はじめに
2025年2月13日、連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)は、US Synthetic Corp. v. International Trade Commission事件において、物質の組成物に関するクレームが「抽象的アイデア」に該当せず特許適格性を有するという判決を下しました。この判決は、近年拡大解釈される傾向にあった特許適格性の例外(特に「抽象的アイデア」や「自然法則」)に明確な境界線を設定するものです。本記事では、多結晶ダイヤモンドコンパクト特許に関するこの重要判決を分析し、特許実務家への実務的示唆を提供します。
事件の背景と経緯
特許の概要と手続の流れ
US Synthetic社(USS)は、多結晶ダイヤモンドコンパクト(Polycrystalline Diamond Compact、以下「PDC」)に関する米国特許第10,508,502号(’502特許)の所有者です。PDCは、ダイヤモンドテーブルと基材からなる複合材料で、掘削工具や機械加工装置に広く使用されています。USSは、中国企業による’502特許の侵害製品の輸入が米国関税法337条に違反するとして、米国国際貿易委員会(International Trade Commission、以下「ITC」)に提訴しました。
ITCの行政法判事(ALJ: Administrative Law Judge)は、当該特許が35 U.S.C. §102(新規性: novelty)、§103(非自明性: non-obviousness)、§112(実施可能要件: enablement)の観点からは有効であると判断しました。しかし、測定可能な磁気特性(保磁力: coercivity、特定磁気飽和: specific magnetic saturation、特定透磁率: specific permeability)によって定義された組成物クレーム(composition claims)は、35 U.S.C. §101に基づく特許適格性(patent eligibility)を欠くとして、「抽象的アイデア」(abstract idea)に該当すると結論付けました。
ITC委員会もこの判断を支持し、USSはCAFCに控訴しました。本事件の主要な争点は、物理的な組成物の特性を定量的に記載したクレームが「抽象的アイデア」に該当するかどうかでした。
‘502特許の技術内容
‘502特許のクレーム1は以下のような構成を含みます:
- 多結晶ダイヤモンドコンパクト(PDC)であって:
- 多結晶ダイヤモンドテーブルを含み、そのリーチングされていない部分が:
- ダイヤモンド間結合によって結合された複数のダイヤモンド粒子を含み、間隙領域を定義し、平均粒子サイズが約50μm以下
- 間隙領域の少なくとも一部を占めるコバルトを含む触媒
- リーチングされていない部分は約115 Oe〜約250 Oeの保磁力を示す
- リーチングされていない部分は約0.10 G·cm³/g·Oe未満の特定透磁率を示す
- 多結晶ダイヤモンドテーブルに結合された基材
- ダイヤモンドテーブルの横方向寸法は約0.8 cm〜約1.9 cm
- 多結晶ダイヤモンドテーブルを含み、そのリーチングされていない部分が:
特許明細書によれば、これらの磁気特性は、PDCの物理的構造、特にダイヤモンド間結合の程度と金属触媒の量に関連しています。具体的には、高い保磁力はダイヤモンド粒子間の平均自由行程が小さいことを示し、低い特定磁気飽和は金属触媒の量が少ないことを示します。
CAFCの法的分析
Alice/Mayoテストの適用
CAFCは、本件の特許適格性も問題に対し、Alice/Mayoテストを適用しました。
Alice/Mayoテストとは
Alice/Mayoテストは、米国最高裁判所が特許適格性(35 U.S.C. §101)を判断するために確立した2段階の分析フレームワークです。
第1段階: クレームが特許不適格な概念(抽象的アイデア、自然法則、自然現象)に向けられているかを判断します。
第2段階: クレームが特許不適格な概念に向けられている場合、そのクレームが「発明概念(inventive concept)」を追加しているか、つまり「大幅に超えるもの(significantly more)」を含んでいるかを判断します。
このテストは、Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc. (2012)とAlice Corp. v. CLS Bank International (2014)の2つの最高裁判決に由来しています。
第1段階では、クレームが特許不適格なコンセプトに向けられているかを判断します。
Chen判事による多数意見は、’502特許のクレームは「抽象的アイデア」ではなく、「特定の非抽象的な物質の組成物」(”a specific, non-abstract composition of matter”)に向けられていると判断しました。CAFCは、クレームが「構成要素、寸法情報、および固有の物質特性によって定義される物理的な物質の組成物」であると強調しました。
ITCの誤り
CAFCは、ITCが以下の点で誤りを犯したと指摘しました:
- 物理的な組成物を「抽象的アイデア」と誤って分類したこと
- 明細書で説明されている磁気特性と物理的構造の相関関係を正しく評価しなかったこと
- ソフトウェア・アルゴリズム関連の判例を不適切に適用したこと
CAFCによれば、PDCの磁気特性は、「構造的特性を記述する方法」として機能しており、構造を示す「完璧な代理(perfect proxy)」である必要はないとしました。明細書が磁気特性と物理的構造の間の「具体的で意味のある相関関係」を提供していることで十分であり、これらの特性はPDCの構造特性をさらに定義するものでした。
実務への影響
クレーム作成への示唆
本判決は、測定可能な特性を利用して組成物を定義するクレームの作成に重要な指針を提供しています:
特性と構造の相関関係の説明: 明細書において、測定可能な特性(磁気特性など)と物理的構造の相関関係を明確に説明することが重要
「完璧な代理」は不要: 測定値が物理的構造を完全に表現する必要はなく、合理的な相関関係の説明で十分
具体的なデータの提供: 先行技術と比較したデータを含めることで、相関関係の具体性と有意性を示す
特許訴訟戦略への影響
本判決は、組成物クレームに対する§101の「抽象的アイデア」の例外の適用を明確に制限しています。物質特許の権利者にとって、特許適格性に基づく無効の主張に対する防御が強化されました。特に:
測定可能な特性(磁気特性、熱特性、電気特性など)を含む組成物クレームの特許適格性が確保された
測定可能な特性と構造の相関関係が明細書に適切に記載されている限り、「抽象的アイデア」の例外の適用は制限される
ソフトウェア関連判例と物質特許の判例を区別する明確な先例が確立された
業界別影響
材料科学・製造業への影響
本判決は、PDC技術を含む材料科学分野において、イノベーションの保護を強化します。CAFCは、測定可能な特性によって定義された物質の組成物が、その特性が構造と相関している限り特許適格性を有することを明確にしました。
特に、材料の特性が構造を直接測定するよりも容易に測定できる場合や、複雑な構造を簡潔に表現するために特性測定値が有用である場合に重要となります。
製薬・バイオテクノロジー産業への影響
本判決の最も重要な影響の一つは、製薬およびバイオテクノロジー分野への波及効果です。これらの分野では、化合物や組成物を、構造だけでなく、測定可能な特性や機能によって定義することがしばしば必要となります。
製薬業界団体(Pharmaceutical Research and Manufacturers of America、PhRMA)はアミカスブリーフを提出し、ITCの判決が「特許適格性の抽象的アイデア例外の懸念すべき拡大」であると主張していました。CAFCの判決により、測定可能な特性を含む医薬品クレームの特許適格性が確保され、製薬企業の研究開発投資の保護が強化されることが期待されます。
実務家のための具体的な対応策
本判決を踏まえ、特許実務家は以下の点に注意すべきです:
明細書作成時の配慮:
- 測定可能な特性と物理的構造の相関関係を明確に説明する
- 相関関係を裏付ける具体的なデータや実施例を含める
- 特性の測定方法を詳細に記載する
クレーム作成戦略:
- 可能な限り、構造的特徴と測定可能な特性の両方を含める
- 特性値の範囲を適切に設定し、その範囲が発明の本質を反映していることを確認する
既存特許の評価:
- 特性を含む組成物クレームの特許が§101に基づいて拒絶された場合、本判決を引用して反論することを検討する
- 特許ポートフォリオを再評価し、本判決を踏まえた戦略を立案する
結論
US Synthetic Corp. v. International Trade Commission判決は、組成物クレームに対する特許適格性の分析において重要な指針を提供し、§101の「抽象的アイデア」例外の限界を明確にしました。特許実務家は、物質特許において測定可能な特性と物理的構造の相関関係を明確に説明することで、より堅牢な特許保護を確保できます。
さらに、この判決は製薬・バイオテクノロジー分野の特許戦略にも重要な影響を与えるものであり、これらの分野における特許保護の予測可能性を高めることで、イノベーションを促進することが期待されます。
法律事務所の弁理士や企業の知的財産部門のプロフェッショナルは、本判決の論理と結論を理解し、自社または顧客の特許戦略に適用することで、米国特許制度における組成物クレームの保護を最大化することができるでしょう。