1. はじめに
人工知能(AI)技術の急速な発展は、私たちの生活のあらゆる面に変革をもたらしています。特許法もその例外ではありません。特に注目すべきは、AIが「先行技術」と「当業者(Person Having Ordinary Skill In The Art: PHOSITA)」という2つの重要な概念に与える影響です。これらの概念は、発明の新規性や進歩性を判断する上で極めて重要な役割を果たしてきました。
AIの登場により、これらの概念の従来の解釈が大きく変わろうとしています。例えば、AIが生成した膨大な量の情報が先行技術として認められるべきかどうか、AIツールを使用する能力が当業者の技能水準をどのように変えるのか、といった問題が浮上しています。
このような状況を受けて、米国特許商標庁(USPTO)は2024年4月30日、AIが特許法に与える影響についてパブリックコメントを募集しました。これは、AIがもたらす課題に対して、特許制度がどのように適応していくべきかを模索する重要な一歩といえるでしょう。
本記事では、AIが特許法、特に先行技術と当業者の概念にどのような影響を与えるのか、そしてそれに伴う法的・実務的な課題について詳しく解説します。さらに、特許実務家や出願人が取るべき戦略についても考察します。
2. AI時代における先行技術の変容
従来、先行技術とは、特許出願前に公知となった発明や技術を指していました。しかし、AIの登場により、この定義が揺らぎ始めてきています。ここではAI時代における先行技術の変容として3つの大きな流れを紹介します。
2.1. AI生成による開示
AIによる自動生成技術の進歩は目覚ましく、膨大な量の技術的開示を瞬時に生み出すことが可能になりました。実際に、AIを活用して何百万もの技術的開示を自動生成し、将来の特許取得を阻止することを明確な目的としたサービスも登場しつつあります。
こうしたAI生成による開示は、人間が精査や検証を行っていないにもかかわらず、先行技術として認められるべきなのでしょうか?この問いは、特許制度の根幹に関わる重要な課題となっています。
2.2. 拡大する検索能力
AIを活用した検索ツールの性能向上も、先行技術の概念に大きな影響を与えています。語句の意味を解釈する検索エンジン技術であるセマンティック検索の精度がAIの活用で大幅に向上し、今では、多くの特許検索ツールで「同様の特許」(similar patents) を探すことが1つのボダンでできるようになっています。これらのツールは、人間をはるかに超える速度と精度で、様々な言語で書かれた膨大な技術情報を検索することができます。
その結果、従来の方法では発見が困難だった曖昧な先行技術も容易に見つけられるようになりました。つまり、「公知」の範囲が大幅に拡大しているのです。これにより、より発明の特許性を担保することが難しくなる可能性があります。
2.3. 予測能力と分野横断的知識
さらに注目すべきは、AIの予測能力と分野横断的な知識の活用です。AIシステムは既存のデータやトレンドを分析し、将来の技術開発を予測することができます。この能力は、「予測可能な」発明の範囲を広げ、進歩性の判断基準に影響を与える可能性があります。
また、AIは異なる技術分野間の非自明な関連性を見出すことができます。これにより、「類似する先行技術」の範囲が拡大し、USPTOによる自明性の判断に影響を与える可能性があるのです。
このように、AI時代における先行技術の概念は、従来の枠組みを大きく超えて変容しつつあります。特許制度がこの変化にどう対応していくのか、今後の動向に注目が集まっています。
3. 法的および実務的課題
前章で述べたAIによる先行技術の変容は、特許制度に重大な法的・実務的課題を突きつけています。AIによる大量の技術開示、高度な検索能力、予測技術は、「発明」の定義や特許性の判断基準に大きな影響を与えています。本章では、AI生成発明の特許性、情報過多と検証可能性、そしてAI生成コンテンツの品質評価という3つの主要課題を分析し、AI時代における特許制度の適応策を探ります。
3.1. AIが生成した発明や開示の先行技術性
AIが生成した発明や開示を先行技術として扱うべきかという問題は、特許法に新たな課題を投げかけています。現行の米国特許法は主に人間の発明者を想定していますが、AIの急速な発展により、この前提が揺らぎつつあります。
特に注目すべきは、AIシステムが完全に自律的に生成した開示の扱いです。人間の貢献がほとんどない、あるいは全くないAI生成の情報が、特許の有効出願日より前に公衆にアクセス可能であった場合、これを先行技術として認めるべきでしょうか?
この問題は、発明の新規性や非自明性の判断に大きな影響を与える可能性があります。AIが生成した膨大な量の情報を全て先行技術として認めると、人間の創造性に基づく発明の特許取得が困難になる恐れがあります。一方で、これらの情報を完全に無視すれば、特許制度の目的である技術革新の促進が阻害される可能性もあります。
したがって、AIが生成した発明や開示の先行技術性をどのように評価し、特許制度に組み込んでいくかは、今後の重要な検討課題となるでしょう。この問題は、特許法における「先行技術」の定義そのものを再考する必要性を示唆しているのかもしれません。
3.2. 情報過多と検証可能性
AIシステムによって生成される膨大な量の潜在的先行技術は、特許審査官や実務家にとって大きな課題となっています。この情報の洪水は、徹底的な先行技術調査を困難にし、関連する文献を見落とすリスクを高めています。
さらに、AI生成の開示が実際に特定の日付で公衆にアクセス可能であったかどうかを検証することも、困難な課題となっています。AIが情報を生成・公開するスピードは非常に速いため、発明から特許出願までの短い期間に関連する先行技術が生成され公開されるケースも考えられます。
このような状況は、優先権の判断を複雑にし、特許の有効性に関する不確実性を増大させる可能性があります。また今まででは考えられなかったスピードで情報が増えていく中で、検証可能性の問題は、特許制度の信頼性を揺るがす恐れがあり、早急な対応が求められています。
3.3. 品質と関連性
AI生成コンテンツの全てが高品質で関連性の高いものとは限りません。AI生成の開示の中から、意味のある先行技術と「ノイズ」を区別することは、重要な課題となっています。
米国特許法第102条の下では、AI生成の開示も先行技術として認められる可能性がありますが、これらの開示は「曖昧で技術的に不十分であり、有用な技術の進歩を促進しない」(obscure, ambiguous, and technically deficient and do nothing to promote the progress of useful arts) 可能性が高いという指摘もあります。
さらに、先行技術に適用される「実施可能性の推定」(presumption of enablement) の問題もあります。この推定は、先行技術として認められる文書が、当業者がその開示内容を実施できるだけの十分な情報を提供しているという前提に基づいています。しかし、AI生成の開示にこの推定を適用することの妥当性については、議論の余地があります。
この推定により、特許出願人が先行技術の完全性や適用可能性を争うことが困難になる可能性があります。CAFCは、この推定は説得力のある証拠によって反証できるとしていますが、実際にはこれは困難な課題となっています。
これらの課題に対処するためには、AI生成コンテンツの品質と関連性を適切に評価する新たな基準や方法論の開発が必要となるでしょう。特許制度の信頼性と有効性を維持しつつ、技術革新を促進するバランスをどのように取るか、慎重な検討が求められています。
4. USPTOのパブリックコメント募集
このようなAIが特許法に与える影響の重要性を認識し、米国特許商標庁(USPTO)は2024年4月30日、この問題に関するパブリックコメントを募集しました。この取り組みは、AIがもたらす課題に対して特許制度をどのように適応させるべきかを検討する上で、重要な一歩となります。
4.1. 主要な質問事項
USPTOが提示した質問は多岐にわたりますが、特に注目すべき点がいくつかあります。
まず、AI生成の開示が米国特許法第102条に基づく先行技術として認められるかどうか、そしてその判断が人間の関与の度合いによって変わるべきかという問いがあります。これはAIが生成した情報の法的地位を明確にする上で極めて重要です。
次に、AI生成の先行技術の膨大な量をどのように扱い、特許審査にどのような影響を与えるかという問題があります。情報過多が特許の質や審査の効率性にどのような影響を及ぼすかを考慮する必要があります。
さらに、従来の先行技術に適用されてきた「実施可能性の推定」をAI生成の開示にも適用すべきかという問いもあります。この問題は、AI生成情報の信頼性と有用性を評価する上で重要な意味を持ちます。
また、AIが先行技術の評価にどのような影響を与えるか、特に米国特許法第103条に基づく自明性の判断や、当業者(PHOSITA)の分析にどのような影響があるかという点も問われています。
最後に、これらの問題に対処するために、USPTOが新たな審査ガイダンスを発行すべきか、あるいは法律の改正が必要かという点も重要な質問事項となっています。
4.2. ステークホルダーの反応
パブリックコメントに対するステークホルダーの反応は様々です。
多くのコメントは、特許システム内でのAI技術の使用に対して慎重な姿勢を示しています。AIがもたらす不確実性や、人間の創造性が軽視される可能性への懸念が表明されています。
一方で、AIの積極的な活用を支持する意見もあります。これらの意見は、AI技術が今後広く使用されることは避けられないとし、現行の特許法の枠組みはAIがもたらす課題に対応できる柔軟性を持っていると主張しています。したがって、法改正は不要であるとの見方です。
しかし、AI生成の開示、特に人間のレビューを経ていないものを全て「実施可能性が推定される先行技術」として扱うことは、不当に特許性のハードルを上げることになるという懸念も示されています。
興味深いのは、AIによる先行技術調査の自動化がもたらす効率性向上については、広く認識されている点です。これは特許出願人と審査官の双方にメリットをもたらす可能性があります。
このように、AIが特許法に与える影響についての見解は分かれていますが、多くのステークホルダーがこの問題の重要性を認識し、活発な議論が行われていることは明らかです。USPTOは今後、これらの意見を慎重に検討し、適切な対応を図っていくことが期待されます。
5. AIが当業者(PHOSITA)に与える影響
USPTOのパブリックコメントでも触れましたが、AIの浸透における先行技術の変化は同時に当業者の概念の変革をもたらす可能性があります。当業者(Person Having Ordinary Skill In The Art: PHOSITA)の概念は、特許法において極めて重要な役割を果たしてきました。しかし、AI技術の急速な発展により、この概念も大きな変革を迫られています。
5.1. PHOSITAにおける「人」の再定義
従来、PHOSITAは人間を前提としていましたが、AI時代においてこの定義は再考を迫られています。
「人」とは必ずしも自然人に限定されるべきでしょうか?企業の法人格が認められているように、AIをPHOSITAの一部として考えることも可能かもしれません。しかし、そうなると「通常の技能」の基準が大きく変わる可能性があります。
AIの能力は人間をはるかに超える可能性がありますが、それを「通常」とみなすべきでしょうか。この問いに対する答えは、発明の非自明性の判断に大きな影響を与えることになります。
5.2. PHOSITAのツールとしてのAI
より現実的なアプローチとして、AIをPHOSITAのツールとして捉える見方があります。
歴史的に見ても、技術の進歩に伴って当業者の技能レベルは向上してきました。例えば、コンピュータの登場により、ソフトウェア分野の当業者の能力は大きく変化しました。
同様に、AI技術が普及すれば、それを使いこなす能力もPHOSITAの「通常の技能」に含まれるようになるかもしれません。この場合、特許性の判断基準も自然と変化していくことになるでしょう。
5.3. 自明性判断への影響
AIがPHOSITAの能力に含まれるとすると、自明性の判断基準は大きく変わる可能性があります。
例えば、AIの強力な検索能力により、「類似する先行技術」の範囲が大幅に拡大するかもしれません。従来は別々の技術分野とされていたものが、AIによって容易に結びつけられるようになるかもしれません。
また、KSR事件で示された「自明性」の判断基準(「試みる価値がある」など)も、AI時代には再解釈が必要になるかもしれません。AIの予測能力が高まれば、「成功の合理的な期待」の基準も変わってくるでしょう。
さらに、商業的成功や長年解決されなかったニーズの充足など、非自明性の客観的な証拠の評価にも影響が及ぶ可能性があります。
5.4. 実施可能要件と明細書記載要件への影響
AIの能力は、特許の実施可能要件や明細書記載要件にも影響を与える可能性があります。
例えば、In re Wands事件で示された実施可能要件の判断要素(当業者の技能レベル、必要な実験の量など)は、AIの能力を考慮すると再評価が必要かもしれません。AIを使用すれば、従来は「過度の実験」とされた範囲でも、容易に実施できるようになる可能性があるからです。
また、明細書の記載要件についても、AIの理解力や推論能力を考慮すると、必要とされる開示の程度が変わる可能性があります。AIが少ない情報から多くの推論を行えるのであれば、現在よりも簡潔な記載でも十分と判断される可能性があります。
一方で、AIの能力を前提とすることで、人間の発明者に過度の負担をかけることにならないよう、慎重な配慮も必要でしょう。
このように、AIがPHOSITAに与える影響は多岐にわたり、特許制度の根幹に関わる重要な問題を提起しています。これらの課題に対して、バランスの取れた解決策を見出すことが、今後の特許法の大きな課題となるでしょう。
6. 特許審査とガイダンスへの影響
AIの台頭は、特許審査のプロセスとそのガイダンスに大きな変革をもたらす可能性があります。USPTOをはじめとする特許庁は、この新しい技術的現実に対応するため、既存の枠組みの見直しを迫られています。
6.1. 審査ガイドラインの潜在的な更新
特許審査官が日々の業務で参照する審査ガイドラインは、AIの影響を反映して大幅な更新が必要となるでしょう。
まず、先行技術の検索と評価に関するガイドラインの見直しが急務です。AI生成の情報をどのように扱うべきか、その信頼性や関連性をどのように判断するかについて、明確な指針が必要となります。例えば、AI生成情報に対しては、人間が作成した情報とは異なる評価基準を設けるべきかもしれません。
次に、発明の非自明性の判断基準も再考が必要です。AI技術を使用する当業者の能力をどのように想定するか、AIによる予測や推論をどこまで「自明」とみなすかなど、新たな指針が求められます。
さらに、明細書の記載要件に関するガイドラインも更新が必要かもしれません。AI技術を前提とした場合、どの程度の詳細さが必要か、あるいは逆に、過度に詳細な記載を避けるべきかなどの判断基準を示す必要があるでしょう。
これらの更新には、特許庁内部の議論だけでなく、産業界や学術界を含む幅広いステークホルダーの意見を取り入れることが重要です。パブリックコメントの募集や公聴会の開催など、オープンな議論のプロセスを通じて、バランスの取れたガイドラインの策定が期待されます。
6.2. 法改正の検討事項
審査ガイドラインの更新だけでは対応しきれない課題も多く、法改正の必要性も検討されています。
最も根本的な問題は、特許法における「発明者」の定義です。現行法では人間の発明者を前提としていますが、AI技術の発展に伴い、この定義の見直しが必要になる可能性があります。例えば、AI支援による発明や、AIが主体的に行った発明をどのように扱うかという問題に対応するため、法改正が必要になるかもしれません。
また、先行技術の定義についても再考が必要かもしれません。AI生成情報を先行技術として認めるかどうか、認める場合にはどのような条件を付すかなど、法律レベルでの明確化が求められる可能性があります。
さらに、特許の有効期間についても議論の余地があります。AI技術の急速な発展により、技術の陳腐化のスピードが加速する可能性があります。これに対応して、特定の技術分野では特許の有効期間を短縮するなど、柔軟な制度設計が必要になるかもしれません。
非自明性の判断基準についても、法改正の検討が必要かもしれません。現行法の枠組みでは、AI時代の発明の評価に十分に対応できない可能性があります。例えば、AI技術を使用した場合の「予測可能性」をどのように評価するかなど、新たな基準の導入が検討される可能性があります。
これらの法改正の検討にあたっては、国際的な調和も重要な課題となります。AI技術の影響は世界中で同時に起こっているため、各国の特許制度の間で大きな乖離が生じないよう、国際的な議論と協調が必要不可欠です。
特許制度は技術革新を促進し、公衆に利益をもたらすことを目的としています。AI時代においてもこの目的を達成するため、慎重かつ柔軟な法改正の検討が求められているのです。
7. 特許実務家と出願人のための戦略
AI時代の特許実務は、従来とは異なる課題と機会をもたらしています。特許実務家や出願人は、この新しい環境に適応するための戦略を練る必要があります。以下に、AI時代における効果的な特許戦略のポイントをまとめました。
7.1. 包括的な先行技術調査
AI技術を活用した先行技術調査は、もはや選択肢ではなく必須となっています。人間の能力だけでは、増え続ける技術情報を網羅的に調査することは不可能です。
そこで、AI搭載の検索ツールを積極的に活用しましょう。これらのツールは、従来の検索方法では見つけにくかった関連技術も発見してくれます。例えば、異なる技術分野間の意外なつながりを見出すこともあるでしょう。
ただし、AI検索ツールの結果を鵜呑みにせず、人間の専門知識と組み合わせて評価することが重要です。AI検索ツールの特性や限界を理解し、得られた結果を批判的に分析する能力が求められます。
7.2. 詳細な発明開示
AI時代においては、発明の開示をより詳細に行うことが重要になります。なぜなら、AIによる情報生成能力が高まる中、「当業者が容易に実施できる程度」の基準が変わる可能性があるからです。
特許明細書では、発明の背景や技術的課題、解決手段を従来以上に丁寧に説明しましょう。特に、AI技術を利用した発明の場合、使用したAIモデルの種類、学習データの特徴、AIの出力結果の解釈方法など、技術的詳細を可能な限り記載することが望ましいです。
また、発明の実施例も複数のバリエーションを示すことが有効です。AIによる改変や最適化の可能性を考慮し、発明の範囲を適切にカバーできるよう工夫しましょう。
一方で、過度に広範な権利範囲を主張することは避けるべきです。AI時代には、発明の予測可能性が高まる可能性があるため、明細書の記載と権利範囲の間のバランスが一層重要になります。
7.3. 迅速な出願と防衛的公開
AI技術の進歩により、技術開発のスピードが加速しています。そのため、発明が生まれたら速やかに特許出願することが、これまで以上に重要になっています。
特に、AI生成による類似の発明が短期間で大量に生み出される可能性を考慮すると、「出願ファースト」の姿勢が求められます。発明の基本概念が固まった段階で仮出願を行い、その後詳細を追加していく戦略も効果的でしょう。
また、全ての発明を特許出願する必要はありません。戦略的に重要でない発明や、権利化にコストがかかりすぎる発明については、防衛的公開を検討しましょう。
防衛的公開の方法としては、自社のウェブサイトでの技術情報の公開や、専門的な技術公開プラットフォームの利用などがあります。これにより、他者による特許取得を阻止しつつ、自社の技術開発の自由度を確保することができます。
7.4. 人間の貢献の文書化
AI支援による発明が増える中、人間の発明者の貢献を明確に文書化することが極めて重要になっています。
発明プロセスの各段階で、人間の発明者がどのような判断や創造的な貢献を行ったかを詳細に記録しましょう。例えば、問題設定、AIツールの選択と設定、AIの出力結果の解釈と評価、最終的な発明の具体化など、人間の関与が重要な局面を特定し、文書化します。
この文書化は、将来的に発明者性や特許の有効性が問われた際の重要な証拠となります。また、AI支援による発明のプロセスを明確にすることで、特許出願時の記載要件を満たすのにも役立ちます。
さらに、AI技術の利用と人間の創造性のバランスを示すことで、AI時代における人間の発明者の重要性を強調することもできるでしょう。
これらの戦略を適切に組み合わせることで、AI時代の特許実務における課題に効果的に対応し、イノベーションを適切に保護することが可能になります。ただし、技術と法制度の急速な変化に常に注意を払い、戦略を柔軟に調整していく必要があることを忘れてはいけません。
8. 今後の展望
AIが特許法に与える影響は、今後さらに深まっていくことが予想されます。法律家、技術者、そして政策立案者たちは、この変化に対応するための準備を進めています。ここでは、今後予想される展開について考察してみましょう。
8.1. 潜在的な法改正と裁判所の解釈
特許法の根幹を揺るがすAIの影響に対し、立法府と司法府はどのように対応するのでしょうか。
まず、立法府の動きに注目が集まっています。USPTOは現在、AIが特許法に与える影響についてのパブリックコメントを分析中です。この結果を踏まえ、特許法改正の必要性が議論されることになるでしょう。改正の焦点となりそうな項目としては、「発明者」の定義、AI生成情報の先行技術性、そして特許の有効期間などが挙げられます。
例えば、「発明者」の定義に関しては、AI支援による発明をどのように扱うか、明確なガイドラインが必要となるかもしれません。また、AI生成情報を先行技術として認める場合、その条件や範囲を法律で明確に規定する可能性もあります。
一方、司法府の役割も重要です。新しい法律が制定されるまでの間、裁判所がどのようにAIに関連する特許事件を解釈するかが注目されます。特に、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の判断は、実務に大きな影響を与えるでしょう。
例えば、AIを使用した発明の非自明性をどのように判断するか、AI生成情報の信頼性をどのように評価するかなど、裁判所の判断が先例となり、実務の指針となる可能性があります。また、AI技術の進歩に伴い、「当業者」(PHOSITA)の定義も変化する可能性があり、この点についての裁判所の解釈も重要です。
法改正と裁判所の解釈は相互に影響し合いながら、AI時代の特許法の枠組みを形作っていくことでしょう。この過程では、技術の急速な進歩と法的安定性のバランスをどのように取るかが大きな課題となります。
8.2. AIを活用した特許審査
特許庁におけるAI活用は、すでに始まっています。USPTOは2020年からAIを特許評価プロセスに導入し始めており、今後さらなる展開が期待されます。
AIを活用した特許審査の最大のメリットは、効率性の向上です。例えば、先行技術調査にAIを用いることで、人間の審査官では見落としがちな関連技術も漏れなく発見できる可能性があります。また、言語の壁を超えた国際的な特許文献の調査も、AIならば容易に行えるでしょう。
さらに、AI技術を使用して特許分類を自動化したり、類似特許の検出を行ったりすることで、審査の一貫性と品質の向上も期待できます。これにより、より適切かつ迅速な特許付与が可能になるかもしれません。
ただし、AIを活用した特許審査には課題もあります。例えば、AI利用により特許拒絶の数が増加する可能性があります。これは、AIがより広範囲の先行技術を発見する能力を持つためです。このバランスをどう取るかは、今後の重要な検討課題となるでしょう。
また、AI審査システムの透明性と説明可能性の確保も重要です。なぜその特許が認められたのか、あるいは拒絶されたのか、AI判断の根拠を人間が理解し説明できることが必要です。
さらに、AI審査システムの公平性や、データバイアスの問題も考慮する必要があります。特定の技術分野や地域に偏ったデータセットを使用すると、不公平な審査結果につながる可能性があるためです。
これらの課題を克服しつつ、AIを活用した特許審査を進めていくことで、特許制度の効率性と品質が大幅に向上する可能性があります。そして、それは究極的には、イノベーションの促進と社会の発展につながるでしょう。
AI時代の特許法と特許審査の未来は、まさに今、形作られつつあります。技術と法、そして人間の英知の調和により、より良い知的財産制度が築かれていくことを期待しましょう。
9. おわりに
AIが特許法に与える影響は、私たちが想像する以上に広範囲で深遠なものです。先行技術の概念から当業者(PHOSITA)の定義、そして特許審査のプロセスに至るまで、特許制度のあらゆる側面がAIによって変革される可能性を秘めています。しかし、この変化を恐れるのではなく、むしろ特許制度をより効率的で時代に即したものに進化させる絶好の機会として捉えるべきでしょう。AI技術を適切に活用することで、より質の高い特許の創出とイノベーションの加速が期待できます。同時に、人間の創造性の価値が失われるわけではなく、むしろAI時代だからこそ、人間ならではの洞察力や創造性がより一層重要になるかもしれません。