特許翻訳ミスは致命傷になりかねない!でも直し方は複数あり

重要な用語の誤訳は特許クレームを無効にする可能性があるため、特許翻訳には細心の注意が必要です。しかし、米国出願後でも翻訳ミスを直す機会は多いです。日本からアメリカに特許を出願する場合、翻訳は避けては通れません。特許翻訳に携わっている方は、ぜひ覚えましょう。

発明の中核に関わる翻訳ミスは特許クレームを無効にする可能性も!

たった1つの用語に関する誤った翻訳が訴訟の大きな争点になり、最悪の場合、特許クレームが無効になってしまうこともあります。

IBSA Institut Biochimique, S.A., Altergon, S.A., IBSA Pharma Inc. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc. (Fed.Cir. July 31, 2020) において、原語であるイタリア語の「semiliquido」から翻訳された「half-liquid」は不明瞭(indefinite)であるとする下級審判決を米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が支持しました。

このCAFCの判決を不服としたIBSAは、最高裁に請願書(Petition for writ of certiorari)を提出し上訴の意思を示していましたが、2021年4月5日、米国最高裁判所は、説明なしにこの申立てを却下しました。

これで一連の訴訟手続が終了したので、「half-liquid」は不明瞭(indefinite)ということが確定しました。これにより「half-liquid」を含む特許クレーム(従属クレームも含む)の権利範囲が明確にならないため、「half-liquid」を含む特許クレームと関連する従属クレームは無効(invalid)。同時に、そのようなクレームによる権利行使も不可能(unenforceable)になりました。

つまり、1つの誤訳が「権利行使に使える強い特許」を「何の価値もないゴミ特許」に変えてしまう可能性があるのです。

特許翻訳における誤訳は極力少なくする

このように特許翻訳は特許の有効性や権利範囲に大きな影響を与える可能性があるため、細心の注意を払い、誤訳はなるべく出さないような工夫をする必要があります。

そのためにも、1)実績のある特許翻訳者を使うことはもちろん、2)特許権者が翻訳を依頼する際に重要な用語に関して日英の用語集を特許翻訳者に提供したり、3)翻訳された特許明細書を社内の担当者が責任をもってチェックするという誤訳予防対策を取ることが必要です。

少なくともクレームされている発明の根幹に関わる重要な部分に関しては、複数人のチェックが理想的です。

翻訳ミスを含む出願をしても直し方はいくつかある

翻訳は人が関わる問題なので、翻訳ミスを完全になくすことは無理です。そのためどのように対策しても「誤訳」を含む特許出願をアメリカに提出してしまうこともあるでしょう。

しかし、特許出願(と権利化後)のライフサイクルの中で、明細書および/またはクレームに修正を加えて、翻訳ミスを直す方法はあります。

例えば、アメリカ出願後であっても審査中であり特許の発行前であれば、比較的柔軟に明細書や特許クレームに補正が行えるので、誤訳を訂正することが可能な場合が多いです。そして、特許発行後であっても、(比較的重要でないミスの場合)訂正証明書(certificates of correction)を活用したり、そうでない場合は、再発行(reissue)を検討することができます。

このように、アメリカ出願後であっても、翻訳ミスを含んだ特許出願や特許の直し方はいくつかあります。これらがすべての誤訳に対応できる訳ではありませんし、補正のタイミングや内容が権利行使の段階で悪影響を与える可能性もありますが、誤訳を含んた特許が無効になってしまう最悪のケースを回避できる可能性があるので、特許翻訳に携わっている方は、ぜひこれらの直し方を頭に入れておいてください。

参考文献:”Indefiniteness: Bad Translation/Lack of Definition Redux” by Daniel J. Pereira, Ph.D. Oblon

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