USPTO特許審査の問題点を説明する文書のイメージ、データグラフと統計、特許審査官の作業風景が合成された図解

米国特許庁における特許審査と品質は問題だらけ?:最新レポートで赤裸々に語られた「質よりも量」の組織文化の現状

はじめに

2025年4月、米国政府説明責任局(Government Accountability Office、GAO)は、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)における特許審査の課題と特許品質に関する重要な報告書を発表しました。この報告書は、上院司法委員会知的財産小委員会の要請に応じて作成されたもので、USPTOの特許審査プロセスと特許品質に関する長年の課題を厳しく指摘しています。

特許制度は米国憲法に根ざし、イノベーションと経済成長の重要な原動力です。USPTOの推計によれば、知的財産集約型産業は米国のGDPの41%(約7.8兆ドル)を占め、6,300万人の雇用を支えています。しかし、不適切に付与された特許は、イノベーションを阻害し、コストのかかる法的紛争をもたらす可能性があります。

本稿では、GAO報告書が明らかにした特許審査官が直面する課題、USPTOの品質向上イニシアチブの評価、特許品質の測定方法の問題点、GAOの提言、そしてアメリカにおける特許実務への影響について詳しく解説します。この情報は、日本の特許実務家がグローバルな知財環境で効果的に業務を行うための重要な知見となるでしょう。

GAOのレポートはとてもボリュームが多いですが、以下で示した内容の詳細が具体的に書かれています。そのため、もし興味がある点がありましたら、ソース元である特許審査の課題と特許品質に関する報告書を参照してください。また、今回のレポートに対するUSPTOの回答もあります。この回答の詳細を見てみると、GAOに指摘された点における反論や追加の情報もあるので、上記のレポートと合わせて、参照することをおすすめします。

特許審査官が直面する主な課題

GAOは約50名の特許審査官とのフォーカスグループを実施し、特許審査の質に影響を与える主な課題を特定しました。これらの課題は2016年のGAO報告書以降も依然として残っており、特許の品質に重大な影響を与えています。

審査の質よりも量(アウトプット)を優先する組織文化

特許審査官はほぼ全員が、USPTOでは審査の品質よりも量(審査する特許出願数)が重視されていると述べています。2023年第4四半期のUSPTO審査官調査では、「管理職や監督者レベルの職員は品質よりもアウトプットの方を気にしている」という意見が挙げられました。

この量重視の姿勢は、ボーナスなどの財政的インセンティブにも反映されています。審査官は出願審査数や適時性の目標を達成または超過した場合にボーナスを受け取りますが、品質目標達成に対する同様のインセンティブはありません。フォーカスグループの審査官の一人は「アウトプットがゲームの名前だ。品質は十分に良ければよく、アウトプットはできるだけ高くあるべきだ」と述べています。

時間的制約が審査の質に与える影響

先行技術調査の不十分さ

全てのフォーカスグループで、審査官は時間制約のために先行技術の徹底的な調査ができないと述べています。審査官の時間の約40%は先行技術(既存の特許や科学文献)の調査に費やされますが、年々増加する特許と科学文献の量により、審査すべき先行技術の量は膨大になっています。

2023年の調査では、審査官は「先行技術が継続的に拡大しているため、審査にはより多くの時間が必要」と指摘しています。上級審査官(プライマリーエグザミナー)は、ジュニア審査官と比較して出願審査数の期待値が高く、時間的制約がさらに厳しい状況に置かれています。

複雑な出願の増加による圧力

審査官によれば、特許出願は時間の経過とともに複雑化しており、これが時間的制約を悪化させています。フォーカスグループのある審査官は「CRISPRやmRNAなどの技術は私が学位を取得した時には普及していませんでしたが、今では私の担当分野で重要な技術になっています」と述べています。

また、一部の特許出願は複数の技術を含んでおり、1人の審査官がすべての関連技術に精通することは困難になってきているようです。さらに、審査官は進化する判例法にも対応する必要があり、これが特許性の基準の変化をもたらすことがあります。

出願人の行動が審査プロセスに与える影響

補正の複雑さと時間配分の不均衡

審査官の一部は、特許出願人がこの時間的制約を逆手に取り長く複雑な補正(amendment)を提出することがあると指摘しています。特許審査プロセスでは、初期審査と最初のオフィスアクションに多くの時間が割り当てられますが、補正の審査と最終オフィスアクションには比較的少ない時間しか与えられません。

2023年第4四半期のUSPTO審査官調査では、出願人が「最初のオフィスアクションに対応して、発明を覆い隠すほど広範な初期クレームを書き、その後大幅にクレームを修正する」という慣行が記述されています。審査官によれば、出願人はこれを「特許許可のため」に行っているとのことです。

あるフォーカスグループの審査官は「一部の出願人は、最初の拒絶後に本質的に新しい出願となるほど大幅に出願を修正します。しかし、私は初期審査と同じ量の作業をしなければならないにもかかわらず、この審査に対してはより少ないクレジットしか得られません」と述べています。

情報開示明細書(IDS)の過剰な長さの問題

特許出願人は、情報開示明細書(Information Disclosure Statement、IDS)を提出して、自分の発明に関連する先行特許を開示する必要があります。審査官によれば、出願人は審査官が時間制約の中でそれらを完全に確認できないことを知りながら、大量の先行特許をIDSに含めることがあると述べています。

USPTO担当者によれば、これは出願人がUSPTOに対する情報の虚偽表示や省略について訴えられることを恐れているためかもしれませんと指摘しています。

USPTOの品質向上イニシアチブの評価

USPTOは審査の課題に対処し特許品質を向上させるためにいくつかの取り組みを行ってきましたが、GAO報告書によれば、それらの取り組みは効果的に計画または評価されていません。

パイロットプログラムの実施と評価の不一貫性

USPTOは審査プロセスの変更を開発・テストするためにパイロットプログラムを使用していますが、その実施は一貫性がなく、将来のパイロットプログラムに情報を提供する機会を逃しています。GAOは、USPTOにはパイロットプログラムの作成と監督のための正式な構造が欠けていると指摘しています。

GAOが検討した14のパイロットプログラムのうち、7つはスケーラビリティや全体的な取り組みへの統合時期を決定するための成果評価を行っていませんでした。これは効果的なパイロットプログラム設計のためのベストプラクティスに従っていないことを示しています。

品質向上イニシアチブの効果測定の欠如

2021年度、USPTOは特許品質をより重視するために特許審査官の業績評価を変更しましたが、この変更が特許品質を向上させたかどうかの評価は行いませんでした。複数のイニシアチブが導入されていますが、それらが実際に審査の質や特許品質の向上に寄与しているかを示す証拠は不足しています。

審査官の評価システムの限界と2021年の改革

USPTOは複数の方法で審査官のパフォーマンスを評価していますが、監督品質レビューはおそらく審査官の品質基準への真の遵守を過大評価しており、一貫して高品質の審査を行うよう審査官を奨励していない可能性があります。2021年の改革にもかかわらず、これらの根本的な問題は解決されていません、と報告されています。

特許品質の測定方法の問題点

審査官の監督品質レビューの欠陥

GAOは、USPTOの審査官評価方法にいくつかの問題点を特定しました:

  • 監督者は品質をレビューする作業において、無作為抽出などの推奨される選択方法を使用する必要がない。
  • 監督者は特定されたエラーの一部を審査官のパフォーマンス評価から除外することができる。
  • 審査官はレビューされた作業のすべてにエラーが含まれていても、合格の品質スコアを受け取ることができる。

これらの問題により、USPTOが報告する品質メトリクスは実際の特許品質を正確に反映していない可能性があるとレポートでは指摘しています。

個別の特許要件遵守率と全体的な遵守率の乖離

USPTOは4つの法定特許要件(特許適格性、新規性、非自明性、明確な開示)それぞれの遵守率(compliance rate)を個別に測定しています。しかし、特許が同時にすべての4つの要件を満たすべき割合についての全体的な特許品質目標を持っていません。

2023年度のデータによれば、個別の4つの法定特許要件の遵守率は92%から98%の範囲でしたが、同時にすべての4つの要件に準拠している特許の割合はわずか84%でした。この差は、USPTOが報告する品質メトリクスと実際の特許品質の間にギャップがあることを示しているとGAOは指摘しています。

特許の経済的・科学的価値の測定の欠如

USPTOは特許品質や審査の適時性を測定するいくつかの指標を持っていますが、イノベーションを測定するという戦略的目標を持ちながら、特許の経済的または科学的価値を測定する指標を追跡していません。

GAOは文献レビューで、他の特許からの引用頻度など、価値の潜在的に関連する指標を特定しました。特許の経済的または科学的価値の測定と採用を評価することで、USPTOはさまざまな経済セクターにおけるイノベーションの主要トレンドについて議会、連邦機関、利害関係者をより良く教育し、情報提供することができるでしょうと述べています。

GAOの主な提言

GAO報告書は、特許審査と品質の改善に向けてUSPTOに8つの提言を行っています:

品質向上イニシアチブの効果の継続的評価

GAOは、USPTOが特許審査の課題に関する継続中のイニシアチブを評価するための措置を講じることを推奨しています。これにより、どの取り組みが効果的で、どれが改善または廃止される必要があるかを特定できるようになります。

パイロットプログラム管理の正式化と文書化

USPTOはパイロットプログラムを管理するためのアプローチを正式化し文書化する必要があります。これには、テスト、評価、スケーラビリティに関するベストプラクティスの組み込みが含まれるべきです。

審査官の監督品質レビューの改善

監督品質レビューに関するガイダンスを更新し、より良いサンプリング方法を確保し、レビューバイアスを排除する必要があります。これにより、品質評価の正確性と信頼性が向上します。

全体的な特許品質遵守目標の設定と外部へのコミュニケーション

USPTOは全体的な特許品質目標を確立し、それをステークホルダーに明確に伝える必要があります。これにより、特許品質についてより正確な表現が提供されるでしょう。

特許の経済的・科学的価値の代替指標の採用

GAOは、USPTOが科学的および経済的指標を含む特許価値の代替指標を評価し採用することを推奨しています。これにより、USPTOはイノベーションの主要トレンドをより効果的に追跡し伝達できるようになります。

他の提言には、審査官のパフォーマンスのより正確な測定、内部統制の改善、一貫性のモニタリングの強化などが含まれています。

特許弁護士への影響と実務的示唆

GAO報告書の知見は、特許実務に関わる関係者にとって重要な示唆を提供しています。

審査の質の変動に対応するための戦略

特許審査の質にはばらつきがあり、審査官が時間的制約の下で働いていることを認識することが重要です。そのため、より徹底的な審査を促進するために明確で簡潔な特許出願を準備することが望ましいでしょう。

また、特許審査官が特定の技術に精通していない可能性があることを考慮し、技術的背景情報を含め、審査官が発明を理解しやすくすることも重要です。

情報開示明細書(IDS)提出の最適化

IDSの提出は法的義務ですが、審査官の時間的制約を考慮して、最も関連性の高い先行技術を強調し、その重要性を説明することで、より効果的な審査を促進できます。

不必要に長いIDSの提出は避け、代わりに本当に関連する先行技術に焦点を当てることで、審査官がより効率的に作業できるようになります。

補正の構造化と明確化

補正を提出する際は、変更点を明確に示し、それがどのように先行技術と異なるかを説明することで、審査官の作業を容易にします。審査官は補正の審査に限られた時間しか持っていないため、明確で焦点を絞った修正は効率的な審査を促進します。

審査官との効果的なコミュニケーション戦略

審査官との面談や通信は、審査プロセスを促進する貴重な機会です。発明の重要な側面を明確に説明し、審査官の懸念に直接対応することで、誤解を解消し、より質の高い特許の発行につながる可能性があります。

時間的制約が審査官の主要な課題であることを念頭に置き、コミュニケーションは簡潔で的を射たものであるべきです。

まとめ

GAO報告書は、USPTOの特許審査と品質に関する根本的な課題を浮き彫りにしています。審査官が直面する時間的制約、出願の複雑化、そして量を重視する組織文化は、特許品質に影響を与え続けています。

USPTOはこれらの課題に対処するためにいくつかの取り組みを行ってきましたが、それらの効果を評価し、より透明で包括的な品質指標を開発するための体系的なアプローチが必要です。GAOの8つの提言は、これらの問題に対する具体的な解決策を提供しています。

特許実務者は、この状況を認識し、より効果的な出願戦略を開発することで、クライアントにより良いサービスを提供することができます。特許出願の明確化、関連する先行技術の効果的な提示、そして審査官との効率的なコミュニケーションは、高品質な特許の取得に貢献します。

最終的に、特許システムの品質向上は、イノベーションの促進と経済成長の支援というその基本的な目的を達成するために不可欠です。実務家は、このプロセスにおいて重要な役割を果たし、USPTOと協力して、より強固で信頼性の高い特許システムの構築に貢献することができます。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

こちらもおすすめ