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PREVAIL Act:米国特許審判制度の大改革案が上院司法委員会を僅差で通過

1. はじめに

米国上院司法委員会において、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)の手続を大きく改革する法案が可決されました。この法案は「経済的に重要な米国のイノベーションリーダーシップの促進と尊重に関する法案」(Promoting and Respecting Economically Vital American Innovation Leadership Act、PREVAIL Act)と名付けられ、賛成11票、反対10票という僅差で可決されました。

PTABは、2011年に成立した米国改正特許法(America Invents Act、AIA)によって設立された審判機関です。その主な役割は、付与された特許の有効性を迅速かつ効率的に審理することにありましたが、近年、特許権者にとって不利な制度であるとの批判が高まっていました。

このような状況を受けて提案されたPREVAIL Actは、PTABにおける当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)の申立要件の厳格化や、特許無効の立証基準の引き上げなど、特許権者の保護を強化する内容となっています。Chris Coons上院議員(デラウェア州選出、民主党)は、「過去数年間、Samsung社、Apple社、Google社、Intel社、Microsoft社などの大手テクノロジー企業がPTAB申立ての約80%を占めていた」と指摘し, PTABが大企業による特許無効化の手段として利用されている現状に警鐘を鳴らしています。

しかし、この法案にはジェネリック医薬品メーカーや患者擁護団体から強い反対の声も上がっています。特に医薬品特許の無効化が困難になることで、医薬品価格の高騰を招くのではないかとの懸念が示されています。このような状況を受け、上院本会議での採決に向けて、さらなる修正が必要との意見も出ています。

2. PREVAIL Actの概要と背景

2.1 法案の目的

PREVAIL Actは、長年にわたり議論されてきたPTAB改革を実現するための包括的な法案です。その主な目的は、米国の特許制度における権利者保護を強化し、イノベーションを促進することにあります。

法案の提案理由として、議会は2011年の特許法改革による「意図せぬ結果」に言及しています。具体的には、株価を下げる目的での戦略的なPTAB申立てや、特許権者に対する嫌がらせ目的での複数回にわたる申立てなどが問題視されています。また近年、中国との技術競争が激化する中、米国の特許制度を強化する必要性も提案理由の一つとして挙げられています。

興味深いことに、この法案は以前「STRONGER Patents Act(より強力な特許法)」として提案されていましたが、一般市民や議会の関心を得られなかったという経緯があります。そこで今回、中国に対する競争力強化という観点を前面に押し出し、「PREVAIL(勝利する)」という名称に変更されました。

2.2 上院司法委員会での審議状況

上院司法委員会での審議は、特に医薬品価格への影響をめぐって激しい議論が交わされました。Amy Klobuchar議員(ミネソタ州選出、民主党)、Richard Blumenthal議員(コネチカット州選出、民主党)、Peter Welch議員(バーモント州選出、民主党)らは、患者擁護団体による特許無効の申立てが制限されることへの懸念を表明しました。

これらの懸念に対応するため、Coons議員は法案の修正案を提出しました。修正案では、非営利団体(nonprofit organization)による特許無効の申立てを明示的に認める規定が追加されています。この修正により、患者擁護団体や公益団体による医薬品特許への異議申立ての道は残されることになりました。

しかし、Josh Hawley議員(ミズーリ州選出、共和党)は、修正後も「何百万人ものアメリカ人の医薬品価格を上昇させかねない法案を支持することはできない」として反対票を投じました。電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation、EFF)やジェネリック医薬品協会(Association for Accessible Medicines)なども、修正後の法案に対して依然として強い懸念を示しています。

このような状況の中、11対10という僅差で委員会を通過した本法案は、上院本会議での採決に向けてさらなる修正が必要との見方が強まっています。また、2024年の立法期限が迫る中、本会議での審議時間の確保も課題となっています。

3. 主要な改正内容

3.1 当事者系レビュー(IPR)の申立要件の厳格化

PREVAIL Actの最も重要な変更点の一つが、IPRの申立要件の大幅な厳格化です。新法では、申立人が以下の4つの要件のいずれかを満たすことを証明し、USPTOの長官がその事実を確認することを求めています。

具体的には、申立人は以下のいずれかの要件を満たす必要があります:

  1. 特許権侵害で提訴されていること ( “[H]as been sued in a court of the United States for infringement of the challenged patent”)
  2. 特許の無効確認訴訟を提起できる法的地位を有していること ( “[W]ould have standing to bring a civil action in a court of the United States seeking a declaratory judgment of invalidity with respect to one or more claims of the challenged patent”)
  3. 免税対象の非営利組織であって特許の有効性を確認する目的のみで申立てを行うこと (“Is a nonprofit organization that (1) is exempt from taxation under section 501(a) of the Internal Revenue Code of 1986; (2) does not have any member, donor or other funding source that is, or reasonably could be accused of, infringing one or more claims of the challenged patent; and (3) is filing the petition for the sole purpose of ascertaining the patentability of the challenged claims of the patents”)
  4. 特許侵害で訴えられる可能性のある行為を現に行っているか、その意図を有していること (“Is currently engaging in, or has a bona fide intent to engage in, conduct within the United States that reasonably could be accused of infringing one or more claims of the challenged patent”)

さらに、IPR申立ての資金提供者も利害関係者(Real Party in Interest)として扱われ、将来的に同一特許に対するIPRの申立てが制限されることになります。

3.2 証明基準の引き上げ

本法案は、PTABにおける特許無効の立証基準を、現行の「証拠の優越(preponderance of evidence)」から、連邦地裁と同様の「明確かつ説得力のある証拠(clear and convincing evidence)」に引き上げることを規定しています。これにより、PTABと連邦地裁での審理基準が統一されることになります。

ただし、特許権者が訂正クレーム(substitute claims)を提案する場合には、その無効性の立証については現行の「証拠の優越」基準が維持されます。この例外規定により、特許権者は必要に応じて柔軟にクレーム範囲を調整することができます。

3.3 PTAB審判官の独立性強化

本法案は、PTAB審判官の独立性を強化するための重要な規定を含んでいます。具体的には、管理担当の審判官(Management Judge)を含む監督権限を有する者(officer who has supervisory authority)が、審判合議体の判断に対して指示を与えたり、影響を及ぼすようなコミュニケーションを取ることを禁止しています。

また、IPRの審理開始の判断に参加した審判官は、その後の特許無効の判断には参加できないという新たな制限も設けられています。これは、審理開始の判断と本案審理の独立性を確保するための措置といえます。

3.4 重複する特許無効手続の制限

本法案は、同一特許に対する複数の無効手続を制限する「単一フォーラム(single forum)」ルールを導入します。具体的には、PTABで審理が開始された場合、申立人は連邦地裁や国際貿易委員会(International Trade Commission、ITC)において同一の無効主張を維持することができなくなります

また、連続する申立て(serial petitions)についても厳しい制限が設けられます。すでに提出された、または合理的に提出可能であった先行技術や主張に基づく新たな申立ては、「例外的な状況」が示されない限り却下されることになります。

さらに、PTABでの審理開始決定後は、連邦地裁やITCでの特許無効の主張が制限され、逆に、これらの機関で特許有効の最終判決が下された後は、PTABでの審理開始が制限されることになります。

4. 産業界への影響

4.1 製薬業界への影響

PREVAIL Actに対する製薬業界の反応は、ジェネリック医薬品メーカーと新薬メーカーで大きく異なっています。ジェネリック医薬品メーカーは、IPRの申立要件の厳格化により、特許無効化の手段が制限されることを強く懸念しています。

患者擁護団体「Patients For Affordable Drugs Now」のMerith Basey事務局長は、委員会での修正は法案の根本的な問題をほとんど解決していないと指摘しています。同団体は、高額な医薬品特許を無効化する手段としてPTABが重要な役割を果たしてきたと主張しています。実際、一般市民は連邦地裁での特許無効訴訟を提起する法的地位を持たないため、PTABが唯一の特許無効化手段となっているケースも少なくありません。

4.2 ハイテク企業への影響

ハイテク業界、特に大手IT企業にとって、本法案は大きな影響を及ぼす可能性があります。Coons議員の指摘によれば、Samsung社、Apple社、Google社、Intel社、Microsoft社の5社だけで、PTABへの申立ての約80%を占めているとされています。

さらに、これらの企業の多くは、特許訴訟において複数の防御手段として、連邦地裁での無効の主張とPTABでの無効の申立てを並行して行うことが一般的でした。しかし、本法案の「単一フォーラム」ルールにより、この戦略は制限されることになります。

反対派の組織「United for Patent Reform」は、本法案がAIA法の基本的な規定を事実上無効化し、無効な特許を効率的かつ費用対効果の高い方法で評価する選択肢を米国企業から奪うものだと批判しています。

4.3 小規模発明者への配慮

小規模発明者の保護については、Ted Cruz議員(テキサス州選出、共和党)が注目すべき修正案を提出しました。この修正案は、従業員500人未満かつ年間収入約2,400万ドル以下の小規模発明者に対して、PTABでの審理を「オプトアウト(opt-out)」する権利を与えるものでした。

Cruz議員は、修正案の必要性を説明するため、有毒ガス漏れの検知方法に関する特許を取得した発明者が、大企業によってPTABで特許を無効化された事例を挙げています。しかし、この修正案は、収入制限の基準が高すぎるとの指摘を受け、委員会では否決されました。

イノベーション推進評議会(Council for Innovation Promotion)は、本法案が重複する手続きを排除し、大企業による侵害訴訟被告への不当な圧力を軽減することで、小規模企業の保護に貢献すると評価しています。一方で、米国発明者団体(US Inventor)は、CruZ議員の修正案が否決されたことを受け、Coons議員とTillis議員が発明者の利益に敵対的であると批判しています。

5. 今後の見通し

5.1 法案成立に向けた課題

PREVAIL Actの今後の行方には、いくつかの重要な課題が存在します。最も直近の課題は、2024年の立法期限までの時間的制約です。上院本会議での審議時間の確保が不透明な中、医薬品価格への影響を懸念する民主党議員らへの対応が求められています。

さらに、2025年には議会の構成が変わり、委員会のリーダーシップも交代する可能性が高いとされています。実際、本法案は過去7年間にわたり様々な形で提案されてきましたが、成立には至っていません。今回も実質的な法案の成立は2025年以降になる可能性が指摘されています。

また、医薬品価格への影響を懸念する議員らは、委員会での賛成票の条件として、本会議での採決までに更なる修正を行うことを求めています。特に、患者擁護団体やジェネリック医薬品メーカーによる特許無効の申立ての機会を確保するための規定の明確化が必要とされています。

5.2 実務への影響

本法案が成立した場合、特許実務に大きな変更が生じることが予想されます。特に、PTABと連邦地裁での並行した特許無効手続が制限されることで、訴訟戦略の見直しが必要となるでしょう。

また、IPRの申立要件の厳格化により、特許権者に対する防御手段としてのIPRの重要性が相対的に低下する可能性があります。その一方で、特許権者にとっては、より強力な権利行使が可能となることが期待されます。

USPTOには、高等教育機関の特許出願に対する超小規模事業体(micro entity)資格の拡大や、特許手数料の使途を制限する回転資金(revolving fund)の創設など、行政面での改革も求められています。これらの変更は、USPTOの運営方法にも影響を与える可能性があります。

また、IPRの申立人の利害関係者に関する情報開示の強化にも注目する必要があります。法案ではIPRの申立てに財政的に貢献した者も利害関係者として扱われることになり、将来の申立てが制限される可能性があることから、第三者による訴訟支援(litigation funding)の実務にも影響を与えることが予想されます。

6. 結論

PREVAIL Actは、PTABの審理手続を大幅に改革し、特許権者の保護を強化することを目指す包括的な法案です。IPRの申立要件の厳格化、立証基準の引き上げ、PTAB審判官の独立性強化など、重要な改正が盛り込まれていますが、医薬品価格への影響を懸念する声も根強く、上院本会議での成立には更なる修正が必要とされています。また、2024年という時間的制約や、2025年の議会構成の変更という政治的要因も、法案の行方に影響を与える可能性があります。しかし、中国との技術競争が激化する中、米国の特許制度の強化は喫緊の課題であり、本法案を巡る議論は、特許制度の在り方を再考する重要な機会となっているといえるでしょう。

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