期間が、現在の約3週間から約2週間に短縮されます。
この変更は特に継続出願を検討している出願人にとって重要です。特許審査便覧(MPEP)211.01(b)、サブセクションIに従い、継続出願は親出願の特許発行手数料支払い前に提出する必要があります。特許発行プロセスが短縮されることで、継続出願の適時提出がより重要になります。また、e-Office Actionプログラムに参加していない出願人は、特許発行通知の受領前に特許が発行される可能性があるため注意が必要です。
詳細はUSPTOの特許発行日短縮に関する発表でご確認いただけます。
結論
USPTOによるデザイン特許の早期審査停止は、短期的には出願人にとって不便をもたらす可能性がありますが、長期的にはデザイン特許システム全体の健全性と効率性の向上に寄与するものと考えられます。マイクロエンティティ資格の誤用問題への対応を含め、知的財産システムへの脅威に対する保護強化という側面も持っています。
日本企業を含む特許実務家は、この変更に適応するための戦略を早急に再考する必要があります。通常審査のタイムラインを考慮した出願戦略の調整、代替手段の検討、そして出願書類の質向上による審査プロセスの最適化が重要になるでしょう。
変化する知的財産環境に適応し、クライアントに最適なアドバイスを提供するためには、USPTOの政策変更を常に注視し、その背景と影響を深く理解することが不可欠です。今回の制度変更を一つの機会と捉え、より効果的なデザイン保護戦略の構築に活かしていくことが求められています。
最新情報はUSPTOの特許関連通知ページで確認することをお勧めします。