巨大な特許ポートフォリオを持っていると、毎年維持するだけでも多くのコストがかかります。そのため不必要な特許は積極的に放棄(lapse)していくという戦略的な特許放棄を行っていく必要がありますが、企業間での取り組みは大きく異なります。世界的にも特許の維持コストが上がってきているので、今後はよりスマートな特許ポートフォリオマネージメントと戦略的特許の放棄のニーズが増えてくることでしょう。今回は自動車メーカーを例に彼らの維持費対策を見てみます。
特許ポートフォリオが増えるにつれて大きくなる維持費の問題
今後5年間(2023~2027年)、トヨタがすべての米国特許を維持することを選択した場合、USPTOに支払うべき維持費は9670万ドル、つまり年間約1900万ドルという途方もない額になります。同じように今後5年間にすべての米国特許を更新した場合、GMとフォードは年間およそ1200万ドル、Hyundaiとホンダは年間およそ1000万ドルの費用がかかります。
米国特許の保有件数が増え続けているため、これらのトップ自動車ブランドが支払う維持費も増加傾向にあります。従来の5年更新の費用と比較すると、フォードとトヨタはそれぞれ2倍以上、Hyundaiは3倍近い米国特許維持費用がかかることになります。GMとホンダは、現在の米国特許ポートフォリオを維持するためのコストが、今後5年間で過去5年間と比較して約30%増加しています。
ホンダは戦略的特許放棄でコストコントロールをしている
この分析では、世界最大の自動車相手先商標製品メーカー (OEM) に焦点を当てます。これらのメーカーの膨大な米国特許ポートフォリオは、Tesla のそれを凌ぎ、これらの IP 投資を最も効果的に管理するブランドにとって数百万ドルの株主価値を意味します。これらのトップOEMの特許放棄傾向やポートフォリオ管理の意思決定を分析すると、東京に本社を置くホンダは、売上高ベースで世界第5位の自動車メーカーであり、戦略的に特許を放棄している企業として浮かび上がってきます。これは驚くべきことではありません。ホンダはここ数年、特許放棄の分析に対する革新的なアプローチで賞賛を浴び、人工知能(AI)を導入して年間約300万ドルの更新料を節約しています。
フォルクスワーゲンとトヨタは過去5年間、販売台数で世界一の自動車メーカーを争ってきましたが、特許ポートフォリオの規模や更新費用に関しては、フォルクスワーゲンはトップ5にも入っておらず、現在のポートフォリオには約6,400件の米国特許が含まれています。UnitedLexの過去10年間(2012~2021年)の特許更新費用の分析によると、ビッグ5ブランドは、ホンダ、トヨタ、ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、Hyundaiです。
ホンダは、歴史的に戦略的な特許放棄をしてきたため、今後5年間を見据えた場合、残存利益(residual benefits)を得ることができます。多くの企業がコストを大幅に増加させる中、ホンダは今後5年間のコストを、過去10年間に費やしたコストよりわずかに高い程度に押さえています。しかし、他のビッグ5ブランドは、現在、迫り来るコストの驚異的な上昇に直面しています。ホンダが今後も放棄率を維持するとすれば、今後5年間(2023~2027年)で1850万ドル、年間300万ドル以上の節約が期待できます。
Hyundaiは特許放棄に消極的?
売上高で世界第10位の自動車会社である韓国ソウルのHyundai自動車は、戦略的な特許放棄に関してはビッグ5の中で最も総合的なパフォーマンスが低いです。同社は、米国特許ポートフォリオの財政的成功を高め、株主に具体的な価値を提供するIPの取り組みに、もっと多くのことを行うことができるでしょう。
平均放棄率14%のHyundaiは、業界平均を下回るパフォーマンスで、過去10年間、横ばいからやや減少した割合で経過しており、株主の費用を節約する機会を逸しています。
過去5年間(2017~2021年)だけでも、特許放棄率が14%に過ぎないHyundai自動車は、米国特許を維持するために1600万ドルの維持費を費やしています。しかし、来るべき特許維持料の波が近づくと、Hyundai自動車は今後5年間に支払うべき更新費用総額が5400万ドル以上となり、3倍以上増加することになります。Hyundai自動車が今後、特許の放棄率を一定に保つとすれば、年間約300万ドルから850万ドルの支出増となります。
この成長中の自動車ブランドにとって、特許放棄やライセンス活動は、会社を法的に保護するだけでなく、株主の投資を保護するための論理的な次のステップとして十分考える余地があるものです。簡単な調査の結果、Hyundai自動車が特許ポートフォリオのライセンス供与や収益を得るための取り組みについて、公表している情報はありませんでした。
保護という幻想は維持費を正当化することができるのか?
旧来の特許ポートフォリオ管理戦略のコスト上昇は急上昇しているなかか、米国の大規模な自動車特許ポートフォリオの保有企業の対応はまちまちです。現在までのところ、ホンダだけがAIを活用して米国特許ポートフォリオを管理し、そのコスト削減と株主価値の向上を実現したと公表しています。他の企業も、最も価値の低い特許を破棄し、株主価値を守るために、これに続く必要があります。
多くのOEMが、費用のかかる訴訟を回避するための貴重な手段として、強固な特許ポートフォリオを挙げていますが、この議論を裏付ける証拠はほとんど存在しないのが現状です。OEMの間で訴訟が多発しているわけではなく、このことは業界ではよく知られています。
今後5年間で最大のコスト増に直面するHyundai自動車の訴訟データを分析すると、過去5年間に事業主体がHyundai自動車に対して起こした訴訟は2件のみで、いずれも意匠特許に関連するものでした。
同様に、ホンダも過去5年間に事業主体(operating entities)から訴訟を起こされたのは1件のみで、ホンダはホイールデザインに関する9件の特許を主張し、攻勢をかけたようです。大規模な特許ポートフォリオを維持しても、自動車メーカーを非事業体(non-operating entities)から守ることはできないため、特許を包括的に維持することの防御的メリットは、単なる誤りに過ぎないのかもしれません。