特許出願の前に避けたいオン・セール・バー(on-sale bar) は、当事者が意図していなくとも発生してしまうことがあります。今回のように、「見積依頼」に応じた返事であっても、内容によっては、商業的な販売オファーがあったとされてオン・セール・バーが発動する可能性があります。
意匠(Design Patent)を含む特許出願の前に、商業的な販売オファー(commercial offer for sale)があると、特許が出願できなくなってしまったり、権利化された特許が無効になってしまう可能性があります。
今回、CAFCは、見積依頼に応えて送付された特許意匠を含む製品の詳細な一括価格情報、価格表、特定の商業条件を含むレターは、35 U.S.C. § 102(b) に基づくオン・セール・バー (on-sale bar) を発動させ、クレームされている意匠の販売に対する商業的なオファーであるとしました。
判例:Junker v. Medical Components, Inc., et al., Appeal No. 2021-1649
今回の判例において、Larry Junker氏は、カテーテルシースに関する意匠特許(design patent)の侵害を理由にMedical Components, Inc.を訴えました。しかし、この事件において、特許出願のクリティカル・デート前にJunker氏が行った1つのコミュニケーションが問題になります。
ここで言うクリティカル・デート(critical date)は、意匠特許の出願日の1年前です。というのも、アメリカでは特許で出願する内容が公開・販売(販売オファーも含む)されていても、最大で1年間の猶予期間(grace period)が与えられます。つまり、今回の場合、最初の商業的な販売オファー(commercial offer for sale)が出願日からさかのぼって1年以内であれば問題ありません。しかし、それよりも昔にあれば、オン・セール・バー (on-sale bar) により特許は出案されるべきではなかった(つまり、成立している特許であっても無効にするべき)ということになるわけです。
そこで、意匠出願日よりも1年以上前に行われたJunker氏とBoston Scientific社の間でのやり取りが、商業的な販売オファーでなかったか?というのが、この訴訟で問題になりました。このとき、Boston Scientific社はJunker氏の会社に「見積依頼」を行っていて、クリティカル・デートよりも1ヶ月ほど前にJunker氏の会社はこの見積もりに答えたレターを送っていました。
最初にこの問題が争われた連邦地裁では、”quotation “という用語の複数の用法に基づき、このときに行われたやり取りで問題になったレターは確定的なオファーではないと判断しました。
しかし、CAFCは、連邦地裁が下した判決を覆します。CAFCは、”quote “という用語によりコミュニケーションが確定的なオファーでないという認定の根拠となり得ることを認めつつも、この用語が単に存在するだけでは決定的ではないとしました。
特定のやり取りが、販売オファー(販売の申し出)であるか、単に交渉の誘い(予備的な交渉)であるかを判断する際には、そのやり取りの全体を考慮しないといけないとしました。今回の場合、CAFCは、レターには価格、配送条件、リスク配分の条件など、オファーに必要な条件がすべて含まれていたため、このレターは販売のオファーにあたると判断。また、CAFCは、このレターが特定の受取人に宛てられたものであり、未承諾の価格提示ではないことを示 している点にも注目しました。
このレターには、「見積書」という言葉が何度も使われていたり、数量や製品に関する用語が欠けていて、「見積書の依頼」に応じて作成されたという背景など、商業的な販売オファーではないような印象をもたらす要素もありましたが、上記のような「オファーに必要な条件がすべて含まれていた」ため、Junker氏が「見積書の依頼」に対して返答したレターは実質商業的な販売オファーであったため、そのレターが出された日にオン・セール・バーが発動したと解釈されました。
何気ないビジネス上のやり取りであっても気をつける
B2Bのビジネスの場合、見積もりの依頼があり、それに対して見積書(quotation)を出すことは毎日のようにあることでしょう。通常、そのような見積書(quotation)が特許法35 U.S.C. § 102(b) に基づくオン・セール・バー (on-sale bar) を発動させる販売オファー(commercial offer for sale)になることは稀です。
しかし、今回の判例になった事件で送られた見積書(quotation)のように、価格、配送条件、リスク配分の条件など、オファーに必要な条件がすべて含まれており、特定の受取人に宛てられ、未承諾の価格提示ではない場合、そのような返答レターは販売のオファーにあたると判断されかねません。
そのように判断されてしまうと、そのオファーに関わる発明の特許出願が非常に困難になり、アメリカ以外での国における権利化はほぼ絶望的になり、アメリカにおいては、最初にそのような販売のオファーがあった日から1年以内に出願することが求められます。
今の見積もり対応のプラクティスがこの判例で指摘されているような詳細を含む場合、販売オファー(commercial offer for sale)としてみなされる場合があります。そうなると、保有している(または出願している)特許の有効性にも関わる可能性があるので、一度、特許法に基づく観点から、見積もり対応がオン・セール・バー (on-sale bar) を発動させる販売オファー(commercial offer for sale)としてみなされそうか調査することをおすすめします。