USPTO長官代理レビューによるStellar v. Motorola特許審判の新しい判断と、Fintiv分析の転換点を示す日本語の解説文書の画像

USPTO長官レビューが変える特許審判実務:Stellar v. Motorolaに見るFintiv分析の新展開

はじめに

PTABの裁量的却下(discretionary denial)の実務が大きく変わろうとしています。2025年3月28日、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)長官代理のCoke Morgan Stewartは、Stellar LLC v. Motorola Solutionsにおいて、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」)が以前に下した当事者系レビュー(Inter Partes Review、以下「IPR」)開始の決定を取り消し、審理開始を認めないという注目すべき判断を下しました。

この決定は、Fintiv要素(Fintiv factors)の適用方法とSotera誓約(Sotera stipulation)の評価に関する重要な変更を示しており、特許権者と特許権挑戦者の双方にとって大きな意味を持ちます。本稿では、この重要な決定の背景、内容、そして日本企業を含む特許実務家にとっての実務的影響について詳しく解説します。

Stellar v. Motorolaの背景と経緯

事案の概要

本事例は、Motorola Solutions社がStellar社の4つの特許(米国特許第7,593,034号、9,485,471号、8,692,882号、9,912,914号)に対して申し立てたIPR請求に関するものです。これらの特許は警察用ボディカメラ技術に関連するもので、テキサス東部地区連邦地方裁判所(United States District Court for the Eastern District of Texas)において並行して侵害訴訟が進行していました。

手続きの経緯

時系列で見ると、以下のような経緯をたどっています:

  • 2024年8月:Stellar社がMotorola社に対して特許侵害訴訟を提起
  • その約11か月後:Motorola社が4件のIPR請求を提出
  • 2025年2月13日:PTABが4件すべてのIPR審理開始(institution of inter partes review)を決定
  • その後:Stellar社がUSPTO長官に対してレビュー(Director Review)を請求
  • 2025年3月28日:長官が審理開始決定を取り消し、IPR請求を却下

特に注目すべきは、PTABが当初、並行訴訟が進行中であったにも関わらずIPRの審理開始を認めたものの、長官レビューによってその決定が覆されたという点です。

Fintiv要素の分析とその変化

Fintiv要素の概要

Apple Inc. v. Fintiv, Inc.(IPR2020-00019)で確立されたFintiv要素は、並行訴訟が存在する場合にPTABが裁量的却下を行うかどうかを判断するための枠組みを提供するもので、以下の6つの要素から構成されます:

  1. 裁判所での訴訟の停止または停止の可能性(stay of district court proceedings or likelihood thereof)
  2. 裁判所の審理日とPTABの法定期限の近接性(proximity of court’s trial date to PTAB’s statutory deadline)
  3. 並行訴訟への裁判所と当事者の投資(investment in parallel proceeding by court and parties)
  4. IPR請求と並行訴訟で提起された問題の重複(overlap between issues raised in IPR and parallel proceeding)
  5. 当事者の同一性(whether parties are the same)
  6. その他の状況(other circumstances)

Stewart長官によるFintiv要素の新解釈

今回の決定において、Stewart長官は特に要素3(並行訴訟への投資)と要素4(問題の重複)に関するPTABの分析に誤りがあったと指摘しました。

具体的には、PTABは「特許権者の侵害主張だけでも裁判所のリソースに大きな負担を与える」(”patent owner’s infringement contentions alone place a significant burden on court resources”)という一般的な観点から要素3を評価していましたが、長官はこのような一般的な分析では不十分であり、「ほとんどすべての事例に当てはまる可能性があり、関連する調査を誤解している」(”could apply to almost every case and misunderstands the relevant inquiry”)として退けました。

代わりに長官は、具体的な事実として:

  1. 当事者が既に詳細な侵害・無効性の主張を交換済みであること(the parties had already exchanged detailed infringement and invalidity contentions)
  2. 専門家の報告書が提出され、証言録取も行われていること(expert reports had been submitted and depositions had been taken)
  3. クレーム解釈の審理が完了していること(claim construction proceedings had been completed)
  4. 地方裁判所の審理日がPTABの最終決定予定日より11か月早いこと(the district court trial date was 11 months earlier than PTAB’s projected final decision date)

といった点を重視し、要素3が「裁量的却下を強く支持する」と結論づけました。

Sotera誓約の限界:重要な法的洞察

Sotera誓約とは

Sotera誓約とは、Sotera Wireless, Inc. v. Masimo Corp. (IPR2020-01019)に由来する誓約で、IPR請求者が「IPRで提起したか合理的に提起し得た無効理由を地方裁判所では主張しない」(”will not pursue in the district court litigation any ground raised or that could have been reasonably raised in the IPR”)と約束するものです。これまでSotera誓約はFintiv要素4(問題の重複)を克服する効果的な方法とされてきました。

誓約の効果の再評価

今回の決定で注目すべきは、Stewart長官がSotera誓約の効果に関する従来の理解に疑問を投げかけた点です。長官は、Motorola社のSotera誓約にもかかわらず、「これらのIPR手続きが地方裁判所手続きの『真の代替』となることを保証するものではない」(”these IPR proceedings would not ensure a ‘true alternative’ to the district court proceedings”)と指摘しました。

その理由として、「申立人の地方裁判所における無効性の主張はより広範であり、IPRで主張された先行技術と未公開のシステム先行技術の組み合わせを含んでおり、申立人の誓約によっても解消されない可能性が高い」(”petitioner’s invalidity contentions in district court are broader and include combinations of IPR prior art with system prior art that would not be resolved by petitioner’s stipulation”)点を挙げています。

つまり、Sotera誓約だけではFintiv要素4を克服するには不十分であり、地方裁判所での並行訴訟において実質的な投資がなされている場合や、IPRでは提出できない種類の無効性の主張が存在する場合には、誓約の価値が限定的であるという重要な見解が示されました。

USPTO政策変更の背景と最近の動向

最近の政策変更

この判断の背景には、USPTOにおける裁量的却下に関する政策の大きな変更があります:

特に注目すべきは、3月26日のメモで導入された「二分化された」(bifurcated)プロセスで、IPR請求の評価を「裁量的考慮事項」(discretionary considerations)と「本案および非裁量的法定考慮事項」(merits and non-discretionary statutory considerations)の2段階に分けています。新プロセスでは、長官自身が少なくとも3名のPTAB審判官の助けを借りて裁量的却下の適否を判断することになりました。

Stellar v. Motorola事例の位置づけ

Stellar v. Motorolaは、この新しい政策変更後の初期の重要な適用例として位置づけられます。この決定は、USPTOがFintiv要素をより積極的に適用し、特許権者の権利保護を強化する方向に移行していることを示しています。具体的には、PTABの裁量的却下の判断において、並行訴訟での実質的な投資を重視し、Sotera誓約の効果を限定的に解釈することで、特許権者が地方裁判所で選択した訴訟フォーラムでの権利行使を優先的に保護する姿勢を明確にしています。

特許実務への影響と戦略的対応

特許権者にとっての戦略的意義

今回の決定は特許権者にとって大きな勝利であり、以下のような戦略的示唆が得られます:

  1. 地方裁判所での早期進行の重要性: クレーム解釈審理の早期完了や専門家証言の迅速な提出など、地方裁判所での訴訟を迅速に進めることで、PTABでの裁量的却下の可能性が高まります

  2. 投資の詳細な記録: 並行訴訟での投資の詳細な記録を残し、PTABに提示することで、Fintiv要素3を強力に主張できます

  3. Sotera誓約への反論戦略: 地方裁判所で主張されている無効理由がIPRでは提起できない主張(§112記載要件違反、§101特許適格性欠如、§102(a)(1)公然実施・販売など)と組み合わされている場合、Sotera誓約の効果は限定的であると主張できます

  4. 長官レビュー請求の積極的活用: PTABの判断に不服がある場合、長官レビューを積極的に活用することの価値が示されました

特許権挑戦者にとっての対応策

一方、特許権挑戦者にとっては以下のような対応が重要になります:

  1. IPR請求の早期提出: 法定期限(訴訟提起から1年以内)ぎりぎりまで待たず、可能な限り早くIPR請求を提出することで、並行訴訟の進行状況による不利益を最小化できます

  2. より包括的な誓約の検討: 標準的なSotera誓約に加え、より広範な誓約を提供することで、要素4に関する懸念を軽減できる可能性があります

  3. IPR専用の無効性主張の開発: 地方裁判所とIPRで異なる無効性主張を戦略的に開発し、問題の重複を最小化することが重要です

  4. 早期の訴訟停止申立て: 裁判所での実質的な投資が行われる前に訴訟の停止を申し立てることで、Fintiv要素3の影響を最小化できます

より広い特許制度の文脈での意義

PTABの役割の進化

2011年の米国特許法改正(America Invents Act、AIA)によって創設されたPTABは、特許の有効性を争う「代替的フォーラム」として位置づけられてきました。しかし、その後の判例、長官ガイダンス、そして今回のような長官レビューによって、PTABがいつどのようにその役割を果たすべきかが徐々に明確化されてきています。

今後の展望

今回の決定は、PTABが裁判所の手続きを「複製」するのではなく「補完」すべきという見方を示唆しています。当事者が地方裁判所で無効性の争点に既に実質的に投資している場合、PTABでの並行手続きを開始することは必ずしも公共の利益にならないという考え方が強まっています。

これは特許権者にとって朗報であり、IPR制度の創設以来、特許権者が懸念してきた「二度の挑戦(two bites at the apple)」問題の軽減につながる可能性があります。

一方で、これらの変更は「暫定的」とされており、今後さらなる変更や調整が行われる可能性も否定できません。特許実務家は引き続きこの分野の動向を注視する必要があります。

結論

Stellar v. Motorolaにおける長官レビュー決定は、PTABの裁量的却下実務に重要な変化をもたらしました。Fintiv要素の分析方法、特に並行訴訟への投資評価とSotera誓約の効果についての理解が大きく変わりつつあります。

この変化に対応するため、特許権者は地方裁判所での訴訟を迅速に進め、実質的な投資の証拠を蓄積し、Sotera誓約の限界を積極的に主張すべきです。一方、特許権挑戦者はIPR請求を早期に提出し、より包括的な誓約を検討し、PTABと地方裁判所での無効性主張を戦略的に区別することが重要になります。

今後も、USPTOの政策変更や新たな判断が続くことが予想されるため、日本企業を含む特許実務家は最新の動向を把握し、戦略を適切に調整していくことが求められます。

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