特許訴訟における問題解決にENEは有効なのか?

アメリカにおける特許訴訟は弁護士費用だけでも多くの負担になります。そのため、ほとんどの特許訴訟は地裁での最終的な判決を待たずに和解にいたりますが、それでも和解が成立するのが訴訟の後半で、それまでにかなりの弁護士費用を費やしているというケースも珍しくありません。そこで、early neutral evaluation(ENE)が注目され始めています。今回はこのENEについて話していきます。

特許訴訟の和解は難しい

特許訴訟が起こった際、手続が正式に始まる前に当事者が問題を解決しようと交渉の場につくことがありますが、多くの場合、和解には至らず訴訟が始まります。手続きが進むにつれ、当事者は調停(mediation)または仲裁(arbitration)を考えることもあります。しかし、これらの和解オプションは、訴訟におけるクレーム解釈やディスカバリーがかなり進んでから行われることがほとんどどです。そうなると、調停や仲裁を行う時点ですでにかなりの弁護士費用を費やしており、和解するための金額も高額になる傾向があるので、早期和解を妨げる要素の1つになっています。

注目され始めているENEとは?

そこで今回紹介したいのが早期中立評価(ENE。early neutral evaluation)です。ENEは、調停や仲裁まで待つ必要のない紛争解決(ADR。alternative dispute resolution)の一種であり、調停や仲裁にはないユニークな特徴があります。特許訴訟において、ENEは、1)クレーム構築までの訴訟費用が訴訟の価値を上回る場合や、2)当事者間で争われている問題が限られているときに特に有効です。

ENEは、裁判所が専門家に事件を委ねる秘匿のプロセスです。専門家は、事件に関わる特定の技術に対して専門的な知識を持つ人で、当事者に公平な評価を提供することに同意することが求められます。

ENEプログラムを設置している米国の地方裁判所には、カリフォルニア州、テキサス州、バーモント州、コロラド州などがあります。

ENEのプロセスは自由が効く

ENEの手続きの始まりはルーチーン化されています。当事者がENEに合意したら、裁判所が事件をENEに照会し、評価者(evaluator)が任命され、当事者が機密の陳述書を提出します。

その後は、係争中の問題に対応するために評価者は比較的自由にプロセスを調整することができます。例えば、評価者は、両当事者と評価だけを共有し、これを出発点として調停を進めることを提案することができます。または、評価者は、当事者が行き詰まるまで評価結果を保留にして、調停を開始することもできます。このように裁判所は特定のプロセスを要求しないので、全体的に他のADR手続と異なり、事件の早い段階でメリットの評価を得ることができます。

特許訴訟のような複雑な手続きにこそENEが有効

特許訴訟はアメリカの訴訟においても特殊な部類に入りますが、そのような複雑な手続きにこそENEが有効です。

第一に、ENEは特許のような複雑な問題に特化して設計されており、高度な技術や特許事件特有の法的・手続き上のルールが問題を取り扱うのに適しています。ENE評価者は、特許法の一般的な経験だけでなく、問題となっている特定の技術にも精通していることが大きな強みになります。

第二に、ENE評価者は、上記で述べたようにその特定のケースに合わせた効率的なプロセスを構築することができます。

第三に、NEN形式を選択することにより、当事者は、クレーム構築に多額の費用がかかる前、また高額なディスカバリーの結果を待つことなく、プロセスの早い段階で、それぞれのケースについて中立的な評価を受けることができます。

ENEは必ずしも和解を目的としたものではない

ENEプロセスは、特許訴訟のような複雑な手続きが必要な訴訟の和解手段として大きな利点がありますが、必ずしも和解交渉を目的としたものではありません。例えば、カリフォルニア州北部地区のADRローカルルール5-1では、「和解はENEの主要な目標ではない」と述べられています。

しかし、データを見ると、ENEは当事者が問題の解決に達するのを助けるのに非常に効果的であることが示唆されています。例えば、Lex Machinaのカリフォルニア州南部地区の特許事件の統計によると、ENEを行った事件の70%以上が、クレーム構築ヒアリングの前に和解に至っています。

おそらく、ENEの導入によって、和解に焦点を当てず、当事者やその弁護士に現実を認識してもらうことで、訴訟を続けることに伴うリスクとコストをよりよく理解してもらい、当事者が和解に関する価値と確実性を認識することができるようになるのでしょう。

参考記事:“The road less travelled for dispute resolution – the benefits of ENE in patent litigation” by Fabio E Marino, Rebecca B Horton. Polsinelli

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