アメリカに多く存在するパテント・トロールは、事業者にとって悩ましい問題です。パテント・トロールによる訴訟、あるいは訴訟の脅威によって、米国企業は毎年何百万ドルもの損害を被っていると言われています。本来は事業の成長や研究開発へ使われる資金の一部もパテント・トロール対策のために内部保有しなければならず、このような状況がビジネスやイノベーションの妨げになっていると懸念されています。
特許制度とパテント・トロールのビジネスモデル
米国特許制度の役割は、発明者に一定期間、発明品に対する法的権利を与えることです。知的財産権は、独創的な発明の創作者を保護する役割を担っています。そして、そのような保護を与えることによって、消費者のために技術革新を促進する仕組みを提供しています。
このような「排他権」を主張できる特許権の権利行使の手段の1つとして、特許訴訟があります。訴訟はアメリカのシステムとして大切な役割を果たしていますが、「パテント・トロール」による訴訟はイノベーションを妨げるとして懸念を抱いている関係者も少なくありません。というのも、パテント・トロール(または、Non-practicing entities (NPE))と呼ばれる組織の中には、特許を法的武器(legal weapons)として悪用し、訴訟をビジネスとしており、軽薄な特許侵害の主張をしているところも少なくないからです。このようなパテント・トロールによる訴訟、あるいは訴訟の脅威によって、米国企業は毎年何百万ドルもの損害を被っていると言われています。
ハーバード・ビジネス・レビューによると、パテント・トロールは、直接の自己負担として、毎年290億ドル以上のコストをアメリカ企業に負担させていると伝えています。平均的な和解額は数百万ドルと言われており、パテント・トロールのターゲットになってしまうと、企業はその資金を事業の成長や研究開発への投資に充てることができなくなってしまうため、イノベーションに悪影響を与えているという見解もあります。
Appleに対するパテント・トロール訴訟
世界で最も価値のある企業の1つであるAppleは、多くの特許権利者から軽薄な特許侵害訴訟に悩まされてきました。PanOptis Patent Management、Optis Cellular、Unwired Planetからなる企業グループOptisは、iPhoneメーカーに対するパテント・トロールとして特に活発で、Appleに対して70億ドルもの請求を行っています。
2021年、テキサス州の裁判所はアップルに対し、Optisに3億ドルのロイヤリティを支払うよう命じました。この訴訟は、4G LTE技術に関する特許をめぐるものでした。Optisは3年間にわたり、パナソニック、サムスン、LGから4G LTEの特許を少しずつ購入していました。Optisは、Appleに訴訟を起こすことのみを目的として、この特許権を取得したと理解されています。
標準必須特許(standard-essential patent)は、LTE端末を業界の技術標準に準拠させるために使用しなければならない特許技術を含むものです。Optisは、ライセンシーよりもパテント・トロールに有利な裁判管轄として知られるテキサス州東部地区連邦地裁で勝訴しています。
Appleは、「Optisは製品を作っておらず、蓄積した特許を使って企業を訴えることが唯一のビジネスである」と主張する声明を発表し、Appleは、「特許から不当な対価を引き出そうとするOptisの特許権利行使に対して、今後も防衛を続けていく」と全面戦争の態勢を示しています。
パテント・トロールの背後にいるヘッジファンドの存在
シカゴに拠点を置くヘッジファンド、Magnetar Capitalは、パテント・トロールに投資戦略を集中させています。このヘッジファンドは、投資家のために判決や和解を強要しようとするNPEを支援する活動をおこなっています。
パテント・トロールの訴訟戦略は、2006年にAlec LitowitzとRoss Laserが共同で設立したヘッジファンドに大きなリターンをもたらしました。Magnetar Capitalのウェブサイトによると、同ヘッジファンドは「実験的精神」を持ち、「斬新な構造」に対してオープンであると書かれています。Magnetar Capital は初期のころは住宅ローン担保証券を扱っていましたが、2008年の金融危機の際、Magnetar Capitalは連邦政府の調査を受けるという不祥事を起こしました。そのため、現在は投資戦略を変更し、パテント・トロール訴訟に注目しているとのことです。
ハイテク産業が成長し続けていますが、それに伴う大幅な特許法改正が行われない限り、NPEなどが訴訟をする際に資金提供をするいわゆる「訴訟ファイナンス」の機会は今後も増えると考えられています。このような訴訟リスクを見据えて企業は計画を立て、予想される和解金や裁判における賠償金の確保も含めパテント・トロール対策を行う必要があります。
特許訴訟のビジネス化は顕著で、例えば、ソフトバンク傘下のフォートレス・インベストメント・グループは、2018年に4億ドルのパテント・トロール・ファンドを立ち上げました。このファンドは、大規模な特許ポートフォリオを持つ企業を探し、その会社ごと購入することや、大きな特許ポートフォリオを持つ小規模な企業に資金を貸し出すことを目的としています。
フォートレス・インベストメント・グループは、プライベート・エクイティ、ヘッジファンド、クレジット・ファンドを投資戦略の中心とする投資運用会社です。ソフトバンクは2017年にフォートレスを33億ドルで買収しています。取引承認のための規制ハードルを回避するため、フォートレスはソフトバンクから独立して運営されています。
このフォートレスのパテントトロールファンドは最終的にはハイテク企業をターゲットにした特許訴訟やライセンシングキャンペーンの費用に使われるのですが、そのようなターゲットになりやすいハイテク企業にも積極的に投資しているソフトバンクがフォートレスの親会社であるというのはとても興味深い点です。
米国の知的財産権を支える法的枠組み
米国特許商標庁(USPTO)は、知的財産権の行使において中心的な役割を担っています。2011年には、善意でない特許侵害の主張に対処するため、AIAが成立し抜本的な特許法改正が行われました。アメリカにおける特許訴訟の60%はNPEが関与していると言われています。
AIAでは当事者間審査(IPR)プロセスが新たに作られ、USPTOにおける行政手続きにより、専門的な裁判官が特許の有効性を評価する仕組みができあがりました。このプロセスは、パテント・トロールの訴訟を裁判よりも効率的な方法で解決することを目的としています。しかし、残念ながらAIAの意図とは裏腹に、多くの企業は依然としてコストも時間もかかる裁判に巻き込まれることも少なくありません。