米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)は2024年6月12日、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」)における決定の発行前内部回覧と審査(pre-issuance internal circulation and review of decisions)に関する最終規則を発表しました。この規則は、PTABの決定プロセスの一貫性、明確性、そしてオープン性を促進することを目的としています。
規則発表の背景
近年、PTABの決定プロセスにおける透明性と判事の独立性に関する懸念が高まっていました。特に、2022年12月に発表された米国政府説明責任局(Government Accountability Office、GAO)の報告書では、PTAB判事の多くが USPTO の上級管理職による監督が自身の独立性に影響を与えていると感じていることが明らかになりました。
これらの懸念に対応するため、USPTOは2022年5月に暫定的なプロセスを導入し、その後、パブリックコメントの募集や規則制定案の公表を経て、今回の最終規則の発表に至りました。
規則の目的
この最終規則の主な目的は以下の通りです:
- PTAB判事の司法の独立性を保護すること
- 決定プロセスの透明性を向上させること
- PTAB手続きの一貫性を維持すること
- 知的財産エコシステム全体の健全性を促進すること
この新しい規則は、PTABの決定プロセスに関与する全ての関係者にとって重要な指針となり、特許システムの信頼性と効率性の向上に寄与することが期待されています。
最終規則の主要な規定
USPTOが発表した最終規則は、PTAB(特許審判部)の決定プロセスの透明性と一貫性を高めつつ、判事の独立性を強化することを目指しています。以下に、この規則の主要な規定を詳しく見ていきます。
PTAB パネルの独立性強化
最終規則は、PTAB パネルの独立性を強化するための重要な措置を定めています:
- 上級管理職の関与禁止:USPTO長官、副長官、特許局長、商標局長は、PTABパネルの決定発行前の意思決定過程に直接的にも間接的にも関与することを禁じられます。
- PTAB管理職判事と外部職員の関与制限:PTAB管理職判事や USPTO の外部職員は、パネルメンバーから要請がない限り、パネルの意思決定に関与することはできません。これらの職員がパネルのメンバーである場合は例外とされます。
- パネリングの独立性:USPTO長官は、パネル決定の発行前に特定の手続きのパネリングや再パネリングを指示したり影響を与えたりすることが禁止されます。ただし、長官は手続き全般に関するパネリング指針を発行することは可能です。
これらの規定により、PTABパネルは外部からの不当な影響を受けることなく、独立して決定を下すことができるようになります。
任意の回覧・審査プロセス
最終規則は、決定の回覧と審査プロセスを任意のものとし、パネルの裁量を尊重しています:
- 回覧判事プール(CJP)の任意化:以前は特定の種類の決定について CJP への回覧が義務付けられていましたが、新規則ではすべての決定について回覧が任意となります。
- フィードバックの採用は任意:パネルが受け取ったフィードバックの採用は完全に任意であり、パネルの裁量に委ねられます。
- 管理職判事の関与制限:決定発行前の内部回覧と審査に関する追加手続きが確立された場合でも、管理職判事はこのような審査に直接的にも間接的にも参加することはできません。
これらの規定により、パネルは必要に応じて他の判事からの意見を求めることができる一方で、最終的な決定の責任はパネル自身が負うことが明確になります。
適用法令・ガイドラインの遵守
最終規則は、PTAB の決定が適用される法令やガイドラインに準拠することを要求しています:
- 法令等への準拠:PTAB の決定は、適用されるすべての法令、規則、拘束力のある判例法、および USPTO の書面による方針やガイダンスに準拠することが期待されます。
- 拘束力のある方針・ガイダンスの公開:PTAB パネルを拘束するすべての方針とガイダンスは、書面で作成され、公開されなければなりません。
- 透明性の確保:この規定により、PTAB の決定プロセスの透明性が高まり、関係者はパネルが従うべき基準を明確に理解することができます。
これらの規定は、PTAB の決定が一貫性を持ち、予測可能性が高まることを保証するものです。同時に、すべての関連する法的基準が公開されることで、特許システムの透明性と公平性が向上することが期待されます。
最終規則のこれらの主要な規定は、PTAB の独立性、透明性、一貫性を大幅に強化するものであり、米国特許システム全体の信頼性向上に寄与するものと考えられます。
従来の手続きからの変更点
USPTOが発表した最終規則は、PTABの決定プロセスに関していくつかの重要な変更をもたらしました。以下に、従来の手続きからの主な変更点を詳しく見ていきます。
特定の決定タイプに対する必須回覧の廃止
最終規則は、特定の決定タイプに対する必須回覧を廃止し、すべての決定について回覧を任意としました。従来の必須回覧対象として、2022年5月に導入された暫定プロセスでは、回覧判事プール(CJP)への回覧が義務付けられていた決定タイプがありました。これには、米国発明法(AIA)に基づく審理開始決定、AIAに基づく最終書面決定、AIAに基づく再審理決定、当事者系再審査の審判請求決定、指定されたカテゴリーの査定系審判請求、査定系再審査審判請求、および再発行審判請求の決定、さらに連邦巡回控訴裁判所(CAFC)からの差戻し後のすべてのPTAB決定が含まれていました。
新規則では、これらの決定タイプを含むすべての決定について、CJPへの回覧が任意となりました。パネルは必要に応じて他の判事からの意見を求めることができますが、それは義務ではありません。この変更により、PTABパネルの自律性が高まり、決定プロセスの効率化が期待されます。
PTAB標準業務手順9(現SOP3)の更新
USPTOは、CAFCからの差戻し案件に関する標準業務手順(SOP)を更新しました。
- 旧SOP9の廃止:以前のSOP9では、CAFCから差し戻された案件について、PTAB判事がPTAB管理職と議論することが要求されていました。
- 新SOP3の導入:新しいSOP3では、差戻し案件に関するPTAB管理職との必須の議論要件が廃止されました。これにより、パネルの独立性が強化され、差戻し案件の処理における判事の裁量が拡大しました。
この変更は、CAFCからの差戻し案件に対するPTABの対応をより柔軟かつ効率的にすることを目指しています。
SOP4手続きの規制化
最終規則は、2023年10月に発表されたSOP4の主要な側面を規制として成文化しました。
- SOP4の法的位置づけ:SOP4は、以前は内部ガイドラインとしての位置づけでしたが、最終規則によりその主要な側面が法的拘束力を持つ規制となりました。
- 規制化された主な内容:パネルの独立性に関する規定、回覧・審査プロセスの任意性、適用法令・ガイドラインの遵守に関する要件
- 透明性と予測可能性の向上:SOP4の主要部分を規制化することで、PTABの決定プロセスの透明性と予測可能性が高まることが期待されます。
これらの変更点は、PTABの決定プロセスを根本的に変革するものであり、特許審判システムの信頼性と効率性の向上に寄与すると考えられます。パネルの独立性強化、プロセスの柔軟化、そして手続きの透明性向上により、PTABはより公正かつ効果的な判断を下すことが可能になるでしょう。
これらの変更は、特許権者、特許出願人、そして特許実務家にとって重要な意味を持ちます。PTABの決定プロセスに対する理解を深め、必要に応じて戦略を調整することが、今後ますます重要になると考えられます。
最終規則の根拠と目標
USPTOが発表した最終規則は、PTABの決定プロセスを改善し、米国の特許システム全体の信頼性を高めることを目指しています。以下に、この規則の主要な根拠と目標を詳しく見ていきます。
PTAB判事の司法の独立性の保護
最終規則の最も重要な目標の一つは、PTAB判事の司法の独立性を強化することです。
- 外部からの影響の排除:USPTO長官やその他の上級管理職が、パネルの決定に直接的または間接的に関与することを禁止しています。これにより、判事は外部からの不当な圧力や影響を受けることなく、法律と事実に基づいて独立した判断を下すことができます。
- 判事の自律性の尊重:決定の回覧や他の判事からのフィードバックの採用を任意としたことで、パネルの自律性が高まりました。判事は必要に応じて他の意見を求めることができますが、最終的な決定はパネル自身の責任で行うことができます。
この独立性の強化は、PTABの決定の公平性と信頼性を高め、特許システム全体の健全性に寄与することが期待されます。
USPTO手続きの透明性向上
最終規則は、PTABの決定プロセスの透明性を大幅に向上させることを目指しています。
- 決定プロセスの明確化:規則は、決定の回覧や審査のプロセスを明確に定義し、公開しています。これにより、特許権者や出願人は、PTABの決定がどのようにして形成されるかをより良く理解することができます。
- 適用基準の公開:PTABパネルを拘束するすべての方針とガイダンスを書面で作成し、公開することを義務付けています。これにより、関係者は判断の基準を事前に知ることができ、予測可能性が向上します。
透明性の向上は、USPTOの手続きに対する信頼を高め、特許システムの公正性に対する認識を改善することにつながります。
PTAB手続きの一貫性維持
最終規則は、PTAB手続きの一貫性を維持しつつ、柔軟性も確保することを目指しています。
- 法令等への準拠:PTABの決定が適用されるすべての法令、規則、判例法、およびUSPTOの方針に準拠することを要求しています。これにより、異なるパネル間での判断の一貫性が保たれることが期待されます。
- 柔軟な回覧プロセス:回覧プロセスを任意としたことで、複雑な案件や新しい法的問題を含む案件について、必要に応じて他の判事の意見を求めることができます。これにより、一貫性を維持しつつ、個々の案件の特性に応じた柔軟な対応が可能になります。
手続きの一貫性維持は、特許システムの予測可能性を高め、関係者の法的安定性を確保することにつながります。
知的財産エコシステムの健全性促進
最終的に、この規則は知的財産エコシステム全体の健全性を促進することを目指しています。
- イノベーションの促進:公正で予測可能な特許審判システムは、発明者や企業に安心してイノベーションに取り組む環境を提供します。
- 国際競争力の強化:透明性が高く、信頼できる特許システムは、米国の知的財産制度の国際的な評価を高め、グローバルな競争力の強化につながります。
- 紛争解決の効率化:一貫性のある決定プロセスは、特許紛争の効率的な解決を促進し、不必要な訴訟を減少させる可能性があります。
USPTO商務次官補兼長官のKathi Vidal氏が述べているように、この規則パッケージは「米国内外において手続き面でも実質面でも知的財産とイノベーションのエコシステムを保護する」ための重要なステップです。
これらの根拠と目標に基づいて策定された最終規則は、PTABの運営を改善し、米国の特許システム全体の信頼性と効果性を高めることが期待されます。特許権者、出願人、そして特許実務家は、これらの変更がもたらす影響を十分に理解し、必要に応じて自らの戦略を適応させていく必要があるでしょう。
結論
USPTOが発表したPTAB決定の発行前内部回覧と審査に関する最終規則は、特許審判システムの透明性、一貫性、および公平性を大幅に向上させる重要な一歩です。PTAB判事の独立性を強化し、決定プロセスの透明性を高め、同時に手続きの柔軟性も確保することで、この規則は米国の知的財産エコシステム全体の健全性促進を目指しています。特許権者、出願人、そして特許実務家は、これらの変更がもたらす影響を十分に理解し、必要に応じて戦略を適応させることが重要です。USPTOの継続的な改善への取り組みと、透明性と効率性のバランスを取るアプローチは、今後の特許システムの発展と国際競争力の強化に寄与することが期待されます。