米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が、WARF対Apple特許訴訟で画期的な判決を下しました。均等論の放棄、文言侵害と均等論侵害の「同一争点」性、Kessler理論の適用範囲拡大という3つの重要な判断により、特許訴訟の実務が大きく変わる可能性があります。本判決は、特許権者の権利行使を制限する一方で、被疑侵害者により強力な防御手段を提供しています。10年以上続いたこの訴訟の結果、複数世代の製品が関与する事案や均等論の扱いに新たな戦略が求められることになりました。特許訴訟に関わる法律実務家や企業の知財部門にとって、今後の訴訟戦略を考える上で重要な示唆を含む判決であり、知的財産法分野における転換点となる可能性を秘めています。

均等論の放棄が命取り? 10年以上も続いたWARF v. Apple事件から学ぶ新たな特許訴訟戦略

1. はじめに

1.1 事件の概要

2024年8月28日、米国の連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)は、Wisconsin Alumni Research Foundation(WARF)とApple Inc.の間で10年以上に渡って続いた特許侵害訴訟に終止符を打つ判決を下しました。この事件は、WARFが保有する並列処理コンピュータのための予測回路に関する特許(U.S. Patent No. 5,781,752、以下「’752特許」)をめぐる争いでした。CAFCは、WARFによる2つの訴訟(WARF IとWARF II)について、いずれもAppleに有利な判断を下しています。

本件の特徴は、同一の特許に基づく複数の訴訟において、被告製品の世代が異なる点にあります。WARF IではAppleのA7およびA8プロセッサが、WARF IIではA9およびA10プロセッサが侵害の対象とされました。CAFCは、これらの製品が「本質的に同じ(essentially the same)」であるとの判断を示しました。

1.2 本判決の重要性

本判決は、特許侵害訴訟における複数の重要な法理に関して、従来の解釈を拡大適用しています。特に注目すべき点として、以下の3つが挙げられます:

  1. 均等論(doctrine of equivalents)の主張放棄に関する判断
  2. 争点効(issue preclusion)の適用範囲の拡大
  3. Kessler理論(Kessler doctrine)の適用対象の拡張

まず、均等論の主張放棄については、WARFが戦略的な理由で均等論の主張を取り下げたことが、後の訴訟で均等論を主張する権利を失わせる結果となりました。これは、訴訟戦略の重要性を改めて浮き彫りにするものです。

次に、争点効の適用において、CAFCは文言侵害(literal infringement)と均等論侵害を「同一の争点(same issue)」として扱いました。この判断は、特許訴訟における争点効の適用範囲を大きく拡大するものといえます。

最後に、Kessler理論の適用に関して、CAFCは初めての判決(first judgment)以前に製造・販売された製品にも同理論を適用できるとしました。これにより、被疑侵害者の保護が強化される一方で、特許権者の権利行使の機会が制限される可能性が生じています。

本判決は、特許侵害訴訟の実務に大きな影響を与える可能性があり、特許権者と被疑侵害者の双方にとって、訴訟戦略の再考を迫るものとなっています。以下、本件の詳細な背景と判決の分析、そして実務への影響について詳しく見ていきましょう。

2. 事件の背景

2.1 ‘752特許の概要

本件の争点となった’752特許は、「並列処理コンピュータ用のテーブルベースデータ予測回路(Table Based Data Speculation Circuit for Parallel Processing Computer)」と題されています。1996年12月26日に出願され、1998年7月14日に特許が付与されました。

この特許は、コンピュータの処理速度を向上させるための技術を対象としています。具体的には、命令レベル並列(Instruction Level Parallel、ILP)処理ユニットにおいて、データの依存関係を予測し、誤った予測(mis-speculation)を検出するためのデータ予測回路を提案しています。この技術は、複数の処理ユニットで同時に命令を実行する際の効率を高めることを目的としています。

2.2 WARFとAppleの紛争の経緯

Wisconsin Alumni Research Foundation(WARF)は、ウィスコンシン大学マディソン校の知的財産管理部門です。一方のApple Inc.は、革新的な電子機器で知られる世界的なテクノロジー企業です。

両者の紛争は、2014年1月31日にWARFがAppleを相手取って特許侵害訴訟を提起したことから始まりました。WARFは、AppleのA7プロセッサに搭載されている「ロード・ストア依存予測器(Load-Store Dependency Predictor、LSD Predictor)」が’752特許を侵害していると主張しました。

訴訟の過程で、WARFは侵害の対象をA8、A9、A10プロセッサにも拡大しようとしましたが、裁判所はA7とA8のみを対象とすることを認めました。これは、A9とA10が訴訟当時まだ開発中であり、設計変更の可能性があったためです。

2.3 WARF IとWARF IIの訴訟

紛争は主に2つの訴訟に分かれて進行しました。

  1. WARF I:
  • 対象:AppleのA7およびA8プロセッサ
  • 経緯:当初、WARFは文言侵害と均等論の両方を主張していましたが、訴訟の過程で均等論の主張を取り下げました。
  • 結果:陪審は文言侵害を認めましたが、CAFCが2018年にこの判断を覆しました。
  1. WARF II:
  • 対象:AppleのA9およびA10プロセッサ
  • 経緯:WARF Iの訴訟直前に別途提起された訴訟で、均等論に基づく侵害を主張。
  • 状況:WARF Iの上訴結果を待つため、一時的に手続が停止されていました。

両方合わせて10年以上に及ぶこの法的闘争は、特許訴訟戦略の重要性と、技術の進化に伴う特許権の保護の複雑さを浮き彫りにしています。CAFCの今回の判決は、この長期に渡る紛争に最終的な決着をつけるものとなりました。

3. CAFCの判断と法的分析

3.1 均等論の主張放棄

CAFCは、WARFがWARF I訴訟において均等論(doctrine of equivalents)の主張を意図的に放棄したと判断しました。この判断の根拠は、訴訟前のWARFの戦略的決定にありました。WARFは、Appleが自社の特許出願(後のU.S. Patent No. 9,128,725)を証拠として提出しないことと引き換えに、均等論を放棄し、裁判で均等論に関する主張を一切しないことに同意していたのです。

CAFCは、この合意を「意図的な権利の放棄(intentional relinquishment)」と見なし、WARFが後になって均等論を蒸し返すことを認めませんでした。裁判所は「記録は明白だ(The record speaks for itself)」と述べ、WARFの戦略的選択が後の訴訟にも影響を及ぼすと判断しました。

この判断において、CAFCは1998年のExxon Chemical Patents, Inc. v. Lubrizol Corp.事件との違いを明確にしています。Exxon事件では、クレーム解釈の変更により均等論が重要になった場合、以前の訴訟で均等論を主張しなかったことは放棄とみなされませんでした。しかし、本件ではWARFが積極的に均等論を放棄したことが決定的でした。

この判断は、訴訟における戦略的決定が将来の法的選択肢を制限する可能性があることを示唆しており、特許権者に慎重な訴訟戦略の立案を促すものといえるでしょう。

3.2 争点効の適用と文言侵害・均等論侵害の「同一の争点」性

争点効(issue preclusion)の適用に関しても、CAFCは画期的な判断を下しました。争点効(issue preclusion)は、別名コラテラル・エストッペル(collateral estoppel)とも呼ばれ、以前の訴訟で既に決定された争点について再び訴訟を起こすことを防ぐ法理です。この争点効の問題において、裁判所は、文言侵害(literal infringement)と均等論侵害を「同一の争点(same issue)」として扱うべきだと結論付けたのです。

この判断の根拠として、CAFCは以下の点を挙げています:

  1. 両者が同じ特許法の条文(35 U.S.C. § 271(a))に基づいていること
  2. 均等論は文言侵害と「実質的に同じ(substantially the same)」機能を果たす製品をカバーすること
  3. 両者の証拠の重複が大きいこと
  4. 訴訟準備と証拠開示が両方の理論をカバーすることが合理的に期待されること

CAFCは、商標法におけるB & B Hardware, Inc. v. Hargis Industries, Inc.事件の最高裁判決を参考にしています。この判例では、「テストや要素が同一である必要はない」と述べられており、CAFCはこの考え方を特許法にも適用しました。

この判断により、特許権者が文言侵害で敗訴した後に均等論で再挑戦することが困難になります。これは、訴訟の効率性を高める一方で、特許権者の権利行使の機会を制限する可能性があります。

3.3 Kessler理論の拡大適用

Kessler理論(Kessler doctrine)の適用範囲拡大も、今回の判決において注目すべき点です。Kessler理論(Kessler doctrine)は、非侵害と判断された製品の製造者が、同じ特許権者から繰り返し訴えられることを防ぐための法理です。従来、Kessler理論は主に最初の判決後に製造・販売された製品を対象としていましたが、今回の判決で、CAFCはこの理論の適用範囲を大幅に拡大しました。

具体的には、CAFCは以下のように判断しました:

  1. Kessler理論は、第一判決以前に製造・販売された製品にも適用される
  2. この理論は、同一の被告(製造者)に対する後続の訴訟にも適用できる

CAFCは、「WARF IIは、まさにこの種の訴訟ハラスメントを表している」と述べ、Kessler理論の適用を正当化しました。この判断により、非侵害と判断された製品と「本質的に同じ(essentially the same)」製品については、たとえそれが最初の判決以前に製造・販売されたものであっても、特許権者が再び訴えを起こすことが困難になりました。

この拡大解釈は、被疑侵害者にとっては有利に働く一方で、特許権者の権利行使を制限する可能性があります。特に、技術の進化が速い分野では、製品の世代を超えた特許紛争が複雑化する可能性があります。

CAFCのこれらの判断は、特許訴訟における判決済みの事項(res judicata)の範囲を大幅に拡大するものであり、特許権者と被疑侵害者の双方に大きな影響を与えることになりそうです。特に、製品の世代を超えた特許紛争や、複数の訴訟戦略を検討する際には、この判決を十分に考慮する必要があるでしょう。

4. 本判決の実務への影響

4.1 特許権者にとっての留意点

本判決は、特許権者にとって訴訟戦略の再考を迫るものとなりました。特に以下の点に注意が必要です:

1. 均等論の慎重な取り扱い: 均等論の主張を安易に取り下げることは避けるべきです。WARFのように戦略的な理由で均等論を放棄すると、後の訴訟で均等論を主張する機会を失う可能性があります。訴訟の初期段階から、文言侵害と均等論の両方を視野に入れた戦略立案が求められます。

2. 複数世代の製品に対する訴訟戦略: 「本質的に同じ」製品に対する後続の訴訟が困難になる可能性があります。そのため、最初の訴訟で可能な限り広範な製品を対象とすることを検討すべきでしょう。また、製品の世代間の技術的差異を慎重に分析し、「本質的に同じ」とみなされない根拠を準備することも重要です。

3. 訴訟時期の検討: Kessler理論の拡大適用により、非侵害判決を受けた製品と類似の製品に対する後続の訴訟が困難になります。そのため、訴訟を提起するタイミングと対象製品の選択には、より慎重な判断が求められます。

4. 証拠開示(ディスカバリー)への対応: 文言侵害と均等論が「同一の争点」とみなされる可能性があるため、初期の証拠開示段階から両方の理論に関連する情報を収集・提示することが重要になります。

5. 和解交渉への影響: 本判決により、特許権者の交渉力が低下する可能性があります。特に、複数世代の製品が関与する事案では、包括的な和解を検討する必要があるかもしれません。

4.2 被疑侵害者にとっての戦略的意義

一方、被疑侵害者にとっては、本判決は有利に働く可能性があります:

1. 非侵害判決の価値向上: 一度非侵害判決を勝ち取れば、類似の後続製品についても保護される可能性が高まりました。そのため、最初の訴訟での勝訴により重点を置いた戦略が有効になるでしょう。

2. 均等論への対応: 特許権者が均等論を放棄した場合、それを記録に残すことが重要です。将来の訴訟で均等論が蒸し返された際に、この放棄を根拠に争うことができます。

3. 製品の類似性の主張: 後続製品が訴訟対象となった場合、先行製品との「本質的な同一性」を積極的に主張することで、Kessler理論の適用を求めることができます。これにより、特許権者の再度の訴訟提起を阻止できる可能性があります。

4. 争点効の活用: 文言侵害で勝訴した場合、均等論に基づく後続の訴訟も争点効により阻止できる可能性が高まりました。これにより、より包括的な勝訴が可能になります。

5. 和解交渉での優位性: 本判決により、被疑侵害者の交渉力が向上する可能性があります。特に、複数世代の製品が関与する事案では、有利な条件での和解を求めることができるかもしれません。

5. 結論

本判決は、特許訴訟における排除法理を大きく拡大し、特許権者と被疑侵害者の双方に重要な影響を与えています。均等論の主張放棄、文言侵害と均等論侵害の「同一の争点」性、そしてKessler理論の適用範囲拡大という3つの主要な判断は、特許訴訟の戦略立案に新たな視点をもたらしました。特許権者にとっては権利行使の機会が制限される一方、被疑侵害者はより強力な防御手段を得たと言えます。この判決を受けて、両者は訴訟戦略を慎重に再考し、新たな法的環境に適応していく必要があるでしょう。特に、複数世代の製品が関与する事案や、均等論の扱いについては、これまで以上に戦略的な判断が求められることになります。結果として、この判決は特許訴訟の実務に長期的かつ広範な影響を与えることが予想され、知的財産法の分野における重要な転換点となる可能性を秘めています。

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