はじめに
米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)は、特許システムの完全性を保護するための取り組みを強化しています。その一環として、2025年4月、USPTOは「特許詐欺検出・緩和ワーキンググループ(Patent Fraud Detection and Mitigation Working Group)」の特設ページを公開しました。このワーキンググループは、署名偽造の検出、不正な手数料認証の是正、無認可代理行為の取締りなど、具体的な活動を通じて特許システムの信頼性向上に取り組んでいます。
発足以来、このワーキンググループは3,900件以上の偽造署名の特定、3,300件以上の不正出願の終了、180万ドル以上の未払い手数料の回収など、顕著な成果を上げています。特許実務家は、クライアント情報の厳格な管理、手数料状態の正確な確認、疑わしい活動の早期報告など、適切な対応が求められています。本記事では、このワーキンググループの活動内容と、特許実務家やクライアントの法的義務および実務への影響について詳細に解説します。
特許システムに対する脅威の増加
USPTOは近年、特許出願プロセスにおいて様々な不正行為が増加していることに懸念を示しています。これらの不正行為は特許システムの信頼性を損なうだけでなく、正当な発明者からリソースを奪い、特許審査の遅延につながっています。
最近の詐欺行為の傾向
USPTOが特に注目している詐欺行為には、以下のような類型があります。詳細はUSPTOの特許詐欺の種類に関するページで確認できます。
- 署名の偽造と不正行為: 許可なく他者の署名を使用したり、偽造したりする行為
- 手数料認証における虚偽の主張: 不当に割引料金を受けるためにマイクロエンティティステータスを偽って申請する行為
- 大量の無意味な特許出願: 技術を利用して大量の特許出願を行い、実際には特許保護を得る意図がない行為
- 無認可の代理行為: 登録されていない個人や組織がUSPTOでの代理業務を行う行為
これらの詐欺行為は単発的なものではなく、組織的かつ系統的に行われるケースも増えています。例えば、2024年にUSPTOが発表した詐欺事例では、米国の登録弁護士の署名が無断で使用され、数千件の特許出願が行われていたことが発覚しました。
詐欺行為の影響
こうした詐欺行為がもたらす影響は深刻です。
- 特許プロセスの信頼性低下: 特許制度全体の信頼性と完全性が損なわれます
- 行政負担の増加: USPTOのリソースが詐欺的な出願の処理に費やされます
- 正当な発明者からのリソース転用: 本来であれば真の発明者のために使われるべきリソースが無駄になります
- 処理時間の延長: 全体的な特許審査プロセスが遅延し、正当な出願の処理にも悪影響を及ぼします
これらの問題に対処するため、USPTOは組織的な取り組みを強化することを決定したのです。
ワーキンググループの役割と活動
特許詐欺検出・緩和ワーキンググループは、USPTOにおける特許システムの完全性を守るための中心的な役割を担っています。このグループは内部タスクフォースとして機能し、疑わしい詐欺行為を調査し、不正行為を是正または防止するための行政措置を実施する権限を持っています。
主要な責任範囲
ワーキンググループの主な任務には以下が含まれます。
- 潜在的な虚偽表示の特定と審査: 出願プロセスにおける不正確または虚偽の表明を特定し、調査します
- 行政制裁プロセスの実施: 確認された虚偽表示に対して適切な行政措置を講じます
- 手数料認証の誤りへの対応: 不適切な料金減額の主張に対して是正措置を講じます
- 不審な出願の監視: パターン分析を通じて不審な出願活動を監視します
また、USPTOはこのワーキンググループを、特許システムへの潜在的な脅威を報告するための主要な窓口として位置づけています。特許実務家や発明者が詐欺的行為の疑いを持った場合、patentscams@uspto.gov宛に連絡することができます。
これまでの成果
ワーキンググループの活動は既に目覚ましい成果を上げています。USPTOの特許システム脅威検出データページによると、以下のような成果が報告されています。
- 2023年6月以降、3,900件以上の偽造署名を特定: 特にユーティリティおよびデザイン特許出願における署名の偽造を検出
- 2024年10月以降、3,300件以上の出願を終了: 偽造署名が確認された出願に対して終了措置を実施
- 2,200件以上の手数料不足通知を発行: 虚偽のマイクロエンティティ認証に対して是正措置を講じました
- 180万ドル以上の未払い手数料を回収: 偽りの手数料割引申請により失われた収入を回収(うち44.3万ドルは出願手数料、137.8万ドルは審査関連手数料)
これらの数字は、問題の規模と、ワーキンググループの取り組みが既に実質的な影響を及ぼしていることを明確に示しています。特に注目すべきは、虚偽のマイクロエンティティ認証による手数料回避の問題が広範囲に及んでいることです。
実務家への法的影響と義務
特許弁護士や特許弁護士など、USPTOに登録された実務家は、特許システムの完全性を維持する上で特に重要な役割を担っています。USPTOのワーキンググループの活動は、実務家の法的責任と義務に直接関わる問題を浮き彫りにしています。
適用される規則と義務
USPTOへの出願や手続きに関わる全ての関係者は、以下の規則と義務に従う必要があります。
37 CFR 1.56: 誠実さと誠意の義務(Duty of Candor and Good Faith)
- 特許出願に関わる全ての個人は、特許性に関連する情報をUSPTOに開示する義務を負います
37 CFR 11.18: 適切な表明の義務
- USPTOに提出される全ての書類は、合理的な調査の後に、真実かつ正確であると信じる情報に基づいて作成されなければなりません
37 CFR 11.5(b)と35 USC 33: 無認可実務に関する罰則
- 登録されていない個人がUSPTOでの法律業務を行うことを禁止し、違反者に対する罰則を規定しています
これらの規則は、特許出願プロセスの完全性と信頼性を確保するための基盤となるものです。特に、署名の真正性と手数料認証の正確性は、誠実さと誠意の義務の中核を成す要素と言えるでしょう。
懲戒処分の事例
USPTOは、特許詐欺に関与した実務家に対して、厳格な懲戒処分を行っています。最近の注目すべき事例には以下のようなものがあります。詳細な懲戒処分の記録はOED(Office of Enrollment and Discipline)決定データベースで確認できます。
In re Yang(D2024-04): この事例では、実務家が公開勧告を受け、12ヶ月の保護観察処分となりました。実務家の署名が無断で使用されて数千件の出願が行われた事件で、実務家は早期に問題を報告したものの、資格情報の管理が不十分だったとして懲戒処分を受けました。
In re Yu(D2025-01): より深刻なケースでは、USPTOでの実務から永久除外という厳しい処分が下されました。この事例では、登録されていない個人が、正規の実務家を装って多数の特許出願を行っていました。
大規模な出願終了: 2024年10月、USPTOは約3,100件の特許出願に対して、詐欺的な「S-署名」を理由に出願手続きを終了させる命令を発出しました。
これらの事例は、USPTOが特許詐欺に対して断固とした姿勢を取っていることを示しています。また、実務家が自身の資格情報を適切に管理し、不正行為を早期に報告することの重要性も浮き彫りにしています。
特許弁護士のためのベストプラクティス
特許システムにおける詐欺行為のリスクが高まる中、特許弁護士が自身とクライアントを保護するためのベストプラクティスを理解し、実施することが不可欠です。
予防措置
以下の予防措置は、詐欺行為のリスクを大幅に軽減するのに役立ちます。
資格情報の保護と定期的な監視:
- 登録番号やデジタル署名などの資格情報を厳重に管理する
- 定期的に自分の名前での出願状況をチェックする
- 不審な活動を発見した場合は即座にUSPTOに報告する
クライアント・代理関係の明確な文書化:
- 代理関係の範囲と限界を明確に記録する
- 委任状を適切に管理・保管する
- 関係終了時には速やかにUSPTOに通知する
手数料状態の正確な確認と検証:
- クライアントのエンティティステータスを慎重に確認する
- マイクロエンティティや小規模事業体の資格要件を厳格に適用する
- 疑わしい場合は追加の証拠書類を要求する
疑わしい活動の早期報告:
- 不正行為の兆候が見られた場合は迅速に対応する
- 実務家としての報告義務を認識し履行する
これらの予防措置は、詐欺行為に巻き込まれるリスクを最小限に抑えるとともに、問題が発生した場合の法的保護を強化します。
クライアントへの助言
特許弁護士には、クライアントが特許詐欺から自身を守るための教育と啓蒙を行う重要な責務があります。多くの発明者や企業は特許システムの複雑さに精通していないため、代理人からの積極的な情報提供が不可欠です。クライアント向けセミナーや定期的な情報提供を通じて、以下のような詐欺の兆候と対策について啓発することが推奨されます。USPTOの詐欺防止ページも有用なリソースとして紹介しましょう。
無認可の代理に関する警告サインの教育:
- 市場相場と比較して異常に低い手数料を提示する業者に注意するよう指導する
- 正規の代理人はUSPTOの登録番号を喜んで提供することを説明する
- 「100%成功保証」などの非現実的な約束をする業者を避けるよう助言する
- 実在する事務所の確認方法(公式ウェブサイト、物理的住所の確認など)を教える
手数料認証の重要性と虚偽申告の結果についての啓蒙:
- エンティティステータス(大企業、小規模事業体、マイクロエンティティ)の正確な申告の重要性を説明する
- 虚偽申告が招く具体的な結果(追加料金、出願の遅延、特許の有効性への影響)を事例を交えて解説する
- 定期的なステータス確認の必要性を強調する
USPTOからの公式通信の検証方法の指導:
- 正規のUSPTOドメイン(uspto.gov)の見分け方を具体的に示す
- 不審な通信を受け取った場合の確認手順をステップバイステップで説明する
- クライアント自身がUSPTOの公式記録システム(PAIR)にアクセスして出願状況を確認する方法をトレーニングする
- 典型的な詐欺メールの実例を共有し、その特徴を解説する
詐欺的な特許サービスを見分けるためのチェックリストの提供:
- 「特許を確実に取得できる」などの過度に魅力的な主張を警戒するよう教育する
- 第三者の評価や実績を調査する具体的な方法(レビューサイト、業界団体への確認など)を提案する
- USPTOの登録実務者リストでの確認方法を図解入りで説明する資料を提供する
- 定期的な情報更新セッションを開催し、最新の詐欺手法について情報共有する
これらの情報を定期的なニュースレター、クライアント向けウェビナー、初回相談時の説明資料などの形で提供することで、クライアントの詐欺に対する認識を高め、自己防衛能力を強化することができます。また、疑問が生じた際には躊躇なく代理人に相談するよう促すことも重要です。
問題が発生した場合の対応
残念ながら、詐欺的な行為に巻き込まれた場合の対応方法についても速やかに行動することが重要です。
USPTO特許詐欺ワーキンググループへの連絡方法:
- patentscams@uspto.gov に詳細情報を提供する
- 疑わしい活動の具体的な証拠を提出する
- 出願番号や関係者の情報を明記する
出願救済のための可能な選択肢:
- 詐欺的行為による出願終了後の回復手続きについて検討する
- 優先権や出願日に関する救済措置を探る
- 必要に応じて新たな出願戦略を立てる
詐欺的行為を報告するためのリソース:
- USPTOの詐欺防止ページを参照する
- 連邦取引委員会(FTC)に消費者詐欺として報告する
- 州の弁護士協会に無認可実務として報告する
法的救済の検討時期:
- 民事訴訟の可能性を評価する
- 詐欺による実際の損害の程度を文書化する
- 専門弁護士への相談を検討する
これらの情報は、詐欺行為の被害者になった場合の対応策を提供し、損害を最小限に抑えるのに役立ちます。
結論
USPTOの特許詐欺対策ワーキンググループの活動は、米国特許システムの完全性を維持し、真の発明者とイノベーションを保護するための重要な一歩です。既に3,900件以上の偽造署名の特定や180万ドル以上の未払い手数料の回収といった成果を上げており、その影響は明らかです。
特許弁護士をはじめとする知財プロフェッショナルは、このイニシアチブの意義を理解し、自身の実務に反映させることが求められています。資格情報の保護、クライアントとの明確なコミュニケーション、適切な手数料認証の確認など、基本的な予防措置を講じることで、詐欺行為に巻き込まれるリスクを大幅に軽減できます。
また、クライアントに対しては、詐欺の兆候を見分ける方法や問題発生時の対応策について適切に助言することが、専門家としての重要な責務となります。
特許システムの完全性は、全ての関係者の協力によって維持されるものです。USPTOの取り組みに呼応し、特許実務家が自らの役割を積極的に果たすことで、より健全で信頼性の高い特許制度の実現に貢献することができるでしょう。