USPTO特許審査プロセスの変更を説明する図解、二段階審査プロセスと裁量的拒否の新枠組みを示すワークフローチャート

USPTOがPTAB審査プロセスを分岐化—新たな裁量的拒否の枠組みとその影響

はじめに

USPTO(United States Patent and Trademark Office:米国特許商標庁)は2025年3月26日、PTAB(Patent Trial and Appeal Board:特許審判部)のワークロード管理のための暫定プロセスを導入しました。この新制度では、特許の有効性を争うIPR(Inter Partes Review:当事者系レビュー)やPGR(Post-Grant Review:付与後レビュー)の審査プロセスが大幅に変更され、裁量的拒否の判断を優先する二段階審査方式が採用されています。

本記事では、PTABの新しい審査プロセスの内容と背景、そして日本企業や知財実務者への影響について解説します。

Fintiv裁量的拒否の変遷

PTABにおける裁量的拒否(discretionary denial)とは、特許の有効性を争う申立て(petition)に対して、実体的な理由ではなく、特許法314条(a)項324条(a)項に基づく裁量権の行使により審査を拒否することを指します。特に並行訴訟(parallel litigation)が地方裁判所(district court)や国際貿易委員会(ITC: International Trade Commission)で進行している場合の扱いについては、2020年のApple Inc. v. Fintiv, Inc.事件で示された6つの考慮要素(通称「Fintiv要素」(Fintiv factors))に基づいて判断されてきました。

注:Fintiv要素とは

Fintiv要素とは、PTABが並行訴訟の存在を理由に裁量的拒否を行うかどうかを判断する際に考慮する6つの要素です:

  1. 地方裁判所での審理日程が確定しているか:PTABの最終決定前に地方裁判所での審理が予定されている場合、裁量的拒否の可能性が高まります
  2. 裁判所の投資:地方裁判所がすでに事件に多大な時間と資源を投入している場合、裁量的拒否が支持される傾向があります
  3. 当事者と主張の重複:並行訴訟とPTAB手続きの当事者と無効主張が同一または類似している場合、効率性の観点から裁量的拒否が検討されます
  4. PTABで提起された無効主張の実体的メリット:無効主張に説得力がある場合、裁量的拒否の可能性は低くなります
  5. 申立人と特許権者が同一当事者かどうか:両手続きの当事者が同一である場合、重複審理を避けるため裁量的拒否が検討されます
  6. その他の状況:事件の進行状況や効率性に影響するその他の要因も考慮されます

これらの要素は、PTABが限られたリソースを効率的に活用し、重複する手続きを回避するための指針として機能してきました。

2022年6月、当時のVidal長官は並行訴訟に関連する裁量的拒否の適用を制限するメモランダムを発表しました。このメモランダムでは、申立人がSotera宣誓書(Sotera stipulation)を提出した場合や、特許無効の主張に説得力がある場合には、原則として裁量的拒否を行わないとされていました。Sotera宣誓書とは、IPRやPGRが開始された場合、申立人は並行する地方裁判所やITCの手続きで、PTABで提起した、あるいは提起できたはずの無効理由を主張しないという約束です。

しかし、2025年2月28日、USPTOはこのメモランダムを撤回し、3月24日にPTAB首席行政特許判事(Chief Administrative Patent Judge)のScott R. Boalickが新たな指針を示しました。この指針では、Sotera宣誓書は「高度に関連性はあるが、それ自体では決定的ではない」とされ、特許無効の主張の強さも「それ自体では決定的ではない」と位置づけられました。これにより、PTABの裁量的拒否の適用範囲が再び拡大することになりました。

新たな二段階審査プロセスの導入

2025年3月26日、USPTOのCoke Morgan Stewart長官代理は、PTABのワークロード管理のための暫定プロセスに関するメモランダムを発表しました。この新制度の最も重要な変更点は、IPRやPGRの審査を二段階に分けたことです。

  1. 第一段階:裁量的考慮の検討

    • USPTO長官が少なくとも3名のPTAB判事と協議し、裁量的拒否の可否を判断
    • 裁量的拒否が適切と判断された場合、長官が審査拒否の決定を発行
  2. 第二段階:実体審査と法定要件の検討

    • 裁量的拒否が適切でないと判断された場合、標準運用手順(SOP)1に基づいて任命された3名のPTAB判事から成るパネルに付託
    • パネルが通常の手続きに従って実体審査と非裁量的な法定要件の検討を行い、審査開始の判断を下す

この二段階審査プロセスにより、裁量的考慮事項が実体審査よりも優先されることになります。また、長官が裁量的拒否の決定に直接関与することで、より一貫性のある判断が行われることが期待されています。

注:実体審査(substantive examination)とは
実体審査とは特許の内容そのものを検討する審査プロセスで、具体的には特許クレームの新規性(novelty)、非自明性(non-obviousness)、有用性(utility)などの特許要件を満たしているかを評価します。IPRやPGRでは、先行技術(prior art)に基づく特許性の評価や、特許明細書の記載要件の充足性などが審査されます。この実体審査は、手続き的な問題とは区別され、発明の本質的な価値や保護適格性を判断するものです。

新制度の詳細

新たなブリーフィングスケジュール

新制度では、裁量的拒否に関する別個のブリーフィング(意見書提出)手続きが導入されています。

  • 特許権者は、PTABが申立書の提出日通知を発行してから2か月以内に、裁量的拒否の根拠を説明するブリーフを提出できる(14,000語以内)
  • 申立人は、特許権者がブリーフを提出してから1か月以内に、反対ブリーフを提出できる
  • 返答ブリーフは5,600語以内
  • 正当な理由がある場合、さらなるブリーフィングが許可される可能性あり

このスケジュールは、メリットに関するブリーフィングスケジュールや審査開始決定に対する再審理や長官レビューの申請スケジュールとは別に進行します。

裁量的拒否を判断する要素

裁量的拒否の判断に際しては、既存のPTAB先例(Fintiv、General Plastic、Advanced Bionicsなど)や2019年11月の統合審理実務ガイドに基づいて、以下の要素が考慮されます。

  • PTABまたは他のフォーラムが既に特許クレームの有効性や特許性を判断しているかどうか
  • クレーム発行後に法律の変更や新たな判例が出されているかどうか
  • 非特許性の主張の強さ
  • 専門家証言への依存度
  • クレームが有効である期間の長さなど、当事者の期待
  • 経済、公衆衛生、国家安全保障に関する重要な利益
  • その他の裁量に関わる考慮事項

さらに、長官はPTABのex parte審査(査定系審査)の処理目標や法定期限、その他のワークロード需要への対応能力も考慮します。

実務への影響

特許権者への影響

新制度は、特許権者にとって有利に働く可能性があります。裁量的考慮が実体審査より優先されることで、特許権者は実体的な無効理由に対応する前に、手続き的な理由でIPRやPGRの審査を回避できる可能性が高まります。

特許権者の戦略としては以下が考えられます:

  • 裁量的拒否に関するブリーフに注力し、上記の考慮要素に沿った主張を展開する
  • 地方裁判所での訴訟スケジュールを活用し、早期の審理日程を確保する
  • 並行訴訟における進捗状況を強調し、すでに相当の投資が行われていることを示す

特許無効を主張する側への影響

一方、特許無効を主張する申立人にとっては、ハードルが高くなります。申立人は裁量的拒否を回避するために、以下の点に注意する必要があります:

  • IPRやPGR申立てをできるだけ早期に行い、並行訴訟との時間的重複を最小限にする
  • Sotera宣誓書はもはや「セーフハーバー」ではないが、依然として重要な要素であるため、適切に活用する
  • 裁量的拒否に対する反対ブリーフで、特許無効の主張の強さを効果的に示す

新たな二段階審査プロセスにより、特許権者はすべての主張をより迅速に精査する必要があります。さらに、非特許性の主張の強さが考慮要素の一つとなっているため、特許権者は裁量的拒否の議論において最も強力な実体的主張を含めるために、すべての利用可能な実体的主張を分析することが賢明になってきます。

また、クレームが有効である期間の長さや専門家証言への依存度などの新しい要素に加えて、PTABのワークロード需要という一般的な要素も考慮される点から、今まではできなかった主張が受け入れられる可能性もあります。

日本企業・知財実務者への示唆

この新制度は、米国で特許を保有する日本企業や、米国特許を無効化したい日本企業の両方に重要な影響を与えます。

特許権者としての日本企業

米国で特許を保有する日本企業は、以下の点に留意すべきです:

  • IPRやPGRの申立てに対しては、裁量的拒否の主張に注力する戦略を検討する
  • 並行する地方裁判所訴訟のスケジュールを考慮し、可能であれば「ロケットドケット」と呼ばれる早期審理が行われる地区での訴訟を選択する
  • 裁量的拒否の決定に長官が直接関与することを踏まえ、より政策的・戦略的な主張を検討する

無効化を求める側としての日本企業

他社の米国特許の無効化を求める日本企業は、以下の点に注意が必要です:

  • IPRやPGRの申立てをできるだけ早期に行い、裁量的拒否のリスクを最小化する
  • 単なるSotera宣誓書の提出だけでなく、より包括的な裁量的拒否回避戦略を立てる
  • 特許無効の主張の強さを効果的に示すための証拠収集と専門家証言の準備を早期に行う

まとめ

USPTOによる新たなPTAB審査プロセスの導入は、特許の有効性を争う訴訟戦略に大きな変化をもたらします。裁量的拒否の判断が優先され、長官が直接関与する二段階審査プロセスは、特許権者に有利に働く可能性が高く、申立人にとっては新たな障壁となります。

この制度変更は「暫定的」とされていますが、PTABのワークロード管理の必要性を考えると、何らかの形で継続される可能性があります。日本企業や知財実務者は、この変更を注視し、米国での特許戦略を適切に調整することが重要です。特に、裁量的拒否を避けるための早期申立てや、裁量的拒否を求めるための効果的な主張など、新制度を踏まえた戦略の再検討が必要です。

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